平成26年2月 第2552号(2月12日)
■本紙企画
教授法が大学を変える
第2回目は27大学から応募
同企画第1回目の昨年度は、女子栄養大学、金城学院大学、沖縄国際大学の事例が選定され本紙に掲載、昨年10月には、日本私立大学協会教務部課長相当者研修会において、各担当者が事例講演を行った。
このたび、JAEDでは、当初は3事例の選定予定であったが、議論の結果、他大学への活用のし易さや学習成果の分かりやすさ等総合的に判断し、このたびは2事例を選定することとし、札幌大学と明星大学を取り上げ、それぞれ会員が現地に赴き聞き取り調査等を行い、報告した。
このたびの応募校は、全体として、「アクティブ・ラーニング」をテーマに募集したためもあり、グループワークやプロジェクト/プロブレム・ベースド・ラーニング(PBL)にちなんだ事例が大半であった。また、初年次教育等でアクティブ・ラーニングを展開している大学も多かった。更に一つの授業や講義を超えて、全学、または、学部横断の取組が多くみられたことは、特筆すべき点であろう。
三つのポリシーの作成、それに合わせたカリキュラム改革の必要性が求められて久しいが、このたびの結果は順調に各大学では改革が進んでいるという見方もできる。
各大学の教員が日ごろの工夫の中で取り組んでいる授業に優劣はない。あくまで、他大学にも参考になりそうなものを選定しているのみである。
全ての事例は電子化して、年度内に日本私立大学協会ホームページからダウンロードができるようにし、各大学のFD活動の参考にしてもらう。
学生の振り返りと深い思考を促す
札幌大学・「臨床教育学入門」
【はじめに】
札幌大学は2017年に創立50周年をむかえる、学生数約3500名の私立大学である。今年度から5学部を「地域共創学群」に統合し、1学群13専攻制を敷いている。学生は自分自身が最も学びたい主専攻を選択し、2年次から履修する。入学後の基盤教育によって興味・関心の対象が変われば、入学時に予定した専攻を変更することもできる。また、学びの幅を広げ教養を深める「主専攻+副専攻」、体験や実習によって人間力・就業力を培う「主専攻+アクションプログラム」、将来の職業を明確に見据えた「主専攻エキスパートコース」など多様なコースがあり、学生自身が自分だけの学びを形作れるよう配慮されている。学生が主専攻を選択する際、指針となる科目群が「専攻入門」である。ここで紹介する荒木奈美先生が担当する「臨床教育学入門」は、日本語・日本文化専攻への専攻入門として開講されている受講生200名ほどの科目である。また、正課教育に課外学修を組み合わせた上述のアクションプログラムの中の「教職アクションプログラム」、「キャリアデザインプログラム」に参加する学生に対し、「自ら考え、自ら学ぼうとする学修意欲と主体性を育む」基本姿勢を形成することも、この科目の目的となっている。
【授業概要】
この授業の到達目標は、「現在の学校教育の問題点を探り、自発的に学ぶ子供を育てるための教育に必要な要素について、学習者自身の考えを深める」、「学習者自身の気づきを今後の大学における学びへと生かすための方策について、学習者自身の言葉で具体的に語る」である。授業においては、学生個々の毎回の振り返り、学期半ばにこれまでの自らの記述内容についての振り返り、学期末に自らの考えの再構築が課される。後述するが、それらをまとめたものは、ラーニング・ポートフォリオともいえる成果物であり、学生が今後の大学生活を送る上で貴重な財産に成り得る。
【教育理念】
荒木先生は、学生が学修を通して、「もっと社会のことが知りたくなった」、「もっと『大人』の考えを持ちたいと思った」などの気持ちが芽生え、それが日常生活の学習意欲へと結びついた時に初めて、教授者としての役割を果たしたと考える。学ぶ意欲を引き出すため教員が個々の学生と丁寧に関わり、直接的な働きかけをすることももちろん大切である。一方、教員が行う個々の学生への直接的な働きかけは、得てして強制力が働いてしまい、主体性を育むことに逆行する。大規模講義形式で行われる授業では、教員の言葉は不特定多数に向けて発信され、それを受け取るか否かは学生個人の意志に依存するが、学生が授業内で他の学生と関わることにより、他者の考えと出会い、自己の考えを相対化できる機会に恵まれる。主体性の育成と強制の狭間で、荒木先生は学生の学修につかず離れず伴走しながら、学修を支えることを大事にしているように私は感じた。
