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平成25年7月 第2531号(7月24日)

改革の現場
 ミドルのリーダーシップ <48>
 「造形」発祥の伝統の堅持・充実で発展
 東京造形大学


 東京造形大学は、ファッションデザイナーの桑沢洋子氏が1966年に設立して以来、造形学部のみの単科大学として発展してきた。有名な桑沢デザイン研究所は同法人の専門学校である。1992年のキャンパス移転時にはバブル崩壊と重なったため、多大な負債を背負うことになったが、法人の財政を整備し、これを解決したのが小田一幸現理事長だった。小田理事長、渡邊晴彦法人事務局長、田口浩一大学事務局長に財政整備の手法を中心に聞いた。
 莫大な負債を返済するために小田理事長が採った方略は、支出を徹底的に合理化するものだった。「大学は決算よりも予算が大事。当時の受験者数は300人の定員に6000人で、予め入ってくる学費等は予測できます。これが予算通りに執行されていれば、赤字になることはない。本学は、予算決定段階から執行時に近い形で3社見積を出させて組みます。万が一執行時に増額などする場合は、予備費を活用します」。
 「経費節減は隗より始めよ、ということで、役員のグリーン車利用、公用車を廃止しました。私も通勤は学生とバスに乗っています」。学生の大学への生の声も漏れ聞こえるので、経営に参考になるアイデアが生まれることもあると言う。
 「教職員一人ひとりの給与には手をつけませんでした。その代わりに、これまで四人でやっていた仕事を3人で、3人でやっていた仕事を2人でやって欲しいと呼びかけました。だんだん一人の守備範囲を広くしました」。しかし、大学の本分でもある教育研究経費は削らない。経営や事務局は財政整備をすることで教学を支える。小田理事長が常に心がけていることでもある。
 「研究所は教授会を廃止し、教授、(当時の)助教授という役職もなくしました。専任教員の給与を一本化してシンプルにしました」。しかし、学生数の拡大という戦略は取らなかった。あくまで経費削減を遂行した結果、平成23年度末で負債を完済。「現在は、内部留保を踏まえつつ、学生に授業料還元を行っています」と渡邊事務局長は述べる。
 政策・経営上の課題は毎週開催される常務会で決めている。理事会や評議員会からは様々な意見が出されるが「学園を良くしていくために、意見が出やすい雰囲気なのは良いこと」とむしろ小田理事長は歓迎をしている。事務局組織は、事務局長が主導して業務を効率化するために物理的にも壁を取り払うなど変更が行われてきた。現在は、部局制を廃止し、セクション制に変更、各セクションに権限委譲し、若手にもセクションマネジャーを任せ、身軽に動ける組織とした。特徴としては、入学後の学生生活と就職を同一セクションとすることで、入口から出口まで一体となって学生支援をするエンロールメントマネジメント体制ができたこと等が挙げられる。また、平成24年度からはそれまで交流のなかった法人、専門学校、大学間で全職員の3分の1にあたる20名弱を異動させ活性化を図る。「組織はツールです。使いやすいツールに組み直すことが大事です」ここでも小田イズムが発揮される。
 財政は安定したものの、受験者数の落ち込みが最近の課題となっている。教員の中にも危機意識が芽生え始めてきた。そこでまず、将来構想委員会を設置して、「建学の精神」を現代風に捉え直した。「「造形」という言葉の意味を深く追求すると、単なるデザイン・美術ではなく、社会との関係づくりこそが大事にすべきことであると合意しました」と田口事務局長は語る。入試広報活動にも力を入れる。教職協働、専門学校と大学の合同でチームを作り、平成24年度には関東近郊の高校100余校に飛び込み訪問をした。学園誌はこれまで学内向けだったが、学外に向けて発信するツールとして一新し、主にOBの活躍に光を当てた。
 「小規模大学なので、経営における専門家はいません。職員はジェネラリスト。だからこそ、現場から色々な意見やアイデアが出てくる、みなで作る大学にしなければなりません」。小田理事長の大学経営哲学は、様々な課題をプラス思考で解決していくことでもあった。

