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平成26年10月 第2584号(10月22日)

大学は往く
 新しい学園像を求めて 〈113〉
 上野学園大学
 教養のある音楽人を育成
 世界的音楽家が高度な技術指導 辻井伸行(ピアニスト)も学ぶ

 建学の精神「自覚」を礎に、美しい調和を創り出すことのできる良識ある人間の育成に努めている。上野学園大学(前田昭雄学長、東京都台東区東上野)は、今年(2014年)、創立110周年を迎えた。この間、文化の薫り高い東京・上野の地から多くの音楽家を輩出してきた。2009年、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで日本人として初優勝した辻井伸行も演奏家コースで学んだ。クラシック音楽界で活躍するトップアーティストが直接指導する教え、個人レッスンを中心としたカリキュラムによる学び、パイプオルガンを備えたコンサートホール(石橋メモリアルホール)など充実した音楽環境を誇る。2015年度から実技(音楽)がなくても受験できる文化創造マネジメント専門(グローバル教養コース)を設けるなど改革を続ける。「欧州の大学は歴史が古いほど改革してきた。伝統を誇るのではなく現代のニーズにどう応えるが問われている」と語る学長に学園の歩み、改革、これからを聞いた。
(文中敬称略)

伝統+現代のニーズに対応

 盲目の世界的なピアニスト、辻井伸行を生んだ上野学園大という大学に関心を持った。どういう教えと学びの学園なのか?辻井は大学案内(2012年版)で、こう述べている。
 〈演奏家コースは、ダブルレッスン制なので、横山(幸雄)、田部(京子)両先生に師事することができたことはとても良かったし、大きく成長できる糧になりました。また、ヴィオラの今井(信子)先生や指揮者の下野(竜也)先生など、世界的に有名な現役の音楽家である先生方に室内楽を学べたことは、僕にとってかけがえのない財産となりました〉
 学長の前田が大学を語る。「本学は、世界の第一線で活躍している指揮者・演奏家が顔を揃え、高度な技術を教えています。同時に、豊かな音楽性をもち、人と人とのコミュニケーション力のある教養豊かな音楽人を育てることをモットーとしています。こうした教育環境のなかから辻井君も巣立ちました」
 上野学園大学は、1904年に学祖、石橋藏五郎が創設した私立上野女学校(上野桜木町)が淵源である。戦後まもない1946年、東京都の音楽研究指定校となる。52年、短期大学部(音楽科)開学、56年、上野学園大学が、音楽学部(音楽学科)単科の大学として開学した。
 95年、国際文化学部を設置、2004年、創立100周年を機に音楽学部と国際文化学部を統合、音楽・文化学部(音楽学科、国際文化学科)を設置。2010年、国際文化学科の学生募集停止、同年、音楽・文化学部を音楽学部(音楽学科)に改称した。
 校舎は、2007年に完成した15階建ての都市型キャンパス。東京スカイツリーが指呼の間にある。大学と短大が10階から15階を、附属の上野学園高校、上野学園中学校が4階から9階を使っている。
 現在、音楽学部音楽学科は、演奏家コース、器楽コース、声楽コース、ミュージック・リサーチ・コース(音楽学専門と音楽教育学専門)の4コースに387人の学生が学ぶ。
 演奏家コースには、トップクラスの演奏家による週120分の個人レッスン(年間約30週、4年間)がある。「第1線の演奏家と共に演奏しながら学ぶ室内楽等、カリキュラムを充実し、世界に通用する演奏家を多面的に育成。授業料全額免除等の特待生制度もあります」
 器楽コースには、ピアノ、弦楽器、管楽器、打楽器、オルガン・古楽の各専門がある。「週60分の個人レッスンを行います。学生1人ひとりの個性や成長に合わせたレッスンで、音楽家としての表現力を広げ、技術力を高めます」
 声楽コースは、第一線で活躍する声楽家が指導。「声の出し方やアンサンブルの作り方など、基礎から在学中に合唱が指導できるようになるまで教えています」