【方法】
授業回により、自由座席での個人思考主体の回と、座席指定での4人1組で行うグループ討論主体の回がある。個人思考での課題例は「フツーの子の心の闇」、「いじめの構造上の問題を考える」などであり、グループ討論の課題例は「教師と生徒に距離感があることのメリット・デメリット」などである。これらの課題設定には、荒木先生の12年にわたる都立高校教員としての経験が強く反映し、机上の話ではない、学生にも身近で切実な課題設定になっているのだろうと感じた。グループ討論ではおよそ50組のグループが同時に討論を行うことになるが、それぞれのグループで出た意見はサイトに書き込まれ、その場でプロジェクターにより投影し共有される。これにより、他の学生がどのような意見を持ち、それが自分とどのように違うのか実感し、自分と他の学生との考えの違いを受け止める習慣がつく。その後、共有した内容を受けてグループで再討議し、最終的な自分の考えを個々の手書きレポートにして提出する。個人思考主体の回のレポートとともに、これらのレポートは学期の半ばにコメントつきでまとめて返却され、ここまでのレポートを学生自身が自ら読み返し、その記述内容を批判的に振り返る。さらに、講義最終回には「どんな教師・大人・親になりたいか」というレポートが課され、これまで学生自身が書きためたレポートを手がかりとして、自分の考えを再構築する。講義最終回まで、「個人思考」、「グループ討議」、「他者の意見を知る」、「振り返り」を繰り返すことで、学生が書くレポートは、「思いつき」や「感情論」に終わらない、自己を相対化した記述となり得るという。
荒木先生は、この手書きレポートを学修指導上、とても重要視している。荒木先生曰く、「手書きレポートには学生一人ひとりのその日の心の状態がはっきりと表れている。毎週のレポートを並べてみると、学生一人ひとりがそれに気づく。やる気のない日は乱雑な字であったり、どうしても書きたい気持ちが収まらず、レポート用紙の裏にまで自身の思いを書き込む答案もある。そのような『温度』を感じ取れるのは、機械文字にはあらわれない手書きの持つよさと考えている」ということであった。また、荒木先生は各回の授業において、詳細なリフレクションシートを自らに課している。当初の計画をし、学生の様子を観察し、計画を修正し、次学期に何を行うかを詳細にメモしたこのシートを拝見したが、PDCAサイクルというべきものがそこには存在し、これを何年か繰り返すことで、綿密に作りこまれた授業プログラムが完成することを大いに期待させるものだった。
【成果】
講義最終回に課したレポートの記述内容から、この授業を通して多くの学生の主体的に学ぶ意欲を引き出し、自分自身の言動を反省的に振り返ることで自らの意識を開発することへの気づきができたと荒木先生は考えている。以下は、荒木先生から頂いた学生の記述内容の抜粋である。
・私の考え方を直せる・増やせる大事な90分間でした。まだまだこの分野を学びたいと思いました。後期の授業ではこれに似ている講義を見つけて、もっともっと成長したいです。がんばります。
・4ヶ月の間で自分の考え方がこんなに変わるとは思いませんでした。そして学習というよりも人の心を学んでいける講義だったので、他の講義と違い濃い90分だったと思います。
・この講義を受けて、親のことや自分のことを深く考えました。自分の中でいろいろと考えが変わったと思います。この講義で学んだことは、これからの人生で役に立つことだと思いました。
・15週×90分=1350分=22.5時間、ありがとうございました。この授業のおかげで、実際よくわかっていなかった“教師としての心構え”が少しわかった気がします。残るわからない部分は、これからの学生生活のなかで見つけられたらなと思っています。
【おわりに】
