平成24年9月 第2495号(9月5日)
■改革の現場
ミドルのリーダーシップ <25>
一歩先を見据え、総合改革に着手
麻布大学
麻布大学は、1890年に東京・麻布に、私学では二番目に古い東京獣医講習所を開設したことに始まる。その後、学制により麻布獣医大学を開学。1980年に現在の麻布大学に改称。獣医学部と生命・環境科学部の2学部、附属動物病院等を設置する国内では最大級の獣医専門の大学として知られる。同学園は卒業生から理事が4人選出されるなど卒業生を重視した法人運営が行われている。佐藤 隆事務局長、伊藤禎人教務部学務課長、柳原 聡教務部学術支援課長、中山浩一入試・広報担当課長、田中秀和総務部経営企画課学長室主査に改革の過程を聞いた。
大きな組織改革は2008年4月に佐藤事務局長が就任してから。「就任してまず感じたのは専任職員数の少なさです。経営上、職員の重要性が増している一方で、現状は派遣職員とおよそ半々の割合で、派遣職員に聞かないと分からない業務もあるくらいでした」。佐藤事務局長は理事会とかけあい、翌2009年に五年間で25人の職員を増やす計画を承認してもらう。加えて、九課あった組織を五課に再編。10人いた課長を五人に減らし、代わりに担当課長制を敷いた。オフィスも改装することで、部課署間の物理的な「壁」も取り除いた。
現在進めている法人の改革は、平成22年より約2年かけて「麻布獣医学園の今後の在り方について」として、学園・大学・高等学校の在り方を詳細に35ページにまとめ、この5月に教職員に提示したばかり。経営企画課が中心にまとめた中期目標・中期計画を達成する具体的な教育研究管理運営方策が書かれている。理事会がトップダウンで作成したのではなく、現場の意見を織り込むことを狙いに、四つの分科会で常任理事・主に若手職員の約半数が関わっている。「定員割れ等になってからでは遅く、大学を取り巻く環境の変化や一八歳人口の減少を意識し、兆候が現れる前段階から行うべきであろうと。学生の学力レベルは明らかに低下していますので、学力を維持するにはどうすればよいかを考えています」と中山課長は述べる。
教学改革の目玉は、2007年からスタートした教育推進センター。8人のチューターを置き、苦手科目の克服から大学院の受験指導、資格取得まで様々な個別指導が受けられるほか、夜間にリメディアル(補修)授業も実施している。「獣医師の試験に受からないといけないから、スタート時の学力が違うと言っていられません。学生は資格があると目的を持って勉強するようになりますので、それがない学科をどうするかも課題です」伊藤課長は説明する。
学内説明会などをきっかけに、2005年より学長提案で授業評価アンケートを始める。「前年度の授業評価についての改善策を翌年の授業の前に学生の前で宣言する、という方法が義務化され、この授業評価は報告書として、FD活動報告書とともに公表もされています」と田中主査。
上述の「在り方」報告書では、理事会が教学に積極的に関与する方針を強く打ち出した内容となっている。このことについて柳原課長は説明する。「理事会はこれまで、教学は学長に一任していました。しかし、これからは経営と教学が一体となって改革する必要があります。教員組織を一本化できないか、学長任命は理事会が決定できないか、学部長任命も最終的には理事会が決められないかと提案をしています。色々と反対もあるでしょうけど、制度設計はこの方向で考えています」。
こうした改革の先にある職員像も明確だ。佐藤事務局長は、「能力の専門職化」が必要だという。「教員でも職員でもない専門職員が必要だと思います。各部署に幅広く通じ、一つ専門性を持つT字型人材ですね。ジェネラリストとは別に育成する必要があります。
過去に新任職員を6か月で全部の部署を回らせたことがありますが、ある課の処理がどうなるのか知っているので、各課の仕事の点と点が線として理解されます。また、各部署でもあの職員が欲しい、とか、逆にどこに行きたいという話も出てきたのでよい試行となりました。もっとも最近は、勉強する職員が様々な提案を行っていますし、各種委員会もベースは職員サイドの提案や資料を基に進めています。昔と異なり、教員も職員に頼ってきていると思います」と言う。
