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平成20年1月 第2299号(1月1日) 2008年新春特集号

アメリカの大学におけるIRの役割

グローカル・エデュケーション・サポート理事長 山本溥

 日本私立大学協会(大沼 淳会長)の企画協力を得て、NPO法人グローカル・エデュケーション・サポートは「アメリカの事例研究セミナー/安定した大学経営とガバナンス確立のために=大学経営指標向上の具体的事例と戦略形成手法視察企画=」を、昨年八月二十七日から九月二日の日程で実施した(本紙九月十九日号既報)。この事例研究セミナーの主要テーマは、最近日本でも注目を集めているアメリカの大学におけるIR(Institutional Research)オフィスの実態と具体的な活動内容を視察し、経営とガバナンスの確立をめざして、日本型IRの方向性を探ることであった。視察先は、ニューヨークにある州立ストーニー・ブルック大学、イエール大学、ニューヨーク大学、ニュースクール、コロンビア大学、ペース大学、の六つの大学及び国連国際学校と、バラエティに富み、充実したものとなった。

 八月三十日午後に訪問したストーニー・ブルック大学のエミリー・トーマス氏(Director of Planning and Institutional Research, Ph.D.)による一般的なアメリカの州立・私立大学におけるIRオフィスの概括的なレクチャーは、IRの機能と役割を理解する上で、きわめて有益であった。その講演の内容を次に簡単に紹介する。

 (参考)Stony Brook University
 所在地:Stony Brook,NY11794
 創立:一九五七年
 学生数:学士課程一万四二八七人
 ニューヨーク州立の同大学には、六四の州立大学のIR担当者が参加するSUNY(州立大学)の協会本部(AIRPO)が置かれており、一昨年六月には同大学キャンパスで、IRの三日間のカンファレンスが開かれた。

■データ収集と分析により、経営戦略の意思決定をサポートする、基幹組織としてのIR
 アメリカでは、一八歳人口急減期の一九七〇年ごろに、IRの考え方が生まれた。この時代、連邦政府や州政府が、具体的なデータの提出を求めてきたため、データの収集とその報告を必要とした。そのデータをまとめる部署としてIRが組織化され始め、各大学のIRオフィスが結集した協会(The Association for Institutional Research)もまた、時を同じくして発足している。
 ストーニー・ブルック大学でも、一九七〇年代に、大学内のスペース・プランニングの部門と、アカデミー・プランニングの部門の両部門が関わって、IRオフィスが設立された。
 設立当時は、調査を実施し、その調査結果を集計して大学の経営陣に報告することが主な役目であったが、最近では、単に調査結果データを報告するだけではなく、そのデータを分析し、大学経営陣のマネジメントをサポートするレポートを作成することが、重要な仕事になっている。
 関係する予算(Budget)、企画(Planning)、学籍管理(Registrar)、入試(Admissions)の組織と一部業務はオーバーラップしているが、各部署と連携を密にして、一般的にIRは次の四つの機能を持っている。
 @大学の紹介文書の作成、A大学経営陣(マネジメント)をサポートするためのデータ提供、B調査データの分析、C広く外部機関(連邦政府、州政府、評価機関等)への報告義務の遂行である。
 大学によって多少異なるが、IRの組織的な位置づけと果たす重要な機能は、経営陣、教務に携わる幹部役員、経営管理の幹部役員の意思決定をサポートするデータ提供であると言える。