「アクティブラーニング」という言葉からは、グループでの討論や課題作成・発表を連想することが多いと思われる。私はアクティブラーニングという言葉をもう少し広く捉え、一方的な知識注入型講義以外の授業形態・手法を指すものだと理解している。荒木先生の授業でもグループ討議が何回か用いられているが、この授業の本質はあくまで学生個々の振り返りと深い思考である。学問体系が確立している分野や資格取得に関わる分野ほど、知識注入型講義が実施されている傾向が強いと思われるが、そこに少しだけでも学生の活動や振り返りの仕組みが組み込まれ、適切なフィードバックがなされるだけで、その科目本来の目的達成度は格段に上昇するのではないだろうか。荒木先生の授業は、その可能性を感じさせてくれる授業であると実感した。
この場を借りて、素晴らしい実践を見させて頂いた荒木先生、及び札幌大学の関係各位に感謝申し上げたい。
(文責:芝浦工業大学教育イノベーション推進センター/工学部教授・ファカルティデベロッパー 榊原暢久)
1年生全員必修の本気の授業づくり
明星大学・「自立と体験」
【はじめに】
明星大学は、理工学部や人文学部など8学部(2014年4月に設置予定のデザイン学部含む)からなる私立大学であり、教育目標として「自己実現を目指し社会貢献ができる人の育成」(自分の夢の実現に向けて努力し、他の人のために役に立つことのできる人を育てること)を掲げている。
明星大学の考える「社会に貢献できる人」とは、自ら問題を見い出し、その解決に向けて取り組むことのできる判断力と実行力を持った人であり、その結果として社会に貢献できる人のことを指す。それは、現実の問題に直面し、自分で体験し解決して初めて身につくものであり、そのため、特に体験教育が重視され、ここで紹介する「自立と体験」も体験プログラムの一つとして位置づけられている。この授業の教育目標は、「明星大学に学ぶ学生としての自分を理解し、各自の理想や目的を明確にしていくこと」である。この授業を通して自分の理想や目的を明確にしながら、社会貢献への道筋を学生一人ひとりが探すことを目指している。
【授業概要】
本授業は2010年度よりスタートした全学初年次教育科目であり、全学共通科目として1年生全員が前期必修科目(2単位)として受講する。最大の特徴は、学部学科横断型クラス編成であり、多様な学部学科から集まった学生が1クラス30名、全68クラスに振り分けられる。短い講義と個人学習、5、6人で構成されるグループ学習を通して様々な学部学科に入学する学生と交流し学びあっていくアクティブラーニング形式をとっている。
学生にはポートフォリオが配布され、担当教員が統一した教案をもとにファシリテーターとして授業を進めていく。担当教員は、授業手法や授業内容に関する事前研修を受け授業内容の質の担保がなされている。すべてのクラスに事前研修を受けたSA(スチューデントアシスタント)が授業のサポートを行う。また、この科目の開講にあわせて、2010年度より開設された明星教育センターの特任教員と事務スタッフが協働し、すべての授業の教材等の準備および担当教員のサポートを行っている。
【教育理念】
すべての学生が、充実した4年間の大学生活を送るための基礎として位置づけられる。能動的に学び、自分で考え、表現し、他者と関わり、多様性を理解し、多様性から学ぶ、まさしく「大学での学び方を学ぶ」授業を目指している。この授業はまた、1年次に位置づけられることで、専門知識を活用した授業で多くの学びを得ていく基礎ととらえられる。そのためには、担当教員が学生の能動的な学びをサポートする役割(ファシリテーション)を行うことが重要であり、それにより学生の力を引き出していくことができると考えられている。
【方法】
全15回の授業は、全授業共通の各回教案が用意され、授業の流れと時間配分(目安)が記載されている。担当教員は、この教案に基づいて授業を行う。授業構成は、「第1節 人と関わる」(1回〜5回)、「第2節 人と関わる・学びのスタートを切る」(6回〜11回)、「第3節 大学生活を見通す」(12回〜15回)というテーマ構成をとる。授業には多彩なワークが設計されている。たとえば、第6回は、学長が自ら大学の自校教育について講話をし(20分)、その後、上級生の学生生活などの話を聞く仕立てになっている。第7回では、第6回で得た情報(学長・上級生の話、大学の歴史等のVTR)をもとに、高校生に「明星大学を紹介する」ポスター制作をする。さらに個々の学生が自分の所属学科の特徴を調べ(第6回授業宿題)、「私の学科自慢」としてポスターに取り入れることになっている。2週の授業および自宅学習のつながりを持たせて授業を進めている。
