平成21年1月 第2344号(1月14日)
■第4章 公的及び自主的な質保証の仕組みの強化
我が国の大学教育においては、大学の新設や組織改編に際しての設置認可・届出、設置計画の履行状況調査、認証評価機関による定期的な第三者評価、個々の大学の自己点検・評価、情報公開といった仕組みにより、教育の質の保証と向上が図られている。
他方、大学・大学団体等が連携・協同して教育活動等に取り組むことにより、大学教育の質を維持・向上する様々な取組が進められている。
本章では、これらの質保証システムの在り方について述べる。
1 設置認可・届出制度
(1)現状と課題
(ア)平成十五年の学校教育法改正により、「事前規制から事後チェックへ」という考え方の下、設置認可の弾力化(認可事項の縮減と、審査を要しない届出制の導入)、審査基準の大幅な簡素化・準則化が図られた。
(イ)この結果、大学の新規参入や組織改編が大きく促進されたが、質保証の観点から懸念すべき状況も生じている。
例えば、頻繁な改組や設置計画の変更によって、真に学生が体系的に学び、学習成果を達成できるのかどうかが危ぶまれる事例が生じてきていること、既に指摘したとおり、学部・学科等の組織の名称、学位に付記する専攻分野の名称が、ますます多様化していることなどが挙げられる。
届出制度の導入により、組織改編にかかわる国の関与が大きく縮減した半面、学位プログラムの在り方に関しては、大学の自律的な質保証が一層強く要請されるようになっている。
(ウ)さらに、構造改革特区制度により、株式会社の学校経営参入が特例として認められたが、上記のような設置認可制度の弾力化や審査基準の簡素化もあいまって、最近の新設大学の中からは、専任教員や実務家教員などの教員組織、教育課程、施設・設備などの各般にわたり、大学教育の在り方として疑義が呈される事案が発生している。資格試験予備校と内実が変わらない大学の実態が明らかとなり、認可の在り方に対する厳しい社会的な批判が生じたことも看過できない。
単に認可要件を緩和して大学の新規参入を促進するのみでは、学位の水準の維持・向上につながらないという点を、教訓として十分に認識する必要がある。これらの課題については、大学設置・学校法人審議会から、大学設置基準等の見直しを求めた課題提起がなされているところであり、これを重く受け止めなければならない。
(2)改革の方向
(ア)こうした状況を踏まえると、新たな教育基本法の成立を契機として、改めて大学として最低限備えるべき要件を明確化し、我が国の大学が国内外からの信頼を失わないようにする必要がある。
いかに個性化・特色化が進み、多様な機能別に分化していくとしても、大学は、教育基本法が謳うように、教育と研究等を基本的な役割として担い、その自主性・自律性が尊重されるなど、社会的に特別な地位を占めている。教員組織等の在り方は、そうした大学の本質が反映したものでなければならない。
国際的にも、ディグリー・ミルの問題への対応が求められており、そのような意味でも、大学の要件を明確に示し、厳格化すべきものは厳格化するなど、設置認可制度や評価制度等を的確に運用することが求められる。
(イ)なお、一部には、学位の授与権を大学以外の機関に拡大すべきとする意見もある。
しかし、学位とは、学問の自由を享受する自治的・自律的な団体である大学が、その責任において授与するものであることが、単なる能力証明との本質的な相違である。これは国際的にも定着した考え方であり、前述のような意見は当を得ない。
学位の水準は、学位授与機関である大学の質の維持・向上によって確保されるものであり、それが我が国の急務である。
2 第三者評価
(1)現状と課題
平成十六年度から施行された第三者評価制度に関しては、現在、七年間の評価サイクルの第一期の途中であり、平成十六年度までに設置されたすべての大学が平成二十二年度中までに評価を確実に受けることが目標となる。
(2)改革の方向
(ア)平成十九年度までに評価を受けた大学は二六八校(全体の三六%)であり、当面は、制度の定着と確立を図りつつ、第二期に向けて改善すべき課題を集約・整理し、必要な見直しを図ることが求められる。
(イ)第三者評価制度の見直しに当たっては、分野別の評価をどのように進めていくかが重要な課題となる。
分野別の質保証の枠組みづくりを進めつつ、分野別評価へどのように進化させ、普及を図っていくか、その場合、第三者評価制度との関連をどのように考えていくか、「評価疲れ」という批判もある中、機関別・分野別両者の効率的で実効ある評価の仕組みはどうあるべきか等について、十分な研究を行い、平成二十三年度からの第二期に向けた着実な準備を進めていくことが必要である。
その際、高等教育のグローバル化が進む中、質保証に関する国際的な動向に十分留意することが求められる。
3 自己点検・評価
