平成22年6月 第2406号(6月23日)
■「ナナメの関係」が大学を変える
NPOカタリバ 就業力育成にも効果
東京スカイツリーに近い東京都立日本橋高等学校。去る6月18日の午後、NPOカタリバの「キャリア学習」授業が行われた。
NPOカタリバ(今村久美代表)は、大学生等が高校生と語り合うことで、高校生の進路意識を高めることを目的とする、キャリア学習プログラム「カタリ場」事業等を行う特定非営利活動法人。約60名のボランティア大学生が、主に高等学校の「進路」「総合学習」の授業枠内の90分〜120分を受け持つ。最大の特徴は、先生や親(タテ)でも同級生・仲間(ヨコ)でもなく、年齢が近く利害関係の少ない第三者の「先輩」大学生(ナナメ)と話すことで、高校生にとっては普段話さないような先輩の本音を引き出し、夢や目標を考える機会の提供だ。
同時に、関わる大学生たちにとっても、考えや目標などの言語化作業と高校生との対話で必要なコミュニケーションのトレーニングが必要となるため、大学生ら自身のキャリア教育の機会になる。09年度は、87校の高校で実施し、1万9012名の高校生が参加した。
この日の日本橋高校では、約240名の生徒が体育館に集まり「授業」を受けた。大学生は50名程度。高校生は2、3人のグループになり、大学生の発表を聞いたり、夢や悩みについて語り合う。最後に、「約束カード」という小さな紙に、これからの具体的な目標を書き込んで終了となる。
組織名の通り「語り合う場を創出する」というシンプルな授業なのだが、知人や友達などの同世代以外との人間関係を持つことに慣れていない、あるいは、モデルとすべき生き方などを見つけにくい状況に置かれている現代の高校生にとっては、非常に貴重な場となっているのだという。高校生の感想でも、「(大学生に)話を聞いてもらって楽になった」「今できる精一杯のことを真剣にやりたい」「今日からホンキになりたい」など、前向きな発言が聞かれる。本音を話すことで「自己肯定感(自分を認め自信を持つこと)」が高まるからだそうだが、一方で、自信や意欲を持て切れないのは、高校生に限らず、多くの大学生にも言えるだろう。
このような背景からNPOカタリバは、2008年度より東京の嘉悦大学(加藤 寛学長)において、大学1年生向けの初年次教育プログラムとして、新規事業を展開することとなった。そして、プログラム後のアンケート結果では、「大学生活への期待値」が大幅に上昇し、翌年には、1年次の退学者数を前年度比で25%減少させるという、衝撃的な実績を残したのである。
この理由として、NPOカタリバ・運営ディレクターの鶴賀康久さんは、プログラムの効果を次のように話す。
「学生が中退する主な原因のひとつに、自信を失っている不本意入学の学生の他者に働きかける力の乏しさ故、大学に居場所がつくれず友達ができないことが挙げられます。プログラム後の調査では、多くの学生が「友達について新しい発見があった」と答えており、友達との関係構築機会を提供したことが中退率減少に繋がった一つの要因とも見て取れます。また、大学生活の計画が具体的になったか、という質問に対して、80%以上の学生が「具体的になった」と答えています。不本意入学の自信喪失感は、一つずつの経験から得られる成功体験の積み重ねで乗り越えていくものです。しかし、興味の切り口を見出しても実践の場がなければ意欲の行き先がありません。嘉悦大学は、多様な学生の興味を多様にキャッチする機会を先生方が全力で創出され、学生一人ひとりをケアしていらっしゃる日常に引き継げることが、現在の成果に繋がっています」
NPOカタリバでは、大学向けに4日間のプログラムを用意している。「高校生」と「大学生」のナナメの関係が、「新入生」と「(学内外の)先輩大学生」という関係に変化し、4日目に全員の前で発表を行う等の違いはあるが、「ナナメの関係によるキャリア学習」という基本的なスキームは変わらない。
鶴賀さんは、「カタリバのプログラムでは、動機づけを行う初年次教育、将来の見通しを立てるキャリア教育や就業力育成を一度に行えます。最近では、嘉悦大学の初年次教育の受講生たちが、自発的にカタリバに参加して、今まさに心から大学を楽しんでいる状況を高校生に伝えてくれています。嘉悦大学生のカタリバ活動への参加を目的に大学でのプログラムを行っているわけではありませんが、ひいては高校生に対する大学の広報につながってるようにすら見えます」と、カタリバ独自のプログラムを話す。
問い合わせも多く、2009年度は、慶應義塾大学SFC、十文字学園女子大学でプログラムを実施した。今秋にも、都内の大学でプログラムを行う予定となっている。