アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.291
個性ある教育を担う経営 経営と教学の連携体制の強化
私学高等教育研究所の「私大経営システムの分析」プロジェクトによる大学訪問調査で、引き続き六月に国士舘大学、女子栄養大学に伺った。まとめを前回(『教育学術新聞』平成19年2月28日付)に続き報告する。
【国士舘大学】
国士舘大学は、六学部、およそ1万3000人を要する大学だ。政経学部、体育学部、法学部、文学部と並んで、2002年には21世紀アジア学部という特色ある学部を立ち上げ、また2007年からは、工学部を改組し理工学部をスタートさせ、医療と工学を結ぶ「健康医工学系」といった新分野を開拓している古くて新しい大学である。90年の歴史があり、『誠意・勤労・見識・気魄』の四徳目を涵養することを、教育指針に掲げている。
大学運営は、学長スタッフ組織が、学長のリーダーシップのもと、大学の政策立案とその遂行に役割を果たすとともに、理事会との連携の取れた運営を行っている。
学長の下には、「学長調整会」と「学長室打ち合わせ会」の2つの組織が置かれ、調整会は、学長、副学長(2人)、学長室長、教務、学生両部長に教学担当の常任理事も加わり月3回、打ち合わせ会は、月2回と頻繁に開催されている。教学政策、教学運営のあらゆる事項を審議し、また決定事項の推進や調整を行っている。ここで作られた諸計画のうち、理事会との調整が必要なものは、定例学内理事懇談会で審議・調整される。ここには経営側から理事長、4名の常任理事、教学側からは学長、学長室長、教務、学生両部長、中学校、高等学校校長等が出席する。ここで提起され、佐伯弘治理事長のイニシアティブの下で確認、了承されたものが、学部長会を経て各学部教授会に諮られるとともに、理事会議決が必要なものは、理事会にかけられる。月2回とこれも頻繁に行われ、経営、教学が一致した運営を行う上での原動力となっている。理事会は現在10名で構成され、理事長、学長を除く学内理事4名が常任理事として、学内経営に当たっている。常任理事の業務分担は、将来構想から、大学教務、学生生活支援、スポーツ振興、学生・生徒募集、施設、財務、情報、広報、渉外、募金、職員人事などをはじめ全24項目に上り、1人5〜6項目を担当している。事業ごとの担当者を具体的に設定することで、目標達成に向け、責任を持った経営を目指している。
年間の法人・大学運営の基本指針として、財政、施設計画から教育・研究、国際、情報化計画などを網羅する事業計画がその中核の役割を果たしている。これは、法人・大学を構成するすべての基礎組織(経営・教学・事務)から、分野別の事業計画を集約し、それを重点課題の柱を念頭に取捨選択し、予算編成方針等とも整合させて取りまとめられる。
その中でも特に、事業計画の現場からの提案書(計画書)が優れている。単なる事業(予算)要求書ではなく、どうしてその課題・事業が必要か、問題点はどこにあるのか、「現状の課題」欄に記述し、その上で事業の「実施計画」を具体的に記載している。さらに事業の「達成目標」、「目標の達成度合いを示す指標」を、可能な数値指標も入れ込みながら設定する書式になっている。
これは単に事業計画を立案するだけでなく、その実践の結果、目標をどの程度達成したのか、単にやれたかやれなかったかだけでなく、この達成指標を設定することで、どこが前進し、どこが不十分だったのか、終了後に事業を振り返り評価に活用できる点で工夫された事業計画書となっている。「経費」欄も、予算計画を、前年の予算措置から、今年度の要求、次年度以降の計画まで数年計画として記載できるようになっており、この点も、年度を越えた計画的な予算編成を可能とする様式となっている。まだ今年度から開始されたばかりだが、この継続により、経営や大学運営のPDCAサイクルの構築に大きな役割を果たすものと思われる。
【女子栄養大学】