(1)現状と課題
(ア)制度上、自己点検・評価は、大学設置基準の大綱化に伴って各大学の努力義務となり、以後、平成十一年度には義務化された。
有効な自己点検・評価は第三者評価制度が有効に機能する前提条件であり、恒常的な質保証にとって欠かせない。
(イ)平成十八年度までに八六%の大学が自己点検・評価を実施している。一方、少数であるが、いまだに評価の実施、結果の公表を行っていない大学もある。こうした状態は、法令上の問題もあり、看過することはできない。
また、実施大学においても、自己点検・評価の意義に対する理解が薄く、作業が形式的なものにとどまり、PDCAサイクルを稼動させるに至っていない場合もあると指摘されている。
(2)改革の方向
(ア)学士課程教育を含め、大学教育の質の維持・向上、学位の水準の保証については、一義的には、それらを提供・授与する大学の責任においてなされる必要がある。特に、各大学における自己点検・評価の取組を充実・深化することは極めて重要である。
しかし、現実には大学の危機意識の低さや教員の意識改革の遅れ等の問題点が指摘されている。大学の自主性・自律性の尊重を謳う新たな教育基本法の下、大学に対して、改めて質の保証に関する責任の自覚を求めたい。
(イ)自己点検・評価の徹底は、社会に対する説明責任を果たすという意味でも望まれる。
今後、自己点検・評価の充実を図っていくためには、学習成果や学習プロセスに関する多様なアセスメント活動が欠かせず、各大学における実施体制の整備も課題となる。
4 情報公開
(1)現状と課題
(ア)大学に関する各種の情報の公開についても、法制度上、逐次推進され、大学の取組も進んできた。
最近では、教育基本法改正を受け、学校教育法において、大学が、社会の発展に寄与する役割を担うべきこと、また、教育研究活動の状況を公表すべきことについて、新たに規定された。このことは、社会に対して、大学が一層の説明責任を果たすべきことを要請している。
(イ)しかし、現状では、情報公開に関しても課題がある。
例えば、教育研究活動の状況をはじめとする基本的な情報に、国内外から容易にアクセスできるような環境はいまだ実現していない。
また、大学の新規参入や組織改編が活発化しているが、入学希望者をはじめとする社会一般に対し、自ら主体的にインターネット等を通じて大学や学部等の基本的な情報を周知する仕組みが存在しない。
(2)改革の方向
(ア)各大学について、自己点検・評価などPDCAサイクルが機能し、内部質保証体制が確立しているか、あるいは、情報公開など説明責任が履行されているか等の観点は、第三者評価において一層重視されていく必要がある。
(イ)また、大学に対する各種の財政支援の在り方についても、当該大学が説明責任を十分に果たしているかという点等を一層考慮して措置することが求められる。
(ウ)大学に関する基本的な情報発信については、アメリカの中等後教育総合データシステム等、他の先進諸国の例を踏まえ、データベースの整備等について、遜色のないようにしていくことも求められる。
5 大学間の連携、開かれた協同のネットワークの構築
(1)現状と課題
(ア)本審議会は、第1章で述べたとおり、大学教育の質の保証に向け、競争と協同の調和が重要であると考える。
個性や特色を明確にした各大学が、地域内の自主的な連携、協同により、得意分野の強化、集約化、適切な役割分担を進め、地域のニーズに応じた多様で豊富な教育を提供することが、新しい形態として期待される。
(イ)大学間の連携、協同の取組に対する支援は、地域における知の拠点としての大学の存在感を大きなものとするために、また、教員の教育力向上等に関する要請に応え、FDセンター等の機能を強化・拡充するためにも有効である。
(2)改革の方向
(ア)将来像答申が展望するように、大学全体として機能別に分化していく方向に向かうとするならば、各大学の個性化・特色化を促進していく観点からは、設置主体等の違いを超えて、それぞれの機能に即した大学間連携が進められていくことが有意義である。
具体的な取組としては、例えば、教育・研究設備の共同利用化、共同プログラム(社会人向けを含む)の開発・実施、放送大学の授業番組の活用、大学教員・職員の研修センターの共同運営、教育活動の相互評価などが考えられる。その際、時間的・地理的な制約を克服するため、情報通信技術の積極的な活用が望まれる。
(イ)また、現行の連合大学院や単位互換等の大学間連携の仕組みでは、複数大学が連携して行った教育は一つの大学名でしか成果(学位)が表示されない。
これについては、大学設置基準等を改正し、平成二十一年度から、共同で教育課程を編成・実施し、複数大学が連名で学位授与を行うための新たな仕組みが導入されることとされており、その活用が期待される。
6 大学団体等の役割
(1)現状と課題
