平成22年3月 第2393号(3月3日)
■私学事業団
河田新理事長インタビュー
“地方私大の存在価値高めたい 大学には「経営」分かるトップが必要”
今年1月1日付で、日本私立学校振興・共済事業団の理事長に河田悌一関西大学前学長が就任した。「箱根の山を越えて」関西から東京に移り住み、私学振興に尽力している。同事業団は、昭和45年設立の日本私学振興財団と昭和29年設立の私立学校教職員共済組合とが統合して、平成10年1月1日に設立。その目的は、私立学校の教育の充実や経営の安定及び福利厚生を図ることとしている。今日では、厳しい経済情勢下の私学への補助金交付・資金貸与等のほか、「事業仕分け」第二弾の公益法人・独立行政法人改革等、難しい舵取りが求められている。新理事長に抱負等を聞いた。
鈴木文科副大臣に提言「私学助成の充実を」
―はじめに、ご就任されての総括的なお気持ちを。
このたび、日本私立学校振興・共済事業団(以下、私学事業団)の理事長を拝命しました河田悌一です。私立大学関係者の皆様、よろしくお願いいたします。
私学事業団は、私立大学、私立短期大学など約900校への経常費補助金の配分や施設設備への貸付、経営相談などを行うとともに、私立学校に勤める教職員(加入者)とその家族(被扶養者)など約120万人に対する共済制度を運営しています。
こうした組織の理事長を拝命して、光栄に思うと同時に、任務の重大さを考えると、私学振興に邁進していかなければと心が奮い立つ想いです。前職は関西の私立大学の学長でしたから、私立大学に対する想いには強いものがあります。
我が国では、私立大学が大学数全体の77%、私立短期大学が短期大学数全体の93%を占めています。学生数で言えば大学全体の75%と、実に全体の4分の3を占めるということもあり、日本の高等教育における役割の重要性は年々高まっています。私立大学は教育面、そして、教育の元となる研究面で、ますますの高度化・多様化を推進していかなければなりません。
国公立大学は明治に設立されて以降、特に戦後は、「金太郎飴」と言ったら言い過ぎかもしれませんが、個別の大学において明確な理念も無かったように思います。一方、多様性を旨とする私立大学は、それぞれ大学の創始者の想い、志、そして、建学の理念に基づいて設置されています。
この変化の激しい社会において、それぞれの「建学の理念」をまずは大事にしながら、しかし、それをかたくなに墨守するのではなく、時代に即した、時代の要求・要請にマッチした大学作りが求められます。それはすなわち、私学人には変化に対する鋭い目が必要になっている、ということではないでしょうか。
―平成22年度の政府予算案編成の私立大学経常費補助金について、一般補助はここ数年増額はなかったが、政権交代が行われ、地方の中小規模大学を支援するという方針の下で増額された。
平成22年度の文部科学省全体の予算案は、ここ30年で最高の伸び率となる5兆6000億円です。公立高校無償化への予算もありますが、現政権下での、「教育に力を入れなければならない」という政策があってのことだと思います。特にここ最近は私立大学の場合も、私学助成全体として毎年1%減額されていましたので、このたび経営基盤に直結する一般補助がプラスに転じたということは、素直に喜びたいと思います。
文部科学省の鈴木 寛副大臣と話し合いをした中で、鈴木副大臣も「今、大変なのは、地方の私立大学であり大変苦戦をされている。それは私もよくわかっています」と仰っていました。我々、私学事業団としても地方の頑張っている私立大学には、これまで以上に支援していきたいという思いです。
去る1月に、青森県から鹿児島県までの21校の中小規模大学の学長・理事長にお集まりいただいて、経営者向けのマネジメントセミナーを行いました。これは、財務諸表のあり方等を解説するものでしたが、大学トップが、必ずしも大学経営の専門家ではなかったという背景に対応したものです。一つ一つの大学の財務状況について、膝を突き合わせて議論を行い、助言をさせていただきました。
金沢工業大学の黒田壽二学園長・総長も言われていましたが、私立大学経常費補助金が伸びることが難しい中、どう効率的に配分するかということが重要な課題となっておりますので、私立大学の規模、定員を考慮したもう少しきめ細かい配分を考えていければと思っています。
―18歳人口が減少しているが、日本の私立大学はどうしていくべきかお考えを。
ここ数年は18歳人口が踊り場にあると言われていますが、その後また減少していきます。その中で、18歳だけを対象に教育をしていたのでは、「オール私学」が生き残るのは難しいとも思います。
