平成24年9月 第2495号(9月5日)
■韓国の大学NOW
途上国援助と学生の海外派遣 三育大はマレーシアで教育実習
大学教育改革が進む韓国の事情について、三育(サムユック)大学校日本語科助教授の山下大輔氏に現地取材などを通して論じていただいた。
韓国経済の急速な発展に伴い、韓国政府の政府開発援助(ODA)が増加の一途を辿っている事は、日本のメディアでもしばしば取り上げられてきた。殊に、2009年のOECD開発援助委員会加盟を受け、韓国はもはや被援助国にあらず、援助国の仲間入りをしたというのが、韓国世論の共通認識だ。しかし、この変化が韓国高等教育に及ぼした影響と関連づけて語られることはまだ珍しい。筆者がソウルの私立大学で実際に経験した学生の海外派遣の事例を紹介しつつ、韓国の経済発展と、それによって積極的な姿勢へと転換した開発途上国援助の実際について論じてみたい。
韓国の外交通商部(日本の外務省に相当)は8月13日、国連事務総長臨席の下、「開発協力連帯」を発足させた。これは、政府の旗振りによって立ち上げた、開発途上国への無償援助を専門に行う機関であるが、産官学の連携が図られている点がユニークである。特に、公的な援助機関に80を超える国内の大学が参加するというのは、世界的にも極めて稀なケースではなかろうか。
その数日前、筆者は、外交通商部の外郭団体である韓国国際協力団(KOICA)を訪問し、大変興味深い話を伺った。応対してくれたのは、同団体が統括する援助ブランドである、ワールド・フレンズ・コリア(WFK)企画チーム広報官の崔 守景氏である。KOICAの活動の中で、現役大学生を対象にしたプログラムに絞って説明を受け、貴重な資料も頂いた。WFKという援助ブランドは、2009年に李明博大統領のリーダーシップで、これまで各省庁で行われてきた政府の途上国援助をKOICAの元に統合したものである。そのため、全7分野のプログラムは、現在も五つの省庁を横断する形になっている。それをKOICAが纏め、七つの実施機関に下ろしている。その中で、現役大学生が参加対象となるのが、韓国大学生奉仕団(KUV)である。このKUV自体は、2009年にWFKに統合される前から教育科学技術部(文部科学省に相当)が企画し、韓国大学社会奉仕協議会(KUCSS)と太平洋アジア協会(PAS)が実施してきた。いただいた資料を元に、それぞれの参加者の推移と、ODAの実績を合わせたものが【表】である。若干の増減はあるものの、基調となるトレンドは、KUVの派遣学生数もODAの実績も共に右肩上がりで増え続けている。さらに目を引くのは、派遣先をアジア地域に特化したPASの学生数よりも、地域を限定していないKCUSSの伸びの方が著しいということである。それでも昨年のWFKの派遣実績を見ると、実に全体(4384名)の約8割の参加者がアジア地域に派遣されており、その他の地域は、アフリカが1割弱、中央及び南アフリカ、中近東地域と続く。崔広報官によると、これまでのKUVは、2週間から3週間までの短期派遣が中心であり、移動に日数を要するアジア地域外への派遣となると、実質的な活動期間が短くなるため、近隣地域への派遣が多くなっているそうである。しかし、これからの展望としては、派遣期間を延ばす方向で検討に入っており、それに伴い、遠隔地域への派遣も増えてくるだろうとの見通しを語ってくれた。またKOICAでは、梨花女子大学で英語を専攻している女子学生と話す機会も得られた。彼女は、夏休みを利用し、インターンとして政府系の援助機関が行う海外ボランティア派遣事業の国別の比較研究を行っているということであったので、KUVの特徴について尋ねると、初心者向けであるという答えが返ってきた。しかし、近年は大学が短期の海外ボランティア派遣を積極的に行うようになってきたので、KUVとしては、より長期で、専門的な方向にシフトするだろうと述べた。