(ア)法制上は、大学団体の定義はないが、大学等から構成される包括団体、機能別・類型
別の団体、評価団体などが一般的に考えられる。この他、学協会や職能団体などの専門団体もあり、本答申では、これらを大学団体等と総称する。
これらの大学団体等の中には、国等の政府と個々の大学との中間にあって、大学の教育研究活動の自主性・自律性の確保、質保証の基盤として重要な存在理由を持つものもある。
教育基本法が新たな条文の中で、大学の自主性・自律性の尊重を謳ったことをも踏まえ、改めて大学団体等の役割・機能の在り方に目を向けることが重要である。
(イ)大学の多様化と、規制緩和等による政府の関与の縮減傾向の中で、質保証システムにおいて、中間団体としての大学団体等の役割が重みを増していることは、先進諸国に共通して見られる現象である。
また、将来像答申で指摘したとおり、「自律性と説明責任のバランスをいかに確保するか」も、諸外国の大学改革において共通の課題である。我が国の現行の学士課程教育の在り方を考えるならば、各分野において教育の質を維持・向上させる仕組みが必要となる。
(ウ)これまでの累次の答申等において、学協会や大学団体に対し、分野別のコア・カリキュラムの策定、教員の職能開発プログラムの開発・実施、外部評価の推進に関する主体的な取組への期待が表明されてきた。
その結果、例えば、大学関係者による自主的な分野別等の質保証の仕組みも見られる。また、近年、複数の大学が教育活動を連携して行う大学コンソーシアムの形成も活発化しており、これらは、大学間の質保証のための様々な取組を実施する契機となり得る。
しかしながら、一部の分野において、そうした取組が見られるものの、総じて取組が低調であると言わざるを得ない。
国際的にも、学生の学習成果を重視する改革が進められる中、大学団体等においても、それぞれの国情に応じた均衡ある方策を見い出すことが期待されている。
(エ)大学団体等に求められる今日的な役割・機能は大なるものがあるが、第1章で述べたとおり、我が国では、国際的比較の観点からは、大学団体等を含め、教育研究活動を支える社会的基盤が十分とは言えない。
まず、国公私立といった設置者間の壁を超えた包括団体が存しない。
第二に、学協会については、細分化され、零細なものも多い。
第三に、活動内容のうち、教育・学習支援が必ずしも中核ではない。
第四に、構成員に対する資格審査の厳正性などが必ずしも十分に備わってない。
第五に、協同が求められる分野・領域等において、例えば、分野別の評価団体や、個別分野の教育に関する学協会等、いまだに大学団体等の形成に至っていないものが少なくない。
(2)改革の方向
(ア)我が国の大学は、教育基本法や学校教育法において、他の高等教育機関と一線を画する存在として位置付けられているが、大学とは何か、大学教員とは何か、大学教育の質の尺度は何か、などの多くの未整理な点を残している。大学団体等を含め、大学界自らが、これらの問いに答え、自らを律していく責務がある。
(イ)大学団体等の在り方は、まずもって大学団体等自身の責任によって考え、支えていくことが原則である。したがって、審議会等の中立的な機関を含めて国の関与は謙抑的である必要がある。
(ウ)一方、学士課程教育の現状と将来に関し、強い危機感を持つ本審議会としては、教育の多様性と標準性の調和の実現に向けて、また、本答申の各般にわたる提言が実効あるものとなるために、大学団体等に高い期待を持っている。公共的な使命を持つ大学等から組織される大学団体等が、前述のような課題を克服し、学士課程教育の構築に向けた存在感を発揮していくことを望みたい。
(エ)国としては、大学団体等の主体性を尊重しつつ、大学改革を加速し、実効あるものとしていく観点から、質保証に関する基盤整備の一環として、大学団体等との連携を一層密にし、その活動を支援していくことが重要である。
また、各分野の教育を振興する基盤づくりに向けて、大学団体等に対し、積極的な支援を行うことが必要である。最近では、細分化されていた学協会の連合化の動きが進んできており、そうした基盤の素地もできつつある。
(オ)このような大学団体等の役割に期待しつつ、その取組を促進し、かつ共通理解に立った対応がなされるよう、本年五月、文部科学省において、日本学術会議に対し、大学教育の分野別質保証の在り方について審議依頼を行っている。これにより、今後、各分野の学位水準の向上など質保証の枠組みづくりに向けた取組が積極的に進むことを求めたい。その審議に当たっては、大学の個性化・特色化に伴う教育の多様性の確保に配慮するとともに、学位に付記する専攻名称の在り方なども含めて、分野の捉え方にも検討が加えられることを期待したい。
その際、日本学術会議が行う審議に関して、本審議会の各種の提言や今後の審議との適切な連携が図られるよう、相互の緊密な連絡協議を図っていくことが大切である。
