平成22年1月 第2387号(1月20日)
■上田信行同志社女子大教授
“教えない”授業の実践
教員は学生同士を語らせる触媒になれ〈下〉
専門である学習環境デザインとの関連で、上田教授はこう付け加える。「表現することが学びだからこそ、表現を活性化する環境(メディア)のデザインが重要なのです。最近のキーワードは、イーティングデザイン、音楽、照明。例えば、食べ物や飲み物があると気持ちが和んでコミュニケーション(表現)が進む。音楽があるとテンションをきかしたプレゼンテーションができるし、光の効果も重要な要素。授業では、学生が表現する環境を整えてあげることが重要です」
ラジオ番組づくりとはどのような環境なのか。「三つのねらいがあります。まず、メタ認知。ラジオ番組の設定は、単に英語で発表すれば良いのではなく、リスナー(視聴者)を意識することになります。多くの人に「聞かれている」ことを意識すると、客観的なメタ認知の視点も得やすいのです。二つ目に、即興性。予定調和的なものは何もありません。ラジオの即興性は、集中力も高め、創造性を生み出します。最後に、グループワーク。表現力は人と人とが関わっていくことによって伸びていくものです」
授業後には、数十人の学生が“アトリエ”に残り、いくつかの輪ができた。夢中になってお喋りを続けている。上田教授が指摘する。「今のこの状態が、教育にとって理想ですね」。新しいアイデアが生まれそうな対話(ダイアログ)が巻き起こっている、いわば、これがプレイフルな状態。教育の中で、いかにこの状態が創り出せるかがポイントだという。
学生に聞いた。上田流授業はどうですか。
「自分が主体的に何かを作るのが楽しい。体験するから分かることもある。他の授業ではただ聴くだけでつまらないし、内容をすぐに忘れてしまう」。「普通、講義では喋るなと言われるけど、上田先生はむしろ真剣なお喋りをしろという。雑談の中に入って、うまく誘導して、学生のモチベーションを上げている」ある学生は、「先生が一番楽しそうで、学生よりも学生みたい」。
●ゼミでは更なる学び
しかしながら、学習環境デザインを学ぶ上田研究室の学生は大変そうだ。
あるゼミ生は振り返る。「ある日突然課題を持ってくる。前にも、コンピュータメーカーのショールームでワークショップを行うから内容を考えてと。普段から上田先生のワークショップを受けているのですが、いざ自分が行う側に立つと、実は「メタ認知」などの意味がよくわかっていなかった」。
基本的に全てゼミ生にお任せ。「ああでもない、こうでもない」と頭をひねりながら、模索が続く。やがて上田教授がふらりと現れ、一言二言、アドバイス。それの繰り返し。しかし、実際にワークショップをやってみると、あまりうまくいかない。上田教授は、反省会ののち、きちんと次の機会を用意してくる。そのような中で、もがきながら「学びとは何か」を感覚的に理解していく。感覚的だから、「説明しろ」と言われると答えられない。そこが悔しい。
構成主義の学びは、自ら実践しながら「これがそうかな?」「これかな?」と考えながら獲得していくしかない。だから、失敗は当たり前。学生は、実践と振り返りの繰り返しで習得していく。「教えない授業」とは、文字通り教えないのではない。言葉で教える以上の学びを、実践を通して学生は感じ取り、自分のものとしていく。そして、学生同士の対話を促進させるための“触媒”として上田教授が機能している。
これをFDという文脈に置き換えるなら、「教員がいかにうまく語るか」ではなく、「学生(同士)にいかに語らせるか」のトレーニングが必要になろう。教員が語ってしまうと、学生は「待ち」の姿勢となる。上田教授は指摘する。「学生自身に大学を学びの共同体として捉えさせ、自分が受けている授業やゼミにどう関わっていくか、どのような貢献ができるかを考えさせないといけません。こんなゼミにしよう!自分たちで創っていこう!という熱意が、学生から巻き起こるような学習環境を整えることを教員は考えないと」
聞くところによると上田教授は今年還暦なのだが、「この歳になっても夢を追い続けたい!」と真面目な顔で学生に語りかける。そして、「君の夢は何?」と問いかける。
「教員が学びを楽しまなかったら、絶対に学びの面白さは伝わりません。授業が面白くないと言うのは、教員がまず面白いと感じていないからでは」このポジティブ過ぎる生き方を見せることが、学生にとって何よりの学びになっているようだ。
こんなふうに考え始めるきっかけは何だったのか。「1970年代に米国で教育学を学んでいました。その際に、教育番組「セサミストリート」の制作現場を見る機会があったのですが、あまりにも楽しそうに仕事をするスタッフを見て大きな衝撃を受けました。楽しいけど真剣そのもの。学びも創造性もある。他者との化学反応によって、身体からあふれ出るポジティブなエネルギーに満ち溢れていました。それで、これだ!と」。原点を教えてくれた。
最後に、尋ねた。教育とは何か?
「教育とは、心を揺さぶること。本当に今のままでいいの? これでいいの? 考えろ、と。あこがれを語れ! 希望を語れ! 夢を語れ! と呼びかける。学びとは、ロックンロールなんですね(笑)」
若い頃はミュージシャンを目指していた(そして、まだその夢をいだきつづけている)上田教授らしい答えが返ってきた。今年四月よりマサチューセッツ工科大学の客員教授として、更なる「学び」を研究するため一年間渡米する予定だ。これも夢の一つだったそうだ。
しかし…毎日これでは体が持たないのではないか。「でもね、楽しいんですよ」。上田教授が一番のプレイフルな学びの実践者だった。(おわり)