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平成20年4月 第2313号 (4月23日)

地域に開かれた大学 開学8年 東北公益文科大学 <下>
  大事な人材育成 理念、行動を全国に発信

 東北公益文科大学副学長 伊藤眞知子

 酒田の中心市街地の中通り商店街の中ほどに、空き店舗を利用した「さかた街なかキャンパス」がある。公益大と山形県立技術短期大学校庄内校の学生・教職員の自主活動の拠点、市民との交流の場として設置された場所である。公益大の教員・学生によるアート・プロジェクト、卒業論文発表会、市民交流ミーティングやフォーラム21など各種ワークショップの会場として、さらに、短大生によるチャレンジ・ショップ、市民によるギャラリー展示、映画鑑賞会などに活用されてきた。
 まちなか未来研究室
 ここに二〇〇七年五月、「まちなか未来研究室」がオープンした。翌年度からは、学生・教職員・市民から研究員を募り、研究費を配分して、学生の「まちなか居住」など、中心市街地活性化をめぐる課題について調査研究を実施していく。当面は、山形県・酒田市・酒田商工会議所からの財政支援、大学からの研究費に加えて、外部からの研究助成を受託して、公益大と酒田商工会議所の二者が設立した任意団体が運営を担当する。
 まちなか未来研究室は、街の活性化方策の探究を目的としているが、調査研究活動そのものが街の「にぎわい」になると期待されている。残念ながら、それほどに街には活気が乏しく、地方小都市の例にもれず、空き店舗が目立つ。一九七六年の大火事(酒田大火)とその後の復興という歴史的な経緯もある。まちなか未来研究室は、公益大がこれまで踏み込めなかった課題に取り組み、地域にかかわる調査研究の成果を一つずつ積み上げていくことが求められている。
 中心市街地活性化に限らず、地方小都市の抱える諸課題(経済活性化、雇用創出など)は、一朝一夕に解決できるものではない、非常に複雑で困難な課題である。地域の活性化とは、その地域で生活する人たちがその地域のよさを知り、それらを活かすために知恵を絞ることに始まり、そのプロセスのなかで新しいアイデアやエネルギーを生み出し、これまでにない問題解決の仕組み(システム)をつくり出していくことであるといえよう。とりわけ、ビジネス活動につなげる知恵としくみが、今求められている。
 商店街の人びとの間に、「自分たちの手で」まちを元気にしたいという気運が盛り上がりつつある。そこに教職員や学生が関わり協働すること、さらには、社会的な目的のためのビジネスを創りだすこと(社会起業ないし社会的企業)に繋げていければ、すばらしい。そのために、まちなか未来研究室は大きな可能性を秘めており、多くの市民、学生・教職員が「研究員」として参画し、活用していくことを願っている。
 大学まちづくりの教育・研究
 地域の要請に応えるという側面もさることながら、「地域」は公益学のなかで取り組むべき重要なテーマである。特定の地域を研究対象とする場合もあり、また公益活動の舞台として地域性に着目する場合もあろう。特に、子育てや高齢期の生活を支えるコミュニティや地域福祉・保健・医療のサービス充実などは、緊急を要するテーマとなっている。地域における経済、産業、雇用、教育、食料確保、環境保全など、数多くのテーマが公益にかかわり、また地域に関わる。公益学を学び、研究することは、地域に目を向け、そこにおける人びとの生活に目を向けて、生活の質の向上を可能にする社会の仕組みやサービス供給のあり方を探究していくことにほかならない。
 また、「大学まちづくり」の諸活動も研究の対象となる。公益大の実践は、これまで二冊の本にまとめられてきた(『大学地域論』『大学地域論のフロンティア』ともに論創社刊)。さらに、活動実践を意味づけ、理論化していくという研究実践が必要である。「大学まちづくり」の一環として、共創活動と研究を両輪とし、充実させていくことが重要なのである。
 教育実践においては、地域に目を向け、身近な課題を発見し、その課題解決に貢献できる力をつけて、学生を社会へと送り出したい。そのような人材育成こそが、「大学まちづくり」の大きな意義であり、大学の地域貢献である。そのために、地域のなかで人と関わりながら学び、そして人と関わりながら課題解決のスキルを身につけていくことのできるカリキュラムをさらに充実させていきたいと考えている。
 その一つとして、まちづくりをテーマとする「共創まちづくり論」の授業が二〇〇八年度から開始された。さかた街なかキャンパスでのワークショップを中心とする授業である。学生たちは各自の課題設定のもとに白地図を持ってまちに飛び出し、周辺商店街などで聞き取り調査などを行い、提案・提言等にまとめる。成果発表を市民に公開することも計画している。この授業をきっかけに、学生たちの「地域」や「まちづくり」への関心がさらに高まり、専門演習(ゼミ)等の研究テーマとして取り組んでくれることを期待している。
 大学院と公益総合研究所
 庄内地域は酒田市と鶴岡市の二市を中心とする地域である。両市は隣接しながらも、港町と城下町と性格が異なり、歴史や文化にそれぞれの特色をもつ。
 鶴岡市の城址公園近くに所在する公益大大学院は、五分野の研究領域の一つに「市民と行政の共創によるまちづくり」を設けている。さらに「公益総合研究所」を設置し、公益ビジネス研究を文部科学省私立大学学術研究高度化推進事業(社会連携研究)補助金のもとに推進している。公益ビジネスとは、「街や地域に存在している、行政にも企業にも家族にも解決できない様々な課題や問題を『公益』の立つ場から解決していく市民的活動」を指しているが、更に広く、ビジネス自身のもつ公益性あるいは公益活動におけるビジネス性を意味する場合もある。
 公益ビジネス研究における現在のテーマは、福祉サービスの評価(福祉サービス第三者評価機関として県から認証)、企業の社会的責任(CSR)、鶴岡市の町並み景観などである。また、鶴岡市を舞台に、慶應義塾大学教員との協働による「内川再発見プロジェクト」や「地方都市の魅力の発掘と創造」ワークショップなど、地域活性化の方策を探るまちづくり関連事業が実施され、多くの大学院生が研究の一環として参画している。
 このように、鶴岡を舞台に、大学院を中心とする地域との協働・共創が展開されている。
 おわりに
 大学と地域との協働・共創は、行政や市民団体・ボランティア団体・NPO、商店街などへと広がり、更に企業や地方銀行との連携(産学連携)、高校との連携(高大連携)が始まっている。高大連携は、二〇〇七年度に二校(山形県立置賜農業高等学校、山形県立酒田商業高等学校)との間に連携協定を締結して、二〇〇八年度から高校生による大学の講義受講(単位認定)などを開始する。地元庄内地域だけでなく、置賜地方などへと連携が広がり、庄内地域において始動した「大学まちづくり」は、それを超えた広がりをもち始めている。
 そもそも公益大は、庄内の地から日本全体を、更には海外までを視野に入れた大学として、「東北から俯瞰せよ」というフレーズのもとに出発したのであった。今こそ、公益学と地域共創の理念・行動を、全国に向けて力強く発信していきたいと考えている。足元の地域との関係をこれまで以上に大切にしながら、庄内発の大学まちづくりを遠く離れた地域へも波及させ、協働・共創のネットワークを広げていくことを夢みている。教職員・学生の一人ひとりが、公益への熱い思いとたゆまぬ向上心をもって、地域に、そして社会に貢献していくことを目標に、大学づくりを進めていきたい。(おわり)

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