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平成26年3月 第2555号(3月5日)

 これからの大学間競争
  市場の失敗と健全化の方策 (上)

NPO法人NEWVERY理事長・中央教育審議会高大接続特別部会臨時委員   山本 繁

 大学入試広報は新しい局面を迎えている。新しい入学選抜のあり方については、中央教育審議会の高大接続特別部会において議論され、ネット出願をはじめ、現場の各大学でも様々な取組が行われている。その中で、広報費を抑えて教育力改善に、と主張するのは同部会臨時委員を務める山本 繁NPO法人NEWVERY理事長だ。2回。

 我が国の高等教育市場は完全に失敗している。大学間は本来「教育力」で競争すべきだが、ポエムと写真とホームページのSEO対策に長けた大学に学生が集まっているのが現状だ。
 ホームページや大学パンフレットに「奇跡の1枚」と呼べるような写真を掲載し、「輝くキミの未来に伴走したい」といったポエムを添える。会議室では「いや、『キミの輝く』の方が良いのでは?」と真剣に話し合っている。SEO対策には専門の業者を雇い、ホームページのアクセス数を稼ぐことに必死になっている。
 昨夏「この夏、大学がテーマパークになる」という吊革広告を私鉄で見かけ驚いた。行ってみようかと思ったがやめた。さぞや普段の大学とはかけ離れたオープンキャンパスが広告代理店主導で開催されていたのだろう。このようにイベント開催のノウハウも現代の大学には欠かせず、今日のオープンキャンパスはさながら学園祭か住宅見本市のようである。
 「絨毯爆撃」と称して、あるエリアの高校を毎年集中的にアポなし訪問する大学もあるが、高校教員ははっきり言って迷惑がっているし、もちろんそんなことでは志願者数は変わらない。高校訪問の真の目的は、高校教員と大学教職員の間に継続的な信頼関係を構築することにある。一方的なセールストークや訪問は逆効果になる。
 結果、学生獲得コストが一人当たり50万円を超える大学もある。もちろん原資は学納金であり、その半分程度は学生または保護者名義のローンである。
 このような現状には、当然、大学関係者も疑問を感じている。なぜ多額の学納金を学生獲得コストに使わなければいけないのか。しかし「学生獲得コストを半分にし、残りの半分を教育力の向上に回しませんか?」という提案が受け入れられる余地は我が国には殆どない。
「教育に力を入れても学生が集まらない気がするのです」。
 筆者が大学関係者から初めてこの言葉を聞いたときは愕然とした。しかし、現実に多くの大学が多額の学生獲得コストを計上し、また最も貴重な資源である教職員の「時間」を学生獲得のために使っている。どの大学でもそうだ。教員の採用、質の高いFD研修の実施、学部・学科の教育予算の増額、インターンシップの拡充など他に考え得る用途は多肢に渡るが、莫大な学生獲得コストの計上を自分たちでは止められそうにない。
 組織は自らが最も合理的だと考えうる選択をする。莫大な学生獲得コストを教育力の向上に振り分けないのは、その方が大学経営にとって有益だと判断しているからに他ならない。
 筆者は、12年9月から中央教育審議会高大接続特別部会の臨時委員を務めており、14年2月19日の部会(第12回)で次の問題提起をした。
 大学の教育改革を推進するには、まず大学間競争のルールを変える必要がある。イメージやブランドによる競争から「教育力」による競争へ。そのためにはより詳細な教育情報の公表が必要であり、学生獲得コストには政府がシーリング(上限)を設定することも検討すべきである。例えば、学生獲得には一人当たり10万円、あるいは初年度納付金の10%を超えるコストを使ってはならない、といった上限設定が考えられる。もちろんシーリングが設けられる教育機関には専門学校も含まれなければならない。
 多くの大学関係者が「教育に力を入れても学生が集まらない」と考え、教育ではなく広告宣伝に多大なリソースを使っている現状は「失敗した市場」の姿だ。政府による介入と、大学業界自らによる健全化に向けた動き出しが求められる。