■IRオフィスの主要な役割
 大きく「IRオフィス」として概括できる共通の主要な役割は、大要次の五つにまとめられる。
 @外部機関への情報提供
 具体的には、連邦政府への報告と州政府への報告が、最初にあげられる。さらに大学評価ランキング機関(U.S.News World Reportなど)への情報提供も欠かすことができない。加えて、認証評価団体へのデータ提供も行う。
 A在籍者管理やその他の標準的な大学情報の作成と提供
 性、人種、出身地別などタイプ別の学生数、登録者数、卒業生数などのデータが盛り込まれた「ファクトブック」と呼ばれる個別大学情報をまとめた印刷物(ほとんどの場合ウェブ上で開示される)の編集発行。
 B在籍者管理などのための特別な分析レポートの作成
 大学内の各部門・部署から依頼を受けて特定の目的で行う調査と、その分析レポートの作成を行う。
 例えば、アドミッション部門からの依頼で行う入学者と非入学者のそれぞれの理由の調査分析や、在学者管理部門の依頼を受けて行う学生の卒業率とその推移の調査分析などがこの業務に含まれる。
 そして、大学経営をサポートする調査分析とそのレポート提出は、IRオフィスの最も重要なコアとなる役割である。
 C学生や教職員を対象としたオリジナルな調査の実施
 具体的には、自大学の在学生の特性や行動、心理に関する調査、卒業生の進路、教職員の勤務実態などの調査、その他、特別な課題を与えられた調査などを実施する。
 また、IRオフィスが独自に実施する、これらの独自調査の結果分析の一部が大学紹介のウェブや「ファクトブック」にも加工・編集して開示される。
 Dレポート作成と分析のためのデータソースの確立と維持管理
 経営者やその他スタッフがスピーディに戦略の意思決定をするためには、IRがデータソースを確立し、維持管理することは、非常に重要で根幹をなす役割である。
 ストーニー・ブルック大学では、Data Warehousing(データ一括管理)を構築し、IRオフィスが、データの保管・管理・維持を一元化して担当している。
 そして、集計・分析の使用ソフトを統一し、フォーマットも統一したレポートをタイムリーに提出している。

■IRスタッフの分析業務
 このIRオフィスの正規(フルタイム)の職員構成は、大学の規模により異なるが、今回視察したニューヨーク大学では九人、イエール大学五人、ストーニー・ブルック大学六人、ニュースクール五人であり、規模の小さな大学では、フルタイムの職員が一人とか、いないというケースもある。しかし、ある程度の規模の大学では八人から一〇人で構成されている場合が多い。
 これらスタッフは、有能なリサーチャーである以上に優れたアナリストであり、社会学などの学位を持っていることが多い。
 彼らスタッフは、外部の調査会社、学内の大学院生などのパートタイムスタッフを使い、調査を実施することもあるが、調査結果の分析には必ず携わり、分析レポートをタイムリーに提出することで、前述の五つの役割を確実に果たしている。
 その分析に使うデータソースは、@学生の入学と、登録状況にまつわる学内データ(具体的には、学生個々人の履修状況、選択コースなどのデータ)、A職員の雇用状況のデータとか、キャンパスの物理的な広さのデータといった学内データ、B調査結果を集計して分析する目的で、オリジナルに実施する調査データ、C競合他大学の比較データなどである。オリジナルに実施する調査データ以外は、おおむね既存のデータ収集と分析と言える。
*  *  *  *  *
 エミリー・トーマス氏は、以上のようにアメリカの大学における一般的なIRオフィスの機能と役割を紹介したうえで、「IRオフィスは大学組織内における非財務的データの報告業務と分析業務を行う部署である」と定義づけた。
 しかし、各大学のIRオフィスの部署名は、必ずしもIRとなっておらず、Planning(企画)、Evaluation(評価)、Reporting(広報)、Analysis(分析)などを冠した名称となっていることが少なくない。

 また、その大学の建学の精神やミッションなどの条件・背景により、その大学独自の役割をも担っている場合が多い。例えば、ストーニー・ブルック大学のIRオフィスでは、次のような役割を担っている。「学籍登録者(在学生)管理・支援の計画とモデル作り」、「入試・入学部門をサポートするデータ分析」、「教職員の仕事量などの分析」、「キャンパスの物理的な広さ等に関する調査・報告」、「教員に関する学生の評価(授業評価など)の実施」、「各種報告書作成を支援するキャンパス・データ・システムの構築と改善」、「学習成果の評価」などである。
 そして、アメリカの大学は公的な機関の認証評価(アクレディテーション)を受けることが義務付けられており、ストーニー・ブルック大学は、認証評価機構MSA(Middle States Association of Colleges and Universities)を受けている。この認証評価を受けるためのデータ作成の任務を、ストーニー・ブルック大学のIRセンターは担っている。
 特に近年、アメリカの大学の認証評価に関しては「(学生の)学習成果の評価」の調査・分析が重要視されている。「学習成果の評価」に関しても、IRオフィスが中心となって、教員や教務担当部署とも連携して、独自のプロジェクトを組んで、データ作成に取り組んでいる。
 なお、ストーニー・ブルック大学のIRオフィスは、全米の州立・私立大学から四二〇〇名が参加するAIR(Association for Institutional Research)に加盟しており、この協会では、会員相互に調査分析手法の研究開発とその共有化がめざされている。

