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教育学術オンライン

平成21年1月 第2343号(1月1日)

双方向授業を可能にする"クリッカー" スタンフォード大も注目の授業改善法も

東北大学大学院教育情報学研究部 准教授 中島 平

 学生数が一〇〇名を超える大人数授業は、往々にして教員が一方的に話し、学生はそれを聞くだけということになりがちだ。学生は自分が授業に参加しているという実感を持ちにくく、教員も授業がどのように学生に受け止められているのか把握しにくい。大人数授業活性化の切り札として、大学のFDセンター等で「クリッカー」が注目されている。クリッカーとはどのようなものか、東北大学大学院教育情報学研究部の中島 平准教授に、その概要と特徴、授業実践での使用における効果や課題を、FDと関連させながら解説してもらった。また、授業改善を支援する最先端のツールとして、クリッカーと授業撮影を統合したシステム「PF―NOTE」について、大学院生の模擬授業での適用実践例や、スタンフォード大学の実践事例を絡めて紹介してもらった。

 ●クリッカーの効果的使用による大人数授業の活性化
 クリッカーは近年、特にアメリカで急激に普及が進み、二〇〇八年には世界で八〇〇万台の購買が予測されている回答集計のための授業用リモコンである。システムは、一般に一五個程度のボタンがついたリモコン(クリッカー)とその受信機、問題作成/表示/回答集計ソフトウェアから構成される。使用法は、教員が出した多肢選択型の質問や問題に対して、学生がクリッカーで回答。すると回答の分布と正解が画面に現れ、学生と教員は回答の分布や正答率などを共有することができる。
 以前からあるレスポンスアナライザの一種だが、次の三点が特徴となる。一点目はリモコンを通して回答を送信することで、特殊な教室以外でも使用できること、二点目は回答をリアルタイムで表示することで、クラス全体で情報共有ができること、そして三点目はリモコンを無作為に配ることにより、回答者本人にしか内容がわからないように匿名化できることである。特に匿名化は重要で、例えば「三単現の“s”を知っていますか?」など抵抗を感じる問いにも、学生は安心感を持って答えることができる。
 これまでに報告されているだけでも、クリッカーは物理学、経済学、心理学、工学、化学、生理学、看護学、統計学、教育学の分野で使われており、学生からは好意的に受け入れられている。最も頻繁に報告されるクリッカーの利点は、授業の双方向性がより高まり、学生がより授業に積極的に参加し、授業をより楽しむようになることである。クリッカーの原理的な機能は「質問に対する回答の集計と可視化による共有」であり非常にシンプルだ。そのため、授業中の小テストに使う、出席確認に使う、あるいはアンケートに使うなど、様々な使用法を考えることができる。
 しかしながら、使用方法により、得られる成果は全く異なったものになり得る。学生が主体的に授業に取り組む良い授業のために、クリッカーをどのように使用すれば良いのだろうか?
 その答えの一つは、クリッカーを使うときに、学習効果があると認められた教授法研究の成果を活用することだ。教員にとって使い易い教授法研究の成果として、米国高等教育学会で開発された「優れた授業実践のための七つの原則」がある。この1〜4は、特にクリッカーによって効率的・効果的に達成可能だと思われるので抜粋する。
 1.学生と教員のコンタクトを促す。
 2.学生間で協力する機会を増やす。
 3.能動的に学習させる手法を使う。
 4.素早いフィードバックを与える。
 「七つの原則」の解説や具体例は名古屋大学高等教育研究センターのウェブサイト(www.cshe.nagoya-u.ac.jp)にある。
 次に、実際の授業で効果的にクリッカーを使用している例を紹介する。それは筆者がオブザーバとして参加している教育学の授業であり、大教室でパワーポイントを使用して行なわれている。文系の大学一年生約一〇〇名が受講し、一名の教員に加えてティーチングアシスタント(TA)二名が担当している。授業活性化のためと、クリッカーの効果的な使用法を模索するために、毎回クリッカーが使われている。
 クリッカーの主な使用法は二種類である。第一は、例えば「学校は人間形成に責任を持つべきか?」などの質問により、学生の意見をクラス全体で可視化・共有する方法である。その後、さらに詳しく学生同士で話し合わせたり、学生の意見を受けて「学校で服装等の外見まで指導して欲しいか?」などさらに追加の質問をして議論を深める。この方法では、「七つの原則」の四項目全てを含むことに留意されたい。
 第二は、学生の授業に対する理解度や満足度を聞いて、難易度を調整する方法である。この方法に関して、事前に想定していなかったポジティブな副作用があった。その授業のゴールデンウィーク明けのエピソードを紹介する。
 この時期は新学期の緊張感が解け、学生の意欲や集中力の低下が見られた。授業中盤で教員が質問やコメントを聞いても、反応がほとんど無い。TAが個々の学生のところに行って意見を求めても、発言を拒否されるほどだった。
