平成21年3月 第2351号(3月4日)
■インストラクショナル・デザイン 学士課程教育構築の方法論になるかF
外部評価(JABEE)を活用した学士課程教育の構築
一、はじめに
筆者はインストラクショナル・デザイン(ID)の専門家ではなく、学内教材の電子コンテンツ化に多少関与した程度であるが(1)、教育プログラム(学士課程教育)に対する外部評価(特にJABEE)の積極的な活用をIDの一つとして捉えることで、教育プログラムの点検・評価・再構築という観点から筆者の経験を踏まえてご紹介したい。
二、JABEE(日本技術者教育認定機構)
本学はこれまでに多くの学科がJABEEを受審している。JABEEは通常は「じゃびー」と呼ばれており、その目的は次のように示されている。「統一的基準に基づいて高等教育機関における技術者教育プログラムの認定を行い、その国際的な同等性を確保するとともに、技術者教育の向上と国際的に通用する技術者の育成を通じて社会と産業の発展に寄与すること」。詳細はホームページ(www.jabee.org)を参照されたい。
時は一九八九年に遡る。この年、米国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、アイルランドの六カ国を代表として、技術者教育の質が国境を越えて同等であると認証しあう協定「ワシントンアコード」が締結された。わが国の認定団体としては、二〇〇五年六月にJABEEの正式加盟が認められた。
これとは別に、技術者教育の国別の認定システムがある。米国のABET、英国のECなどである。一言で言えば、日本版ABETがJABEEであるといえよう。
JABEEの審査・認定は、高等教育機関が申請した教育プログラムが、JABEEの定める認定基準を満たしているかについて、自己点検書の審査と実地審査によって確認し判定される。当然、教育プログラムが審査の主体となるが、施設や学習環境、学生へのサービスなども含まれる。中でも重要なのは、教育の手段や方法および学生の教育達成度などが定量的に量られ、絶えず改善がなされていることを明確に示さなければならないことである。
筆者が属する学科(環境・建築学部環境土木工学科)は、平成十四年度に試行審査、十五年度に本審査、十七年度に中間審査、十九年度に学科名称の変更等による変更時審査、そして二十年度に継続審査を受審した。これらの過程で大学教職員・学生の教育プログラムへの関心が高まり、結果としてよい方向に向いてきたと思っている。
三、外部評価を用いた自己点検
全ての大学は、法令により教育研究等の総合的な状況について認証評価機関による評価を定期的に受けなければならない。筆者の理解が間違っていなければ、この認証評価は、大学機関としての総体的な評価(建学の精神、教育課程、管理運営、財務など)が主たる目的であるのに対し、JABEEによる評価は義務ではないものの、夫々の専門的な学協会が示す技術者教育の量と質(分野別要件)を担保するため、教育プログラムの内容に深く入り込んだ点検・評価が実施される点が大きく異なるといえる。
特にJABEEは、認定された場合には卒業時に技術士補の資格が付与され卒業生にとって大きなプラスとなるため、教員は審査を通過するための努力が最も重要だと捉えられがちである。筆者が本学環境系(土木工学科、環境システム工学科)の受審担当責任者として平成十四、十五年度にJABEEを受審した時には、そのように取り組んでいたように思う(というよりも、審査に通らなければならないという義務感、というのが正直なところかもしれない)。
しかし、その後、その考え方は大きく変わってきている。極論を言えば、JABEE審査に合格しなくても「目的はJABEEが示す学協会の教育プログラム点検システムを用いて課程教育を点検することだ」と考えた方が教員および学生の双方にとって有益であると考えたからである(結果として、認定が得られたならばなおベターである)。次節でその点に触れたい。なお、これらの作業は学科の教員複数名で構成する環境系教育点検評価委員会が中心となって実施していること、および大学事務局組織により自己点検のためのシステムが開発されたことを付記しておく。
四、JABEEが示す点検表を利用した教育プログラムの弱点探し(2)(3)