■イエール大学、ニューヨーク大学、ニュースクールの事例
 アメリカ東部の名門大学でアイビー・リーグの一校であるイエール大学(八月二十八日訪問)では、IRオフィスディレクターのジョン・ゴールディン氏から、「IRオフィスは、プロボスト(教学担当最高責任者=学長、総長に次ぐ決定権者)の直轄下に置かれ、在学生、卒業生、教職員に関するデータを一括管理していて、多くのデータサマリーを定期的に提供している。その一部分はホームページなどで公表されるが、大部分は経営管理者が利活用している」と大学全体の情報分析やプランニングに関わる、経営の意思決定に果たす重要な業務の説明を受けた。
 また、マンハッタンにある全米最大級の総合私立大学のニューヨーク大学(八月二十九日訪問)では、IRオフィスのピーター・テイテルバーム氏からエンロールメントに重要な役割を果たす「教育プログラムの評価」や「学生満足度調査」における、定性的調査、定量的調査を併用しての方法論と実施サイクル等に関する具体的な調査・分析手法の説明があった。
 一年次に実施する定例的な調査としては、「入学時の学生アンケート」や「大学生活一年目の意識調査」。二年次以降の学生に実施する調査として「満足度調査」。また、教員向けの調査や、大学院生対象の調査、卒業生の調査などを組み込み、立体的な調査サイクルを組み上げている。
 さらに、ニューヨーク市の中心街に複数のキャンパスを持つ八つの大学の集合体であり、文字通り新しいスタイルの高等教育機関として注目を集めるニュースクール(八月三十一日訪問)では、IRオフィスのディレクター、ダグラス・シャピロ氏から、独立した八大学のガバナンスの仕組みと、IRオフィスの果たす役割・機能について、「当大学のIRは大学経営の意思決定、経営戦略の立案、認証評価に関係するアカデミックなマネジメント・インフォメーションセンターと考えている」との紹介があった。
 また、「いわゆるマーケティング戦略はIRオフィスの担当範囲ではなく、未来予想を立てるとか、経営戦略立案のためのデータ提供がIRオフィスの役割だ」と述べ、認証評価を受けるためのデータ作成と報告業務も重要な仕事であると結んだ。

■IRオフィスの位置づけ
 IRオフィスは大学経営戦略の中枢に位置づけられ、プレジデントとプロボストの直轄部門として設置されている場合が多い。
 今回視察したイエール大学、ニューヨーク大学、ストーニーブルック大学、ニュースクールの四つの大学でも、例外なくIRオフィスが、プロボストの直轄部署として設置されていた。
 こうして、各大学で、IRオフィスの業務展開の実際を目の当たりに視察し、IRオフィスが大学の経営判断に不可欠な組織と役割を担っていることがわかった。

■日本型IRの組織化に向けて
 昨年十月十二日、東京・市ヶ谷の私学会館において、日本型IRの組織化の方向性を探ることを主テーマとして「アメリカ視察事後研究会」が開催された。
 この研究会で、アメリカの大学で実際に推進されているIRおよびその組織としてのIRオフィスは、日本の大学改革の参考になり、研究が必要であると確認された。そして、日本の場合、私立大学の独自性や個々の魅力を発揮した大学づくりのためには、個々の大学で独自の日本型IRの方向性が模索されるべきであると結論づけられた。

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