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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.137
導入教育の実態―学部長調査の結果から(中間まとめ)―3―

早稲田大学非常勤講師 杉谷 祐美子

 これまで本欄では、2回にわたって、私学高等教育研究所の研究プロジェクト「効果的導入教育カリキュラムの開発」の研究成果に関する中間報告をお届けしてきた(2119号2120号本欄に掲載)。
 今回はその第3回目として、特に授業科目を中心に、導入教育プログラムの実施状況を報告する。その際、人文系、社会系、理系、その他の学部(学際的学部と体育・芸術系学部)の4つの学部系統間にみる傾向の違いに着目することを主旨としている。
 調査において、導入教育を実施している学部は約八割を数え、実施予定・検討中まで含めれば全体の約九割に上ることは、すでに第1回の報告で紹介された通りである。これらの学部すべてにその実施形態を尋ねたところ、授業として行うと回答したのは84.3%であった。そして、該当する授業科目を実例3科目まで任意に挙げてもらった結果、平均して1学部当り2.1科目、計1089科目(科目名称未定を四科目含む)の回答を得た。
 これらの科目の名称はもちろん多岐にわたっているものの、およそ21種類に分類し、さらにそれぞれの内容や特性をもとに6つの類型化を試みた。各科目類型とその比率は、「a.補習教育型」科目が2.0%、文章作成や口頭発表などの「b.スキル・方法論型」科目が12.5%、コンピュータの操作技術を学ぶ「c情報リテラシー型」科目が21.1%、基礎演習や専門基礎演習を中心とした「d.ゼミナール型」科目が32.8%、「フレッシュマンセミナー」や「ガイダンス」などの名称で特に大学・学問生活への導入を意図した「e.オリエンテーション型」科目が5.5%、専門基礎的な知識の習得を含む「f.基礎・概論型」科目が26.0%となっている。このように、少なくとも科目名称からは、a.補習教育型科目やe.オリエンテーション型科目はまだきわめて限られており、c.情報リテラシー型科目、d.ゼミナール型科目、f.基礎・概論型科目が、日本の導入教育科目の主たる形態とみなされていることがわかる。
 次に学部系統別に各科目類型の比率をみると、a.補習教育型科目は人文・社会系学部ではほとんどみられず、理系やその他の文理融合型の学際的学部で主に設置されていた。また、b.スキル・方法論型科目は、人文系学部のみが設置科目のうち約2割を占めたが、それ以外の学部ではいずれも約1割にとどまっている。さらに、際立った差がみられたのは、次の2つである。d.ゼミナール型科目は社会系学部の設置科目の44.4%と多くを占めており、これに対して理系学部では18.1%と少なくなっている。f.基礎・概論型科目は理系学部において43.2%に上るが、人文系学部では13.6%と低い。
 それでは、学部系統間でこうした設置科目の傾向の差異はなぜ生ずるのだろうか。本調査では、併せて、各科目について10項目の選択肢から複数回答で授業内容を選んでもらっている。この回答を分析すれば、各科目の名称に直接表れない授業内容が含まれていることが明らかになる。例えば、科目名称の分類からはわずか2%しか析出されなかったa.補習教育型科目は、この授業内容からみれば「補習教育」として全科目の2割をも占めることになる。
 そこで、科目類型ごとに授業内容の傾向を分析したところ、前述のa.補習教育型科目とb.スキル・方法論型科目は、科目名称通りの授業内容、すなわち前者では補習教育、後者では論文作成を中心としたスタディ・スキルの習得を目指した科目に位置づけられていた。ところが、これに対して、d.ゼミナール型科目は、知的動機づけとスキルの習得を統合的に教授する科目として、f.基礎・概論型科目は、一方で知的動機づけの役割をもちつつ(同科目の50.0%が該当)、他方で補習教育(同45.4%)の機能を果たしていることが明らかになった。つまり、高校までの学習内容の補習はa.補習教育型科目だけでなく、「基礎」「入門」などの名称を付したf.基礎・概論型科目として編成されている場合が多いということになる。
 したがって、先に述べた学部系統別の設置科目の傾向を再び整理するならば、人文系学部ではb.スタディ・スキル型科目を通した学習技能の習得を、社会系学部ではd.ゼミナール型科目によるスキルの習得と知的動機づけを、そして理系学部ではf.基礎・概論型科目あるいはa.補習教育型科目によって補習教育を行い、各専門学部のニーズに対応しようとする状況がうかがえる。
 実際、学部系統ごとにみた授業科目の内容では、理系学部が設置科目の約4割において補習教育を実施しており、しかも他学部に比べて群を抜いて高いことがみてとれる。そして、授業内容として最も多く取り入れられている知的動機づけは、大半がd.ゼミナール型科目などに組み込まれながらも、そもそもd.ゼミナール型科目の少ない理系学部では、その替わりにf.基礎・概論型科目のなかで展開されているのである。
 第1回の報告でも示されたが、本調査では、@補習教育、Aスタディ・スキル、Bスチューデント・スキル(大学生に求められる一般常識や態度)、C専門教育への橋渡し、の4つの側面を涵養する教育として導入教育を定義づけた。あえてCを含めたのは、専門教育の早期化が指摘される現在、スキルとともに教えられる内容として専門基礎的な知識の教授が行なわれる可能性が高いからである。だが、Cを含むことによって導入教育の範疇は広がり、結果として、本調査の定義に該当する教育を実施していると回答した学部が前述のように約八割ときわめて多くなったことは否めない。しかしこの数値から、導入教育がすでに盛んに行われていると早計に結論づけるのではなく、むしろ、実態に即して、日本の導入教育の特質を浮き彫りにすることこそが重要と考えられる。
 本稿で明らかにしてきたように、現状では、導入教育は学部間で授業科目やその内容の編成がかなり異なっているといえよう。このことは、導入教育のあるべき位置づけを問う設問の回答において一段と明瞭になり、「大学生活への円滑な移行」や「高校までの教育との違いを自覚させるための教育」として導入教育をとらえる人文系学部とは対照的に、多くの理系学部が導入教育を「高校までに当然習得すべきであった内容を教えるための教育」、つまり補習教育として理解している。
 このように、専門学部によって、導入教育のとらえ方、ひいては大学教育観そのもの、そしてそれらに基づいたカリキュラム編成の原理、形態、内容に差異があるという点をまずは十分に認識しなければならないだろう。現状では、日本の導入教育プログラムはあくまでも「専門教育」への導入といった側面が強い。いわば、いかに専門教育の水準まで学生を引き上げていくかという視点から構成されているのである。
 したがって、こうした実情を踏まえたうえで、果たして、専門学部の垣根を越えた全学共通の導入教育の実践は本来必要であるか、可能であるか、また、可能な場合にはどのような体制のもとでいかなる内容をいかにして教授すべきか検討していくことが今後の課題になると思われる。これはとどのつまり、導入教育の目的・目標を何におくか、いいかえれば何に対する「導入」であって、何に学生を「適応」させる教育として導入教育を構築するかといった問題に帰着することにほかならない。
 次回は最終回として、自由記述に基づく導入教育の現状評価と課題について報告する。
〈つづく〉

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