アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.72
調査団から見た大学評価―NEASC実地調査に参加して
私学高等教育研究所は、ニューイングランド基準協会(NEASC)と訪問大学との協力により、3月17日から20日まで3泊4日間の実地調査にオブザーバーとして参加が許され、米国におけるアクレディテーションの実際状況をつぶさに経験することができた。筆者は実地調査団の側から、羽田積男研究員は調査された大学側からの視点にたって報告(次号)する。
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NEASCが行う大学評価は大きくふたつの目的を達成するために行われる。ひとつは大学の存在そのものを対象とするInstitutional Accreditationと大学が設置する個々の専門プログラムを対象とするSpecialized Accreditationである。今回我々が参加した実地調査は前者で、大学はその設立時及び大学の目的・組織・プログラムが変更になった時、そうでなければほぼ10年に1度、外部評価を受けなければならない。その際、評価は大学総体ついての総合評価(Comprehensive Evaluation)とするか、NEASCが指示する特定事項についての特定評価(Focused Evaluation)を行う。前者については基準協会が定める11項目からなる評価基準(Standards for Accreditation) に準拠して評価が行われ、アメリカにおける大学アクレディテーションの中核をなす活動である。
大学側は実地調査の2年程前から自己点検報告(Self study report)の作成準備に入り、自らが建学の精神に基づき、基準協会が示す11項目に合致する教育・研究・運営を行っていることを証明しようとする。実地調査とは、大学が提出した自己点検報告書が正確に大学の現状と将来構想を提供しているかを審査する活動で、実地調査団員はそれぞれ11項目を分担して調査にあたり、各項目について以下の3点に言及した実地調査報告書草案を最終日の朝までに、そして本稿を実地調査終了後1週間以内に団長宛に提出するだけなく、調査最終日に大学側の責任者・関係者の面前で口答発表しなければならない。
団員の報告書は数ぺージ以内に、@大学が持つ強み(Significant Strengths)、A重要な課題(Significant Concerns)、B要望や助言(Suggestions and advice)が平易な表現で的確にまとめられていることが要求される。実際、団員は自分の担当する項目に関して自己点検報告を暗記するくらい読み込んでおり、大学側にどのような質問をすべきか、補足の資料の提出を求めるか、他の項目との関連調査が必要かなど、事前の準備が万全になされていたことは、調査第1日目の夕方ホテルでの第1回の会合時点から活発な議論がなされたことでも明らかであった。
<11項目からなる評価基準>
@建学の精神 (Mission)と目的、A将来計画と評価、B組織と管理運営、Cプログラムと教育、D教員団、E学生サービス、F図書館と情報環境、G施設、H財務、I情報公開、J統合性(Integrity) 。特に初めのミッションと最後のインテグレティは評価の核をなす項目で、大学を外部の絶対的な基準によって査定するのではなく、自らが掲げる目標にどのくらいの人材と資金及び努力を総合的に集約し、数字的には弱さや不足の状況であっても目標に向かって活動しているかを、わずか3泊4日で行う実地調査の全体像を形作る額縁の役割を果たしている。
<実地調査の概要>
第1日は夕方四時までに指定のホテルにチェックインし、大学側が用意したホテル内の会議室(大学側から8台のポータブルコンピュータと文具一式とリフレッシュメントが用意されていた)で第1回目の会合―自己紹介の後、各自の分担項目の確認と報告書作成上の注意、及び相互関連部分の役割分担の調整がされた。6時に大学に向けて出発。キャンパスツアーと図書館内に設置された評価作業室 (セルフスタディや主要な資料がすでにインストールされた六台のコンピュータ、評価基準11項目別にまとめられたサポート資料が16個もの大きな箱にびっしり、作業に必要とされる文具はもちろん、外線可能な電話、コピーカード、学生食堂無料利用カードが用意されていた)を訪問し、翌日からの各部署訪問の予定表の確認後、大学側評価担当教職員との顔合わせを兼ねた夕食会が開かれた。その場で我々オブザーバーも正式メンバーであり、他の団員とまったく同じ権利を有することが紹介された。我々を含む団員の名簿が事前に大学側に伝えられており、1名が大学側から拒否され交代した旨が学長から報告された。その後、ホテルに戻り早速各自の報告書概要をコンピュータに打ち込みながら、翌日のインタビュー予定の確認、報告書での表現法や用語の統一を図る。遅い人は11時頃まで作業。筆者も夜中の3時までかけて、セルフスタディと学生サービス関連の資料を読破した。
