平成23年9月 第2455号(9月14日)
■改革の現場 ミドルのリーダーシップ E
調査で市場の声を聞く実証主義
共愛学園前橋国際大学
共愛学園前橋国際大学は、1999年に前身の短期大学を改組し、国際社会学部を設置して誕生した。同法人は1888年、地元のクリスチャンたちの寄付により設立し、中学・高等学校や幼稚園、1988年に短大を設置した。このような背景もあり、理事長は地元の牧師が就任する、という文化の下に群馬県の教育を支えてきた。大学改組後すぐに定員割れになるも、コース制や奨学金制度導入が功を奏し、学生確保のV字回復を遂げた。その取組の中心人物である岩田雅明入試広報・進路支援センター長に話を聞いた。
岩田センター長らが改革の手始めに行ったことは、自分たちと高校生の思う大学像のずれについて、徹底した調査を行い、高校生や教師にインタビューを行うということだった。分析の結果、「国際社会学部は高校生から見ると、何を学べるのか分かりづらい」ということが分かった。そこで、教育内容や「何が出来るようになるか」を明示する広報を行うようにした。
「更に詳しく調べると、経済的な事情で断念する高校生も少なからずいました。奨学金制度はあるものの、必ずもらえるかは分かりませんから、資格を持っている学生を「特待生にする」制度を採用しました。高校生がどういう資格をどのくらい取得しているか調査し、英語検定2級と情報処理技術者、日商簿記検定2級(2006年度より)を対象としました。これらの資格を取得した入学生は全員、特待生となり年毎の継続審査を通過すれば4年間の授業料が免除としました」。
全員となると財政的に問題はないか。「多い時には3分の1の学生が特待生でしたが、入学費や施設費は別に頂きますし、大学は必要な収益が得られれば良しとすべきだと考えました。こうした取組がちょうど時代の要請とマッチしたのでしょう」。こうして定員割れを脱した。この経験から、思いつきではなく、調査分析結果から新事業を探し出すスタイルが学内で主流となった。例えば、学部の新コース名も高校生にヒアリングを行った。
特待生がよく勉強をするので、全体の就職率も向上した。スピーチコンテストでは東京の有名大学に混じって決勝に進むといった成果も上げ始めた。
どのような体制で改革を推進したのか。「オーナー型大学にありがちなトップダウンではなく、現場からボトムアップで政策を上げていきます。教員と職員には上下関係がないので、自由でオープンに議論をする風土があります。学長は学長選考委員会の推薦者に対する信認投票により決定しますが、この委員は立候補制で、希望者は職員でもなれます。女性職員も積極的に選考プロセスに加わったことが、現在の平田郁美学長の選出に繋がったと思います」。
定員割れ対策については中堅の教員、岩田センター長で構成された学長の下のプロジェクトチームで原案を作成。コース制や入試改革案などもここで作られた。
現在の課題は何ですか。「組織が危機的状況にあるときは、ボトムアップで自由にアイデアを提案していく風土は、各自の意欲向上にも繋がっていました。しかし、ある程度「できてしまった」という達成感の後は気が緩むというか、停滞気味になります。これからは、自分たちで新しい目標を定め、同じ方向に力を合わせ、意欲を高めていかなければなりません。そして、この際にはトップダウンのリーダーシップこそが必要になると考えています。自由に意見を言い合って、まとめていくだけでは対抗できない課題もあるし、「自分たちは今、十分にできている」という認識がなくもないです」。
確かに今は成功しているが、5年後も安泰といえるか。ボトムアップ型組織の弊害は、改革後に現れる。中長期計画の策定は、こうした部分最適化を防ぐ役割もある。
職員育成では「組織に忠実な人より自立した個人が集まった組織の方が強い」というポリシーのもと、日常の業務の中でPDCAサイクルを回せるOJTの場を作ろうとしている。今年度から人事考課も導入した。
今後、職員に必要な力は。「教学と経営を有機的に関連付けて企画を推進できる力です。この力をつけるために、教職員が部局を超えてコミュニケーションが取れる仕組みが構築できればと考えています。物事を進めていける人は自分で関係者を巻き込み、調整して物事を進めます。それが組織の仕組として出来ればと思います」
同大学では、教職協働のもと「大学改革・第二章」への挑戦がすでに始まっている。
センター制では職員が教学にも中心的役割果たす
私学高等教育研究所研究員/日本福祉大学常任理事 篠田道夫
共愛学園前橋国際大学は、創立から定員割れが続き、また認証評価では、設置基準教員数を満たしていないなどの指摘も受けた。危機意識を持った教職員は、主体的に創意を持ってこの克服に取り組み、2005年度からの定員充足を成し遂げ、教育充実も果した。
そのひとつが2002年からのコース制の導入。「国際」の分かりにくさを具体的な進路もイメージできるように工夫し、狭い語学・国際教育だけでなく、情報・経営・心理・文化・教育分野にまで領域を拡大した。
もうひとつが前述の資格特待生・授業料全額免除のシステム。これが経済的困難から進学を躊躇していた層に大きな効果を発揮した。さらに入試特待生(成績優秀者、スポーツ特待生)、学業優秀者等に学長賞、奨学金を授与する仕組みも作った。認定資格が入学後のコースの学習内容に直結しており、成績優秀者が増えることで就職率も向上、地元高校の評価も高まり、志願者増の上昇スパイラルにのった。
こうした改革の原点には、学長が語る「何よりもまず学生たちの声をしっかりと傾聴すること、毎年学生アンケートを実施しそこに寄せられた声のひとつひとつが大学づくりの原点」という姿勢がある。勝手な思い込みでなく、調査で市場の声を聞く実証主義を大学改革の基本手法とする。学生アンケートのみならず、スピークアップ・システムという独自の投書制度、卒業生へのアンケート調査、外部専門機関に委託し、地元高校の進路担当教員に近隣数大学との比較で自大学の特色やイメージ、強み、弱み、大学選択の動機を分析、新たな入学者政策を打ち出すなどしている。
もうひとつの強みに、大学独自の「センターによる全学運営」がある。教員と職員が全く対等という風土のもと、就職支援、入試・広報、学生(教務、学生)の中心的三つは職員がセンター長を務めている。学生センターは、職員のセンター長の下に教務、学生の二つのグループ長は教員が務める構造で、職員が教学運営にも中心的役割を果たす。
もともと全教職員によるスタッフ会議が実質的な最高意思決定機関として教授会よりも重要な役割を果たすという伝統がある。各センターで練り上げられた方針や改善案は、教職全ての役職者で構成される企画運営会議で審議されたのち、教授会や理事会に上がっていく。職員の声がダイレクトに届く仕組みであり、意思決定過程において実質的な政策を決める役割を担ってきた。自由に、教職の分け隔てなく、現場から意見や提案ができるシステムが、様々な改革の断行に重要な役割を果たした。
各課の中期業務計画書を作成し、半期サイクルで個人の業務目標を上司との面談によって設定、進捗状況を報告、点検するなど職員の個人責任をあいまいにしない運営もこうした改革を進める原動力となってきた。
ただ危機的事態の打開には強いシステムが、改革の持続や更なる抜本改革にも機能するとは限らない。改革の大きな前進を踏まえ、政策的なリーダーシップと「自分たちが大学を動かす」参加型運営がマッチする新たな仕組み作りが続いている。