一方、日本における二五歳以上の大学入学率は2.7%と言われ、OECD加盟諸国平均の20.6%と比べて、極めて低水準です。やはり、今後は社会人学生の増加、受け入れる環境や条件についてもっと真剣に考えていかなければなりません。それに、大学に社会人が増えていくことは、教員にとっても、学生にとっても良い刺激になり、教室も活性化します。社会人学生が増加することは、経営面、教育面、教学面でメリットが多いように思います。
一方で企業の側、日本の社会が、大学での学位としての学士、修士・博士、専門職などを取得したときに、公正に社内外で評価する体制がないと意味がありませんね。修士を取得したけど、全く評価に繋がらない、というのが、残念ながら今の日本の社会の現状です。学ぶインセンティブを与えないと、なかなか具体的な実効を上げていくのは難しいように思います。
―去る1月に「大学コンソーシアムひょうご神戸」が開催したシンポジウムの中で、鈴木副大臣が、「大学進学における各家庭の経済的負担は政府等が奨学金で手当てしていく。日本人は全員、大学に行くくらいの風潮にしたい」と話されていたが、どう思われるか。
日本の大学進学率はOECD加盟諸国に比べて伸びていません。そういう意味では、まだまだ大学進学率は伸ばせると思います。その時に、地方の私立大学に頑張ってもらいたいのです。それには各大学の魅力をもっともっと引き出さなければなりません。
現状では、全ての私立大学が、学生募集で頑張っているとは、残念ながら言い難い面もあるように思います。特に、今の大学には、ますます大学「経営」というマインドが求められます。これまでのように、国の指導の下で「運営」していればよいわけではありません。
また、経営は役職に付けばできるわけではありません。それなりの知識や経験が必要です。経営職には、経営のプロフェッショナルを据える検討も是非行っていただきたい。大学の生き残りも経営者次第ですから…。
―私立大学経常費補助金の特別補助について。その中身は、メニュー化・ゾーン化、経済的負担軽減、自主的経営改善未来経営戦略など。経営を頑張っている大学にはより支援をすると言っているが。
文部科学省は、これまで様々な特色ある大学教育に対する競争的資金を、グッドプラクティス(GP)として増やしてきました。現代GP、社会人を受け入れるGP、地域の特色に配慮したGP…。GPはすでに大学の中で根づいている言葉ですし、この競争的資金のおかげで教員の教育意識の改善がかなり進んだのではないかと考えます。
教員は、研究職だと思われていますが、私立大学は教育を目的で教員を雇用しているわけですから。多くのGP事業が、日本の大学教育の発展に大きな意味をもたらしました。「事業仕分け」によって、その流れを断ち切られてしまったのは、誠に残念でなりません。教育重視の流れは現政権の政策に合致するものですし、そういう意味でも今後も、文部科学省には特色ある教育を行う大学に対して、特別補助も含めて補助を増やして、大学の教育改革の流れを続けて頂く必要があると思います。
―年金の一元化問題について。公的年金と一緒にするという流れについては。
中央大学の永井和之学長が委員長をされている、私学事業団の私学共済小委員会の中で、「年金が一元化するということは、長年、私学が努力して貯めてきたお金を吐き出すこと。これはおかしいのではないか」と言う議論もありました。私ども私学事業団としても、これまで私学の教職員が厚生年金等より高い掛金を払うという努力によって支えられてきた意義と成果を強調していかなくてはならないと考えています。私ども私学事業団のみならず、私学の皆さんも声を大にして主張していただければと思います。
―このたび政府の「新成長戦略」が公表された。これは前政権の「骨太の方針」にも相当するような、予算編成に大きな意味のあるものと考えられる。六月までに肉付けをして、とりまとめると言われている。高等教育関係では、雇用・人材戦略の中で、ただ「高等教育の充実」のみが書き込まれている。教育が重要と言いつつも「高等教育の充実」だけで具体性はまるでない。私学としては、「高等教育の充実」の多くは私学が担っているのに、私学についての具体的な記述がない。
鈴木副大臣には、私学振興にはまだまだお金が足りないと申し上げました。我々は地方の私立大学に熱心に足を運び、地方の大学の存在価値を高めるための支援を行っていきたいと考えています。
事業仕分けの第二弾として、枝野幸男行政刷新担当相が行政刷新会議で、公益法人や独立行政法人の改革に着手すると仰っていました。私学事業団の助成業務については、独立行政法人法に準ずる管理手法が導入されています。