 ミュージック・リサーチ・コースの音楽教育専門は、音楽の教員養成に特化することで、質の高い教員の輩出を目指す。音楽学専門は、音楽学を広く学び、音楽文化の発展に寄与できる人材を育成する。
 同コースは、来年度からグローバル教養コースに名称変更して、新たに文化創造マネジメント専門を設ける。同マネジメント専門は、「今注目を集めているファシリテーター育成、英語コミュニケーション強化、音楽マネジメント、社会教養を教育の柱として、グローバルな社会人の育成を目指します」
 ウィーン留学制度も
 このコースでは主に三年次生を対象に、ウィーン大学音楽学研究所に学期留学できる制度がある。ウィーン大学で取得した単位は上野学園大学での単位として認定。この留学で所定の単位を取得した学生には奨学金も給付される。
 前田は東大文学部(美学美術史)卒、専門は音楽学・美学。オーストリア政府留学生としてウィーン音楽演劇大学で学んだ。「日本は特殊で、欧州では音楽学は文学部にあります。半年間のウィーン留学は学生にとって将来の糧になります」
 同じような学期留学の制度は、演奏科の学生を対象とした同大とウィーン国立音楽演劇大学との間で実施されている。「国際的な学びのモデルケースとして効果を挙げつつあります」
 充実の施設・設備。上野学園 石橋メモリアルホールでは学生や教員による演奏会を多数開催、能・狂言の公演なども行うほか、授業でも使用する。テレビドラマ『101回目のプロポーズ』の撮影で使用された。
 附置研究所に日本音楽史研究所がある。日本音楽史学の国際的研究拠点で、雅楽、声明、能楽、近世音楽を中心とした史料(文献・楽器類)、研究文献、写真帳他など約7万点を所蔵。明治維新以前に日本で行われた音楽のほぼ全領域を網羅。国際シンポジウムや、関係学会・研究会等を開催する。「今年3月の日中音楽史共同シンポなどは、グローバル化の先駆けです」と強調した。
 音楽大学の就職はどうか。キャリア支援センターでは、進路に合わせたきめ細かなサポートを行う。音楽教室講師希望、教員希望、一般企業希望の3つの支援プログラムを組んでいる。2014年3月卒業の就職希望者の就職率は86.8%。内訳は一般企業29名、音楽教室講師12名、学校・団体職員5名。
 「音楽大学の学生は、ハーモニーの能力、人の気持ちを汲んで合わせる適応力と、合奏や合唱で培ったチームワークが優れています。さらに、上野学園の学生は規律、自覚がしっかりしていると一般企業からも評価されています」
地域貢献に力を注ぐ
 地域貢献には重点を置いている。「上野の山文化ゾーン フェスティバル」に定期的に参加、学園のホールを開放してランチタイム・コンサートを年11回実施。「ボランティア活動では、社会福祉施設などで出張演奏する上野学園ハートフル・コンサートや、東北福祉大学との協働事業で被災地支援の活動も行っています」
 大学のこれからを聞いた。「新設するグローバル教養コースを軌道に乗せたい」、「音楽はひとつの言葉。音楽という言語を使ってコミュニケーションを図っていきたい」と語った後、グローバル化とマネジメント力について力説した。
グローバル化を力説
 「音楽教育は、専門性の高度な追求にとどまりません、幅広い人間的な教養が求められてきています。これに加えて、グローバル化に対応するための英語力、演奏だけでなく音楽をプロデュースする力も必要になります。これからも優秀な演奏家だけではなく人格・教養に加え語学力、プロデュース能力を兼ね備えたあらゆる分野で活躍のできる人材を社会に送り出していきたい」
 卒業生の辻井は、学生たちに、「大学案内」で、こんなエールを送っている。〈日々の練習も大切ですが、自分の好きなことや趣味の時間を持って気分転換すると、音楽がよりよくなると思います。ぜひ、練習の合間に自分が好きなことを楽しんでください。きっと音楽がもっと好きになると思います〉
 こうした辻井の思いが後輩の学生たちの心に通じるような学園の雰囲気が、前田の言葉の端々に感じとれた。冒頭の上野学園大学への疑問は氷解した。



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