平成23年8月 第2452号(8月17日)
■改革の現場 ミドルのリーダーシップ B
学生を通じて培われる教職協働
松本大学
松本大学は、2002年に総合経営学部総合経営学科の1学部1学科で開学した。2006年に観光ホスピタリティ学科、2007年に人間健康学部の2学科(健康栄養とスポーツ健康)が設置され、現在2学部4学科体制となっている。学生と地域の人たちとの交流がコミュニケーション力を始め、社会人基礎力を高めていることに気づき、学生の地域活性化事業を課題解決型学習のスキームにまで昇華させた。地域の企業から行政、NPOに至る様々な分野の講師を抱え、学生の成長に協力をしてもらっている。「アウトキャンパス・スタディ」と呼ばれるその手法は、学生を中心に据えた、大学と地域の深い信頼関係が成立しているから可能となる帰納的な教育方法である。
このたびは、その何十とある事例そのものではなく、この体制がどのようにして生まれてきたのか、特に職員はどのように関わっているのか、住吉広行学長代行、小倉宗彦大学事務局長、柴田幸一学生センター長・教務課長に話を聞いた。
同大学はそれまでの短期大学に加えて大学を設置し、一気に組織を拡大したこともあり、職員の七割を民間企業から中途採用した。学外理事の多い理事会が教学経営を先導するというよりは、現場の教職員が積極的に地域に出て地域の関係者と話をしながらニーズを吸い上げて教育に生かす、という「地域の大学」を確立してきた歴史がある。住吉学長代行や小倉事務局長を中心とした教職員の普段の会話の中からある程度まとまった提言が練り上げられ、委員会など会議体を通して、すぐに理事会の判断を仰げるため、意思決定は非常にスピーディである。
大学としては「後発組」ということで、設立当初より社会からは「経営の危ない大学」と見られていた。つまり、従来の職員はもとより、7割の新職員にもその危機感が醸成されていた。「こんなことでは学生は集まらない」、「職員が頑張らないと大学が潰れる」と日常的に声を掛け合っているので、自分たちが何とかしないと大学は動かない、と現場から積極的に提案があがる風土がある。
会議でも職員は教員に向けて積極的に発言をする。これも当初からある風景。同大学の「教職協働」には一つの理念がある。教員と職員の中心に学生を挟んだ教職協働である。例えば、退学の予兆がある学生のフォローは大学全体で検討される。その学生について、職員と教員がそれぞれ持っている情報を持ち寄り、双方でできることを模索する。その模索を通して、経営上の資金面や教育内容の話題も共有され、教職員一人ひとりが大学の現状を認識する。教職協働は、学生を通じて、積極的に大学運営に関わらなければ、という自覚に繋がる。
現在の課題は職員の専門性の向上だ。教員と職員がさらに認め合うためには、職員の専門知識が必要になる。経営上のデータを集めてまとめるだけではなく、例えば、中央教育審議会の答申や法令の改正についても、大学にどのような意味があるのかを職員自ら探究心を持ちながら、解決策を生み出さなければならない。こうした業務を通して、職員の目が教員に近付いてくる。「ルーチンワークだけをやっている職員はいらない。日本高等教育学会でも積極的に発表し、外部の研修会に参加して、他大学の教職員と情報交換をしなさいと言っている」と住吉学長代行は言う。
また、月に一度の職員全員が参加する会議の中で、若手に今取り組んでいることを発表させているという。「部課室によって情報がばらばらな上、自分の業務が大学のどの部分を担っているのか、そもそも大学が外部からどのように見られているのかという客観的な位置づけを特に若手は知りません。大学の生い立ちやどのような歴史があって今があるのかもよく知りません」と柴田課長。従って、自ら発表を行うことで情報が整理され、勉強するようになるし、業務に即して情報収集、分析、編集、発表する力も身につく。
また、学生に関わる専門能力を高める手法として、キャリアカウンセラーや産業カウンセラーの資格も取らせている。こうした業務内外の能力向上を可視化するために職員のポートフォリオを作る予定という。可視化されれば、職員一人ひとりが自分の強み、弱みに気づくことも出来る上に、人事の適材適所の配置についても根拠を得ることが出来よう。
「高校や地域から信頼されれば必ず生き残る、と日常的に言うようにしている」と小倉事務局長。学生が新聞紙上で評価されたり、他大学から頻繁に視察・調査に来ることも、職員のモチベーションアップに繋がっていると語る。
組織図を変更すれば組織改革が行われるわけではない。組織図にとらわれ過ぎると逆に組織の活力を奪ってしまう。要は、職員一人ひとりが自分の役割を自覚しているかどうかにかかっている。松本大学はそのことを如実に物語っていた。
地方・単科・小規模・新設を逆手に創り上げた個性
私学高等教育研究所研究員/日本福祉大学常任理事 篠田道夫
松本大学は、地域立大学である。長野県、松本市、周辺19市町村(合併前)から設置経費の3分の2の支援を得て誕生した。教職員はこのことを忘れてはいない。地域密着型の教育方法を次々に編み出し、この分野で全国のモデルとなり、見学者を集め、マスコミからも熱い注目を集める。
その三つの仕掛けが「アウトキャンパス・スタディ」「教育サポーター制度」「地域づくり考房『ゆめ』」だ。地元の工場や事業所、ホテルや老人ホーム、農家の庭先等が教室となる。生々しい実体験が学生を飛躍させる。またそこから、ものづくりの職人や営業マン、市町村の職員や農家のおじさんが先生として100人以上が教室にやってくる。生きた教師であり広報マンであり、大学の厳しい評価者であり、強力な就職応援団である。考房『ゆめ』は、この地域と学生をつなぐ拠点だ。
経営母体の学校法人松商学園は校友会(卒業生)を母体に運営される。理事会も全員が非常勤で、強い管理がない分、各学校の教職員に、自立心や自己責任を求め、またそれを培ってきた。職員は、新設ということもあり7割が企業出身で、教員が出す方針に黙って従っているだけという風土は元々なかった。今も若手職員の元気が良く、遠慮なく提案をし、またそれを推奨する風土、幹部の姿勢がある。
「地方・単科・小規模・新設」。潰れる大学の条件が全て揃っており、言われるまでもなく危機意識は浸透。これを全て逆転の発想でとらえ、小規模ならではの協働と実践の速さ、都会では絶対に出来ない、地域を最大の財産に変え、新設であることを活力に、先進大学のまねを一切やらず、個性ある大学を創り上げてきた。
教職員が、常に携行しているCREDO(教職員の行動規範)の三本柱のひとつが「学生満足度の向上」。その第一番が「待たせないことと親身な姿勢」。理屈でなく、具体的な行動で示すことこそが真骨頂だ。
当初は、大学を表面的に見て、「勉強ができない生徒を集めているので、授業そっちのけで、地域に出歩いて苦労している」と言われていた。いまや地域力を生かした学生の育成が、今日の「学士力」「社会人基礎力」にもマッチ、マスコミの評価にも結び付いた。逆にこの評価で自信を付け、これを学内の行動モデル=コアコンピタンスとして創りあげ、拡大再生産を進めてきた幹部の練達したリーダーシップも特筆できる。