明確な「危機」を迎える前にこそ手を打つ大局観と、時には大胆な実行力こそが、現在の大学幹部に求められている能力とも言えよう。
中期計画、ガバナンス改革、教育改善、事務改革をトータルに推進
日本福祉大学常任理事/桜美林大学大学院教授 篠田道夫
東京獣医講習所を発祥とする麻布大学は、獣医師養成の草分けである。この伝統ある大学が、ここにきて改革に大きく舵を切った。
2009年には「中期目標・中期計画」(平成21年〜26年)を策定、@法人の経営管理、A大学教育、B学術研究、社会貢献、C高等学校の四本柱からなる。それに基づき、教育研究組織、教育内容・方法、学生受入れ、管理運営、事務組織、財務等テーマごとに中期目標を設定し、それに対応する形で実現方策=中期計画を記載するという書式で、全体で49ページに及ぶ具体的な内容となっている。
それをさらに事業計画、予算編成大綱で年度ごとの実行方針に落とし込み、事業報告書では47項目に及ぶ計画項目ごとに実施状況や事業経費の執行状況を総括することで、改革推進を図ってきた。
2010年の7月からは「麻布獣医学園の今後の在り方に関する委員会」を立ち上げ、これまでの学園の取り組みを総括するとともに、時代の変化、中教審等の政策への対応、中期計画・目標の実現方策を全面的に議論し、抜本的な改革方針をまとめ上げ全学に提起した。担当理事を責任者に@学園の統治(ガバナンス)体制、A大学・高校の業務運営、B学園の財務、C教職員の人事計画、労務管理の四つの分科会を置き、2年をかけ、40人近い教職員を巻き込んで徹底的に分析討議した。
本年4月末に発表された答申「麻布獣医学園の今後の在り方について」は、これまでの学園運営の基本原理を転換する抜本的な内容を持っている。35ページに及ぶこの答申は、@学園のガバナンスの改善・充実、B学園の運営体制の改善・充実、D教学役職者の選考方法の改善等の項に見られる通り、管理運営の改革からスタートしている。
これまでバラバラだった理事や役職の任期を政策の継続性の観点から見直し、学長への過度な業務集中を改め、職務分担を明確にした副学長制を敷くとともに、経営の守備範囲を拡大し、大学への経営のリーダーシップの確立も追求した。
改革推進のリーダーシップを強化すべく、選挙で選任されていた現行システムを改め、学長は、学内の意向投票として上位3人を選出し、理事会に推薦、理事会が面接などを行い選任する実質任命権の強化を提起した。教学役職者については、学長主宰の教学役職者選考会議の議を経て学長が推薦し理事長が決定するシステムとした。
さらに全学的な教育・研究の推進や諸改革の迅速な実行を図るため、教員の学部所属を改め、全学機構としての教育学術院への所属とし、その中に設置する大学教育機構が全学教育を担い、かつ、同機構運営会議に学内理事や幹部教職員を加え意思決定することとした。学長のリーダーシップの下、全学主導型の強力かつ円滑な教学執行体制の確立を進めようとしている。学部は意思決定機関として法に基き限定して運営される。これは2010年の大学基準協会の認証評価で、問題点として指摘された点に対応する改善措置でもある。
また人件費抑制の必要性から、給与を環境の変化に対応し、一定の幅で変動、調整できるシステムの導入や教職員の評価制度の導入も提案している。
事務改革室を3年の期限付きで立ち上げ、思い切った事務局改革も行ってきた。まずは専任職員の大幅な増員に着手。専任:派遣職員が4:6に近づいていたが、総合的な改革推進に対応するには専任のパワー強化が不可欠との事務局長の強い決断の下、5年間で25人増(約1.5倍)とした。さらに縦割り業務の改善を目指し、9課4室を2部5課に再編、研修制度も本格的に強化した。
こうした、一歩先を見据えた総合的な改革に踏み切った背景には、この学園がオーナーが無く構成員主導型で、理事選任の母体となる評議員も学内、同窓生からそれぞれ選挙で選ばれ、そこから理事が選出され経営を行う。役職も同様選挙で、この民主的な運営は、構成員の総意による運営の良い面がある半面、勢い調整型となり大きな改革は難しく、安定期には照応したこの体制が、今日の厳しい環境の中ではいずれ行き詰るとのトップや教職幹部の共通した思いがある。一歩先を読んで手を打つ先見性と、前例を覆す改革には決断がいる。本格的な実践はこれから、成果が期待される。