Home日本私立大学協会私学高等教育研究所教育学術新聞加盟大学専用サイト
教育学術オンライン

平成21年9月 第2373号(9月9日)

教育工学とFD 6
  教育工学からみた授業改善
  ケータイを活用した学生参加型双方向授業

滋賀大学教育学部 教授 宮田 仁

 現在、大学での授業改善が急務とされている。1983年米国カリフォルニア大学バークレイ校が大学授業改善の方法や事例集を発表した。日本では赤堀侃司教授(1997)が大学授業改善の技法集やガイドブックを刊行している。その中で、様々な技法や事例が取り上げられているが、多人数講義における授業コミュニケーションの改善は工夫しないと難しいと報告されている。
 受講者100名以上の多人数講義では、教員の発問に対する個々の受講者の回答や発表をさせることが困難であり、教員は一方的に説明を行い、受講者は話を聞くだけの一方通行の講義になりがちである。筆者は豪州ディーキン大学で集中講義をした経験をもつが、日本人の大学生の場合、発問・指名しても多人数講義では、自分の意見を発表することを恥ずかしがる傾向がある。京都大学高等教育研究開発推進センターの松下佳代教授は、大学から提供される教育サービスを受動的に受け取り消費するだけで、しかも消費者としての権利意識すら持ち合わせていない最近の学生の風潮を「日本型の学生消費者主義」と名づけている。
 地方の国立大学では、つまらない講義には出席しないという最低限の選択もできないまま、講義にとにかく出席するだけはして、しかし、何も学ばないまま帰っていくという究極の「受動的消費者」が増えてきている。そうした中、とりわけ講義型の授業では、その運営が困難になっている。講義室にひしめく大量の受動的消費者に対してどう臨めばよいのか、ましてや彼らをどのようにして「能動的学習者」へと育成していけばよいか、授業改善の必要性がますます高まっている。
 筆者は12年前より、B6版サイズの紙のコメントカードに受講者の意見を書かせて回収し、次回の講義時に、そのコメントに回答して、授業コミュニケーションの改善を図ってきた。毎回の講義でコメントカードに記入する機会を設けることによって、受講者自らが考えることを奨励する型の講義を組み立てた。しかし、受講者同士で意見を聴いたり読んで他者との視点を交換したり、他の受講者に自らの意見を表明する機会を設けるために、多人数の受講者一人一人に意見を板書させ、その意見を取り上げながら、あるいはそれをもとにディスカッションをさせながら講義を進めることはできないかと従来より考えていた。
 最近の大学生は、ほぼ全員が携帯電話を持っていると推測できるので、携帯電話を意見発表のための学習者端末として活用することを2002年に考案し、「携帯電話対応コメントカードシステム」を開発した。これにより、全員の意見を大講義室のプロジェクタに、各受講者が板書したかのようにリアルタイムで映し出すことが可能となった。また、携帯電話からのコメントカードをサーバに蓄積してデータベース化し、受講者が共有することにより、多人数講義においても知識創造型の講義展開や学習環境が提供できるのではないかと考えた。
 当時の先行研究では携帯電話のブラウザ機能やメール機能を活用し、講義内容の情報提供や授業評価の送信を行っているが、受講者からのコメントを受講者間で共有させ知識創造を意図したアプローチではなかった。そこで、筆者は携帯電話対応コメントカードシステムを開発し、多人数講義での書き込みや発言を共有することによって、知識創造型の講義アプローチへの支援が可能かどうか、また、授業コミュニケーションが活性化するかを明らかにすることとした。
 受講者が携帯電話で講義の専用サイトに接続し、下・上図のようにコメントの提出、講義中でのアンケート調査、講義の予習・復習で活用できるミニテスト機能を有している。受講者のコメントは自動的に下・下図のようにサーバでデータベース化され全文検索可能となる。筆者が滋賀大学で取り組みを開始した本プロジェクトが2006〜08年度に現代GPに採択され、滋賀大学発『知識創造型ユビキタスな学びプロジェクト』―携帯電話対応コメントカードシステムを活用した知識創造力の育成―として、全学共通教養科目38科目の遠隔講義で本システムを活用した。
 知識創造型ユビキタスな学びプロジェクトとは大学の講義をそのままコンテンツ化して配信する知識伝達型のeラーニングではなく、問題提起型のコンテンツを学習して自分の意見を毎回、携帯電話コメントカードシステムから送信し、ユビキタス環境で遠隔地間の5〜6名の小グループによる問題解決演習を通して、知識創造型の学びの実現を目的とする取り組みである。社会が必要とする小グループ相互啓発方式による問題解決能力、各自の知識創造能力を身につけるためのコース開発を必修科目である全学共通教養科目を対象として彦根キャンパスと石山キャンパス、あるいは各受講生の自宅からアクセスし、いつでも、どこでも時間や場所の制約を受けることなく知識創造型ユビキタスな学びが受講できることをめざした。従来のeラーニングコンテンツは提供型であったが、本取り組みでは受講者も知識創造に貢献できるブレンディド型eラーニングを構築した。
 八年間取り組んできた成果は、学生の講義への積極的な参加態度の醸成であった。取り組み前は、講義開始時に前回の講義内容を忘れている受講者が多かったが、取組み開始後は毎回のコメントカードによるディスカッションが三週間程度継続するので、通学や待ち時間といった隙間時間に自分や他者の前回のコメントを読む癖がつき、講義のテーマを講義日以外にも継続的に意識して考える学生が増加した。
 その結果、学生の成績得点も、学生による大学授業評価もアップした。学生の自由記述をあげると「たくさんの他の人たちの意見やアイデアが、大型プロジェクタで次々と映し出されるので非常に知的な刺激を受けた。また、教員が僕の書き込んだ意見を取り上げて講義を進めてくれたので、やはり、自分の意見が採用された時はうれしくて、講義に積極的に参加しようとやる気が出た」、「このシステムを使えば、講義中にわからない箇所が出てきた時に、『もう一度説明してほしい』と遠慮なく匿名で書き込めるのでありがたい」など、本システムの導入に対して、肯定的に受け入れる姿勢を示しており、これが積極的なコメントの書き込みにつながったと解釈できる。
 最後に、本システムを活用した授業改善のコスト・労力を述べる。コスト面では、本システムの運用に必要な環境は、受講者側は携帯サイト閲覧機能を有する携帯電話、大学側はWebサーバである。今回の研究開発では50万円程度でサーバを設置したが、もし、大学側が既存のWebサーバを保有している場合は、本システムのプログラムをサーバ側に導入すれば、特別な機器の追加なしに、本システムを運用することが可能である。また、運用する教員側の労力の面では、講義前に本システムの管理者画面から、「講義中に携帯電話サイトに提示する書き込みテーマ」と「アンケートの質問文と五つの選択枝」をワープロ感覚で入力しておく。そして、講義中や講義後に各受講者からの回答を、管理者画面で自動的にデータベース化し、集計したり、検索・抽出する。エクセル等の表計算ソフトに出力して活用することも可能である。受講者の登録も、教務係からエクセル形式の名簿を入手すれば、そのまま登録することが可能である。
 以上のように、成果と比較した場合、コスト面では安く、労力面でもワープロが操作できるスキルがあれば運用可能という点で、携帯電話対応コメントカードシステムは有用であった。

Page Top