以上、韓国政府の現役大学生向けの海外ボランティア派遣事業を概観してきたが、大きく分けて二つのベクトルがあるように思う。一つは、短期から中・長期へという流れである。後述するが、大学が行う海外ボランティア派遣も、短期のものが中心である。そこで、大学の事業と期間的にも内容的にも重なるようになったKUVは、より長期で専門的な方向へと向かおうとしている。また、もう一つのベクトルは、アジア中心からアジア外へのシフトである。先述した通り、これは派遣期間とも密接に関連しており、より長期的な派遣が可能になれば、より遠くへと向かうことになるであろう。
次に、筆者が韓国の大学で勤務する中で経験した途上国援助の実践について述べたい。三育大学校では、筆者が2008年に着任する前から、学部・学科別に、夏期・冬季休暇を利用して開発途上国へ学生を派遣し、短期のボランティア活動を行ってきた。2009年に前総長が就任すると、それらの活動を、本校社会奉仕団が管轄する教養科目「SahmyookGlobal Service 300」(1単位)へと統合した。この300という数字は、通年で300名の学生に、交通費の一部を大学が助成することで、海外奉仕を奨励することに由来する。しかし、その翌年には、夏期休暇が終わった時点で、派遣希望者が300名を超えることが確実となったため、急遽、後期から科目名が「同400」へと改称された。また、今年度からは就任した総長が、社会奉仕団の団長も兼任することとなり、科目名も「同500」に増えた。学部の学生数は5000名強なので、実に毎年学部生の約1割が、大学から補助を受け、海外ボランティアを経験していることになる。
筆者も、統合教養科目発足時から、これまで5回ほど、マレーシアのサバ州に学生を引率した。活動内容は多岐に渡るが、滞在先は現地の小・中・高等学校で、参加学生は約20人、期間は約2週間である。国際NGOの韓国支部からファンドを受け、大型の屋根付きグランドの整備をしたり、本校コンピュータ学部から中古のコンピュータを貰い受け、コンピュータ教室を設置した。また、現地小学校の教員からの発案で、筆者と同僚の韓国人教員で日本語と韓国語のクラスをそれぞれ実施してみたところ、予想以上に児童の英語力が高く、充分に間接法での語学クラスが可能であることが判明したことで、大学生に英語で韓国語やコンピュータを教えさせるボランティア教師体験にも発展した。
またこのプログラムが縁となり、2009年度からは、三育大学日本語科で取得できる教員資格証(教員免許状に相当)取得のための教生実習(教育実習に相当・4週間)も、マレーシアの中学校を借りて実施している。これは、筆者が日本の文部科学省教員免許企画室にも確認したことであるが、現行の日本の教育職員免許法では、教員免許取得のための日本国外での実習は認められていない。それに対し韓国では、教育科学技術部発行の『教員資格検定実務便覧』によって、該当国家大使館から正規学校である公証を受けられる学校であれば、実習が可能であるとされている。これを利用して、昨年度は4名、今年度は2名の学生をマレーシアの中学校へ派遣し、筆者も同行した。毎日2時間の授業を担当させ、韓国国内で実習した学生に比べ、約5倍の授業時間を確保した。実習生にはとても忙しい四週間になったはずだが、それでも、現地の生徒と放課後に出かけたりして交流を深めていたようである。途中、教職課程の責任も担う本校教務課長が視察に訪れ、来年度以降、日本語科以外にも、この試みを拡大するための検討に入ったようである。現地校からも、継続的なボランティアや実習生の受け入れのために、大学の出資によるゲストハウスの整備の提案があった。
韓国経済のグローバル化については、既に広く議論されてきたところである。しかし、産のみならず、官も学もグローバル化の波に乗り遅れまいと必死に走っているというのが、筆者の目に映る韓国の行政と、高等教育の姿である。その実践に関して言えば、まだまだ荒削り感が否めない部分があるのも事実である。しかし、それよりも海外ボランティアや教育実習という機会を最大限に利用し、学生を外向きにさせるために力を尽くす姿勢は、さらに議論されてしかるべきであろう。