平成25年11月 第2543号(11月13日)
■グローバル人材育成論
グローバル人材とは
「グローバル人材」に共通する能力とその特徴
今日ほど高等教育でグローバル人材の養成が叫ばれている時代はない。その背後には、世界市場で存在感が薄れつつある日本企業の危機感や、国際化の時代とは逆行するような日本の若者の「内向き」志向があると言われている。日本企業が海外展開をする上での最大の課題は、グローバルに通用する「人材」の育成であり、そのような人材育成を担う日本の大学教育自体も更なるグローバル化が必要ということであろう。
では、そのグローバル人材に共通して求められる要件は何であろうか。まずはグローバル・リテラシー、特に英語を中心とした外国語でのコミュニケーション能力、次に異文化の理解や活用力、そして最近よく耳にする「社会人基礎力」が筆頭にあがっている。
このうち特に大学教育で問題となるのは、経済産業省が提唱する「社会人基礎力」ではないだろうか。この能力の特徴は、認知的な能力だけではなく、人格的な特性や態度、対人関係能力などを含む人間の総合的能力を念頭に置いているということである。そしてこの新しい能力の獲得が教育目標や評価内容として位置付けられ、大学の教育課程の中に深く浸透してくると、大学はすこぶる大きな課題と直面することになる。すなわち、えてして抽象的議論に終始しがちな教育課題を、大学教育の中でどう具体化するのか、またそのような能力が獲得されたか否かを、どのように測定し評価するのかという問題への対応を迫られる。
「建学の精神」教育の組織的展開
「知徳一体」を建学の精神とする本学では、グローバル人材養成の中核をなすペダゴジーは学生の「品性力」の養成であり、そのためには道徳・倫理教育が不可欠だと考えている。たとえば「社会人基礎力」の「前に踏み出す力」は「一歩前に踏み出し、失敗しても粘り強く取り組む力」と説明されているが、そのためには、失敗そのものを「自己を向上させる恩寵的試練」と捉えるような道徳的発想が必要であろう。また「チームで働く力」は、自己中心性をいかに克服するかという視点がその大前提となろう。本学では道徳を「他者との関係性」と捉えているが、より良き関係の構築なくしてチームワーク力を十分に発揮できるはずがない。
そのような「知徳一体」の建学の精神を教育・研究の上で組織的に展開するため、2008年に「道徳科学教育センター」を設立した。その活動は、1年次の必修科目である「道徳科学」の授業運営に関するFD活動が主であるが、そうした活動から道徳教科書の出版、自校教育、被災地へのボランティア活動など、様々な支援の範囲を拡張してきた経緯がある。さらには、アメリカ合衆国のボストン大学、ミズーリ大学、イギリスのバーミンガム大学の研究センターと学術協定を締結し、学際的なコラボレーションを展開している。とくに、ボストン大との共編書 Happiness and Virtue Beyond East and West(チャールズ・イ・タトル社 2012年)の出版は、アメリカにおいて高く評価されているが、さらに本学とボストン大学との共催で高等教育における品性教育(character education)やサービスラーニングに関するシンポジウムを米国で開催し、この研究分野での国際的通用性の向上を目指している。
カリキュラム・ポリシー
次に、カリキュラムとの関連では、本学では道徳的能力を社会人基礎力や人間力の中核をなす能力として捉え、その育成を目的とした具体的なプログラムをカリキュラムの中で展開している。たとえば、既出の「道徳科学」に加えて、「麗澤スタディーズ」「麗澤スピリットとキャリア」「生涯学習論」「道徳教育の研究」「現代社会と道徳科学」などの科目である。
また実体験を通して異文化や実践的語学を学ぶ留学制度の充実も図っている。本学は世界12の国と地域に33の提携校があり、半年以上の長期留学と、語学研修、インターンシップ、ボランティア活動等を中心とした1か月程度の短期研修プログラムを用意している。過去30年間に、長期留学では3600名を超える学生を、短期研修では1000名を超える学生を派遣してきた実績がある(本学の学生数は約2600名)。また留学生の受け入れは、海外提携校からだけでも、1986年以来、これまでに延べ850名を数える。
しかし、留学は別にして、認知的な能力の養成が教育内容の中心になりがちなカリキュラムだけで、学生の人間力が十分に養成できるとは言い難い。道徳的能力は、認知(cognition)、情動(affect)、行動(behaviour)の3領域でホリスティックに育成されなければならず、アクティブラーニングやサービスラーニングなど、授業方法の工夫や改革の余地が大いにあるとしても、正規のカリキュラムだけは不十分と言わざるをえないのではないだろうか。
カリキュラム以外の人間教育の必要性
本学では、カリキュラム上の「学び」は、学生生活全体の一部でしかないという認識の下、課外で学生の「学び」の活動を支援する様々なプログラムをカリキュラムと同じくらい重要だと考えている。紙面が限られているので、二つだけ実例をご紹介しよう。まずは、1935年の開学以来の歴史と伝統を誇る寮教育である。今年度リニューアルしたグローバル・ドミトリー(約半数が留学生)では、6人を一つの生活単位(ユニット)として設定し、そのユニットを束ねる学生を対象に「ユニット・リーダーセミナー」を開催している。二つ目は、課外活動のリーダーを対象とする「リーダーセミナー」で、いずれもグループワークやディスカッションを通じてリーダーの重要性を確認し合うとともに、リーダー同士の相互理解を深め、課外活動の活性化を図っている。ともに、リーダーが成長することによって周りの学生の成長を促すという実践的な人間教育である。
最後に人間教育で一番大切な問題提起をして、本論のまとめとしたい。 それは学生の人間力を養成するには、教職員全員が、好むと好まざるとにかかわらず、自分たちは学生の役割モデル(role model)であるという意識が必要だということである。本学とボストン大学との共編書に序論を寄せてくださった米国の品性教育の専門家、トム・リコナー博士の言葉、“The single most powerful tool you have to impact a student’s character is your own character.”を心に刻みたいと思う。
なかやま・おさむ
昭和27年生まれ。麗澤大外国語学部卒。上智大大学院博士課程修了。平成19年より現職。平成23年より千葉県教育委員会「光り輝く教育立県ちば」を推進する懇談会座長を務める。