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平成24年6月 第2484号(6月6日)

〔知の拠点から〕
  学生教育としての「KU東北ボランティア駅伝」


神奈川大学副学長 「KU東北ボランティア駅伝」統括  石積 勝

岩手県遠野市、震災から1年
 2012年3月18日。東日本大震災から1年と1週間。雪の舞う岩手県遠野市では市民約800名が参加し「被災地後方支援の協力者、協力団体の皆さんに感謝する集い」が開催されました。100にも上る団体、個人が表彰され、その中でも特別に「感謝の盾」が大学としては岩手医科大学、東京大学、神奈川大学の三大学に贈られました。神奈川大学の場合は学生中心の継続的なボランティア活動―『KU東北ボランティア駅伝』―がその表彰の理由でした。濱田純一東大総長の講演に先立ち行われた式典で、私も神奈川大学を代表してスピーチで返礼してきました。
 「KU(Kanagawa University)のマークが真ん中に彫られている、只今いただいた心のこもった感謝の盾、感激しています。感謝しなければならないのは、実は私たちの方でもあります。市民の皆さんは学生たちを励まし、宿舎に差し入れを届け、被災経験を語られています。教室では得ることのできない、なにか大きな深いものを得て、学生たちは帰ってきています。顔つきが大きく変わった学生に何人も会っています。日本の明日を担う学生の教育に、皆さんが手を貸してくださっていることに感謝いたします。」
『駅伝』参加者はすでに1400人、5500人・日
 本学では、この未曾有の大震災には長期的な支援が必要とされるとの判断から、大震災直後からプロジェクトを組み、駅伝のようにタスキをつなぎ、息の長いボランティア支援活動を行うという活動の趣旨から名付けた『KU東北ボランティア駅伝』の第一便バスを、教職員・学生有志を乗せ昨年4月28日に被災地に送り出しました。その後1年間、週二便、横浜(第一キャンパス)あるいは平塚(第二キャンパス)から途切れることなく次々と15〜20人の神奈川大学生を乗せ、活動のベースキャンプを置く岩手県遠野市に送り出し、その数は2012年5月末現在で89チーム、1370人(ボランティア活動日を掛けて表すと約5500人・日)になりました。参加学生数は法学部、経営学部、経済学部、人間科学部、外国語学部、工学部、理学部と続き、本学学生の約10人に1人が参加していることになります。男女比では男子6対女子4。教員は38名、職員は34名。このほかに非常勤教職員その他が16名。学生のみならず教職員も参加する文字通り全学的な取り組みになっています。今年度(2012年度)についても早々に原則週末を含む週一便での運行を決定し、現在も昨年と同じように全学で継続して被災地支援に取り組んでいます。
 現地でのボランティア活動の内容は様々です。震災後間もない活動初期段階では、支援物資の整理と被災者への配給が主な活動でした。それ以降は大きくは次の二つの作業に従事してきました。ひとつは遠野市に集まってくる全国からの献本の整理と被災地の小・中学校への配布作業や塩水に浸かった貴重な議会資料などを復元する作業です。もうひとつは直接の被災現場でのいわゆるハードボランティアを中心とする作業です。前者献本作業などは主に遠野市の文化センター、後者は「遠野まごころネット」の指揮のもとに活動します。
 参加者は事前研修で献本作業希望か、ハードボランティア希望かを選択します。日程は3泊4日または4泊5日。直接の被災地、気仙沼、陸前高田、釜石などを巡見し遠野に入ります。宿泊は遠野市の公民館。バス便とボランティア保険は大学負担。各学期1回の欠席は公欠扱いを教員にお願いしています。
『駅伝』を可能にした体制
 この取り組みを可能にしている体制について触れておきます。まず学長の決してブレない決意表明が最重要です。卒業式、入学式をはじめ、あらゆる場面で、この取り組みの教育的意味、重要性を、学生にも、教職員にも訴え続けています。
 学内体制としては担当副学長(筆者)と事務局次長という教員組織と事務局組織のそれぞれの2レベルが常に中心的に統括し、若手職員を中心にした各部局員に数名の派遣職員も加え、約10名のプロジェクトチームが、この活動を立案し運営しています。担当副学長から全学の教職員に対し、ほぼ毎月、教授会を通じ、あるいは直接に〈報告〉と〈呼びかけ〉を行っています。ほぼ3か月毎に〈キャッチコピー〉を変え、最新の出走スケジュールを示したチラシが全学に配られ垂れ幕も掲げます。キャッチのコピーについては相当考え抜きます。ここに我々の発想、運営のスタイル、学生とのインターフェイスが凝縮されるからです。以下は昨年のコピーです。
 ※『個人でも、グループでも。思いやる心ひとつで参加できます。』(4―6月向け)
 ※『この夏を、いつもと違う夏にする。ボラ駅伝参加者募集中!』(7―9月向け)
 ※『秋になってもまだまだ続く。KU東北ボラ駅伝』(10―12月向け)
 学外、特に現地での体制作りでは卒業生ネットワークが有効に機能しました。数年前から大災害を想定し後方支援基地構想を進め、今回の迅速な対応で全国的にその名が知られることになった本田遠野市長をはじめ、食事の提供、宿泊所の管理などキーポイントに現地在住の本学OBがいます。現地コーディネーターに4年ほど前の卒業生(陸前高田出身)のS君を得たこともこの活動の強力な支えとなりました。卒業生20万人、全国型大学の利点をフル稼働させることがプロジェクト継続の原動力となっています。
 大学運営は一般的に硬直的でありスピード感に欠けるものですが、事柄が事柄だけに、ほとんどの教職員がこのプロジェクト方式、アドホック体制での意思決定と執行に理解を示してくれているようです。副学長としては大学運営における他の緊急性のある重要案件にもこうした方式を適用できないものかと思案するところです。
『KU東北ボランティア駅伝』は二兎を追う…体験型教育活動の意味
 本稿冒頭で紹介した筆者のスピーチの含意は、「我々は二兎を追っている」ということです。ひとつは当然ながら被災地の皆さんに少しでも役立つこと。もうひとつは体験型の教育活動です。学生諸君や同行教職員のリポートを読むたびにこの体験型教育活動の大きな、そして深い意義を感じます。学生は学部や学年を越え、出会ったばかりの新しい仲間とともに現地行政職員やボランティア団体と協力し、丸4日間懸命に汗を流します。宿舎で語り合います。よく言われる「人間力」「社会人基礎力」の醸成につながる材料に満ちています。
 被災地というリアルな現場に身を置いたとき、閉塞的な偏差値ランキング意識や屈折感がいかに無意味であるかを、学生たちは感覚的に悟るようです。また、駅伝参加をきっかけに、彼らは「社会」を発見します。その「社会」についての分析であるキャンパスでの座学に、はじめて「意味」を見出します。さらに言えば、この密度の濃い出会いと活動から、神奈川大学生としての自然な「共同体意識」「愛校心」の感覚さえ生まれているように感じます。その他諸々の変化が凝縮して連鎖的に学生自身に起こるのを見るにつけ、私たちのネライは決して的外れではなかったと確信を深めています。
 以上述べてきましたように『KU東北ボランティア駅伝』は多くの人々によって支えられながら現在も続いております。関係者の皆様には被災地支援と体験型教育活動という両面の意義をご理解いただき、引き続き物心両面における直接・間接のサポートをお願い申し上げる次第です。


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