(3)本章に関する具体的な改善方策
【大学に期待される取組】
◆自己点検・評価のための自主的な評価基準や評価項目を適切に定めて運用する等、内部質保証体制を構築する。
これを担保するため、認証評価に当たって、評価機関は、対象大学に対し、自己点検・評価の基準等の策定を求め、恒常的な内部質保証体制が構築されているか否かのチェックに努める。
自己点検・評価の周期については、不断の点検・見直しに対して有効に機能するよう適切に設定する。さらに、新しい学位プログラムを創設しようとする場合、学内に審査機関を設け、外部有識者の参画を得つつ、自主的・自律的に審査を行い、学位の質を確保するように努める。
◆組織における明確な達成目標を設定した上で、自己点検・評価を確実に実施する。
単に現状を点検するのみならず、成果と課題に関する評価を十分に行う。評価結果の報告書では、今後の改善に向けた取組の内容についても盛り込むように努める。達成目標の設定に当たっては、学習成果のアセスメントに関する指標や卒業後のフォローアップ調査による指標(卒業生や雇用者からの評価を含む)を取り入れるように努める。また、実証的な調査・分析が可能となるよう、専門的な職員の確保など実施体制を整備する。
◆教育研究等に関する情報を、自ら主体的にインターネット等を通じて広く公表する。
在学生数などのデータも積極的に公表するよう努める。公的な助成を受けた事業がある場合は、その成果や課題についても公表する。また、海外に向けた情報発信の強化にも努める。
◆複数の大学が教育活動を連携して行う大学コンソーシアムなど、大学間連携を進める場合、自己点検・評価に当たって、相互評価を活用することを検討する。
【国によって行われるべき支援・取組】
◆大学の最低要件を明確化する等の観点から、教員組織、施設・設備等に関し、大学設置基準等の見直しを進める。
学士課程教育の特質を踏まえつつ、例えば、次の点について、大学設置・学校法人審議会と連携を図りつつ検討を進める。
・他の職業に従事する者を専任教員として例外的に位置付ける場合の具体的な要件(当該職業の勤務態様など)
・学位を授与する機関としての教員組織の在り方(博士号等の学位を持つ教員の割合等)
・学士課程の教育目的の達成に必要な施設・設備の在り方
◆第三者評価制度など評価システムの定着・確立に向け、必要な環境整備を進める。
例えば、大学団体等との連携を図りながら、次のような取組を進める。
・評価機関間の連携した取組(評価員の研修方法の開発、効果的な評価方法や評価指標の研究開発、組織的な連絡協議の場の充実など)の支援・学習成果を重視した大学評価の在り方の調査研究、多様な学習アセスメントの研究開発の促進
・最低限の説明責任を果たしていない大学(例えば、自己点検・評価や第三者評価等に関する法令上の義務の不履行など)や内部質保証体制が備わっていない大学に対する財政面等における厳格な対応、法令違反状態に対する是正措置の発動
◆大学別の教育研究活動等に関する基本的な情報を提供するデータベースを構築するなど、国内外への情報発信を強化する。
海外のデータベースの事例を調査研究し、インターネットを通じて国内外から、各大学の情報に容易にアクセスできるようにする。また、評価機関の評価活動の合理化・効率化に寄与するようにする。あわせて、GP事業等の成果の普及を含め、大学の現状や優れた実践に関して広く情報提供していくシステムを構築していく。
◆各大学が教育研究活動に関して一層積極的に情報提供を行うよう促す。
《積極的な情報提供が求められる事項の例》
・各大学の設置の趣旨や特色など設置認可・届出の内容に関する情報
・設置計画履行状況報告書の内容に関する情報
・開設科目のシラバス等の教育内容・方法、教員組織や施設・設備等の情報
・当該大学にかかる各種の評価結果等に関する情報
・学生の卒業後の進路や受験者数、合格者数、入学者数等の入学者選抜に関する情報
◆学習者保護の観点から、迅速かつ的確な対応を取り得る体制を整備する。
学生などからの苦情相談窓口を整備することを検討する。深刻な問題を把握した場合は、調査を行い、迅速な対応を取る。また、法令違反状態が認められたときは、必要に応じて是正措置を的確に講ずる。
◆将来的な分野別評価の実施を視野に入れて、大学間の連携、学協会を含む大学団体等を積極的に支援し、日本学術会議との連携を図りつつ、分野別の質保証の枠組みづくりを促進する。
大学の個性化・特色化に伴う教育の多様性の確保に配慮しつつ、学習成果や到達目標の設定、コア・カリキュラムの策定、モデル教材やFDプログラムの研究開発などを促進する。あわせて、海外の先導的な事例に関する情報収集を行い、その成果を広く提供する。また、産学官の連携に向けた対話の機会を設け、産業界の理解と協力を求める。