平成26年12月 第2589号(12月3日)
■大学は往く
新しい学園像を求めて 〈115〉
奈良学園大学
教育・看護の大学で再出発
大学名も変える改革
知と技を磨き、社会に貢献
時代のニーズに応え、先駆的な教育に取り組んできた。奈良学園大学(梶田叡一学長、奈良県生駒郡三郷町)は、2014年、従来の学部を廃止、大学の名称も変え、教育と看護の大学として再出発した。前身は、1984年に創立の奈良産業大学で情報と経営の大学だったが、学生募集が計画通りいかず改革の舵を切った。この大改革で、小学校免許を中心に複数の免許取得が可能な人間教育学部と看護師、保健師、助産師など未来の保健医療を支える看護職者をめざす保健医療学部の2学部体制になった。初年度の学生募集は順調に推移した。大改革を先導した梶田学長に、改革の意義と新学部の学びを中心に聞いた。「入口と出口を重視して、大学では知と技を磨き、社会に貢献し、未来を切り拓く人材を育成していきたい」と梶田は語り出した。
(文中敬称略)
幼小中高短大持つ総合学園
学長の梶田は、京都大学文学部哲学科卒、国立教育研究所主任研究官、大阪大学、京都大学教授などを経て京都ノートルダム女子大学、兵庫教育大学、環太平洋大学の各学長を歴任。今年4月から奈良学園大学学長に就任した。
多くの大学の教授、学長を経験、さらに、第4、第5期中央教育審議会副会長を務めるなど大学運営については精通する。経営の厳しい大学を再建した実績もある。奈良学園大には2012年から理事として着任した。
奈良学園大学は、1961年に創設者の伊瀬敏郎が設置した学校法人中和学園が淵源である。1984年、奈良産業大学(経済学部)を設立。87年、法学部を開設。99年、経済学部を経営学部へ改組。2001年、情報学部を設置。07年、経済学部・法学部・経営学部を発展解消してビジネス学部を設置。
梶田が奈良学園大に着任した時点は、情報学部(定員200人)とビジネス学部(定員200人)の2学部体制だった。この10年間、学生募集は計画通り進んでいなかった。梶田には改革の旗振り役が課せられた。
「長く、学長を経験して大学運営で大事なのは入口と出口だと受け止めました。どんないいカリキュラムをつくって、どんないい先生でやっても学生は来ません。要諦は、学生をいかにして集めるか、就職をどこまで保証するかです」
それが情報経営系大学から教育・看護系大学に転換した理由ですか?「入口と出口の改革を念頭に、カリキュラム、教員を新しくして、資格取得のできる学部開設に焦点をしぼりました。それが看護と教育への転換となりました」
既存学部の廃止に抵抗はなかったのですか?「情報、ビジネス学部を現代社会学部として残すことも考えましたが、新味が出せなくなるということもあって断念しました。新学部設置は、将来にわたって検討することになりました」
校名変更は?「単なる衣換えでなく、全面的リニューアルするということで検討しました。いろんな案が出ましたが法人名に落ち着きました。法人が抱える2幼稚園、1小学校、2中学校、3高校と短大を持つ全体の上の高等教育機関という意味もあります」
現在、人間教育学部(定員120人)と保健医療学部(定員80人)の2学部に199人の学生(全学部で573人)が学ぶ。学生の出身地は大阪が5割、奈良と京都が5割。男女比は人間教育学部は5対5、保健医療学部は女子が8.5、男子1.5だという。
2つのキャンパスがある。ともに、大阪・京都・奈良からアクセスはいい。人間教育学部があるのが三郷キャンパス。周辺には長い歴史を持つ寺社が点在、学生や教職員が集うビューラウンジは、奈良の街が一望できるビュー・ポイントだ。
保健医療学部がある登美ヶ丘キャンパス(奈良市登美ヶ丘)。2014年完成の新学舎は、機能的で快適な環境。30床のベッドを設けた看護学実習室、グループワークを行う少人数用の演習室などで、学びを深めている。
