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平成21年1月 第2344号(1月14日)

第1章 グローバル化、ユニバーサル段階等をめぐる認識と改革の基本方向

 学士課程教育をめぐっては、戦後の学制改革に伴う一般教育の導入、平成三年以降の大学設置基準の大綱化等を受けたカリキュラムや学位制度の改革、教養教育の後退への反省の動き、さらに最近では、教育基本法改正(平成十八年)や教育再生会議等からの諸提言など、多年にわたり様々な改革が行われ、議論も重ねられてきた。
 本章では、社会のグローバル化やユニバーサル段階に達した大学教育の規模の現状について述べ、その上で、学士課程教育の質の維持・向上に向けて、関係者による実効ある改革の必要性を指摘する。また、改革の沿革を踏まえつつ、学士課程教育に関し、今後の改革の基本方向について述べる。

 1 大学を取り巻く環境の急速な変化
 (1)グローバル化する知識基盤社会、学習社会にあっては、国民の強い進学需要に応えつつ、国際的通用性を備えた、質の高い教育を行うことが必要である。国境を越えた多様で複雑な課題に直面する現代社会にあって、大学として、自立した二十一世紀型市民を幅広く育成することは、個人の幸福と社会全体の発展それぞれの観点で極めて重要であり、公共的使命と言える。先進諸国の大学では、自らの使命を、学生の身に付ける学習成果という形で明示し、その達成度を評価するなどの取組が広がりつつある。
 (2)また、少子化による人口減少を迎える日本が持続的発展を遂げるには、学士課程教育と大学院教育を通じ、教養を備えた専門的な人材を多数育成し、イノベーションの創出、産業の生産性の向上を図ることが要請されている。若年労働者を供給する中心的な役割を担うようになった学士課程教育に対しては、産業界から、社会人としての基礎力の育成などに関し、十分な成果を求める声が強まってきている。
 高等学校卒業者の過半数が大学へ進学し、労働市場において大学卒業者が新規採用者の中心になりつつある中、人生の新しい段階へと移行する若者をいかに支援していくかは、学士課程教育においても重要な課題となる。
 (3)今日、専修学校等を含む高等教育機関への進学率は七七%、大学・短期大学への進学率は五五%に上っている(平成二十年度)。このうち、学士課程教育を提供する大学への進学率は四九%となっている。近年これらの進学率は上昇傾向にあり、我が国の高等教育は、同年齢の若年人口の過半数が高等教育を受けるというユニバーサル段階に移行している。
 また、大学・短期大学の収容力(志願者数に対する入学受入れ規模の割合)は九二%に達し、志願者のほとんどが大学へ入学し得るようになった状況を踏まえ、社会では、大学全入時代が到来したと言われる。今後の少子化の進行に伴い、学生確保に向けた大学間の競争が過熱化することは確実である。過度の受験競争が大きな社会問題とされた時代と異なり、入試を通じた入口の質保証の機能は大きく低下している。