女子栄養大学は、栄養学による予防医学の日本における草分けとして、1948年「財団法人香川栄養学園」として設立された。単なる栄養学の研究にとどまらず、計量カップ、計量スプーンを考案し、誰でも栄養バランスの良い食事を均一に作れる手法を開発、これを雑誌「栄養と料理」(1935年創刊)の発刊を通して、レシピを全国に普及させることで、日本の食卓を変えてきた。現在、大学院、大学、短期大学、専門学校を持つ、2700名規模の学園に成長している。食と栄養にこだわった学科構成を維持し、この分野屈指の総合学園として、堅実な経営を続けている。『食を通して人々の健康の増進と、病気を予防する実践的人材を育て、社会に貢献する』との明快な建学の精神は、香川達雄理事長をトップとする幹部層に受け継がれ、強い個性を持った、特色ある教育と人材育成が行われている。
学園の経営は、理事会―常任理事会―部長会―業務連絡会のラインによって行われているが、これらの会議には全て、理事長が出席し、その直接的な指導や確認の下に運営される。方針の実行部隊となる業務連絡会は、部長・課長により構成され、毎週木曜日開催される。全部署から、重点課題に基づく業務方針、これまでの課題の進行状況や問題点、関連の情報交換などが行われる。
基本的に全員が発言し、それに対し、理事長や常任理事からアドバイスや具体的指示があり、また、トップの考え方や方向が示される。トップが直接現場を掌握し、日常的なコミュニケーションを行いながら業務を推進することは、目標の実現や実態を踏まえた経営の展開に重要な役割を果たす。
常任理事会は、学園の日常経営を担う中核機関だ。寄付行為第七条二項で「常任理事会は、理事会の委任に基づき経営の基本方針、全般的業務執行方針ならびに重要な業務の計画および実施に関する事項、また理事長が必要と認めた事項について協議し決定する」と定めている通り、経営政策の決定機関としても機能している。ここで策定された基本政策は、理事長から全教職員に直接伝達される場も持っている。そのひとつは新年の仕事始めの日の学園の年間方針の所信表明であり、もうひとつが11月に開催される予算編成説明会での年度経営の重点事業と予算編成方針の説明である。これらは文書化され、学園の教職員に改めて配布、周知される。こうしたトップからの直接の語りかけは、構成員が一致して目標に向かう上で大切な意味を持つ。
学長が、副理事長を兼務しているため、大学の運営に経営上の責任も負って、一義的な判断と権限をもって当たることができ、また、教学からの提言が直接経営に生かされ得る構造にもなっている。経営と教学の間には、常設の政策審議、調整、決定機関として学園構想協議会と学務運営会議が機能している。学園構想協議会は、テーマに応じ不定期であるが、理事長が召集し、学園の経営・教学・事務局幹部で構成される。教学組織や制度の変更、大きな建築計画など学園の基本事項について審議し決定する。学務運営会議も隔月で開催される。経営と教学が組織的にも連携を密にして円滑に事業推進を行うシステムとなっている。
また、歴史のある事業部は、雑誌「栄養と料理」の出版事業を中心に、12億を超える事業規模があり、理事長直轄で運営されている。2部6課、約40人の職員で構成され、大学とは別給与体系の独立した運営を行っている。営業活動を重視した企業型の運営が行われ、学園全体に刺激を与えると共に、大学の研究成果の社会的な普及や学園広報の点でも大きな役割を果たしている。
【共通するマネジメント】
以上関東圏で長い歴史を持つ、ふたつの個性ある大学を訪問した。この双方に共通するのは、強い建学の精神に裏付けられた、特徴ある教育の展開である。それを支えるトップのリーダーシップがうまく発揮されているとともに、経営・教学の、連携の取れた運営システムにより、安定した経営と着実な事業遂行の仕組みを作り出している。
国士舘大学では、ふたつの学長スタッフ機構が精力的に活動し、建学の精神に基づく教学政策の具体化と調整を図るとともに、基本施策に関るものについては、理事長主催の理事懇談会で、事業計画に基づき全学的な政策に纏め上げるやり方をとっている。
女子栄養大学では、理事長が、業務連絡会、部長会、常任理事会等、学内の経営、事務関係会議を直轄し、トップの考え方を浸透させるとともに、教学との間での、組織的な協議体を持って、連携した業務の構築につとめている。
そのベースには、理事長が全教職員に直接方針提起し、教職員の共通認識を作り上げる努力や、現場の全組織からの提案に基づく事業計画の立案と、これに基づく実施から評価にいたるマネジメントサイクルを作り出す努力などがあげられる。
個性的な教育を支え、推進するうえで、経営が政策上、実践上のイニシアティブを発揮し、大きな役割を果たしている。