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教育学術オンライン

平成21年8月 第2369号(8月5日)

教育工学とFD <3>
  自学自習教材を作る
  教授学習の理論的枠組も

聖心女子大学教授/日本教育工学会長 永野和男

 授業を実践しながら、改善していくアプローチは、教育工学的手法と呼ばれ、最も普及している授業研究の方法である。すなわち、授業を、設計・実施・評価・改善の四つのプロセスに整理し、これを幾度も繰り返すことによって、よりよい授業にしていく。もともとは生産工程における質管理を目的としたPDCAサイクルの応用で、最近では「仕事の基本」を表すためにも用いることが多い。
 PDCAとは、Plan(計画):従来の実績や将来の予測などをもとに業務計画を作成する、Do(実施・実行):計画に沿って業務を行う、Check(点検・評価):業務の実施が計画に沿っているかを確認する、Act(処置・改善):実施が計画に沿っていない部分を調べて処置をする、の頭文字。この中で改善の成果をあげるために重要なことは、設計時に授業を明示的に記述しておくことである。
 授業は、教授・学習のデザインに基づいた、方略とその場その場で対応する方術とが対応していることになるが、あらかじめ実施前に計画できることを意識化しておくことが、改善の糸口や根拠になるからである。教員としての経験を十分つんでいないうちは、方術のレパートリーが少ないといわれる。授業の方法を広げるためには、他の教員の授業を見て自分のレパートリーを増やすことも必要になろう。
 技術の習得をめざした演習では、教材(テキストやワークシート)を開発することが、実際の学習目標の到達や授業の進行を支援するだけでなく、教育工学的手法の体得に役立つ。筆者は、大学における映像メディアやソフト関連の演習科目のほとんどを、自学自習教材やグループ用教材(いずれもペーパテキスト)を使って実施している。
 自学自習教材を開発する場合、次の手順で進める。
 @準備:知識や経験のある人(教授者)が、口頭で内容や操作法を説明する。教授者は直接操作をせず、被験者にさせる。説明の様子や被験者の行動、疑問の発言などをVTRに記録する。
 Aカード化:@の内容を分析して、一ページ、一指示のインストラクション・カードを作成する。これを被験者にみせてコメントをもらい、その一部を修正する。
 Bトライアウト:別の被験者を使ってインストラクション・カードのみで操作できるようになるかを調べる。「カードをみて、順に操作して下さい」と指示し、以後は自学自習。トライアウトの様子はVTRに記録し、あとで分析する。
 C改善箇所の発見:カードをみるだけでは指示が伝わらない(ここが教材として機能していない)ため自習が中断する場合は、介入して助言する。ただしその箇所は次のトライアウトまでにテキストを改善する。
 DBに戻り、繰り返す。
 このような改善を繰り返すことによって、自学自習教材の実用度が高くなるほか、どのような点に注意すれば指示がうまく伝わるか(すなわち上手に教えることができるか)、教授者が学習できる。最近は、コンピュータやメディアを使った教材が簡単に作成できる環境も整ってきた。教授者自身による教材開発は、FDのための自己研修としては極めて有効である。
 授業をデザインするために知っておかなければならないことのひとつに、教授学習に関する理論的な枠組みがある。その対極的な理論を紹介すれば、「行動主義的な学習論」と「認知主義的な学習論」になる。前者は、教材提示や問題の提示とそれに対する学習者の反応を読み取り、適切なフィードバック情報を与えると学習が促進されるという考えに基づいている。ここでは、学習内容や学習目標をやさしいものから順にスモールステップにわけ、一つひとつの目標を順に達成させ、最終的に高度で複雑な内容を理解あるいは技術習得させるという考え方をとる。訓練性の強い学習に向いている。
 これに対して後者は、学習は自らの興味と主体的な情報獲得の活動で成り立つと考え、授業設計で大切なのは、教授者の解説の仕方ではなく学習者自身の活動であると説く。従って、教授者が準備するのは、適切な演習課題と、それを遂行できる学習環境の設定であり、課題の遂行の中に習得すべき知識や技術をうまく埋め込むことによって、教授者の期待する知識・技術の習得が成立すると考える。この場合、授業は学生の活動を中心にデザインされる。このように二つの立場は、その視点や教授者の準備内容が大きく異なる。
 しかし、実際の授業設計の技術としてみた場合、適用されている原理には共通点もある。それは、どんな場合も学習は個別に生じること、そのため学習の内容とペース(時間配分)は個別になり、それぞれに適切な教材や授業場面を準備しなければならないことである。実際の授業では、一回が90分と限られており、授業の目標も一回ごとに設定されているので、どうしても教授者ペースにならざるを得ない。けれども、よほど高い動機付けがなければ、60分以上も講義を集中して聴き続けるのは困難ということも知られており、途中に討論をさせたり、まとめを書かせたり、学生自身に発表させたりといった活動を取り入れることは、必要不可欠なのである。
 教授学習に関する理論や教材開発などの手法は、教育学や教員養成系の大学では必修の内容である。しかし、他の学部や大学院を修了し、研究者として大学教員になったものには、未知の領域である。このような点を配慮し、大学の教員向けにFDのための専門的研修プログラムが実施されるようになってきている。
 例えば、関西大、関西学院大、慶應義塾大、中央大、同志社大、法政大、明治大、立教大、立命館大、早稲田大は、互いに持てる力を出し合いFD分野において連携することを目的として「全国私立大学FD連携フォーラム」を昨年末に発足させた。ここでは、立命館大が中心になり、大学教員のためのeラーニングを活用したオンデマンド講義コースを開発して各大学の初任者に履修させている。受講者は、45分の(15分×3)のVOD講義を任意の時間に受講し、レポートをシステムを介して講師に送信し、コメントをもらう。また、掲示板を使って受講者同士でディスカッションする仕組みもある。講義の内容としては、15回分あり7ヶ月をかけて講義と演習を受講する。内容は、高等教育論、授業設計論、教授学習理論、教育評価論、心理学、大学管理運営の単元で構成され、教育工学に関連する内容としては、「大学の授業の設計」「教授・学習の理論と教育実践」「高等教育における授業技術」「大学の授業の評価」などがある。
 日本教育工学会は、今年度から学会として大学の教員向けのFD研修講座をスタートさせている。この研修は、講演形式ではなく、ディスカッションしながら問題を明確にしたり、課題演習を中心として必要な知識や技術を主体的に獲得するワークショップ形式の研修であることに特徴がある。この研修自体も、認知主義的な考え方に基づいて設計され、参加者の自身の交流や協力を配慮した協調学習をうまく取り入れている。さらに集合型の研修の後、自分の問題としての課題が出され、約1ヶ月を提出期限として報告書を作成して提出することが求められる。そして評価基準をクリアした受講者には、学会として評価をつけた認定書が発行される。
 このように、わが国でも、ようやく単位や認定に連動したFD研修カリキュラムコースが始められるようになってきた。今後の発展が期待される。

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