 2 他の先進諸国と比較して少ない大学在学者数の対人口比率
 (1)こうした現状について、現在の大学進学率等の水準を過剰とする見方もある。しかし、大学の大衆化がいち早く進展したアメリカを含め、先進諸国は、高等教育へのアクセスを改善し、一層幅広く若者を受け入れていく方向を目指している。他方、我が国の大学進学率は、他の先進諸国に比して特に高いとは言えず、OECD諸国の中では下位に属するという分析もある。
 グローバルな競争が展開される知識基盤社会の時代を迎え、諸外国と伍していく観点から、若年人口が減少する中で学士レベルの資質・能力を備えた人材の養成を維持・強化していくことは重要である。また、保護者や高校生自身の大学進学に向けた熱意・意欲に応えることも大切である。様々な格差の拡大を懸念する声もある中、大学が幅広く多様な学生を受け入れ、学士課程教育を通じて、自立した市民や職業人として必要な能力を育成していくことが求められる。
 (2)こうしたことから、本審議会は、現在の大学進学率等の水準が過剰であるという立場をとらない。
 本審議会としては、若年人口の過半数が高等教育を受ける現状を是とし、大学で学ぼうという意欲や能力がある若者をできるだけ積極的に受け入れていくこと、少なくとも、成績中位層以上の高校生が経済的理由により進学を断念せざるを得ない状況を無くしていくことが必要であると考える。大学全入という言葉が流布する中、進学機会を保障する意義が閑却されることがあってはならない。
 ただし、本審議会のこの考え方は、本人の能力・適性、興味・関心によらず、大学進学が事実上強制されるような状態を目指そうというものではなく、また、学習意欲の乏しい学生の実態を容認するものでもない。さらに、大学の機関数の多寡について論じようとする趣旨でもない。
 (3)大学教育を受ける機会を実質的に保障し、ユニバーサル・アクセス(いつでも自らの選択により適切に学べる機会が整備された状態)を実現する見地からは、高等学校からの進学という形態だけでなく、社会人の受入れを一層重視することが必要である。さらに、高等教育のグローバル化に伴い、海外からの留学生の受入れも重要な課題となる。
 我が国の大学では、社会人学生や留学生の全学生に占める割合、あるいは、そうした者を含む全在学者の人口に対する割合が、他の先進諸国と比べて低い。
 これらの学生は、学士課程教育を活性化する観点からも重要な存在であり、その量的拡大を視野に入れた上で、大学教育の望ましい全体規模の在り方を想定していくべきである。
 (4)大学教育の規模の在り方は、大学だけの問題にとどまらず、我が国の社会の目指す姿にかかわる問題である。我が国が、真に生涯学習社会の実現を指向するのであれば、国境や年齢にとらわれず、学習者の成果が社会で適切に評価されるとともに、大学の教育がそうした評価に耐えるものとなるよう、教育の質的な転換・革新と、教育力の飛躍的向上が求められる。
 また、本年七月には、文部科学省をはじめ関係省庁により「留学生三〇万人計画」の骨子が策定されたところであり、今後、単に留学生の受入れにとどまらず、高等教育の学生像全般にわたる論議も求められる。

 3 これまでの改革の進展と懸念
 (1)これまで、国においては、様々な規制を緩和し、大学間の競争的な環境づくりを進め、各大学の個性化・特色化を促す方針をとってきた。
 具体的には、大学運営システムの改革(国立大学の法人化、公立大学法人制度の導入、学校法人制度の改善等)、大学の質保証のための制度改革(設置認可の弾力化と第三者評価制度の導入等)、国公私立大学を通じた優れた教育研究活動(GP:Good Practice)への重点的支援(以下、「事業」という。)等の取組を推進してきた。本審議会も、将来像答申において、大学の個性・特色の一層の明確化を求めるとともに、七つの機能類型を例示し、各大学が自らの選択により緩やかに機能別に分化していくことが望ましいと述べた。
 近年の文部科学省の調査によれば、各大学において教育内容・方法、成績評価、入試など各般にわたる改革の取組が見られたことから、大学の個性化・特色化が着実に進んできたと言えよう。
 (2)他方、大学とは何かという問題意識が希薄化し、ともすれば目先の学生確保の必要性が優先される傾向がある中、我が国の大学、学位が保証する能力の水準が曖昧になることや、学位そのものが国際的な通用性を失うことへの懸念も強まってきている。
 例えば、学部・学科等の組織名称や、学位に付記する専攻分野の名称の多様化が進んでいるのは、そうした懸念を強める一因である。また、改革を通じて、学生の学習活動や学習成果の面で顕著な成果を上げてきたかという観点では、いまだ改革が実質化していない面も少なくないと考えられる。

 4 競争と協同、多様性と標準性の調和
 (1)従来の改革の背景には、新規参入を促進し、学生獲得の競争を活発化させることが、教育の質を向上させる有効策であるという考え方もあった。今後の大学改革に向けても、そうした主張が依然として見受けられる。
 しかし、このような、いわば市場化の改革手法のみでは、教育の質の向上について十分な成果を期待することはできない。大学の多様化が単なる無秩序に陥り、日本の大学全体の国際的な信用や信頼性を失墜させるような結果を招来してはならない。
 (2)他の先進諸国では、大学団体、各分野の学協会、職員の職能団体といった各種の組織やネットワークが、大学間や教員間を結び付け、大学教育の質的向上を支援する基盤として大きな存在感を持っている。これらの国では、大学関係者のボランティア精神と不可分の評価文化や、様々な産業における職能団体による教育評価への関与と貢献が存在していると指摘されている。
 一方、我が国の場合、こうした教育研究活動を支える社会的基盤、知的共同体の存在感が相対的に希薄であることが、大学教育の振興が十分に進まない要因の一つになっていると考えられる。
 (3)このような認識のもと、学士の質の保証を図るために必要なのは、第一に、大学間の健全な競争環境の中で、各大学が自主的な改革を進めることである。第二に、大学による自律的な知的共同体を形成・強化し、大学間の連携・協同や大学団体等の育成を進めることである。
 その際、個性化・特色化に伴う教育の多様性と、国際的通用性等の観点から要請される教育の標準性の調和に配慮しなければならない。

