平成21年5月 第2360号(5月27日)
■高めよ 深めよ 大学広報力〈32〉
こうやって変革した 29
千葉工業大学
”古典的”な広報手法
新校舎、入試優遇制度など貢献
今年の大学入試戦線で最も注目を集めたのが、この大学である。志願者数が昨年度の178.7%に達した。しかも、若者の理系離れで志願者が減少気味の工業大学だったから大学関係者は一様に驚いた。千葉工業大学(本岡誠一学長、千葉県習志野市津田沼)。20階建ての新校舎の建設、新学科の設置や複数学科を受験しても一学科分しか受験料を取らない優遇制度を始めたことなどが要因とみられている。こうした新しい学び舎や新学科、入試優遇制度ができたにしても、それを受験生に広く伝えなければ、このような結果にはならない。志願者増に同大の広報はどのように動いたのだろうか。取材してわかったのは、最先端の理工系の様々な情報を伝達するさい、意外に古典的な手法を用いていたことだった。辣腕の同大の広報担当者に、そのへんのことを聞いた。
(文中敬称略)
志願者大幅増の広報とは
千葉工業大学は1942年、玉川学園内に興亜工業大学の名称で発足した。46年に千葉県君津市へ移転、千葉工業大学と改称。50年に現在の津田沼に移転した。2000年 工学部を改組、情報科学部・社会システム科学部を新設した。
現在、3学部11学科で、在籍する学部学生は津田沼キャンパスが5385人、もうひとつの芝園キャンパスが3978人の合計9363人。大学院を含めると約1万人の学生が学ぶ。
まず、千葉工大が今春、大幅に志願者を増やした要因について、一つひとつ検証していきたい。
高層新校舎の建設は、受験生にどう映ったのか。津田沼キャンパスでは08年8月に地下1階・地上20階建、高さ93mの高層校舎「新一号棟」が完成。低層棟は最先端の実験室や約600名を収容する大教室、高層棟には各学科の研究室や実験室があり、最上階には四方を眺望できる展望ホールがある。
入試広報部長の藤井正温が説明する。「本学では、オープンキャンパスに来た生徒の約6割が志願します。高層校舎などの教育環境が気に入って志願する生徒もいます。それ以上に、若者に人気のロボットや宇宙を研究する二つの先端研究のセンターを見学したり、先生の講演を聞いて受験する生徒が多いようです」
ロボット研究は先駆
ロボット研究では先駆的だ。03年、未来ロボット技術研究センター(fuRo)を開設。ここから未来に向けた新しい発想のロボットが次々に誕生している。古田貴之所長、レスキューロボット開発の第一人者である小柳栄次副所長の二人は高校に出かけて行う「出前授業」やマスコミで引っ張りだこだ。
惑星探査研究センターは、惑星探査用衛星に搭載する観測機器の新規開発などを行っている。松井孝典・前東京大学新領域創成科学研究科教授を所長に、小惑星探査機「はやぶさ」や、月探査機「かぐや」の国内の若手研究者が日本と世界の惑星探査をリードする研究を続けている。
次に、新学科の設置は、志願者数に、どのように働いたのか。06年4月、工学部に未来ロボティクス学科を新設。09年、社会システム科学部に金融・経営リスク科学科を設置した。後者の新設を藤井が語る。
「金融・経営リスク科学科は、綿密なリサーチを重ねました。全国に類をみない学科で、これからの産業界、経済界に不可欠な人材育成の場として注目されています。金融不安、食の安全が求められる時代にタイムリーでもありました」
複数学科を受験しても一学科分しか受験料を取らない志願者への優遇制度を始めたことは、どうだったのか。これも藤井が説明する。
「それは、新クロスエントリーシステム1の導入です。昨年度までは、同一試験日における他学科への併願料は一学科について5000円を徴収しました。新システムによって併願分の検定料を無料にしました。受験生が併願しやすくなったのは事実です」
得意科目生かせる入試
藤井は志願者増には、もうひとつの要素があると付け加えた。「入試A日程で、昨年は3教科受験2教科採点でしたが、今年度は得意科目が生かせる3教科受験加重採点方式を採用、受験生の得意・不得意科目への不安を解消しました」
さて、本題の広報の話に移ろう。藤井によると、同大は、定例記者会見は行っていない。マスコミが書いてくれそうな話題については、事前にプレスリリースを作成してFAXで配信する。東京と千葉にある新聞、業界紙、テレビ、雑誌…思い当たる媒体全てに送っているという。
掲載率は高い。それは、同大が新しいことをつぎつぎに実施に移しているからだ。次のような「日本の大学で初めて」という話題は、マスコミも大きく取り上げてくれたそうだ。
@05年4月から導入した多機能ICカード型学生証。「情報キオスク端末「KISS(Kyoumu InteractiveSupport System)」に学生証を挿入し、手のひらをかざすことで、学生情報や成績情報が取得できる。
A07年9月からNTTドコモの端末が芝園キャンパスの全教室に設置され、全授業にICカードによる出欠確認システムが運用開始された。授業の前後に学生証をかざすことで遅刻、早退まで管理できるシステム。津田沼キャンパスでは08年4月から運用開始。
B鯨生態観測衛星「観太くん」は、日本で初めて学生たちが設計・制作に携わった小型人工衛星。02年に打ち上げに成功した。その後、ずっと大学校舎屋上のアンテナで管制を続けた。「観太くん」をNHKが中継で取り上げてくれたこともある。
また、未来ロボット技術研究センターや惑星探査研究センターについては「その後の研究の成果や進捗状況などを聞きにマスコミのほうから頻繁に取材に来てくれる」(藤井)という。
冒頭に書いた「意外に古典的な広報手法」というのは、こういうことである。
「内容によっては、一斉にFAXで知らせるより、一社にだけ教えて、大きく書いてもらうこともあります。これまでの取材を通じて知り合いになった懇意の記者の方に、これはと思うニュースをこっそり教えています」(藤井)
一社にリークのことも
藤井は、千葉工大が取り上げられた新聞の記事を見せてくれた。見出しの大きさ、掲載率の高さは藤井の努力の結晶だ。どれが、一社だけのスクープ記事かは教えてくれなかった。
「千葉工大が津田沼駅南を活性化 高層校舎は街のシンボル」、「手のひらの静脈認証 国内初 千葉工大が来月から導入」、「火星の生命体探しに新拠点 千葉工大が惑星探査センター」…大きな見出しが踊っている。これらが一社のスクープ記事ではないですか、藤井さん。
いずれも、志願者増につながったのは間違いない。では、どうして、このようなタイムリーで浸透力ある広報ができるのだろうか。
「うちのトップは現場を優先してくれます。新しい、斬新なことも、現場がいいと思うならやってみたらどうだ、とゴーサインを出してくれます。広報の対象が誰なのか、もよく理解しています。やりやすいですが、その代わり、責任を強く感じています」
藤井は最後に、あるべき大学広報について「広告宣伝も必要です」と前置きしながら語った。
「受験生や父母、そして社会に大学が何をめざし、どんな活動を進めているかを伝え、理解してもらう。教育や研究成果や学生の活躍などを、第三者が認めてくれて、紙面、映像、口コミ、ネットで紹介してくれること。大学そのものが媒体になるのが理想ですね」
広報におけるトップの理解、大学そのものが媒体という理想。いずれも、言うは易く行うは…。それが実現し、それに肉薄している。手だれの広報マン、藤井の長年の経験、そして汗と涙がバックボーンにある。