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平成20年3月 第2309号 (3月26日)

広島経済大学石田理事長・学長に聞く
  興動館で“人間力”育成 〜大学改革の条件とは

 文部科学省は、学士課程教育の審議等において、大学教育の在り方について模索を続けている。また、経済産業省の「社会人基礎力」にも見られるように、大学において、社会が求める能力の育成が重要になっている。広島経済大学(石田恒夫理事長・学長)は、平成十七年度より、学生の企画力、行動力、共生力、元気力を総和した「人間力」を持つ、「ゼロから立ち上げる興動人」を育成する興動館教育プログラムを始動。学生自らが企画立案したプロジェクトを大学がバックアップし、様々な困難や課題を乗り越えながら人間力を身に付けさせる教育を行っている。「すべては学生の為に」をスローガンに掲げ、日々、改革を続けている石田理事長・学長に、大学改革の条件を聞いた。

 ―興動館教育プログラムはどのように発足したのでしょうか。
 興動館教育プログラムは、「興動館」という施設を新しく設置して、平成十七年度からスタートしました。二年が経過した今では多くの学生が、当初の狙いどおり、色々なことに自ら挑戦をし、自己実現を図っていますが、この理念が突然降って沸いたように出てきたわけではありません。
 私は、平成六年、四六歳の時に学長を拝命しました。その時に先代理事長に呼ばれ、「広島経済大学をどのような大学にしたいのか」と問われました。「何よりも学生の教育を最優先する大学、学生のための大学にしたい」と意気込んだのを覚えています。自分の学生時代の経験から、また本学に勤めたあとも、大学は教育機関としての機能を十分果たしていない、特に社会科学系の大学の場合は、と思っていましたから…。
 この考え方を学内に浸透させ教職員の意識の転換(大学の主役は学生である)を図るため、学長就任の大学広報の一面に『Be Student−oriented…すべては学生の為に』というスローガンを大きく印刷し、改革の第一歩を踏み出しました。何をするにも、「それは学生のためになるのか」ということから始めようと。学生のための施設設備、学生のためのカリキュラム、学生のための授業、何よりも学生のための教職員でなくてはならないと。
 まだまだ何をするにも教員のわがままがとおる時代でしたから、「若造が何を言い出すのか」「面倒くさいことを言うな」といった雰囲気は確かにありました。しかし、ことあるごとに言い続け、大学の全ての印刷物、名刺にまでこの言葉を印刷し、徹底を図った結果、今では全ての教職員、大学関係者がこの理念を理解し賛同してくれていると確信しています。
 この合言葉のもと、施設設備、授業評価や参観等を通しての授業改善、学生のニーズに沿った授業科目の新設、社会人教員の登用や教員の勤務体制などなど…の改善を図ってきました。確かに本学は変わってはきましたが、何か足りないとの想いは残っていました。
 ―足りないものとは、どのようなものだったのでしょう。
 これまでの講義や演習が中心の授業は、知識の伝承という意味からはその役割を果たしてきたと思いますが、社会が期待する逞しい人間を育成するためには残念ながらほとんど機能していないし、またそのことを人材育成目標にしているわけではなかったと思います。
 本学では、経済に関する基礎的な知識はきっちり押さえる一方で、社会が期待する「人間力」溢れる人材を育成したいと考えてきました。そのためには、何よりも経験できる場を学生に与えることが必要になります。学生は、私たちにはない面白いアイディアを沢山持っています。彼らの背中をチョットだけ押してやれば、ものすごい馬力で挑戦し始めます。もちろん失敗もします。自分たちの知識が足らなかったことが分かれば、教室に戻って勉強もします。
 そうしてまた挑戦をするのです。ある興動館プロジェクトに参加している学生が地元の新聞に「プロジェクトに参加してすべてが変わった。今ではもう他の大学に行ってのんべんだらりと授業だけ受けている自分は想像も出来ない。すべてが充実している」という記事を投稿していましたが、これこそ、まさに興動館教育プログラムが目指す「ゼロから立ち上げる興動人」の育成であり、当初感じていた「足りない」想いを埋めるものでした。
