平成20年11月 第2337号(11月5日)
■高めよ 深めよ 大学広報力〈11〉
ミッションを明確に 広報戦略を定めておく
こうやって変革した(8)
大学のトップにもマネジメント力が問われる時代。このマネジメントを米国の大学で学び、民間企業で実践・体験してから大学学長に就任した人物がいる。静岡産業大学(SSU,静岡県藤枝市、磐田市)学長の大坪 檀(おおつぼ まゆみ)。「大学を取り巻く環境は厳しい。生き残るには大学にマネジメントの考え方、手法を取り入れることだ」が持論。マネジメントを展開する手段のひとつであるマーケティングの視点や手法を取り入れるなどして一定の成果を挙げている。「広報宣伝活動などコミュニケーション担当組織は大学マネジメントの中心に位置づけるべき」と大学広報にも一家言を持つ。その大坪に持論と実践を聞いた。同じように、「大学にマーケティング戦略を取り入れるべきだ」とする流通経済大学(茨城県龍ヶ崎市)の企画広報室室長の横澤啓二の話も合わせて紹介する。大学広報と不即不離のテーマである。(文中敬称略)
ミッションを明確に 広報戦略を定めておく―静岡産業大学の大坪学長−
必要なマネジメント
最初に、大坪の輝かしい経歴を紹介する。東大経済学部卒業後、カリフォルニア大経営学大学院修士課程修了。同大、同大大学院でMBA取得後、(株)ブリジストンに入社。経営情報部長、米国ブリジストンの経営責任者、宣伝部長を歴任。九八年四月から静岡産業大教授、〇〇年四月から学長に。
学長になって九年目。いまの静岡産業大の「立ち位置」について語る。
「学長になったとき、キチンとしたビジョンをつくり、大学の認知度を高めることを考えた。大学の理念、ミッションを明確にして、何を、どう伝えていくか、にこれまで腐心してきた。いま、認知度はある程度上がったところ、これからブランド構築に力を注ぎたいと思っている」
静岡産業大は、経営学部と情報学部の二学部の学生数約二二〇〇人とこじんまりとした大学。大坪によると、二十一世紀の社会に相応しい新しい大学のモデルを作ろうと、大学づくりに挑戦中。教職員が教え方(ティーチングメソッド)に熱心に取組み、地域社会、産業界の協力による冠講座は二〇を数える。就職率も九五%と高い。
いま、大坪が最も力を入れているのは、「オバケスイッチ」。何のことか、大坪に解説してもらった。
「日本の教育は先生に都合のいいように出来ている。偏差値が高い生徒・学生を取れば先生は楽だ。言い換えれば、先生は怠けるために偏差値の高い生徒・学生を取っている。世の中の成功者をみれば、偏差値では決して測れないことは自明の理である。
偏差値だけで測るのはおかしい、という考え方からオバケスイッチは生まれた。入学時に将来の目標が持てていなかった学生でも、それぞれが持つ固有の能力を引き出し育成すること。すなわち、“学生を大化けさせること”が目標。
そのためには教え方など教育が重要で、毎年、ティーチングメソッド開発の研究会を実施し、学生の付加価値を高めるための考え方や挑戦の仕方は何か、などを全員で考えている」
同大の就職率の高さは、こうした独自の教育に起因している。オバケスイッチを紹介するパンフレットには、“大化け”して希望通りの仕事に就いたOBたちを取り上げていた。みんな、いい顔していたのが印象的だった。
さて、どの大学も悩んでいる少子化による受験生の減少にどう対応したらいいのか。大坪のマーケティング発想によると、こうなる。
「なぜ、受験生が集まらないのか。それは競争相手に受験生を取られているからだ。そうした受験生をこちらに振り向かせるのはどうしたらいいか。まず、競争相手はどこにいる誰で、何を売り物にしているのか、提供しているサービスは何か、何が競争になっているか、など様々な点から調査・分析する。
さらに、競争相手が提供していて、こちらが提供していないものを見つけ出し、それに対応するものを検討する。それで、受験生をこちらに引き寄せる“甘い蜜”になり得るものを発見できたら、しめたものだ」
大坪の話は巧みに比喩を用いるなど非常にわかりやすい。この連載のテーマである、あるべき大学広報の姿について聞いた。
「大学広報は、大学の活動を社会に知ってもらい、サポートを得たり、共存を計ろうという考え方が前提。大学トップの重要な役割のひとつは広報で、(広報に対する)積極的な考え方、取り組みが求められる。大学として、どのような情報を、誰に向かって、いつ、どのように発信するか、広報戦略を定めておくべきだ」
大坪はずっと「オバケスイッチ」にこだわり、ブランド構築に拘泥した。「大学の名前、そして教育の中身がどこまで通じるか、ブランディングのために“オバケスイッチ”をやっている。早く、SSUの名前をICU(国際基督教大学)ぐらいに(全国に大学名が通るように)持っていきたい」。そして、こう付け加えた。「それには広報・広告の役割が欠かせない」
マーケット動向つかめ 流通経済大の横澤広報室長 個性や資源を訴える
流通経済大の企画広報室長の横澤には、この企画の一〇回目にも登場してもらった。前回は、大学スポーツと広報の関係を聞いた。今回は、大手広告代理店から転進した横澤が語った「大学のマーケティング」を取り上げる。
「入学志願者が定員を下回る、いわゆる大学全入時代を迎え、それぞれの大学は個性化による魅力作りが急務になっている」という話から大学マーケティング論となった。
「大学の広報宣伝活動は民間企業に比べて遅れている。この広告宣伝活動を行ううえで大事なのは、マーケティング戦略だと思う。最初にマーケティングありき、で進めることが肝要ではないか」と力を込めた。そして、続けた。
「マーケティング戦略のひとつにコミュニケーション戦略がある。内に外にどう伝えようかと考える。その中に広告宣伝と広報がある。これを、どう使い分けるかも大事。まだ、大学にはマーケティング部門がないが、中・長期のマーケティング戦略を打ち出し、それを何とか根付かせたい」
静岡産業大学長の大坪と強く重なり合うのは、この部分だ。
「大学というマーケットの動向をつかむことが大事。彼我の大学のイメージ、強みと弱み、教育科目に対するニーズ、さらに人口動勢などを調査・分析する。その結果に基づき、自分の大学の個性や資源をターゲットにアピールしていくべきではないか。
少子化の時代を迎え、流通系企業などはニッチなマーケティング、オンリーワンをターゲットに打って出ている。大学も、いまあるポジションを理解して、見定めたターゲットにダイレクトで訴求してことを考えていい時代に来ていると思う」
近年、横澤のように一般企業の広報や宣伝担当者らが大学の広報担当に招かれるケースが増えている。慶應大、信州大、静岡大、北陸先端科学技術大学院大学、東京経済大…。お役所の民間活力の導入に似てなくもない。
こうした現象について、静岡産業大学長の大坪は「大学大変動の時代、社会の変動がわかり、社会から学ぶという観点からは好ましい」と語る。しかし、現状は大学に“民間活力”が橋頭堡を築いた段階といっていいだろう。彼らの真価が問われるのはこれからである。