教科書は使用せず、学生に第1回目の授業で配布されるポートフォリオおよびワークシートを使いながら授業が進行する。学生には、ポートフォリオに「授業で取り組む様々なワークの記録をする、ワークを通して学んだこと・感じたことを書きこむ、グループメンバーの発表や発言をメモする、先生の説明やまとめの話のノートを取るなどを通して自分の学習の積み重ねを記録しておく」ように指示がされている。また、それぞれの授業テーマに沿ったワーク教材が用意されており、たとえば、卒業生へのインタビューをパズル形式にして、卒業後の仕事や大学生活について考える「卒業生パズル」、バラバラの情報を集めて、グループメンバーが協力して課題を解決する情報カードゲーム「歓迎企画をたてる」、将来を見通しながら、大学四年間の計画を記入する「大学生活デザインシート」などがオリジナル教材として開発されている。
【成果】
学生の行動目標あるいは到達目標は、「他者との関わりを通して自己理解を深め、明星大学で学ぶ自分自身を理解すること」である。多様な学部・学科に所属するクラスメートとの交流を通して、様々な角度から自分自身をみつめ、自分の理想や目的を明確にしていくことをねらいとしている。
第1回と第15回授業で収集される学生アンケートによれば、@「卒業後にしたいことを考えているか」、A「学生時代にすべきことを考えているか」、B「明星大学の歴史や特色を知っているか」、C「大学図書館の利用方法を知っているか」、D「自分の意見を筋道立てて話すことができるか」、E「敬意・関心を持って他者の話を聴くことができるか」、F「自分の意見を文章でわかりやすく表現できるか」という項目すべてについて、望ましい方向に自己評価が変化しており、学生たちが自信を深めている様子がわかる。
また、自由記述には、「いろいろな学部と交流をすることが出来て良かった」、「人と関わる、体験する、行動するというのは社会に出てからも役立つ」、「人に自分の考えを伝える、人の考えを理解することを通じて色々と学べた」、「最初は知り合いが少ないので不安だったけど、この授業を通じていろいろな人と触れ合えた」、「いろいろな目的をもって大学に入学してくるのがわかった。目標をもって行動をしたい」、「自分から動かないとダメな授業だと思うと大変だったけど、今の自分を見つめ直して将来についてみんなと意見交換できてよかった」、「この授業がなければ明星大学のことを知らないで卒業をしたと思うので、知れてよかった」など、本授業の目標に合致したコメントが寄せられている。
授業の実施にあたっては、担当教員だけでなく、上級生(SA)や大学職員(職員インタビューや図書館での演習)が関わっており、まさに大学全体で取り組んでいる授業である。初年次教育を専門の教員だけで実施するのではなく、各学部学科の教員が担当することで、学生の学習内容を大学全体で共有でき、一年生後期以降の授業に学びを継続させていくことができる可能性が生まれている。「全学初年次教育に関する委員会」では履修者、担当教員、SA、授業に関わった職員などを対象にアンケートを実施。それらの声が授業改善の大きな柱となっている。
数値に表れている成果としては、学生生活実態調査において本授業科目開講前(2008年度)と開講後(2011年度)を比較すると「一度でも離籍を考えたことのある」学生の割合が一割減少した。
【おわりに】
本授業の特徴は、アクティブラーニング形式をとる授業内容もさることながら、1年生全員に対して必修としたその設置形態にある。70弱ものクラスが同時に実施されることの意味するところは、多くの教員の参画の必要性である。それを実現にまでもっていった大学としての意思と、その質と継続性を担保するための研修体制および支援体制の構築と実現には敬意を表したい。本授業はいまや明星大学のホームページのトップにも紹介がある通り大学の教育理念を実現し、大学を特徴づける科目として位置づけられており、今後もその安定的な継続と充実の方向性がうかがえる。多くの教員が関わる「本気の」授業づくりが大学をかえてゆく好例として紹介させて頂けたことに感謝したい。
(文責:東京大学大学総合教育研究センター 栗田佳代子)