 そこで、教員はクリッカーを使って、ここまでの授業が理解できたかを聞いた。すると七割が、「わからない」「どちらとも言えない」と回答した。これまでに同様の質問をした場合と比較しても、かなり低い理解度である。その後、ペースを落としつつ授業を続け、残り一五分の時点で再度、授業の理解度をクリッカーを使って尋ねた。前回と変わらず低かったが、その直後に教員が授業への質問やコメントを聞いたところ、今度は驚いたことに、自発的に質問をする学生が現れた。教員が答えると、他にも自発的にコメントする学生が続き、時間を少しオーバーするほど活発な質疑応答が行なわれた。
 何故このようなことが起きたのか。
 おそらく、授業が「わからない」のは自分だけでは無いことを、多くの学生と共有することで勇気づけられたからだと思われる。また、質問した学生に教員が「良い指摘ですね」と答えて発言を奨励したことも功を奏したのであろう。このエピソードに関して担当教員は、「少し沈んでいた授業でしたが、クリッカーのおかげで、積極度を四レベルから六レベルに上げることができたように思いました。理解度も、わからない人が多いと共通認識が持てたことで、五から七程度に上げることができたように思います。使い慣れると、もっともっと使えるようになりそうですね」と感想を述べた。
 学生の肯定的な意見としては、「この授業は先生、TA、学生が一体になっている感じでいいと思います」、「みんなの意見・考え方を知れて、興味深いです」などがあった。また、クリッカーに関して、「リモコンをもう少し活用してもいいと思う(たまには冗談を交えるとか)」、「リモコンの質問をもう少し限定していただけると答えやすいかと思います」などがあった。
 現在、クリッカーにはすぐに簡単に始められる初心者向きから、あらかじめ計画段階で授業の中に組み込む上級者向きまで、様々な使い方があることがわかっているがまだ整理されていない。それらの整理と公開が今後の課題である。筆者自身がクリッカーを使って変わったと感じることは、聴衆がどんな人たちかをクリッカーで聞きたいという気持ちが自然に湧くようになったことである。知らぬ間に学習者中心の考え方が身に付いていたことに驚いている。
 続いて、クリッカーと授業撮影を同時に使用して授業を改善する方法を解説する。
 ●クリッカーと授業撮影の統合による授業改善の支援:PF―NOTE
 今年度から学部でもFDが義務化され、全教員が対象になるなど、未だかつてないほどに大学と教員に対する教育改善の圧力が高まっている。一方、FD先進国である米国では、筆者が客員として在籍していたスタンフォード大学をはじめとして、教育評価が教員の採用や昇進、給与査定に使用されている大学も多い。
 このことはすなわち、個々の教員に対して、より良い教育を行うだけでなく、それを目に見える形で示すことが要求されているということである。そして、今後その流れは日本にも波及する可能性がある。一方で教員に求められる仕事は多様化・増大化しており、それに対応するためには教育改善を含めた諸活動を、より効果的・効率的に行う必要がある。
 “PF―NOTE”は、これらの課題の解決支援を目指して、東北大学、(株)内田洋行、(株)フォトロンの三者で開発している、クリッカーと授業撮影を統合したシステムである。授業や模擬授業の振りかえりを短時間で効果的に行うことを可能にし、教育業績の証拠資料の作成を支援する。
 最大の特徴は、「目の前で起こっていることにブックマークできる」ことだ。授業や面接などを映像で記録すると同時に、参加者が個々にクリッカーのボタンを押すことで、そのボタンに対応したフィードバックを「しおり」のように映像に付与できる。クリッカーのボタンは、それぞれに「良い」「理解困難」などの意味付けができる。多人数がブックマークした部分をビデオ再生により可視化することで、その場の分析をより客観的、効率的、容易かつ精緻に行なうことが可能となる。
 授業改善では、授業研究やコンサルティングに利用できる。授業を録画しつつ、観察者や学生に授業の良いポイントと改善を要するポイントでボタンを押してもらうことで、授業後すぐにそれらのポイントと共に映像をコンサルタントや授業研究の仲間と分析することが可能となる。
 筆者はTAの育成を模索する中で、本学大学院一年生向けに「模擬授業の計画・実施・改善」の授業を二〇〇五年度から行なっている。大学院生に、より良い授業を行う方法を身につけさせることは、将来プロジェクトのリーダーや大学教員として、周りに自分の考えをわかりやすく伝えるのに必要となるからである。
 受講者は一五名。それぞれが三〇分間の模擬授業を二回実施するが、学生の振り返り支援を目的としてPF―NOTEを活用している。この授業では、教授法のバイブルといわれる『授業の道具箱』で述べられている「ティーチングの改善に最も重要なことは、ティーチング向上のための評価である」という知見に基づき、模擬授業の評価をその中心に据えている。
 『授業の道具箱』ではティーチングの評価は、素早いフィードバック、自分の授業をビデオで見る、授業の自己評価の三種類が挙げられている。授業ではその三種類の評価をPF―NOTEを援用しつつ行なう。
 特徴は、模擬授業を教員が評価するだけでなく、学生同士で相互評価する点。また、建設的な評価が行われるよう模擬授業の計画段階から、学生同士で計画書を見せ合い、相互に評価させ、学生間の協力を促進させている。
