平成21年10月 第2376号(10月14日)
■溝上京大准教授インタビュー
学習時間を測定せよ
“学習者中心の大学”で必要な講義と演習
大学改革の肝となる、学習者中心の大学作り。各大学で、その構築が模索されているが、そもそも“学習者中心”とはどのようなことなのか。学生の学びについて研究を続けてきた京都大学高等教育研究開発推進センターの溝上慎一准教授は、「学生の学習時間に注目するべきだ」と指摘する。
学習者中心の大学作りが叫ばれている。
しかしながら、各大学で展開されているFDの内容を見る限り、講演会、授業の相互評価、授業設計など、「学習者中心」というコンセプトとどうつながるのか、見えにくいことが多い。学習者中心の大学作りを進めるにあたり、そのヒントを考えてみたい。
「学習者中心」の重要なキーワードの一つに「ラーニングアウトカムズ(学習成果)」がある。「学生が何を身につけたか」を示すもので、これは中教審答申「学士課程教育の構築に向けて」で指摘されたものである。実際の評価を考えると、疑問や難しい点もあるが、考え方は今後の学習者中心の大学作りにおいて重要だと私は考えている。更にラーニングアウトカムズを掘り下げると、「ラーニングプロセス(学習過程)」になる。ラーニングプロセスは、文字通り学習者がどのように学んでいるかの過程のことだ。
この研究が日本では非常に遅れている。欧米の先進国では、ティーチングからラーニングへ、アウトカムからプロセスへと議論が移行している。ヨーロッパではFDではなく、Education Developmentと呼ぶことも多い。ティーチングと狭く捉えるのではなく、広く教育が変わることを目指している。
さて、日本でも学生のラーニングを重視した授業改革は進められている。大きくは、「講義」の仕方について工夫を行なうものと、演習、調べ学習をしたり地域や現場でフィールドワークを行ったりするものとがある。基本的には、ともに学生の「アクティブ・ラーニング」を促そうとしている。しかし、問題は、それぞれどちらか一方だけで実践を完結させようとしていることだ。講義と演習をカリキュラム上分離する文化にどっぷり浸っている日本人にはわかりにくいことだが、講義と演習はどちらも同時に、バランスよく必要である。また、さほど授業外学習を前提にしないアクティブ・ラーニングへの取り組みが、どれほど有効なのか。ここも問題だと感じる。
たとえば北米では、一つの科目で週に三回授業があるものが多く、理想的である。というのも、そのなかで二回を講義、一回を演習にすると、座学とアクティブ・ラーニングのバランスが取れるからである。演習は講義を前提とするので、講義内容をしっかり理解すること、そのために講義に使用されるテキストや文献をしっかり読んで予習・復習することが求められる。日本のように、講義は聴くだけ、演習では数人がたくさん喋って、他は黙っていても、最後にレポートを出せば合格、ということにはならない。発言しなければ単位はもらえないし、発言するためには講義内容を理解することが必要である。
こうした授業システムがとれるようになれば、講義で「知識」を与えるだけでなく、「技能」や「態度」をも育てることが出来る。繰り返しになるが、講義と演習を分ける日本の授業システムは世界的に見て珍しい。しかも「週に一回だけ授業をやって学生にどうやって学習させるんだ」と海外の教育者は不思議がっているのが実情だ。
一方、演習やアクティブ・ラーニングでは「技能」や「態度」を身につけさせることができるが、この二つは、基本的には「知識」を通して身につける、と考えられるべきだ。質の高い演習やアクティブ・ラーニングを進めるためにも、講義・座学がしっかりとなされ、連結されなければならない。
アクティブ・ラーニングを主張する教員には、この知識伝達や座学を軽視する者が多いように感じられる。あるテーマを与えて学生が一生懸命にまとめて発表することは素晴らしいことだが、それだけで満足してはいけない。なぜなら、学生は身近な知識をぱっぱと寄せ集めて発表していることが多いからである。
「知識」は、一人ひとりの頭にパッと出てくる思いつきや思い込みのことではない。大学の体系的で抽象的、議論のために準備をしなければならない知識のことである。大学生なのだから、テーマから広がる世界観や価値観が重視され、「そのテーマなら、これも調べろ」と学生を焚き付けることも必要だ。GPのおかげで、演習系の授業、プロジェクト学習がずいぶんと普及したが、特別な授業が単発で開発されるのではなく、これまでの一般的な講義とどう連動させるかといった課題にも取り組まれねばならない。
「学生が何を学んでいるか」というときに、従来の講義や学問形態からラーニングアウトカムズを考えるのではなく、学生の知識・技能・態度が、講義とどう絡んで成立しているのか、という立場からの見方が必要である。多くの教員はこの見方がまだできないので、議論や実践が進まない。ラーニングアウトカムズを本気で考えたら、知識・技能・態度を四年間通してどう育てているかという話になって、それを突き詰めると一つ一つの講義のやり方に通じてくる。
学習者中心の大学作りに当たり、参考になる評価指標は授業外での学習時間だ。一度、各大学において学生にアンケートを取ってみてほしい。教育改革に否定的な教員にとっても、授業外学習時間を知ることは充分なインパクトになる。
学習者中心の大学作りは、まず学生の授業外学習時間を延ばすことから始めたいというのが私の考えだ。時間が質を決めるわけではない。しかし、日本の学生の授業外学習時間はあまりにも短かすぎる。質を議論する状況ではない。授業外学習時間を延ばす方法は色々とあるだろう。講義を通して学習すべく、何かしら講義のデザインを変えていく。学生が学習するようになれば、「今度はこうすればもっと学習するのでは」と、講義の中で議論をする場を作ったり、無理なら大学の外に機会を作ったりと、教員も色々と気になり始める。
そのうち一つの講義の中で取り組みが収まらなくなり、カリキュラムや授業システムの改革にまで発展するだろう。授業外学習時間をコンスタントに計測し、色々な試みを「授業外学習時間」という指標に繋げていくべきだ。
我々は自身が経験してこなかった新たな実践を開発しようとしているのだから、実践や改革を力強く進めるためには、他大学での類似の実践をとにかく見に行くことが重要だ。意欲のある関係者はすでに行なっていることだし、外部で様々なセミナーも行なわれている。是非色々勉強して欲しい。私も、主催する大学生研究フォーラム等でこれからも紹介していきたい。