平成25年5月 第2522号(5月8日)
■大学経営を改善する2つの手法 (上)
バランスト・スコアカード
厳しい大学経営が迫られる中、様々な経営改善ツールが考案されている。このたびは、企業等でも導入され、効力を発揮しているバランスト・スコアカードと、包絡分析法について、京都外国語大学学長事務室の山崎その氏に寄稿してもらった。上・下2回連載。
大学は特殊な組織だと言われることがある。しかし、有する資源(一般的には「ヒト・モノ・カネ・情報」)を使って財やサービスをつくること、そのマネジメントの基本がPDCAサイクルを回すことという点では他の組織と同じである。PDCAサイクルが適切に機能するには、明確なミッション・ビジョン、具体的な目標、実施可能な計画、活動を管理(評価)する仕組みの各要素が一つとして欠けることなく整っていることが必要である。
高等教育界では、今後ますます厳しくなる経営環境の中で質の高い教育研究活動が展開されていくためには経営基盤の安定が不可欠という危機感から、中長期計画に基づく経営やガバナンスの強化、評価制度の導入といったことが政策的に実施されてきた。しかし、こういった個々の取組みがPDCAサイクルとして機能するまでには、まだ至っていない。
また、手本となる個別大学の成功事例はいくつも紹介されているが、それぞれに条件が異なる大学にそのまま当てはめてうまくいくことはほとんどない。まずは自大学にとってのベストプラクティス(ある結果を得るのに最も効果的・効率的な手法・プロセス・活動)を見つけ、それを自大学の経営に合うように取り込む工夫が必要である。
そこで、企業や自治体、病院などで活用されている二つの評価ツールを取り上げ、大学における適用可能性について考えてみたい。今回はPDCAサイクルを回し、組織の長期的な成長を実現するバランスト・スコアカード(Balanced Scorecard、以下BSCとする)を紹介する。
■進化する思考支援ツール
BSCは、キャプラン(Robert S. Kaplan)とノートン(David P. Norton)が1990年代前半に考案した経営管理システムである。BSCはイノベーション・アクションリサーチ(キャプランによる造語で、研究者が積極的に実務に関与するアクションリサーチによってシステムを改善していくという方法)によって常に理論や概念を進化させているので、固定的な概念や定義は存在しない。考案当初は多面的な業績評価システムであったが、現在の中心的機能は戦略的経営の展開ツールで、組織を戦略志向に変えるツールともいわれている。旧態依然とした大学経営では、経営意識や戦略的思考そのものが醸成されていないが、BSCによって教員や職員の意識改革を図ることができる。
■多面的評価によるバランスと全体最適
BSCの直訳は「バランスのとれた得点表」である。BSCが考案された当時、企業の業績評価が財務指標に偏っていたため様々な弊害が生じていた。それらを克服するため、非財務の指標を加えて多面的な評価を行いバランスのとれた経営を目指したのである。
BSCでは「財務」「顧客」「内部プロセス」「学習と成長」という四つの視点で経営全体の構成要素を捉える。四つの視点を置くことによって、@財務と非財務、A短期的なものと中長期的なもの、B組織間(外部と内部、内部間)のバランスをとることが可能となる。例えば、教育研究の質と経営の質の向上を図る戦略は、短期(現在)の視点だけでみると対立関係になり易いが、過去・現在・将来の時間軸の中で捉えることによって両者のバランスをとりながら戦略を実行することができる。
BSCは図1のように戦略マップと、戦略を測定、管理するスコアカードで構成されている。キャプランとノートンが「戦略は原因と結果に関する一種の仮説(ストーリー)である」としたように、戦略マップにはミッション・ビジョンに向かう道筋が描かれている。例えば、「学習と成長の視点」で○○のような人材を育成したら、「内部プロセスの視点」では業務が○○のように改善され、それが「顧客の視点」の顧客満足につながり、「財務の視点」の目標が達成されるというように、各視点の戦略や目標は因果関係でつながっている。
また、戦略マップを描くことによって自分のやっていることが他の戦略とどのように関わってビジョンの実現につながっていくのかを確認できるため、一部分の問題解決に拘らず全体の最適を目指すことができる。さらに戦略マップは、学内関係者だけではなく広く学外のステークホルダーに対して説明責任を果たす情報公開ツールとしても活用できる。
■PDCAサイクルを包括する
BSCは図2の手順で進められ、プランニングから是正に至るすべての機能、すなわちPDCAサイクルのすべてのプロセスを包括している。是正行動は常に@ビジョン、戦略の見直しに戻るのではなく、破線矢印で示したようにモニタリングを通してAからFの各段階にフィードバックされ修正できる。
このようにBSCでは結果に至るプロセスを時間軸に沿って可視化することができるため、上手くいかなかった場合の原因を探ることもできる。
■BSC導入の問題点
BSCを大学に導入した場合には上記の機能が期待できる一方で、次の問題点も考えられる。
T.多面的な要素を持ち柔軟性に富んだフレームであるということは、一方でどのような組織であっても当てはめられる定型的なフレームはないということである。それぞれの目的に合ったものにするには、独自のものを作らないといけない。
U.指標の選択、目標や指標間の因果関係の検証、目標設定などの作業は、想像以上に多大な時間と労力を必要とする。例えば、これまで入手してこなかった新しいデータを収集するには、新たにシステムから構築しないといけないこともある。BSCを導入することによって得られる便益や効用よりも、追加しないといけない費用が上回る場合もある。
V.戦略マップで描かれた因果関係は必ずしも科学的なものではない。様々な要因が絡みあって筋書き通りにはいかないことも多々ある。
W.BSCで提案されている事項の一つ一つは、経営学やマーケティング論などの分野で様々に研究され、すでに現場でも実践されている。そのため「目新しいツールではない」とか「似たようなことは既に実施済みだが、うまくいかなかった」と判断されてしまう場合がある。(つづく)
【参考文献】
Kaplan, R. S. and D. P. Norton(1996), The Balanced Scorecard :Translating Strategy into Action, Boston : Harvard Business School Press(吉川武男訳(1997)『バランス・スコアカード:新しい経営指標による企業変革』生産性出版)。
豊島英明(2009)「第十一章バランス・スコアカード」伊多波良雄編著『公共政策のための政策評価手法』中央経済社。
森沢徹・宮田久也・黒崎浩(2005)『バランス・スコアカードの経営』日本経済新聞社。
吉川武男(2003)『バランス・スコアカード構築』生産性出版。