 実際にPF―NOTEを活用するのは、学生による模擬授業時である。受講者役の学生と教員は、授業が「改善可能」などと思った瞬間にクリッカーのボタンを押す。すると録画中の映像に該当するマークが付与される。終了と同時に、図1に示す映像とグラフが得られる。図1には模擬授業の様子と、クリッカーで得た他学生の評価が表示されている。グラフでは、改善可能点、授業の良い点などが示される。教員はマークが付けられた映像シーンを見せながら、実施学生に三分程度のコンサルテーションを行なう。実施学生は授業終了後に、マークがついた授業シーンを見直しつつ、次回までに授業改善計画を作成し、その妥当性を小グループで話し合う。
 このようにして二回の模擬授業を行なったところ、最初から上手だった二名を除いては、二回目は一回目に比べて、受講者への配慮という点において特に、劇的ともいえる向上がみられた。
 学生のPF―NOTEへの評価である。「模擬授業の問題点と良い点が一目で分かる」、「自分の意図と参加者の反応を比較し、それを瞬時に振り返るということは授業力の向上につながる」、「システムによって、自分の模擬授業改善のモチベーションが上がる」、「システムの持つフィードバック機能によって、自分の授業に対する発想が教授者中心のものから学習者中心のそれへと変化した」などがあった。
 二〇〇八年一月、ティーチング・ポートフォリオ(教育の有効性の証拠資料としての教育業績記録)の第一人者米国ペース大学教授のピーター・セルディン教授に、筆者がコンサルティングを受けた際、この映像と、その映像に関する半ページの自己評価書を見せて説明したところ、「授業実践のパフォーマンスが一目でわかるので、ティーチング・ポートフォリオに含める資料として非常に有効だ」と指摘して頂いた。
 また、スタンフォード大学教授学習センターのミシェル・マリンコビッチ・ディレクターは、「学生がアカデミックな仕事に就職を目指す場合に必要となる、就職インタビューのトレーニングに特に有効だろう」と述べ、センター主催の口頭発表トレーニングの授業で今後少なくとも二年間PF―NOTEの開発版を使用し、その効果的な使用方法を共同研究することとなった。
 なお、今回は将来大学教員になり得る大学院生のための授業であったが、例えば大学教員の新任研修や、授業研究などのFDにも活用可能だと考えられる。
 次に、前述とは異なる方法でPF―NOTEを活用したスタンフォード大学の授業での事例を紹介する。
 この授業実践は、Structured liberal education(構造化教養教育)という特別な教養教育科目の一種であり、ギリシア悲劇などの古典を読み、深く理解するためのスキルを身につけ、内容を文書に書いたり授業内で議論することで表現できるようになることを目的としている。大学寮の中で行われ、寮の一年生が各一五人程度のグループに分かれて授業を受ける。そして、授業後に教員と寮で共に食事をとる。
 ジェレミー・セイボル講師は、ディスカッションにおいて話し手が、聞き手が様々な反応や意見を持っていることを学んで欲しいと考えていた。更に、話し手は、聞き手の反応を見て話す内容をコントロールできるようになった方が良いと考えていた。これらの要求を実現するために、PF―NOTEを改造し、授業中に二つの棒グラフを表示するようにした。聞き手たちは話を聞いていて、その話を続けてほしいと思ったらあるボタンを押し、次の話題に行くべきだと思ったら他のボタンを押すように求められた。誰がどのボタンを何回押したのかは、完全に匿名化されている。
 全一六名の学生の話し手に対する態度は、棒グラフによってリアルタイムに可視化される。図2では、それぞれ上の棒グラフが、「話題を続ける」、下の棒グラフが「次の話題へ」を意味している。
 授業後のコメントとしては、「聞き手の態度がわかる“民主的な”システム」、「大人数授業で自分の意見を表明するのに使える」、「“次の話題へ”のグラフが伸びてくるとそわそわしてしまう厳しいシステム」、「完全な匿名で長時間の授業だと、途中で飽きてボタンで遊ぶ人がでてしまう」などがあった。
 ●おわりに
 以上、クリッカーとPF―NOTEの紹介をしてきた。その原理は非常にシンプルだから、様々な応用が可能だ。しかしながら、二〇〇四年からPF―NOTEの研究開発と、授業での活用をしてきた筆者が経験から言えることは次のことである。
 すなわち、それらを導入することだけでは、教育の改善を達成するのは難しい。特に教育で使用する場合、学習者の学習効果を高めるためには、本稿で述べたように、教授法や学習心理学の知見を踏まえて使用することが肝要である。(おわり)

 《筆者プロフィール》
 中島 平(なかじまたいら)氏
 東北大学大学院教育情報学研究部・教育情報学教育部准教授(IT教育アーキテクチャー分野)
 一九九九年 東北大学大学院情報科学研究科博士課程終了、博士(情報科学)
 二〇〇五年―二〇〇六年 米国スタンフォード大学工学部客員准教授
 二〇〇七年より現職

図1 模擬授業の様子と評価
図2 聞き手の態度がリアルタイムで分かるシステム

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