平成25年11月 第2545号(11月27日)
■改革の現場
ミドルのリーダーシップ <56>
工学部改組から看護学部設置へ
足利工業大学
足利工業大学は、足利市の17ケ寺による組織「足利仏教和合会」が設立した足利実践女学校を起源とする。その後、月見ヶ丘高等学校に改称、男子部は1961年に商業科・普通科・工業課程によって開設され、1968年には足利工業大学附属高等学校と改称された。前年の1967年に足利仏教和合会によって法人内に足利工業大学が開学し、以来、工学部1学部5学科体制で運営されてきた。2011年からは工学部創生工学科の1学科に改編し、その下に自然エネルギー・環境学系、生命システム学系、情報システムデザイン学系、機械・電気工学系、建築・社会基盤学系の5学系11コースを置いた。こうした改革について、牛山泉学長、蟹江好弘副学長、末武義崇教授、櫻井康雄教授、伊東一臣教授、和田昇三教授、大蔵有一事務局長に話を聞いた。
創生工学科への改組の背景としては、機械の勉強には同時に電気も勉強しなければならない近年の傾向がある。また社会資本としての土木・建築も共通した情報と知識が必要であることなど、社会ニーズの変化・高度化、学問の統合に合わせて、時代を先取りした学系の構成が必要だった。自然エネルギー・環境学系では太陽光、風力といった自然・エネルギーを、生命科学では特に「睡眠」をテーマに、加えて大学院では、煙火学専修(花火大学院)を設置するなど、珍しい研究テーマを揃えた。「前学長の時代から新しい学科を設置しようという構想はありました。これに、社会や高等学校等からの要望が合わさって、創生工学科へ改編されました」と蟹江副学長は述べている。
ユニークなのはやはり学系制。櫻井教授はこう説明する。「他学系の講義を幅広く受講できることはもちろん、学生は一度、自分の学系を決めた後でも、担任と相談して他学系に移ることができます。当然、建築士などの資格や就職活動の関係で、3年次や4年次というわけにはいきませんが…」。いわば、学習の選択制に高い特徴を持つ工業大学である。
初年度の受験者数は好調だったが、翌年度からは再び落ち込む。「学系という制度が分かりにくいというご意見は頂きます。しかし、今後の時代ニーズには確実に沿ったものと考えています。オープンキャンパスのほか、年に3回のミニオープンキャンパスでは、生徒と教員が1対1で説明をしています」と末武教授。学系の周知徹底に腐心する。
もう一つの大きな改革が、2014年よりオープン予定の看護学部看護学科。牛山学長は、「系列の短期大学には3年制の看護学部がありましたが、2年程前、短大教授会から大学に改組したい、3年では資格取得の時間が短いという相談がありました。たとえ看護学部でも工業大学だと女子学生が敬遠してしまうということで、大学の改名も検討中です」と述べる。
教員1人の持つ学生数が少ないので、初年次教育、キャリア教育等も手厚い指導ができる。「担任制」は、履修科目等について説明したり、相談を受けたりする学生生活の指導を行う制度で、2年次以上については、各学系において複数の教員を担任として配置し、教員1人が平均30名を担当する。
「フレッシュマンキャンプ(1年)は、入学してまず友達を作ってもらいたい、教職員とフランクに話してもらいたい、そういう目的の宿泊型の研修です。ソフォモアキャンプ(2年)は、より専門性を生かした形で工場見学を行います」と伊東教授。学習支援室では、数学、物理、英語といった科目について、常勤の教師や上級生に相談ができる。学生は電子システムで細かく把握。学生の中退傾向等の情報はデータを読み解くことで分かるようになった。
特徴的なのは就職率の高さ。「主に地元企業等から人事担当者を招き、学内企業セミナーを開催。300社程度が参加し、半数の学生がそこで内定をもらいます。また、オリジナルのデータベースを作成し、就職活動中の学生に最新の求人情報を提供するほか、キャリアデザインのための就職応援ブックを配布しています」と和田教授。前述の一連のキャンプでもキャリア教育は行われ、全学年を通して就職意識を高める仕掛けが施されている。
スピード感ある大学経営を実現しているのが、四つの委員会の委員長から構成される「委員長会議」、各学系の主任による「学系主任教授会」である。この両会議において、大学の方針に関わる基本的な事案、教学の企画運営等が議論される。結果は必要に応じて、最終的に教授会に上程されて機関決定するという流れである。
理事長をはじめ法人傘下の各校幹部が月に1度顔を合わせ、情報交換をする場が所属長会議である。また法大会議は法人と大学幹部の情報交換の場であり毎週1度行われている。