第2日・3日目は8時半にホテル出発。六時頃帰還するまで、30分から1時間毎に各自が担当する分野について担当者とのインタビューを行った。ランチも評議員や教員・学生グループとの会談にあてられた。同一分野の担当者に異なった団員が複数回インタビューするなど、できるだけ客観的に全体を網羅するよう予定が組まれたが、現実には筆者が担当した学生サービス関係のアポは筆者1人の場合が多く、授業参観をしたのも筆者だけであった。その際得た貴重な体験は、授業開始前に学生にインタビューした時、1名の女子学生が高校時代に実地調査団の受付作業を手伝ったことがあると知らされたことで、NEASCの活動は大学だけでなく、1800校に及ぶ州立・私立の初等・中等教育機関・専門学校・海外の国際学校を対象に評価活動を行っているという事実を改めて思い起こさせてくれた事である。
全員一緒の夕食後は、作業室にて昼間のインタビューについての意見交換や相互関連事項のチェックとそれまでに書き上げた草案を相互に読み合いながらの報告書作成作業を行った。
最終日の4日目は、ホテルにて各自報告書草案を完成させるべく作業。特に11から行われる口答報告原稿の読み合わせ。最終報告書は団長宛てにメール送信することを確認後、大学キャンパスの階段教室にて大学側の教職員100名程の前で、団長を除く7名が各自の担当分野について20分ほどの口頭報告を行った。報告内容について大学側からの質問は許されない一方的なものであったが、大学側が数か月後に基準協会から結果報告が届けられるまで、実地調査結果内容が判明するのはこの時だけなので、両者とも緊張し、教室はある種の興奮状態であった。発表後、ただちにホテルに戻り、記念撮影後解散。
<団員のプロフィール>
調査団は団長を含め男女4名、我々オブザーバーを加えて10名で構成され、年齢は45歳から60歳くらいと推定された。団員は調査が円滑に行われるよう訪問校と同規模・同種類の大学を経験した者たちで構成されたようで、現在学内の役職についていない教員2名。NEASC以外の地区基準協会メンバー校から2名。実地調査を初めて経験する2名は共にボストン市内にある大学関係者で、1名は訪問校が50年前の設立された際に母体となった私立大学の大学教育強化センター長、もう1名も私立大学の学務担当副学長で、自分の政治学者としての学問的関心もあってか初めから積極的な発言でチーム活動に良い刺激を与えた。団長はコネチカット州のカトリック系私立大学学長で見るからに温厚でまとめ役に徹していた。州立大学関係者は1名だけでニューハンプシャー大学の生涯教育・夏期講座担当部長。財務を担当したのはロードアイランド州にある小さなデザイン系大学の財務担当副学長。図書館及び情報教育を担当したのも小さな歴史の浅い女子大学の図書館長というように、様々な経歴と経験、そして個性豊かなメンバーであった。教育委員会のメンバーや州・地域の議員などがオブザーバーとして実地調査に参加する事自体は珍しい事ではないようだが、我々のような外国の教育関係者が参加したのは80年代後半の喜多村和之主幹の事例に次ぐ2回目であった。
<全体印象>
実地調査に際し、団員のために1日かけた事前研修があり、我々も特別研修を受けたが、作業の詳細についてはマニュアルが完備しており、NEASCの長い伝統と経験に基づく知恵が各所に見受けられた。最も印象的だったのは団員の評価に対する真摯で熱心な参加態度と文章及び発表能力の卓越性であった。さらにアメリカ社会の底流にあるボランティアリズムや国家権力から自立しようとする分権意識、裁判における陪審員制度に代表される市民参加とSelf-policing(自己防衛)、Peer Review(仲間同士の相互評価)ということが日常性として存在する社会状況を改めて思い知らされた。我が国の歴史・伝統においてもそのような要素が数多く存在していたのに、明治以降の政策が余りにも国家主導型になり今日まで続いている。この状況を日本の私立大学がアクレディテーション方式を導入する事によって改革する機会となるかもしれないという希望を抱かせる経験でもあった。