アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.179
不透明なニーズと評価―「1年次教育のニーズとプログラム評価」から(上)
2001年に「導入教育に関する全国私立大学学部長調査」の結果をもとに、重要視されている導入教育の内容における共通性、学生の現状および学生をめぐる諸問題への対応状況の規定要因を中心にした分析を以前に本欄で報告した。
今回は、その調査の続編ともいうべき「1年次教育のニーズとプログラム評価」の調査について概略とその一部の分析結果を提示することにする。本調査は私学高等教育研究所の導入教育班の研究プロジェクトの一部として2003年7月に実施された。
2001年の学部長調査が教員側のニーズと意識を対象とした調査であったのに対し、本調査では学生側の評価と成長を確認する受講生調査という点に特徴がある。この調査を実施した背景としては、前回の調査により1年次(導入)教育が1990年代後半以降急速に各大学の教育課程に組み入れられているという普遍化の現状が観察されたこと、そしてその背後には調査により確認された学生の学力や意欲の低下現象があること、また高校から大学への転換期を支援するアメリカ型の1年次(導入)教育が不在であるという現実、すなわち1年次(導入)教育が「概論」「専門教育の基礎」「情報リテラシー」型で提供されているという日本的特徴が確認された。この結果を踏まえて、「1年次教育のニーズとプログラム評価」調査においては、(1)1年次(導入)教育受講前後の自己評価の実態、(2)大学別成績別、入試形態別自己評価の実態、(3)授業形態・方法に関する評価の実態、(4)授業内外において1年次で指導して欲しい内容のニーズの実態、(5)学習習慣の自己評価の実態と大学別、成績別、入試形態別の特徴、(6)学習意欲・積極的学習活動の規程要因、(7)問題提起:日本版一年次教育カリキュラム・モデルという七点を目的として調査を実施した。
調査の対象校を選定するに当たって、2001年度調査の結果をもとに、特徴的な1年次(導入)教育を実施している大学をリストアップし、その結果7私立大学からの調査の協力を得た。7大学を簡単に紹介すると、関東にある教養系学部に重点が置かれている大学1校(A、B大学)、理工系単科大学1校(C大学)、東京にある総合大学1校(D大学)、関西にある国際系学部を持つ大学1校(E大学)、関西にある総合大学1校(F大学)、関西にある社会科学系学部が中心の大学1校(G大学)、関西にある新設の看護・福祉系学部を持つ大学1校(H大学)である。これらの大学における1年次(導入)教育を受講している学生を対象に前期授業の終了時に調査を実施し、1632人から回答を得ることが出来た。大学別クロス集計では回収数の多い1大学二クラス分のデータを分割して集計した(A、B大学)。
調査項目は、回答者の基本的属性項目に加えて、(1)受講前後の自己評価(学習スキル、自己管理能力等)、(2)受講による知識・技能獲得の自己評価(大学に関する情報等)、(3)教員・プログラムに対する総合評価、(4)授業形態・指導方法に対する評価、(5)大学(授業等)で指導してほしい内容、(6)自身の学習習慣の自己評価から成り立っている。
図1と2は一年次(導入)教育受講前後の学習スキル、自己管理能力等に関連した自己評価の結果である。図1からはすべての項目において授業の受講後に改善していることが示されている。しかし、その伸びには図2に示されているようにばらつきがみられる。高校時代に既に身についていた技能として「ポイント要約力」、「粘り強さ」、「インターネット情報収集力」の3項目に対する自己評価が比較的高く、受講後に大幅に改善が見られる項目として「コンピュータ技能」、「形式的レポート作成力」、「図書館利用力」、「プレゼンテーション力」など技能系項目において改善度が高いことが見受けられる。
一方で、改善が見られない項目としては、「ポイント要約力」、「粘り強さ」、「批判的思考力」などが挙げられるが、「ポイント要約力」や「粘り強さ」については、もともと身についていた項目であることから伸びが低くなるという制約も関係していると考えられ、「批判的思考力」という論理的技能項目は短期的に伸びが期待できるという性質の技能ではなく、1年次だけでなく2〜4年次という継続的に育成していくべき技能であると推察できる。
次に、高校時代に身についていた項目と授業の受講後に身についたと評価した項目の点数を上位、中位、下位の3つにグループ化し高校時代の成績との関係を見た。その結果、高校時代の成績が中の上、中、下位〜中の下グループの大学入学後に身についた技能を高いと自己評価する率が上昇していた。
次に、受講前後の学習態度の自己評価についてみると、すべての項目において受講後に改善されているという結果が得られた。成績別に見てみると、すべての項目においてもっとも改善が顕著なグループは高校時代の成績が「下位〜中の下」であった。やはり少人数による1年次(導入)教育は、学習態度の改善が高校時代にそれほど成績の良くないグループに顕著な改善が見られるなど底上げ機能があることが結果として得られた。
次に受講による知識・技能獲得の自己評価は表1に示されているとおりである。「多様な視野の獲得」、「社会問題への関心」「一般常識」が評価の高い項目であり、評価の低い項目としては、「リーダーシップ」と「愛校精神の醸成」が挙げられる。
本項目について大学別に「役に立った」「やや役に立った」の計が70%以上の大学を抽出してみると、大学によって教授している内容、授業目標、構成の違いが獲得評価と関連していると推察されるものの、やはり全大学の学生が「多様なものの見方」において役に立ったと評価していることが明らかになった。「社会問題への関心」は6校の学生が、「大学生であるという自覚を持つ」、「探究心を持つ」は5校の学生が、「一般常識を身につける」「協調性を持つ」は4校の学生が役に立ったと評価していた。一方で、「愛校精神を持つ」と「リーダーシップの発揮」については70%以上が役に立ったと評価している学生がいた大学は皆無であった。「愛校精神を持つ」と「リーダーシップの発揮」はアメリカ型の1年次(導入)教育では必須である項目であるが、本調査においてはこうしたアメリカ型1年次(導入)教育内容を評価する学生は少数であり、アメリカ型モデルが取り入れられたとしても学生のニーズが果たしてあるのか、また評価されるかという点は不透明であることが確認されたといえよう。 (つづく)