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平成25年7月 第2530号(7月10日)

改革の現場
 ミドルのリーダーシップ <47>
 伝統の革新と継承の同時遂行で前進
 日本体育大学


 日本体育大学の起源は古く、1893年、日高藤吉郎氏による日本体育会体操練習所を礎とし、戦後の1949年に日本を代表する体育専門の大学として誕生した。学校法人日本体育会は閑院宮載仁親王殿下が総裁を務められた経緯もある。平成24年より日本体育大学に法人名を変更、設置校は幼稚園から大学まで10校となる。設立から体育学部のみでわが国のスポーツ教育を担ってきたが、平成25年4月からは児童スポーツ教育学部を開設する。こうした動きについて今村 裕常務理事に聞いた。
 各学校は基本的に独立採算、特色を生かした独自運営。横のつながりもあまり強いものではなく、法人は各学校の方針を尊重しながらそれを追認する形で経営がなされていた。しかし、今後の出生率の減少を見越し、法人設置校が連携して教育力の向上を引き出す「ワンファミリー化」を呼びかけたのが平成23年度より理事長に就任した松浪健四郎氏だった。
 松浪理事長はレスリング選手として全日本学生選手権で優勝経験があり、元衆議院議員、元文部科学副大臣、著書多数、また博士号を持つ同大学OB。「肩書も素晴らしいですが、何より改革の旗振り役として、大学の教授会に自ら赴くフットワークと、ビジョンを語る言葉に説得力があります。改革手法も強引にトップダウンで行うのではなく、きちっと手順を踏んで周囲のコンセンサスを得ながら進めます。法人が求心力を持つために大事なことです」。
 大学広報は、毎日、あらゆる業界のマスコミにタイムリーに流すチャンスを狙って、松浪理事長自らが学内で話題性のあるニュースソースを探す。この情報伝達の早さは東京の大学の強みだ、と元々東海地方の大学にいた今村氏は指摘する。
 具体的な教育計画等は各学校の意向を尊重するものの、大きな法人としての方針はあり、その方針に合致するものについては、法人としても支援していく。法人内の設置校支援課は、文字通り、設置校間連携を調整する。法人と大学の執行部のもとに協議・連絡会を毎月1回、中高運営協議会は月1回開催される。こうした経営には、大学の学長と理事長の一枚岩体制が欠かせない。
 定員割れを起こしていないにも関わらずに、教職員の危機感を醸成するにはどのようにすればよいのだろうか。同大学では定員超過率に注目した。現在では、1.3倍の超過率が認められ、それを超すと私学助成が減額となる。今後は、文部科学省によって1.1倍にまで比率が下げられるが、これにより同大学は10億円程の減収になるという。それは人件費や施設設備費などにも影響を及ぼす。児童スポーツ教育学部、来年度に予定している保健医療学部の学部新設をはじめとした一連の改革は、こうした減収による危機と、ガラス張りの経営の中で経費削減の意識づけを行っていく。加えて、文教政策に強い松浪理事長が、逐一私学を取り巻く情勢を学内に発信する。
 これまでいくつかの大学経営を担った経験を踏まえ、職員育成方法としての「文部科学省への新学部設置申請書の作成」は効果的だと今村氏は述べる。「職員を教育していくには、研修を行うよりも実際に仕事の上で伸ばすのがよいと思います。優秀な若手を活かすだけの上司の力量が問われます。まずはやってみせないと。法人本部の若手職員を含む職員全員が関わるプロジェクト形式で進めています」。
 しかし、それ以上に「学校経営者は人と話すのが苦手な人には務まらない」と断言するように、「理事長が現場で自ら語る」ことに勝る説得力はないのである。