 ―プログラム発足時の教職員の反応はどうでしたか。
 興動館は全く新しい発想で作り上げた組織です。新しいことをやるには新しい器を作るのが一番、既存の組織の中でやっていたのでは一〇倍のエネルギーが必要です。教員から見れば、ある日突然、とんでもないものが隣に出来たわけですから、「なにそれ?自分には関係ないよな」という感じだったと思います。
 しかし、教職員にはそれまで一二年間、言い続けた『Be Student−oriented』が浸透していましたから、かなりの教員が興動館の理念を理解してくれました。そしてまた二年間、あらゆる機会にしつこいぐらい言い続け、また全ての広報印刷物に「興動館…ゼロから立ち上げる興動人」と印刷し、学内外への浸透を図ってきました。
 今では、ほとんどの教職員が認知し評価していると思います。先日、興動館プロジェクトに参加している学生の発表会がありましたが、全教員の六割以上が参加してくれました。
 ―プログラム発足時に何か障害はありましたか。
 興動館は、学長と少数のブレインで構成した「戦略会議」で立ち上げたので、短期間に非常にスムーズに運べました。その分ブレーキを踏む教員が多いことが想定されましたが、良いものであるならば、最終的には私の考えを理解してくれると確信していましたので、説明は必要だが障害とは考えませんでした。
 戦略会議には、あえて教授クラスをはずし、元気のいい若手教員と職員を中心にすえました。私もそうですが、年寄りはややもすると既成概念にとらわれて思い切った発想が生まれにくいと思ったからです。若い人は火がつくと、とんでもないパワーを発揮します。その当時の二人が、現在、興動館科目創造センター長とプロジェクトセンター長を務めていますが、彼らを中心に輪が広がっていっていることは確かです。
 だから、想定していたようなブレーキを踏む教員等、強い抵抗勢力があったとは思っていません。学長在任期間の一四年をかけて、常に先頭に立って「学長の考え」を言い続け、『Be Student−oriented』の風土を作ってきましたから。その間、考えを異にする人は組織を去って行きました。今では「学生のためなら労を厭わず」と思ってくれている教員が多いと思います。興動館に関して否定的な意見を持っていた人が変わったとするならば、興動館で頑張る学生の「目の輝き」を見たからではないでしょうか。
 ―今後の課題は?
 志願者の激減による危機感は、教職員の間で共有できています。何とかしなければという想いは皆あるのですが、「ではあなたは何をしてくれますか?」という各論になると、いまひとつピリッとしないかも知れません。しかし現状で満足している教員は一人もいないと思います。
 地方の私学(中四国は特に厳しい)は、個々の改革の努力ではいかんともしがたい状況にあります。課題山積で展望なしという状況でしょうか? そのような中で、本学は、『Be Student−oriented』の理念の下「ゼロから立ち上げる興動人」を育成し、どんな学生でも、卒業するときには「広島経済大学に来て良かった」と言わせ、その一言を持って社会で評価されるよう学生の教育に当たるしかないと思っています。
 ―大学を動かすために必要なことは何でしょうか。
 学長は、大学が何を目指すか(どの方向に行こうとしているのか)を限りなく明確に教職員に伝えなければなりません。そうしてその目的に沿って、組織全体と個々人のベクトルを合わせることが肝要です。そのためには、常に自分の想いを熱く熱く語り続ける努力が必要です。意識も時間もお金(?)も全て大学の為にというぐらいの気概が必要です。自分とは考えを異にする教員にも、ニコニコしながら裸でぶつかっていく勇気も必要です。「あの学長には参ったな」と思わせればしめたもの。個人が変われば組織も変わるということでしょう。
 言うほど簡単ではありませんが…カッコよく言えば「夢を語れる力と、それを実現する気迫」でしょうか。

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