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平成20年1月 第2299号(1月1日) 2008年新春特集号

2008年 新春座談会
  高等教育激動期の私立大学の振興・発展方策
  教育・研究の高度化と地域貢献

 平成二十年の新春を迎え、本紙では「高等教育激動期の私立大学の振興・発展方策」をテーマに、日本私立大学協会の大沼 淳会長をはじめ、別掲の六氏による新春座談会を開催した。厳しい社会情勢が続く中で、私学経営もまた危機に直面している。少子化による一八歳人口の一二○万人台への減少のほか、規制緩和・市場原理等による株式会社やNPO法人等の教育分野への参入、また、海外教育機関の参入、さらには、年金一元化問題など、私学振興にとって重要問題が山積している。一方、中央教育審議会における「教育振興基本計画」、「学士課程教育の在り方」、「教員免許更新制」など、私学にとって最重要課題の審議が進められており、その動向を直視しなければならない。このような激動期の中、全学生の約七五%の公教育を担う私学は、教育・研究・地域貢献という使命を果たさなければならない。教育・研究はもとより、この地域貢献の一環として同協会は、昨年十一月末の沖縄総会で多様な地域連携による「地域貢献のための施策」の推進を決意している。これら私学の振興・発展方策について話し合っていただいた。

大学の機能別分化を明確に
建学の精神の下、特色ある教育を展開

グローバルな諸課題への対処が必要

 司会(小出局長) 新年、明けましておめでとうございます。二○○八年(平成二十年)の輝かしい幕明けを迎えました。昨年一年を振り返りながら、新年の期待や抱負をご開陳いただきまして、さまざまなご示唆を頂戴できればと念願致しております。
 昨年一年間と申しますかここ数年、大学あるいは日本の高等教育を巡る環境は、特に大きく変化してきているように感じます。私学振興のただいまの状況は、昭和二十年代に私学の先達が英知を結集し、総力を挙げておつくりいただいた私学振興の原理であるとか諸制度がことごとく見直しの状況に入り、再構築を迫られていると感じているのです。
 例えば、民間が公教育に参入する場合には、「学校法人」の開設の下に私立学校が設置されるという原則があります。その制度は世界に誇るべきことと考えているのですが、規制改革の言葉の下に、株式会社立の学校が特区制度としてスタートしている。健全な私学年金制度も公的年金制度一元化の国策の下で大きな変革を迫られている。昭和四十五年にスタートした私立大学等経常費補助金は、昭和五十年に与党の自由民主党の文教関係国会議員各位の議員立法により、法的根拠を得て、逐年拡充してまいりました。しかし、この補助金制度も、当初、私大経常費の二分の一助成を目標としながらも、現在は一一%台を推移するのみならず、昨今は機関補助をやめて個人補助に切り替えてはどうか、定員割れの私立大学へは私学助成をやめてはどうかなどの、基本問題が続出です。さらに申し上げれば、高等教育の改革・解決すべき課題としては次のように特筆すべき話題のあった一年でした。教育再生を最重要課題の一つに掲げた安倍政権は、昨年九月急遽として福田政権に代わりました。教育再生会議には充分に注意を払ってきたところですが、提起された課題はなお重いものがあります。引き続き注目したいものです。一昨年は六○年ぶりに教育基本法が改正され、大学に関する規定(第七条)や私立学校の振興規定(第八条)が新たに明記されました。そして昨年度には、教育振興基本計画の検討も進められています。私立大学としての考えは、黒田先生(私立大学団体連合会の高等教育改革委員長)の下でまとめられ、過日、中教審に意見具申されました。
 同時にまた二○○七年は大学全入の時代だと言われていましたが、少し先送りになった。しかし、続伸する大学・短大の進学率五三・七%は、大学の新しい局面を象徴する数値でありました。そのような量的な拡大に伴う大学の学士課程教育の充実問題が、特に大学分科会制度・教育部会の小委員会で検討され、「学士力」の言葉とともに話題になりました。
 他方また、少子化社会の到来で全国の各地に展開する私立大学は、入学定員未充足率が二か年続けて約四割にも達するかという深刻な経営状況が発表され、その強化策が期待されています。
 いずれにしても、我が国の社会は少子化と急速な高齢化社会の到来の下で、社会構造改変の動きが活発です。しかも、変革の要因は単に国内の問題のみならず、グローバルな諸課題への対処を必要としながら動いてきているようです。環境とエネルギー問題、人口問題、食に関わるその生産と安全・安心の問題、医療や年金改革の問題、そして人間の心と教育の問題などが連日報道され、社会問題化していました。
 まさに時は、大きな時代変化の渦中にあると思います。新しいパラダイムへの転換に関わるご提言をいただければと思います。それでは、昨年の一年間を振り返っていただきながら、そのご感想や新しい年を迎えてのご期待・抱負を、はじめに、大沼会長からよろしくお願いいたします。
 大沼 明けましておめでとうございます。何といっても昨年(平成十九年)で非常に強烈なインパクトがありましたのは、安倍政権から福田政権に代わったということもさることながら、参議院選挙が行われて与野党が完全に逆転をして、いわゆるねじれ国会と言われるような政治情勢が生じて、もろもろの政策課題が一体これからどのように展開していくのかという、非常に混沌とした状態に立ち入った中で対処しなければならないという事態ではないでしょうか。そしてまた、予算編成なども、どんな形でどのようにしていったら出来るのか、税制改革、その他一連の政策なども、どんな展開をこれから見せていくのかというようなことが、まだはっきりつかめないまま年を越してしまったと言ったほうが良いと思います。
 我々協会といたしましても、今までは、それこそ自由民主党の方向性に沿いながらいろいろなことをやってきたつもりですけれども、今年からはさらに様々な状況変化に対処していかないといけないのかなということを感じております。