危機意識、明快な理事長方針、強いリーダーシップで改革推進
桜美林大学教授/日本福祉大学学園参与 篠田道夫

 日本体育大学は、平成25年箱根駅伝で30年ぶりに総合優勝を果たした。伝統の応援歌、勝利の雄たけび「エッサッサ」が箱根の山に響き渡った。この応援歌が完成したのは大学設立より古い大正15年。明治に始まり120年続く体育教育の草分けの象徴のひとつである。日体大は今、この伝統の保持・継承と伝統からの脱却、革新と飛躍、この両面を兼ね備えた新たな発展の路線へと歩み出した。
 松浪理事長が提唱し、理事会、法人は今村常務理事を中心に各設置校長、大学は谷釜了正学長を中心に推し進めるのが(1)ワンファミリー化、(2)国際化、(3)選手強化の三本柱の理事会基本方針だ。箱根総合優勝はこの選手強化政策の成果でもある。また、平成25年の志願者は新設学部を除いても4800人、前年比20%増、オリンピック招致運動の影響もあると言うが、改革路線は明確に結果を出している。
 伝統を変えていく。それは創立以来頑なに守ってきた体育学部1学部の単科大学を転換、短期大学を募集停止するとともに、平成25年、児童スポーツ教育学部を新設したことに現れる。乳幼児から小学校終了までの児童を対象に、発達段階に応じたスポーツ指導者の育成を目指す。さらに保健医療学部設置の検討準備を行っている。体育学部が核であることは疑う余地はないが、その教育の幅を広げ、周辺にある多様なニーズに対応できなければ、歴史的に創り上げた日本の体育教育の拠点を維持することはあり得ないという強い危機意識がある。
 その背景には、早稲田、明治、法政、立命など名だたる大学の急速なスポーツ系学部の新設がある。これが日本で最も長い歴史と伝統を持つ日体大の学生確保にも看過できない影響を与え、基盤を揺るがし、今や全国型から首都圏の大学へ変容しつつあると自己分析する。全国から優秀な学生を確保することは強い日体大の生命線であり、改革元年を掲げ、学部新増設による新生日体大、新たな日体大ブランドの構築を目指す。
 法人名称も創立以来の伝統ある学校法人日本体育会から日本体育大学に変えた。この2年の改革で創り上げてきた日体大ブランドを発展させ、そこで勝負したいという後戻りできない強い決意の表れである。
 ワンファミリー化も、これまでの伝統的な運営システムの変革を進める試みだ。同一法人内には、四つの高校、二つの中学など10の学校を持ち、それぞれが独立採算で、特色を持って自律的に発展してきた。その良さを生かし、設置校の特色を尊重しつつ、法人としての統一性の本格的強化を目指す。日体ファミリーの社会的存在感を高めることが強みをさらに発展させ、日体ブランドを強化することに繋がる。その推進のため設置校支援課を新設、施設の共同利用、購買物の一括・共同購入、シンボルマークの統合、法人誌『日体ファミリー』の発刊、推薦制度の拡充、各種交流の活発化など一から取り組む。
 伝統は強い特色を育むとともに、設置校の独立運営や教員数160人を超す大きな体育学部教授会などは改革の足かせにもなりうる。伝統の革新には多数の設置校や教職員、同窓生をまとめる強いリーダーシップ、説得力が必要だ。松浪理事長は、平成25年1月1日付の『日体広報』巻頭言で、「本気で当法人の発展に取り組む。伝統を継承しつつ、新鮮な学園創りを行う。このままでは日体大は失速する。危機感を持って生き残り戦争に勝利する。特筆すべき戦略には企画力が勝負。新生日体の意識を共有し、改革元年の精神で日体ブランドを構築しなければならない」と訴える。
 法人としての明確な方針を示し、大学が掲げる改革構想、設置校が掲げる将来構想などを法人の戦略に沿って支援・推進するとともに、さらにマスコミへのタイムリーな発信にもトップが意識的に動き評価向上に結び付ける。改革の推進には、理事長の言う企画力・提案力が不可欠だ。教職員研修や意識改革、FD・SDに力を入れ、全学提案制度や全教員に授業評価の改善報告の義務付けを行う。
 強い伝統を持つところほど、その見直し、改革には特別な努力がいる。日体大は今、伝統の継承と伝統からの転換、革新を同時遂行することで、新たな躍進に向けて前進を開始している。


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