しかしながら、単なるといっては失礼ですが、他の独法のように、国から、業務運営のための補助金をいただいているわけではありません。貸付事業の収益によって、人件費を含めたすべての業務運営の費用を賄っています。そうしたことをきちんと説明し理解を求めたいと考えています。
―日本私立大学協会のほか、私学団体に対する希望や要望は。
政府の政策に対して、現場からの対策等の提言が必要であり、協力すべき時には、一致団結、三団体と我々が「三を合して一」となすことは、私学事業団としても重要だと思っています。今後、ますます大学の生き残りが難しくなる中で、三団体が、できるだけ協力関係と情報を密にして政府に主張していく必要があると思います。
今は新しい政府の下で「どういう施策を考え、実現していくか」が重要な局面となっています。もっとそこで私学人が一枚岩となって強く提言していく必要があるし、行動を共にする必要があると思います。
―今後、大学経営は戦略こそ重要になってくるが、中小規模の大学の新しい機能や役割などについてご意見があれば。
日本人は戦略を立てて実行するのが苦手だと感じています。これからの大学経営は戦略的でなければ生き残っていけません。大学の建学の精神に立ち返り、どのような教育目標を掲げるか、それに向かってどのような教育を行っていくか…。
繰り返しますが、大学経営には、マネジメントを理解・実践できる経営者が必要です。経営が変わったからといって、創立時の「建学の精神」がないがしろにされるわけではありません。その達成のために、何が必要かをきちんと見極めていく必要があるでしょう。
経営者としての条件は、経営感覚を持った、その時代の要求を見極めて経営ができる方です。近代的な経営を行うために、アドバイザーの助言も必要でしょうし、その助言を虚心坦懐に聞く度量も必要ですし、何より、「経営者」としての人となり人物、学識・経験がこれまで以上に求められると思っています。
経営について、ちょうど今ある事例としては、「ホールディングス構想」というものがあります。銀行ではないのですが、それぞれの学校法人が各々の独自性を持ちながら、上部にホールディングスを持つという経営戦略もあるのではないか、と思っています。地域を共に創る、学生に役に立つという目標においては、ホールディングス構想の選択肢も、この激動の時代に有効な考えの一つだと考えています。
大学の新しい役割としては、中小規模大学においては、各地域の「地域の核となる私立大学」を目指し、近隣の大学と協力するときは協力し、競争するときは競争していく体制を整えていきながら、地域に貢献できる人材を輩出する大学になっていくことが大事だと思います。
例えば、昨年の日経グローカル誌でも地域貢献度で高い評価をされた松本大学の事例は、注目に値すると思います。
平成17年1月の中央教育審議会答申「我が国の高等教育の将来像」においては、七つの機能分化が謳われました。それが完全に正しいとは思いませんが、大学経営戦略を考える上では、活用していくことも必要ではないかとも思います。ただ、同時に国として予算措置もしていただかないと困ります。
―情報公開しなければという意見については。
入学者や受験者数を中小規模の大学も情報公開しなさい、という時代の流れは確かにあります。事業団の私どもの給料ですら、情報公開されているのですから、「情報公開をしない」理由を考えるのではなく、公開しなければならないなら、どのように公開をすればよいのか、その方策を考えなければなりません。
「情報公開をしない」という方針を続けるのは今後ますます厳しくなっていくでしょう。全ての情報を全部公開する必要はないかもしれませんが、社会が必要と考える情報は公開をしていかなければなりません。しかし、各論になると二の足を踏んでしまう、これは心情的には分かるのですが…。
―最後に私立大学関係者に向けてメッセージを。
今後、ますます私立大学の各団体と、密に連携をとって社会情勢や政府に対応していかなければならない、厳しい時代になっています。
日本私立大学協会には、会長の大沼 淳文化学園理事長をはじめ、金沢工業大学の黒田壽二学園長・総長など私学経営の超ベテラン、卓越した能力を持った指導者がおられますから、私学事業団の新米理事長として、非常に頼りにしています。
日本私立大学協会の皆様の大きな力添えを得なければならないと思っていますので、よろしくお願い致します。
―ありがとうございました。
〈プロフィール〉
河田悌一(かわた・ていいち)
1945年京都生まれ。1975年:和歌山大学経済学部助教授、1986年:関西大学文学部教授に就任。
2003〜2009年:関西大学長。2010年1月:日本私立学校振興・共済事業団理事長に就任。
専門は中国思想史。