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平成22年9月 第2414号(9月1日)

高めよ 深めよ 大学広報力 〈80〉  こうやって変革した 77
 実践第一で即戦力養成
 堅調な就職 長期のインターンシップ
 ものつくり大学

 大工さんの棟梁を育てる大学というイメージがある。「それを否定はしないが誤解がある」と大学側はいう。ものつくり大学(神本武征学長、埼玉県行田市)は、01年、国、地方自治体、産業界が協力して生れた4年制の私立大学。ものつくりの基本に立ち返って技能・技術スペシャリストの養成を推進する。カリキュラムの約六割は実験実習で占められ、インターンシップは40〜80日間と長期間実施する。教員の半数は企業出身者で実践的な教育に力を入れる。学生の就職も堅調で、大手メーカーやゼネコンなど優良企業に就職している。今年で開学10年を迎える。「カリキュラムの単純化や独自の教育プログラムをつくり、他の理工系大学や高等専門学校との差別化を図りたい」という学長に、これまでとこれからの改革を聞いた。もちろん、冒頭の「誤解」のことも。
(文中敬称略)

 棟梁の講師も 教員に多い実務経験者

 「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(ダイヤモンド社)がベストセラー。高校野球部の女子マネージャーがドラッカーのマネジメントを活用して野球部を立て直して甲子園を目指す話。
 ものつくり大学の英語名は、このドラッカーが名付け親だ。「Institute of Technologists」。計画時は「国際技能工芸大学」だったが、後に総長となる哲学者の梅原 猛が「ものつくり大学」を提案して採用された。
 1990年代、建設現場における熟練の職人の不足を憂えた建設関連の大学教員や事業者などが集まり、新たな人材を育成するための教育機関として「職人大学構想」を打ち出した。ものつくり大の原初だった。
 99年2月、財団法人ものつくり大学設立準備財団が許可され、00年12月、学校法人国際技能工芸機構の設立とものつくり大学設置が認可された。ものつくり大学が開学したのは01年4月。
 開学直前に「KSD事件」が起きたことから、文部科学省から大学の開学の認可に際してはKSDと関連団体の関与を排除すること、が開学の条件とされた。それは解決し、いまは事件の影響はまったくない。
 総長の梅原は、大学創立をこう述べる。「日本はそのひたむきな勤勉さと英知によって、世界に冠たる技術立国に発展した。ところが近年、この永年にわたり培ってきた伝統が衰退しつつある。この大学は、このような歴史背景のもとに大きな社会的要請を受け、期待と使命を担って創設した」
 総長の梅原のほか、ものつくり大学(法人)のトップは大物が多い。名誉会長はトヨタ自動車株式会社取締役名誉会長の豊田章一郎、会長は日立製作所元取締役会長(現相談役)の庄山悦彦。
 キャンパスは、行田市郊外の田園地帯にある。技能工芸学部の一学部で、製造技能工芸学科(4つのコース)と 建設技能工芸学科(4つのコース)に約1200人の学生が学ぶ。
女子学生は5%程度
 学生は工業高校や工業高等専門学校の出身者が多そうだが、そうでもない。普通高校が全体の七割だという。女子は五%程度と多くはない。
 学長の神本が大学を語る。「数多くの実習科目と長期間のインターンシップで汗を流し、力を尽くす中で育ち、もののあるべき姿を見極め、自らつくることのできる人材を育てます」
 長期間のインターンシップは大きな特色だ。専務理事で事務局長の北尾美成が説明する。「毎年400人を超える学生が40〜80日間、複数回にわたり行います。最初のインターンシップで自分の力不足を実感し、次の機会に現場のノウハウをつかもうと頑張る学生も多い」
 この長期のインターンシップは高就職率に結びついている。第一期生が卒業した05年から昨年までの同大の就職率は98から93%と堅調に推移。北尾が続けた。
 「大手企業の募集が厳しくなり、インターンシップ先も地元企業の力が大きくなっています。大学は地元企業と学生のマッチングにも力を入れ、昨年あたりからインターンシップ先などの地元優良企業に就職する学生が増えています」
 さて、冒頭の「誤解」とは何か。神本が話す。「棟梁を養成するのは、建設技能工芸学科の木造建築コース。大工や宮大工、文化財保存事業に携わりたい人のコースで、全体の一部です。本学のウリのひとつですが、そればかりではないことも書いて欲しい」
 そればかりでない、ことを神本が続ける。「建設技能工芸学科には、ほかに都市・建築、仕上げ・インテリア、建築デザインのコースがあり。製造技能工芸学科には、先進加工技術、機械デザイン、電気電子・ロボット、情報・マネジメントのコースがあります」
 神本は、こう強調した。「他の大学の工学部は、先端技術を追いかけることに腐心していますが、本学では、すぐにでも現場で適応できるよう実践第一、実学講義で教えています」
 非常勤講師は多種多彩な実務経験者が揃う。約300人の非常勤講師がおり、宮大工の棟梁も含まれる。「棟梁を要請する大学ということで取材が頻繁にきます。それはそれでうれしいのですが…」と神本。
 校内に学生の「作品」
 キャンパスを歩くと、建築中や修繕中の建造物にぶつかる。日本家屋や茶室、寺院の本堂などは木造建築コースの学生が年間通じて行う屋外実習用のもの。また、校舎を結ぶ連絡橋、調整池に架けられた浮橋は学生の作品だ。神本が話す。
 「卒業後、大工になる者も、設計管理に関わる者も、実習と理論をバランスよく学び、ものづくりの本質を知ってほしい。そこから、問題点を発見し、必要な科学・技術を学んで解決方法を考え、ものを生かす倫理観、環境への意識を身に付けて巣立ってほしい」
 この大学らしいのが「ものつくり工房」。ここは、学生の自主的活動を支援しようと設置された。ここを拠点とする学生サークルのロボコンプロジェクトは、ロボットの設計製作に汗を流す。NHK大学ロボコンでは準優勝の実績も有る。
地域貢献にも特色
 地域貢献も、この大学らしい。最寄駅のJR吹上駅前にある時計台の製作や古い寺社の調査・修復などを学生が手掛けた。地元の小中学生らにマンガンカーやロケット、木工などを教える「ものづくり教室」も人気だ。
 神本が、開学10年後を語った。「本学はものつくりを教える大学、普通の大学とは目的が違います。だから教育方法も違う方が良いと考える。たとえば、ものつくりは材料が基本となるので、1年生にはまず材料の強度や熱伝導などについて体感教育で習得させる、なんてことを考えている」。ものつくり大学は独自性を強めつつ、存在感を強めようとしている。


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