平成23年10月 第2457号(10月5日)
■具体的に何をどう 調査・分析するか
日本中退予防研究所の挑戦とこれから (下)
近年、我が国でも大学のIR(Institutional Research)が注目されつつある。それは「経験知」ではなく、「エビデンス」に基づいた教育改善活動の必要性を大学関係者が痛切に感じ始めているからだと言える。
私たちは日頃、複数の大学・専門学校で退学率抑制を主目的とした改革チームに参画している。大学・専門学校関係者からは、退学率抑制に数年前から取り組んできたが、一向に成果が上がらない、という声を頻繁に耳にしている。
本稿では、退学率抑制を主目的とした教育プログラム並びに改革プランを立案するためのIRの具体的手法を提案する。導入した教育プログラム・改革プランを通じてどのような成果を挙げることができたのか、また、挙げられなかったのか、そして具体的な改善点はどこにあるのか、各高等教育機関が今後検証していく手がかりになれば幸いである。
具体的に「何を」「どう」調査・分析すればよいのか?
エビデンスに基づいた教育プログラム・改革プランを立案するには、まず詳細な調査を行う必要がある。退学率抑制をその主目的とする場合、その調査の目的は次のとおりである。
@誰が、いつ、どのようなプロセスを経て、なぜ退学しているのか?をマーケティングすること
A退学という現象を発生させている「大学側の原因」をマーケティングすること
そして、主な具体的調査項目は表のとおりである。分析は、定量調査と定性調査を照らし合わせながら、それぞれに解釈を加えつつ行う。
A大学での調査結果
以下の調査結果は、私が2010年から携わるA大学での調査に基づく。なお、A大学には本稿の発表について事前の許可を得ている。しかし、大学名が特定できないよう、事実を大幅に改変していることを予めお伝えしておきたい。あくまでIRの手法についての提案であり、調査結果はその理解を深めるための素材に過ぎない、とお考えいただければ幸いである。
《主な調査結果(抜粋)》
●退学率は2005年度から全体として上昇傾向を辿っていた
●学科間で最大六倍の退学率の差異が見られた
●AO入試組の退学率が最も高く、一般入試組の退学率が最も低かった
●偏差値66以上の高校からの進学者が最も退学率が高く、偏差値56から60の高校からの進学者が最も退学率が低かった。それ以下は、偏差値が下がるほど退学率が上昇する
●高卒認定・大検・通信制等の高校からの進学者の退学率は平均より高かった
●評定平均が高いほど退学しにくく、評定平均2.5以下になると退学率は急上昇した
●高校時代の欠席率が高いほど退学しやすく、欠席率4%を超えると退学率は急上昇した
●1年次後期に退学した学生の取得単位数と2年次前期に退学した学生の単位取得数はともに「32」だった。また、2年次後期に退学した学生の単位取得数(65単位)は3年次前期に退学した学生の単位取得数(62)を上回っていた
●休学者の87%が最終的に退学に至っていた
●1年次に休学した学生の退学率は100%、2年次に休学した学生の退学率は約90%だった。一方で、4年次以降に休学した学生の退学率は約50%だった
●休学の理由は「病気」が最も大きな割合を占めた
●退学の理由は「学習面での不適応」が最も多く、次いで「入学時のミスマッチ」「経済的困窮」「病気」「他大編入」「生活面での不適応」「就職」「その他」だった
●1年次の退学理由で最も多いのは「学習面での不適応」、次いで「入学時のミスマッチ」「経済的困窮」「病気」「生活面での不適応」だった
●学生相談室の利用状況は、2007年から2009年にかけて減少していた。また、学生相談室利用者の退学率が大幅に上昇していた
●学生満足度で、退学率と最も相関関係が高いのは科目では「専門」、次に「語学」。キャンパスライフ・支援制度では「進路支援体制」「授業のレベルが自分に合っている」「友人に恵まれている」「全体的に楽しい」だった
●学科別在校生インタビューからは、複数の学科で“現在の課題”として「将来不安」が挙げられた。また、大学に対する具体的な改善案が複数提案された
このような調査と分析の後、A大学では調査を元にした抜本的な改革プランを立案し、現在中退率の抑制に全学的に取り組んでいる。エビデンスを共有している分、改革のスピードは速い。
IRの重要な機能は、調査結果に基づいた戦略を立てれば、理事会・教授会の説得も学内外からの理解・協力も得やすくなる点が挙げられる。すなわち、IRは大学改革の戦略立案における指針になると同時に、組織内外に危機感と納得感を与えて、改革の実行速度を速める促進剤にもなり得るということである。
ここは強調したいポイントだが、新しい教育プログラム・改革プランの目的を十分に果たすには、一部の教職員による取り組みだけでは早晩限界が来る。個々の施策は多面的な効果を持っているため、独立して存在するのではなく、有機的に結びついてはじめて成果が表れるものである。つまり、大学改革は個別最適ではなく、全体感を伴って実行されなければならない。そして、高度な戦略に基づいた個々の施策が相乗効果を生み出し、その総合的な作用の結果、大学改革は成功へと導かれる。そのためには、学内外における合意形成が何よりもまず重要であり、合意形成に成功しなければ、全学的な取り組みに至らず、改革は「カイカク」という掛け声だけで終わってしまう。
IRは合意形成のための強力な武器になる。ぜひ積極的に活用していただきたい。
また、マネジメントの基本原理であるPDCAサイクルの「C(検証)」と「A(改善活動)」を行う上でも、毎年行うIRは極めて重要だと言える。現状では、授業満足度アンケートですら実施したままになっている大学が多く、十分な活用が行われているとは言い難い。しかしながら、改善活動は継続によって大きな成果がもたらされるものであり、やりっ放しでは立案したプランも水の泡となる。
日本中退予防研究所では2011年3月に『中退予防戦略』を発刊した。自前の活動を通じて蓄積したノウハウと、全国の中退率抑制事例を詳細に調査・分析した結果から共通するストーリーを導き出し、理論と実例にまとめた。本稿では『中退予防戦略』で十分に紹介できなかった、中退率抑制を目的としたIRの手法を紹介した。
我が国における高等教育の現況を俯瞰すると、中退対策はそのまま教育改革になる。前稿と本稿を最後までお読みいただいた皆様に、この点についてご理解頂ければ幸いである。
(おわり)