平成20年6月 第2319号 (6月11日)
■"よい研究者こそ、よい教育者"
FD推進 瀬地山鹿児島国際大学長に聞く
四月より、学部教育でのファカルティ・ディベロップメント(FD)が義務化された。このたびの義務化に際して、文部科学省は、個別の教員ではなく、大学組織全体として取り組むこと、また、単に講演会を開くなどの取組では不十分であること、などを公表している。鹿児島国際大学の瀬地山敏学長は、現在のFDがハウ・トゥ重視であることを疑問視する。「学生にどうやって教えるかよりも、何を伝えるかが重要」と信念を持って語る瀬地山学長にFDの取組を聞いた。
―瀬地山学長の考えるFDとは何ですか。
最近は、学生からの評価が高い講義を行うのに、「どのように」教えるかが注目されています。例えば、教授法、パワーポイントの使い方やプレゼンテーションの仕方等ですね。しかし私は、「何を」教えるかが大事だと考えています。
講義の改善を考え試行錯誤をしてみて、「学生に自分は何を伝えたいのか」を明らかにしなければならない。そう気付きました。学生の興味を引き出し心を揺さぶるのは、「どのように」教えるかではなく、「何を」教えるかにかかっています。いち研究者として、専門領域から何を切り取ってきて展開するか。これをきちんと工夫しないと学生に伝わらない、というのが私の信念です。
だから、「よい研究者だからこそ、よい教育者になれる」とも思います。よい研究者はひとつの主題について、学生に伝えるべきいくつかの切り口を持っている。また、研究者本人がワクワクした経験や研究、それもよい研究者の方がたくさん持っています。世間では、よい研究者だからといって、よい教育者とは限らないと言いますが、私はそうは思いません。
私自身、公開授業の講義を聞きに行きました。特に音楽の声楽のレッスンは象徴的でした。ご自身の音楽活動で築かれた経歴から、指導を受ける学生に何を伝えればよいかを的確に見据えたレッスンでした。音楽、産業社会学、経済学、教える科目は違っていても、「何を教えるのか、伝えたいのか」には共通のものがあり、分野の違いではないと思いました。
「何を教えるのか」を突き詰めていくと、相手の心を揺り動かすメッセージとは何かということになります。伝え方をいくら工夫しても、学生の心は揺り動かせない。だから私は、「いかに」よりも「何を」を、大切に思っています。
―「何を」を教員に意識させるにはどうしたらよいですか。
人を興奮させる「知」の引き出しをたくさん持っていて、聴衆に合わせ引き出しを開ける。それにはまず、教員が自分の研究に熱中して取り組んだことがあるかが重要です。引き出しが多いということは、よい論文を書いている教員であることが前提です。よい授業の根幹には、教員の研究能力があるというわけです。繰り返しますが、「よい研究者だからこそ、よい教育者になれる」のです。
―こうしたお取組をされる中で、学生には何を伝えたいですか。
社会の中で「自分が貢献できる領域は何か」に確信を持ってもらうことです。会社の大小で仕事の価値を判断するのではなく、仕事をする場所で自分に何ができるか、人のために何ができるかという考えや価値観を、教育プログラム全体の中で教えたい。キャリアデザインですね。特に、社会で生きていく中で必要な、「人をまとめる力、人をひきつける力、人に自分の考えを述べて理解させていく力」は決して学力に由来されるものではありません。そういうことを学生が身につける。それが大学の存在意義だと思います。
特に、地域に何ができるのかを問いかけています。地域で実際に活躍されている社会人に講演をして頂き、様々な経験から生まれてくる言葉で学生の心を揺さぶってもらいます。どのような講師に何を話して頂くか、これを見抜くのも、よい観察眼を持った優秀な研究者だと思います。
―鹿児島国際大学ではどのようにFDを展開されてこられましたか。
私は二〇〇三年の秋に転勤して来ました。それまで教員の皆さんは過去七〜八年の間、「自分の授業でこういう教え方をしています」と発表をする教授法研究会を開いていました。私は過去の経験から、授業を公開したうえで研究会をやるのが効果的だと考えていましたので、「二〇〇四年度から授業を公開してもいいよ、という意欲のある方に手を上げて下さい」とお願いしました。二二名の教員が手を上げました。こうして二〇〇四年度に、「パイロット授業」という形で教員に授業公開をして頂き、授業のあり方を研究することになりました。
また、先ほども述べましたが、それまでは「どうやって」教えるかというハウ・トゥが中心でした。しかし、これからのFD活動においては、「何を」教えるかを主体に授業評価をすれば良いのではないかという議論をしてきました。
二〜三年、「パイロット授業」をしてから、教育開発センターを作りました。そこでFD上の課題についてワーキンググループを作ったり、学生の評価をまとめたり、教員へのフィードバックの仕方をどうするかを議論したりしています。
現在の重要な取組としては、フィードバックをしても学生評価が上がらないことが二回起こった教員に対して、学長も協議に加わるという制度を始めています。ここが抜けると、様々なフィードバックデータを単に統計資料としてそろえるだけのセンターになりかねないからです。FDにおいては、フィードバックによる改善を確実にやることが最も重要なことだと思います。もっとも、まだ協議が開かれたことはありません。
非常勤の講師の方々にも評価を行うことにしました。最初はショックを受けておられましたが、今では協力して頂いています。
―今後はどのようにFDを進められますか。
FDには二つの側面あるいは段階があります。一つはいままでお話した、講義を個別に見たときの授業能力の改善です。もう一つは授業をネットワークとして見るときの「教育プログラム」の開発です。前者の段階はほぼ終わりました。
今は、個々の講義が、教育プログラムとどう結びついていくのかを設計しています。カリキュラム改革ですね。講義は個人に属した問題に見えますが、学科としては講義のネットワークであり、教育のプログラムです。従って、個々の講義が入学してくる学生にとって、プログラムとしてどのように結び付けられているかをきっちりと考えなければなりません。デパートみたいに講義を並べてみても教育とは呼べません。選ぶべきもののヒントを与えながら、科目を整理し、段階を踏んで学習するプログラムの設計です。八学科のうち、二学科は当初からプログラム化されており、四学科が来年度から新しいプログラムになります。
―学長のリーダーシップとは何ですか。
授業評価では特に問題はありませんでしたが、教育プログラムの再設計となると、教員同士の意見の食い違い、場合によっては利害の違いも出てきます。こうしたときに学長から具体的に方針を指し示し、調整していくのがリーダーシップだと思います。
重要な課題を解決しなければならないというときに、既存の委員会の連鎖では機能しないことがよくあります。学長が自ら提案し、それを執行責任のある教職員と直接協議して、課題を解決する。これは学長の務めだと考えています。