 確かに、市場が失敗しているからといって直ちに政府の介入が必要なのか?という声もあるだろう。しかし、現状の悪循環は長年放置され続けてきたし、傾向としてはむしろ悪化している。放置すれば、受験生が減少↓今年だけならと思い広告宣伝費や高校訪問を増やす↓一時的に受験生が増える↓その裏で教育予算や教育活動に従事する時間が減少↓大学が本来提供する価値の減少↓受験生が減少、以下無限ループという流れが続いていく。つまり、学生獲得コストは上がり続けるのである。
 大学関係者の多くは「大学を改革したい。教育を良くしたい。でも予算がない。だから補助金が欲しい」と言う。一人当たり50万円もの学生獲得コストを使っていれば、当然、大学改革、教育改革に使える予算は少なくなる。もし各校の学生獲得コストが今の半分になったら、文部科学省による大学改革のための補助金をはるかに超える予算の捻出が可能になるだろう。学納金を広告宣伝費に使う後ろめたさからも解放される。
 したがって政府は「市場の失敗」を認識し、早々に市場に介入すべきだし、また大学関係者はそのことを支持すべきである。
 では、「支持する」とは具体的にはどういうことを指すのか?
 筆者は、学生獲得コストにシーリングを設定することを私学から積極的に提案すること、また大学ポートレートの実質化の支援、各校における大学ポートレートより先じた教育情報の公表推進、そして、高校生や保護者・高校教員を対象にした平日の授業公開の推進などがそれにあたると考えている。つまり、業界全体で学生獲得コストを抑制し、それによって捻出された予算を教育改革に充て、各校の教育力・教育成果を定量情報・定性情報両面で積極的に公表し、大学間競争のルールを「教育力」による競争に変えていくのである。
今のままでは、昔ながらに偏差値の高い大学や“印象操作”に長けた大学に受験生は集まり続ける。それでは我が国の大学教育改革はブレーキがかけられたままであり、国力の向上は望めず、教育改革に成功した大学も報われない。
 以上、我が国の高等教育市場の失敗の現状について、及び政府と大学業界が一体となって健全化に取り組むべき理由を述べた。次に「教育に力を入れても学生が集まらない」状態を脱するために、個々の大学・短大が取りうる戦略・施策について論じたい。
 具体的な施策は以下の三分類になる。
 @教育の充実
 A教育力・教育成果の可視化
 B学生獲得コストの抑制
 教育を充実させ、その結果である教育力・教育成果を可視化し、受験生・保護者・高校教員等のステークフォルダーに適切に伝え、広告宣伝に依らない学生獲得を実現し、学生獲得コストを抑制、捻出された資源(人モノ金)を教育の充実に再投資するという、言われてみれば当たり前のことが基本戦略になる。
 @教育の充実のために行うべきことは、aカリキュラム改革、b教員採用及び教員個人の能力開発、c個別支援の強化、d課外プログラムの充実、であるが、acdはいずれも教員が構想及びコーディネートすることが多く、そうだとすれば「人への投資(b)」が最も重要になる。
 周知の通り、我が国でFDが義務化されたのもこの文脈による。ところが実際に現場で起きたことは「アリバイ作りのFD」と、それによる「FDアレルギー」という悪影響である。そこで「FDの質保証」が必要となる。
筆者らのNPOも大学向けにFDプログラムを提供している。初期は1日単位の単発研修だったが、確たる手応えを得ることができなかった。その反省を踏まえ、2012年度からは年間70時間に及ぶ通年のFDプログラムを提供している。
 企業の人材育成の方法が研修とOJTであるように、教員の能力開発も研修とOJTをセットで行うのが効果的だ。現在5大学に提供しているプログラムでは、30人程度の固定の大学教員に対し研修8日と授業コンサルテーション2回を組み合わせている。
 これまで150人以上の大学教員が受講した。今年はさらに200人を超える大学教員がこのFDプログラムを受講する予定である。今春「大学教職員研修センター(仮称)」も設立する。まずは10名の講師に20プログラムほど提供してもらう予定だ。
 他にも全国各地で多様な質の高いFDプログラムが生まれている。
次回は「募集広報」に焦点を当てて、引き続き「教育に力を入れても学生が集まらない」状況を脱するために個別の大学・短大が採りうる戦略・施策について論じたい。(つづく)



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