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平成22年5月 第2401号(5月19日)

決算書の基礎知識 財務を知って業務に活かす 〈終〉
  「私学財政の現状と課題」  


学校法人和洋学園常務理事・事務局長 石渡朝男

 (1)主要な財務比率による決算書の見方
 消費収支計算書と貸借対照表に関する主要な財務比率について解説する。
 @消費収支計算書関連比率
 @ 人件費比率:帰属収入に対する人件費の割合である。学校という経営組織体は、人件費が消費支出中最大の部分を占めるのはやむを得ないが、この比率が高くなると消費収支の均衡を崩す一番の原因になり、一旦上昇した人件費比率を低下させるのは困難なため、この比率は低い方が望ましいと言われている。
 A 消費収支比率:消費収入に対する消費支出の割合で、この比率は100%未満であることが望ましいことは言うまでもない。
 B 帰属収支差額比率:帰属収入から消費支出を差し引いた差額の帰属収入に対する割合で、プラス数値が望ましいということになる。この数値がマイナスの場合は、自己資金が留保できていないことを表し、基本金を組み入れる前に支出超過という財政上好ましくない状況となる。
 A貸借対照表関連比率
 @ 自己資金構成比率:総資金に占める自己資金の割合であり、高いほど財政的に安定していることになる。80%以上あることが望ましく、この数値が50%を割ると他人資金が自己資金を上回っていることを表す。
 A 消費収支差額構成比率:総資金に占める消費収支差額の割合である。プラス数値が望ましいことになるが、この数値は基本金の組入れ状況により大きく左右されるので、基本金の内訳と合わせて検証する必要がある。
 B 総負債比率:総資産に対する負債の割合であり、この数値が50%を超えると負債が自己資金を上回ることになり、さらに100%を超えると総資産を上回る、いわゆる債務超過という極めて重大な状態となる。
 (2)財務比率で見る最近の財政動向
 私学事業団の「今日の私学財政(平成21年度版)」によれば、消費収支計算書および貸借対照表から読み取れる大学法人における最近の私学財政の動向は次の通り。
 まず消費収支計算書の比率では、「人件費比率」はほぼ横ばいにあるものの、学費改定が困難な時代になっているため、学納金に対する人件費の割合である「人件費依存率」は上昇(悪化)傾向にあり、「教育研究経費比率」も上昇傾向にある。さらに平成20年度決算で特筆すべきことは、100年に一度の世界経済不況の影響をまともに受け、資産運用収入が減少し、加えて多額の資産処分差額(差損)の計上を余儀なくされている。この結果「帰属収支差額比率」は一段と悪化の傾向にあり、「消費収支比率」が100%を超えており(単年度赤字)、財政の「健全性」という観点では好ましくない状況にある。
 次に、貸借対照表による財政状態の動向であるが、かつてのような右肩上がりの時代における借入金による設備投資は難しい時代となり、負債が減少傾向にあり、「総負債比率」等負債にかかる比率は減少し、この結果「自己資金構成比率」は改善傾向にある。財政の「安全性」の点においては好ましい傾向にある。しかしながら、消費支出超過額が増加し、財政上重要な指標である「消費収支差額構成比率」はマイナス(累積赤字)で、しかも毎年悪化の傾向にある。
 (3)財務分析結果を見る上での留意点
 財務分析結果を見る上での留意点としての一点目は、ある特定年度に企業会計でいうところの特別損益に該当するような事柄が決算に含まれていると、それによって算出した比率が異常な比率になることがあるということである。
 たとえば、土地等の資産を売却した収入のような臨時的な収入があったりすると、帰属収入が例年と比較して異常に膨らみ、その膨らんだ帰属収入で学納金や人件費の割合を出すと異常な数値となり、意味のない数値となるのは明らかである。したがって、そのような特別な取引があった場合には、特別な取引を除いて財務比率を見る必要がある。
 次に、他の大学の平均値と比較する場合、学校法人種別によって収入構造および支出構造の違いから、平均値の傾向が大きく異なる部分があるため、その点に対する配慮が必要である。たとえば、大学法人の場合でも、医歯系大学法人を含めた平均値と含めないものとでは、医歯系大学法人は事業収入(医療収入)の関係から、特に収入に関する比率で大きく異なる。
 また、大学法人といっても大学だけ設置している大学法人と、大学以外に短大・高校等を設置している大学法人とでは、単純に比較することはできない。大学法人、短大法人、高校法人間で、比率に顕著に差が出るものとして補助金比率がある。大学が10%程度なのに対し、短大法人は20%、高校法人に至っては30%程度が平均値である。支出に関する比率では、人件費比率は大学法人より高校法人の方が一般的に高めである。財務比率は、このような問題点をはらんでいるので、この点に注意して活用することが肝要である。
 さらに、財務分析は万能ではなく、そこには自ずから限界がある。財務分析は経営診断の一部ではあるが全てではなく、志願者数、学生数の推移、授業料の推移、さらには教職員数および給与水準の推移等、可能な限り多くのデータを総合的に駆使して分析・評価することが大切である。
 (4)まとめ
 財政問題は、今後の私学経営を左右する極めて重要な問題である。そこで今後の財務政策としては、まず確実に学生数を確保することによって安定した学納金収入を得ることが基本ではあるが、今後の少子化に備えて過度な学納金依存体質から脱却し、寄付金、補助金、資産運用収入等の外部資金導入に努めなければならない。その一方で、人件費を含む経費削減努力は欠かせない。
 財務改革は、全ての大学に共通する「万能薬」はなく、またすぐに効く「即効薬」もない。したがって、問題が具現化してからでは手遅れで、財政的にも、また人的にも余裕があるうちに、改革に取り組むことが大切である。
 今や財政の原点に立ち返って、「入るを計り出るを制する」施策が必要である。       (おわり)
  
 【参考図書】
 1、「実務者のための私学経営入門」(改訂版)平成22年3月8日発行(株)法友社(著者)石渡朝男
 2、「学校法人会計のすべて―会計基準と税務の詳解―」平成18年8月1日発行(株)税務経理協会(編著者)齋藤力夫
 3、「Q&A学校法人の新会計実務」平成17年10月15日発行第一法規(株)〈編者〉監査法人トーマツ パブリック・インダストリーグループ


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