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平成25年7月 第2530号(7月10日)

 就活の後ろ倒し
  大学は「建学の精神」で人材育成に邁進
  私大団体連就職問題委の吉岡知哉委員長に聞く

 経済団体が安倍晋三首相の「就活の後ろ倒し」の要請を受入れ、さらに下村博文文部科学大臣と大学団体との意見交換が行われ、下村大臣から大学団体に対し、質的転換等の大学改革、キャリア教育の充実、地元とのニーズ等を踏まえたカリキュラムの策定等が求められた。長年にわたる大学側の「就活の早期化・長期化」の是正が一歩前進することになったが、これで問題がクリアされるのか、危惧されることはないのかなど、日本私立大学団体連合会就職問題委員会の吉岡知哉委員長(立教学院 大学総長)に聞いた。

“就職”へのスタートラインに
―安倍首相の経済団体への要請や下村大臣の大学団体への要望など、一連の動きについて大学団体として、どのように受け止められていますか。
吉岡 一部には「ボールは大学側に投げ返された」といった声も聞かれるが、そのように受け止めるのではなく、「やっとスタートラインに近づいた」という感じがしている。そもそも就職とは学生が大学等で学んで卒業し、企業は「学生が大学で何を学び、どのような活動をしてきたか」を見て採用を決めるのが理想形である。しかし、これまでは、学生にとって一番大事な大学3年次を就活のために落ちついて授業も受けられない、短大では入学後、間もなく就活で飛び回るありさまだ。大学院生も修士に入ってすぐに就活といった状況があった。
これでは、授業のカリキュラムの意味がないし、体系的な知識も身につかない。この度の「後ろ倒し」は、その意味からすれば大学にとって朗報であったと思う。
―大学側ばかりではなく企業にとっても、しっかり学んだ学生を採用できることになるので、メリットだと思いますが
吉岡 学生は大学3年次には、色々な面で急成長する。学内での企業セミナーやインターンシップを経験して、自分の見聞を広め、より広角な視野が持てるようにもなる。これまでのように早々に企業にエントリーシートを提出し「自分はこういう人間です」と自分に枠を嵌めたり、進路を狭めてしまうことなく、多様な可能性や潜在的能力に気づくことができる。そのような学生を採用することの方が、採用後に「ミスマッチ」を感じて3年ぐらいで転職してしまう学生を採用するよりも、企業にとって有益だと言えるだろう。
なお、ミスマッチの大きな要因の一つに、『40万人〜50万人の新卒者が約2万人ほどを採用する都市部の人気ランキング大企業にエントリーシートを提出し、要望の叶わなかった多くの学生があわてて地元等の中小企業に駆け込む』ことがあげられている。学生には、「大企業一辺倒」ではなく、自分の可能性を活かせそうな中小企業の研究が必要ではないか。

インターンシップの活発化を
―お話しのあったキャリア教育としてのインターンシップについては、かつて「青田買い」などとの批判もありました。企業の学内セミナーも含めて、従来とは異なる形での学生と企業との接触も多くなるのでは、と思いますが
吉岡 企業セミナー等で、「社会で働くこととはどういうことか」を知ること、また、インターンシップを体験することなども、意味のあることだと思う。広報活動開始の3年次の3月以前に実施されるものもあろうと思うが、いわゆる「青田買い」とならないよう『1日限りのインターンシップ』については論外と言えるのではないか。もっとも、このことは序々にだが守られつつあるように思う。あくまでもキャリア教育の一環として学生に薦めたい。なお、インターンシップは、高校生のうちからキャリア教育にしっかりと組み入れたらよいと思っている。
―さて、経団連をはじめ企業側が倫理憲章(※注)等で、この度の「後ろ倒し」を加盟社に周知するとしていますが、守らなくても罰則はないわけです。経団連の加盟社の中にも、あるいは、外資系企業や中小企業などで「後ろ倒し」が必ずしも守られないと思われますが
吉岡 確かに、そういった企業が出てくることは否めないと思う。しかし、この度の政府の要請に基づいた一つの方向性の合意は、社会的な基準を作り上げていく上でとても重要なことである。何よりも一人ひとりの学生をしっかり育てていくことが、日本の将来にとって大事なことであり、フライングするような企業はいずれ牽制されるようなことにもなるのではないか。

「建学の精神」で自信を持って
―最後になりますが、今後の就活について、企業側、大学側、学生のそれぞれに望まれることは
吉岡 まず、企業に対しては、社会は日々変化しているのだから、単に「今すぐに役に立つ人材」に目を奪われるのではなく、また、グローバル化だからといって『英語力』だけを見るのではなく、長い目で見て、その人材が将来、部下を統率して、大きなプロジェクトを担当する際に発揮できる能力の可能性を見極めてほしい。大学教育で基礎力をしっかり身につけた人材こそ宝となる。
なお、企業には前述のように積極的に「インターンシップ」の実施をお願いしたい。学生の多様な可能性を刺激して欲しいと思う。
一方、我々大学側には「教育に自信を持ってほしい」と言いたい。特に私立大学は、建学の精神で「こういう人材を育てたい」と邁進している。自信と誇りを持たなければならない。そのことはウェブサイト等でも常に広報しておきたい。均一化、機能分化による序列化の傾向の中で、私学は多様な学生の多様な能力を育んでいる。このことは、学生や社会に少しずつ認識されつつある。私大ならではの教育を社会に示し続けていきたい。
学生に対しては、大学等の在籍中にやりたいことを徹底的にやってもらいたい。早期から自己限定する必要はない。何にでもチャレンジし、一つのことに失敗しても学生には次がある。『学生には失敗する自由がある』とも言える。途中で進路変更も可能である。
―やはり、大学の責任は大きいですね
吉岡 大学は、そういった学生の可能性に応えられるシステムを持っていなければならないと思う。

※注 7月8日、経団連は紳士協定としての「倫理憲章」(適用対象は署名企業約800社)を「指針」として、約1300社の加盟企業全体を対象とすることを決めた。



 

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