平成21年2月 第2348号(2月11日)
■インストラクショナル・デザイン 学士課程教育構築の方法論になるかD
インストラクショナル・マネジメント(下) 学士課程教育の構築の視点から
5.学士課程教育カリキュラムの構造化の試論
学士課程答申は、我が国の学士課程教育が分野横断的に共通して目指す学習成果に関する参考指針、すなわち「学士力」の構成要素として、「知識・理解」「汎用的技能」「態度・志向性」「統合的な学習経験と創造的思考力」の四領域に大別した上で、一三項目を「〜できる」と表現する「Can―Doリスト」の形で列挙している。
これら四領域が現実のカリキュラムにどう反映され、構造化され得るのか、正直なところ、分かりにくいと言わざるを得ない。答申が言わんとする学士課程教育の学習成果については、様々な分類・構造化が可能なはずであり、答申通りでなければならないと硬直的に考えるべきではない。
学士課程教育による学習成果(知識、技能、態度等を含む広義の能力)について、現実のカリキュラムへの反映の仕方を考慮に入れた構造化の一試案として、表を例示したい。
表の構造を見れば、近年重要性が指摘されるようになった「コンピテンシー的要素」は、多くの大学にとって対応を迫られる新たな学習成果(能力)の要素である、ということが一目瞭然となる。また、ここでは教養的要素の一部として挙げておいた論理的思考力や概念化能力は、コンピテンシー的要素と同様、現実には教養教育においても専門教育においても十分に培われているとは言い難い。インストラクショナル・マネジメント(IM)の視点からすれば、表のような構造化された教育成果を実現していくためには、これらの能力要素の涵養をカリキュラムや教授法に意図的に組み込んでいく体系的・組織的な取組が必要となる。全体として、教養教育と専門教育の分断構造が、学士課程教育の構築に当たっての壁として立ちはだかっていることが示唆される。
本来、教養教育と学部専門教育は、学士課程教育の構成要素に過ぎないはずなのに、学部専門教育と大学院教育の連続性の方が教養教育と学部専門教育の連続性よりもはるかに強いものとして意識されている現状は、明らかにおかしい。教養教育の実施責任は全学的な委員会等のバーチャルな組織、専門教育の責任は各学部が担っている大学が多いが、これではトータル四年間(六年間)の教育課程全体の体系性や成果に責任を持つ主体がないと言っても過言ではない。
IM的考え方に基づき、人材養成目的に即して、どのような能力を形成すべく、どのような内容・方法の教育を行うか、という論理的に首尾一貫した学士課程教育プログラムを構築するためには、プログラム全体の設計・改善システムの責任主体を明確にすることが必要である。
逆に、教養教育が大切だからという理屈で、ミニ教養部の復活といった形で教養と専門の寄木細工を固定化する動きもあるが、学士課程カリキュラムの統合性を放棄するようなものであり、筆者には理解し難い。
筆者個人の見解としては、単科大学を除く多くの大学の場合、こうした責任主体となり得るのは、大学全体ではなく、人材養成目的を明確化できる学部(場合によっては学科)等の組織単位であろう。これに対し、大学教育研究センター等を含む全学側は、支援・協力する立場という姿が望ましい。単独の学部では提供し得ない授業科目を提供し合うギブアンドテイクの仕組みは必要であるが(それを教養教育あるいは全学共通教育などと呼ぶかどうかは本質的問題ではない)、まずはカリキュラム全体を設計し見直す主体の確立が不可欠である。
ただし、逆説的ではあるが、そうした教育システムを構築する変革過程においては、全学側のイニシアチブが重要となろう。
6.学士課程教育の構築のための組織体制について
全学的な改革へのイニシアチブを確保するとともに、学部(場合によっては学科)等の組織単位ごとの具体的な学士課程カリキュラムを構築するため、いかなる組織体制が必要となるか。
それは、各大学の規模、使命・目的、歴史・伝統、内外の環境条件等により、様々であろう。いずれにせよ、明確な責任体制の下に学士課程一貫教育を実現するため、全学的な協力体制に支えられた各学部等の責任において、人材養成目的に沿った体系的教育課程を編成・実施する体制を構築することが要件となる。すなわち、「全学的な協力」と「学部等の責任」がキーとなろう。
学生にどのような知識・能力や物の見方・考え方を身に付けさせたいか、そのために必要な教育内容・方法について、教養教育・専門教育の壁を超えた学士課程教育全体の視点から、主体的に考え続け、実現させ、改善していく仕組みの構築が必要である。社会の変化、学問の進歩、学内環境の変化などにも、柔軟に対応していくことのできる体制が望まれる。
すなわち、主体的にカリキュラムを設計し、随時検証・改善を行っていく、そうしたカリキュラム設計・改善システムを構築する必要がある。
あえて組織論に踏み込めば、役員等の経営陣やライン・マネージャーによるトップダウンの意思決定が可能な一部大学を別とすれば、おそらく多くの大学において、学長又は教育担当副学長等を議長とする学士課程教育の改革推進のための何らかの会議体が有効であろう。これにより、開講科目の調整等を含む全学的な協力体制を確保するとともに、新たな学士課程教育の理念や仕組みを共有し、新体制へ機動的かつ円滑に移行するための推進エンジンの役割を担う。当該会議体について、学長等の指名により人選されたプロジェクトチーム型が適当か、学部等の代表による全学委員会型が適当か、それは組織文化等によるので一概には言えない。
また、学部等の組織単位ごとに、学部長又は副学部長等を委員長とする学士課程教育の具体的構築のための何らかの委員会又はプロジェクトチーム等が必要となろう。教務委員会等の既存組織が担うこともあるいは可能かもしれないが、ルーティン業務や日常的な教務運営とは異なる視点からメンバー構成を検討する必要がある。学士課程全体の人材養成目的に沿って新たな体系的カリキュラムを編成するという改革に関し、学部等において中心的役割を担うからである。
大学教育研究センター等の支援組織は、全学及び学部等に対し、必要な知見の提供や研究開発を行うことが期待される。