単科貫き、全学一体で斬新な改革、健全財政を作る
桜美林大学教授/日本福祉大学学園参与 篠田道夫

 東京造形大学は、「造形」を大学名に冠した最初の大学である。デザインや美術を言葉と並ぶ人間の根源的な表現行為とし「造形」と呼ぶ。そこには創立者桑沢洋子の言う「デザインは個の問題ではなく衆の問題、社会の問題」、より良い社会を作るための造形という強いミッションが反映している。一人のためのデザインからより多くの人が使える生活デザインへ、芸術が社会の仕組みや日常の営みにどのように関連付けられているか探求しながらの教育という伝統が息づいている。社会との連結を重視する学部共通科目、造形基礎科目やサステナビリティ(持続可能性)教育の重視につながり、他のデザイン系大学と違う強い個性を作り出す。
 1954年、デザイン界では著名な桑沢デザイン研究所ができ、大学は言わばここを母体としている。大学学生数1800名に対し研究所は1000名を数え、デザイン専門学校としては大手だ。しかし、両校はそれぞれ強い個性を持って運営されており、同一法人のもとで協力しつつ、他方では切磋琢磨する競合関係を保ち、それぞれ独自の発展路線を歩む。
 1966年大学創設後、1969年に定員300人、2004年に定員380名へわずかに増員しただけで、現在まで造形単科大学、デザイン八専攻、美術2専攻の基本形はほとんど変えていない。ここに大学の造形発祥の伝統を保持し、かつそれを充実させることで強いブランドを維持してきた強みがある。
 その強みをより強力に発信すべく、近年は学園広報室や学園企画室を設置、戦略的広報活動に力を入れ学生募集戦略検討合同プロジェクトを桑沢デザイン研究所と共同で作り、募集戦略の点検・改善策の立案と推進を行う。大学・専門学校一体で学園広報誌を新規発刊、大学案内コンペの実施、情報発信力、プレスリリースの強化、発信情報の質保証などに精力的に取り組み、安定した学生募集を作り出す。
 芸術系では厳しいと言われる就職も、デザイン学科では進学24.1%、製造業23.3%、サービス20%、情報通信12.5%などと健闘している。しかし就職希望者(就職登録者)の比率や採用決定率の現状には満足せず、対策講座の強化、学内会社説明会、先輩による内定報告会、模擬面接、企業実習・デザイン実習を40社で行うなど系統的な就職支援に力を入れる。
 同じ八王子市内で交通至便な現在の校地に移転した1990年代の初め、ちょうどバブル崩壊と重なった。売却しようとした校地は大幅に値下がり、新キャンパス建設費用は2倍近くに膨れ上がり極端な財政危機に陥った。この時以来、財政再建が理事会の中心テーマとなり今日まで続く。徹底した経費削減、人員の圧縮、組織の簡素化、事務の合理化に取り組んだ。しかし、教職員を辞めさせるとかボーナスカットはせず、人を大切に教職員の協力とやる気に依拠して再建を進めてきた。今や消費支出比率88.7%、帰属収支差額比率21.6%の超健全財政である。特に計画性のある予算編成を重視、費目間の付け替えを厳しく制限するなど予算会議を軸に理事長が先頭に立って取り組む。
 こうした全学協力の背景には、大学の民主的で学内総意を大切にする運営システムも効果を発揮している。創業者以降はオーナーはなく、理事選任も学内外の委員で構成する選考委員会で、学長も教職員選挙で選出される。理事・教員・職員が和気あいあい活発に活動できる運営環境にある。
 事務局改革も連続的に行い、部課室編成からグループ長(部長)・チーム長(課長)制へ、さらに今年からは事務局長の下に直接六つのセクション、アドミッション、学生支援、教務運営、工房運営、研究支援、施設管財を置く極めてシンプルな編成とした。局長・セクション長・課員の3層しかない先駆的なフラットな組織で、縦割り打破を目指す。その取り組むべき方針は、セクションごとに「方針・目的」「具体的な業務・取組み内容」にまとめられ、年度末に「成果・効果」として総括、これら全体を「事業計画書」として発刊、業務指針とする。また、学生支援セクションでは、新入学からの学生生活に始まり卒業後の進路まで一貫したエンロールメントマネジメントを取り入れ、4年間学生支援を系統的に行う点で注目すべきだ。
 強い伝統を保持しつつ、その実践は斬新な取り組みで経営・教学の充実を進めている。


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