アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.112
行財政改革と文教行政―高等教育・研究はどう変わるか
〈我が国財政の現状〉
我が国財政の惨状は改めて申し上げるまでもない。まずフローでみれば、平成15年度予算では、歳出約80兆円に対し、税収等の歳入は約45兆円で、差額の約35兆円を国債=借金に依存している。国債依存度は45%に達し、いずれこれが5割を超えれば税収と借金の地位が逆転して「税収依存度」と言わなければならなくなるのでは、といった笑えない冗談まで出る有様である。ストックでみても、国債残高は十五年度末で約450兆円であり、これに他の借入金や地方の借金もあわせた国・地方の長期債務残高は約700兆円、GDPの1.4倍に達し、主要先進国の債務残高がGDPの5〜8割に留まるのに比べ突出した大きさとなっている。
これだけ債務残高が累増すれば、一般的には国債発行に支障をきたして金利の上昇、通貨価値の下落、経済の混乱等を招き、財政赤字の削減を行うべきとのマーケットや世論の圧力が働く。しかし、我が国の場合、1400兆円を超える個人金融資産がある一方、民間部門は個人も法人も長引く景気停滞と過去の負債の返済に追われて資金需要が乏しく、その結果、政府部門が赤字を出しても円滑に吸収されるという構図が続いているため、これだけ政府債務が増えても金利上昇につながらない。いわば、「政府が国債を出しても国内の貯蓄で吸収され、お金が日本の中でクルクル回るだけ」で、借換債も含めれば140兆円にのぼる国債が1%程度の金利で円滑に消化されている。
しかし、当面は財政赤字の問題が顕在化せずに済んでいても、将来にわたって我が国財政が持続可能な構造であるとは言い難い。「予算は飛躍せず」という言葉があるが、単年度で35兆円の赤字は一度にゼロにはできない。「転ばぬ先の杖」で、毎年着実に赤字を減らしていく、あるいはその拡大を抑制していく財政改革の不断の努力が必要である。
このような認識のもと、厳しい環境の中で、文教関係については、以下のような改革が進められている。
〈義務教育費国庫負担金の見直し〉
文教予算6兆円強のうち、公立小中学校の教職員給与の半分を負担している義務教育費国庫負担金が約2.8兆円と4割強を占める。地方分権との係わりでこの経費の見直しが議論になっている。昨年6月にまとめられた政府の地方分権改革推進会議の中間報告では、教育行政について「地方は執行機関としての側面が強く、地域の特色や個性あふれる多様な教育が実現されているとは言い難い」とし、「『関与無きところ、助成なし』としなければ事実上国が地方をコントロールすることにもなりかねない」として、地域の教育力発揮による教育の活性化のため、学習指導要領、学級編成、教員の給与体系などについて国の関与の弾力化、基準の大綱化等を進める一方、経費負担の在り方の見直しを行うべきとしている。
このような考え方に立って、昨年10月末に取りまとめられた同会議の意見では、義務教育費国庫負担制度について、負担対象経費の見直し、客観的指標に基づく定額化・交付金化等国庫負担制度の見直し、将来的な課題として一般財源化(使途の決まった負担金ではなく、使途を限定しない一般財源として地方に交付)等の検討を盛り込んでいる。これを受けて、15年度予算では、学級編成や教職員配置の弾力化等ともに義務教育に関する地方の自由度を拡大することを目的とした義務教育費国庫負担制度全体の見直しを進める中で、教職員の共済費長期給付及び公務災害補償基金負担金に係る部分(約2200億円)について、国庫負担金の対象からはずして一般財源化を行ったところである。
〈高等教育・学術研究関係予算への重点的配分〉
厳しい財政事情の中、高等教育・学術研究関係の予算については重点的配分など工夫が行われてきている。例えば、近年、科学技術振興費は、国の政策的経費ともいうべき一般歳出の伸び(マイナス2〜プラス2%)を大幅に上回る伸び(4〜8%)を示し、5年間で1.4倍(15年度約1兆2000億円)となっている。育英奨学事業についても毎年度量的・質的拡充が図られ、15年度予算では貸与人員は87万人と5年前(50万人)の1.7倍になり、制度面でも、近年の経済状況を踏まえ、入学時の需要に対応した一時金の上乗せ制度の創設を行うなどきめ細かい見直しを行っている。また、私学助成についても、特色ある教育研究を展開する私立学校への支援の充実を中心に、ここ数年、一般歳出を上回る伸びとなっている。
これら経費の中でも、科学技術・学術振興のための競争的資金は大幅に増加している。例えば、科学研究費補助金は平成5年度は736億円だったが、15年度は1765億円であり、10年で1000億円、平均すれば毎年100億円増えてきたことになる。世界最高水準の大学づくり推進経費、いわゆる21世紀COEプログラムの推進経費も、14年度には5分野・182億円だったものが15年度は10分野・334億円と増額されている。これらの経費は公募方式、第三者評価により、国公私を問わず、競争的、重点的に配分されることをめざしている。以上のように、限られた財源の中、この分野には重点的配分が図られてきているが、それに見合う効果的な資金の分配と活用、厳正な評価と成果の結実が求められる。
〈行政改革、規制改革の進展〉
財政改革とあわせて行政改革、規制改革も進んでいる。行政改革については、国立大学が16年4月から国から分離して独立行政法人化することとなっており、そのための法律案がこの通常国会に提出される。この改革のポイントは、@国立大学特別会計を廃止し、大学ごとに法人化し、予算・組織等の規制を縮小して自律的な運営を確保、A「役員会」制の導入や「経営評議会」の設置により、トップマネジメントと全学的視点からの経営を実現、B「学外役員制度」の導入、経営評議会や学長選考会議への学外者の参加など「学外者の参画」の推進、C身分は「非公務員型」とし、弾力的な人事システムに移行して産学連携等に寄与、D第三者評価機関を設置し、厳格・公正な事後チェックを実施、等である。これに関し、新法人と私学との関係が議論となるが、新法人は国から独立するとはいえ、その設置は国が行い、組織の基本やルールが法定されるなど広義での行政を実施する機関であり、私立大学とは性格を異にするというべきであろう。ただし、高等教育の発展のためには、新法人間はもとより、国公私を通じた大学間の競争による切磋琢磨が望まれる。
規制改革については、昨年末に政府の総合規制改革会議で第二次答申が出され、教育・研究の分野では、教育主体の多様化として、@教育分野における株式会社等の参入、A校地・校舎の自己所有要件など学校法人の要件の緩和、B都道府県の私立学校設置認可審査基準等の見直し、C教育への外部資源(企業・NPO法人等学校外人材等)の積極活用などが、高等教育の活性化と産学連携の推進として、@学部・学科の設置規制の柔軟化、A大学等の新増設に関する規制の見直し、B国立大学教員の勤務条件の弾力化等が盛り込まれた。
また、構造改革特別区域(いわゆる「特区」)についても、株式会社やNPO法人が、学校法人でなくても学校設置主体となれるよう要望が出されており、文部科学省は、学校教育の活性化を図るため、情報公開、第三者評価の実施、学生等のセーフティーネットの構築に留意すること等を要件に、一定のものについて特区での学校設置を認める方向で調整が進んでいる。なお、これに関連して、学校設置が認められれば私学助成の対象とすべきとの要望もあるようだが、民間活力の導入を進める観点から規制を緩和して参入してくる者に対し、政府が助成を行うというのは本末転倒というべきであろう。