学部再編とともに、従来からの少人数教育によるきめ細かな学生対応をより強化した。「授業だけでなく、担任制により就職の相談など出口面まで面倒をみます。就職では保護者を巻き込み、保護者会を開催しました」
学部の学び。人間教育学部(人間教育学科)は、主に人間力・教育力・実践力を身に付け、小学校教諭免許を中心に幼稚園から高等学校までの各教員免許などの複数取得を目指し、先生になるための実力と自信を磨く。
「社会の中で1人の人間として生き抜く力となる豊かな人間力を基盤とし、柔軟な教育力と高度な実践力を備え、広く社会の教育活動に関わる人材を養成しています」
「教師塾」という学内塾もある。「教員志望の学生は、教員採用試験合格の鍵といわれる理数科をしっかり抑え、国語力も鍛え、面接の特訓も行っています。個別指導で、2つ以上の教員免許・資格取得をめざします」
保健医療学部(看護学科)は、看護師課程、看護師・保健師課程、看護師・助産師課程がある。看護師と保健師・助産師いずれか1つの国家試験受験資格取得を目指し、卒業後はチーム医療のエキスパートとして活躍できる人材を養成する。
「幅広い教養と豊かな人間性、国際性と、変化に対応できる能力などを備え、『人』を中心に据えた専門的知識と高度な技術、創造力、実践力、倫理性、協調性などを身に付けた看護職を育成。1年次から国家試験を視野に入れて学びます」
新しい学習スタイルで
タブレットPCを活用するなど新しい学習スタイルで授業を行っている。「臨地実習では、学生4〜5人を一グループにして教員を配置してサポートします。実習施設も奈良県を中心に大阪、京都などに20施設あります」
地域貢献は、梶田の言葉が象徴する。「大学は、社会的人材センターです。地域から近所にあの大学があってよかった、あの大学は頼りになると言ってもらえるためにも地域貢献は大事にしたい」
地元の県立高田高校と10月、教育実践研究や小学校教員養成に関する協定を結んだ。学生と生徒の交流や大学教員が高校で授業を行うなど連携を図る。保険医療学部もキャンパスのある奈良市登美ヶ丘でボランティア活動などを行っている。
学生スポーツは、前身の奈良産業大学時代から、硬式野球部、サッカー部、陸上競技部(男子部・女子部の駅伝)など全国的な強豪も多かった。
「かつて、運動部は体育推薦制もあって強かったですが、学部再編で学生数も減り、山椒は小粒でも、に変わりつつあります。マーチングバンドを奈良学園大学設置と同時に創部、強化指定部としての活躍を期待しています」
大学のこれから。「大学では、2つの力を身につけて社会に送り出したい。ひとつは、『我々の世界』を生きる力、世の中できちっと生きていける力で、就職などもそうです。もうひとつは、『我の世界』を生きる力、自分の人生をきちっとやっていく力です」
職員が挨拶運動を率先
具体的には?「前者は、規律、挨拶といった世の中のマナーを身につけます、後者は、人間として自分を持って社会に貢献する、ということです」。挨拶では、事務局長らが朝、校門に立って「おはよう」と、挨拶運動の先頭立つ。人間教育学部では週1回、スーツで通学する日を設けている。
「自分を持って社会に貢献する」とは、こうだという。「私はこれにこだわって生きていく、というものを大学にいる間に見つけてほしい。私のこだわりはこれだぞという『我の世界』がないと駄目です」
こう語る梶田は、大学経営の第一人者だけではなくキリシタン研究でも知られる。近著『不千斎ハビアンの思想』(創元社)は「日本的な文化風土とキリスト教の出会い」を表した好著だ。本紙の新刊紹介(2014.10.22)でも紹介した。
梶田の最後の言葉をみてもわかることだが、梶田の主導した奈良学園大学の改革は、学部再編にとどまらず、学生のこころの内面にも踏み込んだという点で画期的である。