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平成20年9月 第2329号(9月3日)

美大におけるサービス・ラーニングの実践B
  学生達の熱意に支えられ 経費は特色GPなどでやりくり

 W 問題点と検討事項
 1.プロジェクトの依頼をどう受けるか
 医療・福祉施設との連携によるサービス・ラーニングの基本方針として、アートを環境改善の一助に役立てるという大学と医療・福祉施設との相互理解のもとで始めなければ決して上手くいかないと考え、先方からの正式な依頼があって、その内容を検討した上で実施することにしている。本学の取組を知って、医療・福祉施設側の一部の方から個人的に依頼をしていただいても、結局は話だけで立ち消えになる場合もあるので注意が必要である。従って、医療・福祉施設側の組織全体でのコンセンサスが取れていることを確認してからプロジェクトを立ち上げている。
 それでも、特色GPに採択された平成十六年度から平成十九年度までの四年間で、総計二八のプロジェクトに及んでいる。年々病院や介護老人保健施設から、ヒーリング・アートによる環境改善の依頼が増えており、授業形態の中でどのように対応していくか苦慮している状況である。
 2.経費について
 制作費用(絵具、紙、パネル等画材費)は、極力サービス・ラーニングの実習費を利用し、特色GPの助成が受けられる期間では、その中で対応してきた。規模の大きな依頼の場合には、画材が相当量になるので、先方に負担いただいている。また、授業での実習範囲を超える経費(額縁、設置に関わる備品費等)や業者による作品施工作業費、遠距離の現場への交通費なども、医療・福祉施設にお願いしている。
 3.取組の現状と課題
 ○共同制作について
 「ヒーリング・アートプロジェクト」は、個人の作品制作・発表のためではなく、医療・福祉施設の空間にアートを設置することによって無機質な環境を改善することを目的としている。施設側のスタッフとよく話し合い、アンケートの結果も踏まえて、施設を利用する側の立場になって作品設置計画を立て、制作をすることがこのプロジェクトにとって重要である。従って、学科・専攻、学年の枠を超えた様々な学生同士がグループを組んで共同制作に取り組むことにより、客観性を重視し、全体計画をよく話し合いながら制作を進めている。参加した多くの学生は、普段の授業とは違った共同制作の意味を理解し、また社会貢献の目的を持った作品制作に対して意義を感じて充実感のある授業体験となっている。
 しかし、プロジェクトに参加したものの、どうしても個人制作にこだわり続け、こうした共同制作に馴染めずに途中で抜けていく学生も一割程度は出てしまうのが実状である。参加した学生に対して、サービス・ラーニングの意義をしっかりと理解してもらうよう指導することも大切である。同時に、プロジェクトの規模に応じて必要な人数の参加があるかどうかは予想しにくい点であり、毎回確実に人数が確保出来るか不安な点も残る。
 ○取組の実施期間
 プロジェクトは、先方からの依頼を受けて、実施期間や規模を確認するので、前々から予定を組むのが難しいという問題がある。また学科・専攻、学年を超えて全学的に参加学生を募集することから、正規の授業期間での実施が難しい。
 従って例年、共同制作のためのグループ編成をしてから、昼休み時間を使って毎週打合せ会を行い、そこでコンセプトやデザイン案の作成を進め、夏休み期間や冬休み期間に本格的な共同制作の作業を行っている。現場の視察や、先方との打合せ会も、施設が休みの土曜、日曜に行うことが多く、学生のプロジェクトによる拘束時間は大きい。しかし学生から不満の声が聞こえてくることなくプロジェクトは毎回進行しており、これは是非参加したいという強い意志のもとに集まった学生達の熱意に支えられているからだとつくづく感心させられる。
 4.今後の展開
 これまでサービス・ラーニングの授業において、癒しを目的とした美術・デザインの表現、技術、手段、媒体などの、より広く深い可能性を探るための創作実験実習と、絵具、各種下地剤、絵具の溶剤、平面表現と立体表現、その融合など、アナログ表現における様々な技法を試み、そこから医療・福祉施設における具体的なヒーリング・アートの制作を実施している。
 また、本学では、アートが必要と考えられる箇所に自由に設置が出来ないかと考え、商業スペースのガラス面や床、金属壁等に施工されているグラフィックプリントシートや路線バス、電車の車体表面に広告用に貼られているデジタルプリントシートをヒーリング・アートに活用して癒される空間づくりを試みている。
 大型プリンターなどデジタル機器による、デジタルプリント粘着シートやデジタルプリント布地を使った医療・福祉施設の空間でのアートの展開、さらに企業の最新技術の情報や協力を得て、デジタル加工表現技術を使っての医療・福祉空間における癒しの表現の可能性の追求に努めてきた。
 今後も社会のさまざまな表現媒体の広がりに対応させ、「ヒーリング・アートプロジェクト」における表現方法についてもアナログ表現と合わせて、デジタル媒体、デジタル表現素材を使った新たな表現の可能性を探求していきたい。そしてサービス・ラーニングの授業を通して作品の社会的な目的と、表現することの関連性を考えていく手法として、様々な技法の試作を今後も継続して行いたい。同時に、目的や現場の環境条件に合わせた素材の選択と表現の幅を広げていくことで、美術大学としての特性を活かした社会貢献、そして学生自身の制作活動や人間的成長につなげていきたいと考えている。
(おわり)

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