前述の通り、筆者が所属する学科の平成二十年度の継続審査ではJABEEが用意した点検システムを徹底的に利活用した。頭の片隅には審査合格がいつもちらついてはいたが、最終的には教育プログラムの不備な点を洗い出して科目の内容にまで手を入れ、それでもダメと言われれば不合格でもよい、くらいのつもりであった。
JABEEの審査ではいくつかの「表」が使われる。例えば「表2」は学習教育目標と基準1の対応であり(JABEEでは達成すべき基準を基準1から基準6および分野別要件として細かく提示している)、「表4」は授業科目別学習保障時間および各授業科目の学習・教育目標の一つ一つに対する関与の程度などである。このような「表」が表9まで用意されている。
まず、表2を用い各教員が担当する科目(工学基礎科目も含む)について、学習支援計画書(シラバス)に示された学習時間を集計して数値的に明示する。縦軸に本学が設定した教育目標、横軸にJABEEが示す分野別要件が並んでいる。次に、その時間数から主体的に教育する内容(合計時間の最も大きなもの)に◎を、次に大きなものに○を表示すると、どの教育目標が弱いかをチェックすることができる。この作業過程で、本学の環境土木工学科独自のマトリックス表示を開発した。
最も注目すべき点は、この過程において個別教員への授業内容に対する点検評価委員会からの意見伝達や全体の課程教育を再構築するために学科FD会議を何回か開催し、科目の授業内容の変更・修正を依頼したことにある。場合によってはある授業の内容の一部を専門性の時系列に合わせて科目間で移動をお願いすることもあった。この過程を経て本学独自の表2(宮里モデル)が完成し、環境土木工学科の基礎から応用にいたる開講時期および授業内容が精査されて矛盾なく進行できるようになった。
五、IDと学士課程教育の構築
IDは一般的には企業内教育やeラーニングの構築において注目されている。筆者も学内のeラーニング検討小委員会の委員長を数年前に経験しており、eラーニングは学習効果を上げるためには欠かせないツールであると感じている。忙しい教員・学生たちの課外時間を支援する効果的なツールであるとも思っている。
しかし、学部あるいは学科が教育目標を掲げて、その道の専門的な知識と知恵をつけた学生を育てるためには、ツールとしてのIDばかりではなく、個々の授業科目、教育課程そしてそれらの集合体である学習プログラムが計画的に配置され、学生側にとって魅力あるカリキュラムとなっているかを常々精査、検証するシステムとしてのIDが必要であると思われる。
大学教員はともすれば担当科目(特に専門性の高いもの)は、他人が授業内容に首をつっこむことを極端に嫌う傾向がある(そうではない多くの教員の方々にとっては失礼な物言いであることをお詫びします)。それを打破するには外部評価システムを道具として活用し、自らが立てた教育目標と専門学協会が提示する分野別要件(卒業要件)を照らし合わせ、教育プログラムの質と量を再点検し、場合によってはカリキュラムを再構築することこそが学士課程教育のインストラクショナルなデザインになるのではないかと考えている。
六、おわりに
平成十四年度にJABEE試行審査を受審した後に、筆者の所属する学協会から機関紙のシリーズものへの原稿を依頼された。「今さら訊けない」というコーナーでJABEEを紹介するためである。その原稿の最後に次の一節を書いた。(前略)…その経験から、大学・教員・学生ともに真摯に教育改革に取り組まなければ決して認定されるものではないと感じた(当初は教員からの反発がすさまじかった)。…(後略)(4)。
教育課程の再構築には教員間の教育プログラムの摺りあわせが必要であり、前述したように個々の教員の専門科目の教育内容にまで手をつっこむことになる。「当初は教員からの反発がすさまじかった」は筆者の正直な気持ちである。
まずは教員の意識改革ができなければ真のインストラクショナルなデザインによる学士課程教育の構築は極めて難しいものとなるであろう。
参考文献
(1)鹿田正昭 KITにおけるeラーニングの取組と現状、金沢工業大学 KIT Progress,No.15,pp.37-48,2007
(2)金沢工業大学環境・建築学部環境土木工学科JABEE自己点検書(本文編)、(引用・裏付資料編)
(3)外崎明、鹿田正昭、木村定雄、鷲見浩一、宮里心一、環境系教育改善の取組、金沢工業大学 KIT Progress,No.15,pp.1-16,2007
(4)鹿田正昭、今さら訊けないJABEEってなに?(社)日本測量協会「測量」Vol.54,No.7,pp2021,2004