 5 危機感の共有と実効ある改革の必要性
 (1)以上の通り、国際的な動向と我が国固有の事情を背景に、学生の学習成果の達成に向けた教育内容・方法の格段の充実、高等学校との接続のシステムの見直しなどに向けて、真剣に取り組むことが急務である。このことは、我が国の学士の国際的通用性を確保するためにも不可欠である。
 (2)特に、ユニバーサル段階、少子化等の環境変化の中、我が国の学士課程教育は、量の拡大を積極的に受け止めつつ、質の維持・向上を図るという、重大な課題に直面している。
 我が国の大学の大きな問題の一つは、教育内容・方法、学修の評価を通じた質の管理が緩いということである。そうした弊を放置すれば、我が国の学士課程教育の質は、大きく低下し、国内外からの信用を失う危機に晒されよう。質の維持・向上に向けた努力を怠り、社会からの負託に応えられない大学があるならば、今後、その淘汰を避けることはできない。
 (3)現実の大学を見れば、多様な学生を迎え入れながら、個性化・特色化の徹底に向けた改革に汗を流す機関が多数ある。一方、学生や社会のニーズを十分に顧みない旧態依然とした機関も存する。
 しかし、後者に目を奪われ、大学教育の持つ社会的な意義や効用、その可能性を過度に低く評価し、将来的な大学教育の規模等の在り方を論ずるとすれば、失当である。未曾有の人口減少社会、少子高齢化社会という我が国の特質を踏まえるならば、大学教育をめぐって、量か、質かという二者択一を安易に行えば、人材育成等に関する国家戦略を誤ることともなりかねない。
 (4)こうした危機感を各界で共有し、中長期的な視野に立って論議を深め、改革の基本方向に関する社会的な合意形成を図り、実効ある改革につなげていくことが必要である。
 その際、国においては、必要な改革を果断に進めながら、新しい教育基本法の謳うとおり、大学の自主性・自律性を十分に尊重する姿勢を堅持していく必要がある。多様な大学の存在こそが、大学という社会制度がその機能を最大限発揮し、社会の発展へ寄与していく基礎的な条件であることを、改めて強調しておきたい。

 6 学位授与、教育課程編成・実施及び入学者受入れに関する方針の重要性  (1)改革の実行に当たり、もっとも重要なのは、各大学が、教学経営において、「学位授与の方針」、「教育課程編成・実施の方針」、そして「入学者受入れの方針」の三つの方針を明確にして示すことである。
 これらは、将来像答申で言及した「ディプロマ・ポリシー」、「カリキュラム・ポリシー」、「アドミッション・ポリシー」にそれぞれ対応する。大学の個性・特色とは、そうした方針において具体的に反映されるのである。
 (2)あわせて、各大学において、学士課程教育が組織的・総合的に運用されるには、学内の全教職員が共通理解を持って具体的な教育実践に取り組む必要があり、そのための教職員の職能開発が必要となる。
 また、設置認可・届出制度や第三者評価制度、自己点検・評価、情報公開等の各大学の自主的な質保証の取組、さらに大学間の連携や大学団体等による取組の充実を通じて、学士課程教育の質を保証する仕組みを強化することが必要である。
 (3)国においては、このような各大学の取組に対して適切に支援していくことが必要である。あわせて、国際的な大学改革の潮流や社会の要請等を踏まえ、大学や大学関係者の主体性を尊重しつつ、学士の水準に関する枠組みづくりが進むよう、必要な役割を果たしていくことが望ましい。
 こうした枠組みは、分野横断的な水準の確保につながり、各大学における学位授与の方針の策定・見直しの指針となることが期待される。また、分野別の学位水準の確保に向けた取組の基盤になるものとしても重要である。

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