教員と職員の格差は伝統的になく、課長級は委員長会議に参加もしているし、FDには職員も参加して議論を行う。外部研修に参加した際には、学内で成果を発表し、自分の意見を述べることを求め、当事者意識を持ってもらう。
まさに「ミドルのリーダーシップ」を発揮する委員長会議、学系主任教授会。経営と現場をつなぐ法大会議の存在が、足利工業大学の改革を推進していることは間違いない。
風力発電等特色ある教育で地域、世界と結びつく
桜美林大学教授/日本福祉大学学園参事 篠田道夫
足利工業大学は、2011年より工学部教育を抜本的に改組、創生工学科1学科としその下に5学系を置いた。新学系は特色ある工学分野を大胆に取り込んだ。その下にさらに最先端のロボット生産システムコースやCAD・CAMデザインコースなどを含む11のコースを置く。
一つの専門分野に秀でた能力だけでなく、別々の領域をつなげ、新しい商品やサービスを開発できるマルチエンジニアの育成を目指す。狭かった工学の対象領域を大きく拡大し、新たな学系・コース名で特色ある教育を打ち出す。1学科内なので学系・コースを変わる自由度は大きく拡大した。
とりわけ日本で初めて、自然環境にかかわる工学に特化した自然エネルギー・環境学系は風力発電の研究者でもある牛山学長が主導する改革の目玉だ。学内には、風力と太陽光に木質バイオマスガスを組み合わせたトリプル・ハイブリッド発電の大型実験施設がある。また「風と光の広場」やミニミニ博物館には、様々な形をした約30基の風力発電装置や太陽熱を使う調理器具、ソーラークッカーがあり、小・中学校の総合学習からケニアの無電化地域の電化まで、地域でも国際舞台でも注目される。
2014年には看護学部設置を目指す。もともと短大にあった3年制の看護学科の発展だが、工学部に併設することで大学イメージを一新し、大学名の変更も検討中だ。
こうした新たな展開を、一人ひとりを大切に育てる伝統の少人数教育が支える。入学準備学習プログラムから始まり、フレッシュマンゼミは1教員に5〜8名という超少人数で実験や実習を通じて工学への興味を高める。履修登録時にはこれが履修計画をアドバイスする個別履修プログラム制度として機能する。学生との面談を通して授業理解度・疑問やニーズを直接把握し妥当な学習体系を作る上で極めて有効だ。
さらに教員、学生同士の親睦を深める1泊2日のフレッシュマンキャンプ、2年生では日帰りで工場等の見学を行うソフォモアキャンプが行われる。学系ごとに担任制をとっておりこれは4年間続く。1年次の基礎科目は習熟度別クラス編成になっており、モバイル出席システムで、欠席が2回重なるとクラス担任の教員が指導・援助、学生カルテを使って学生指導の充実に取り組み、学習支援室、数学、物理、英語の学習相談室では授業中には聞けない基礎的な疑問に専属教員や上級生が親身に対応する。
就職率は82%。私大で2位になったこともあり地元就職には強い。卒業研究の指導教員と人事採用担当者と直接面談する就職情報交換会を、毎年、足利と東京で開いたり、栃木、埼玉の経営者協議会と連携するなど創立以来の企業との強い結びつきを生かす。学内企業セミナーは2日間で300社が参加し5割の学生がここで内定する。研究室ごとの就職内定状況も公表し就職支援を強化する。
それでも地方に立地する大学の運営は厳しい。短大は定員をほぼ確保するところまできたが、大学は400人の定員に対し入学者が300人前後の状況が続いている。特色ある工学教育を広報するとともに、特待生入試や経済支援入試を拡充、工業高校や専門学校との連携も深め編入生の増加も図る。
特にカを入れているのが教育連携センターの活動だ。高校との連携を継続的に強化するため栃木、群馬県内の25高校と連携協定を結び様々な交流活動を進めている。また高校からの依頼による大学見学、模擬授業、ものつくり教室への講師派遣・課題研究の指導、教員研修やPTAの講演会への講師派遣、各種コンテストの開催等を推進している。授業宅配便と名付け、高校に出向いて行う再生エネルギー発電やソーラークッカー等の授業は大変好評だ。地域や高校の信頼を高めるこれらの取り組みは即効性はないが漢方薬と位置付け、広報業務と連携して入学者確保を図る。
こうした取り組みを推進するのが経営教学の協議機関である通称「法大会議」であり、学長の下では「委員長会議」「学系主任教授会」が改革方針を練る。財政的には赤字が続く厳しい構造だが、手厚い教員体制や教学条件の充実には手を抜かない、連続する改革と丁寧な教育による個性・特色を発信し、地域評価の向上に取り組んでいる。