大学の在り方を決めていく年

 もう一つは、前々から言われていることなのですけれども、昨年で一八歳人口は一三○万人台が終わって、今年からさらに約五万人減じて一二○万人台に入ることです。これが大学全体あるいは高等教育全体に非常に大きな影響を持つと思います。その辺が明確に出てくる年で、この一二○万人台というのがこれから一○年間ぐらいは続いていくことになります。要するにベビーブームの昭和二十三〜二十四年生まれの世代に比べますと、ちょうど一八歳人口が半分になっているわけで、そうした社会の中で、どのように対応していけばいいのか、また入学生の動向の変化などもはっきり見えてくるのではないかなと。
 さらに加えて、先ほど局長の話にもございましたように、戦後六○年以上経過して、いろいろなことを見直すということが進行してまいりました。この間、産業構造は大きく変化して、従来の学部構成のままでは、なかなかこれからの社会についていけないのではないかと懸念しています。とりわけ本協会として考えていかなければならないのは、組織率からも、圧倒的な割合の地方の加盟大学にどう対応していくのかが、この協会の大きな使命ではないかと思っています。
 産業構造の変化の中でとりわけ大きな変化を起こしているのは、実は地方の産業であり地方の在り方だと思います。具体的に言いますと、今起きていることは、大学の中でいろいろ専門教育をやっていても、専門教育と社会の需要とが完全にミスマッチをしてきている。我々が大学の学部などをつくったりする場合でも、時代遅れの考え方で組織づくりをしていると、つまりそれらがミスマッチしていると、これから想像もつかない変化が起きてくる。学生が来ないという状況が出てくる。それらにどう的確に対応していくのかという大きな課題があるのではないかなと思います。
 そういった意味で、平成二十年というのはこれから先、至近的に言っても、少なくともこの一○年間のそれぞれの大学の在り方を決定づけていくスタートの重要な年になっていくのではないか。そんな意味で、今年は、今申し上げたようなことを中心にしてこの協会としても対応し、対政府あるいは対文部科学省、あるいは対産業界、むしろ対社会にどう対応していくのかが問われる年ですので、我々の果たすべき役割をきちんと果たせるようにしていきたいと思っております。
 司会 どうもありがとうございました。
 重要な情勢分析とご指摘を伺いました。では、続きましては廣川先生からご感想・抱負をお願いいたします。
 廣川 安倍内閣になって、教育が最重要課題であると言われました。そして教育基本法が改正されました。第七条には「大学」が新たに条文化されましたし、第八条では、これは画期的だと思うのですけれども、ご存知のように、私立学校は公の性質を持ち重要な役割があるので、国あるいは地方公共団体は、助成とかその他の適当な方法で私学振興に努めなければいけないと、教育の憲法と言われる教育基本法の中では大変具体的な内容が規定されたと思うのです。また、第十七条では、先ほど局長からお話がありましたように、政府は教育振興基本計画をつくらなければいけないというようなことまで、かなり具体的な内容の新しい教育基本法が出来たのです。
 その理念に基づいて昨年は学校教育法が改正され、各学校の目的・目標が見直されています。大学には教育・研究のほかに社会貢献が加わったことは、過疎化・高齢化している地域の活性化につながる、今の時代を象徴する大変重要なことだと思っています。

学校法人は世界に誇れる組織

 政府は、経済財政諮問会議、教育再生会議、総合科学技術会議、規制改革会議、あるいはイノベーション25戦略会議だとか、やたらにたくさんの教育改革に関する会議をつくりました。そして、その中でいろいろ私学振興がうたい込まれていますが現実には、規制緩和による競争原理が声高に叫ばれています。教育界に市場原理が導入されるのは間違いだと思いますし、結果的にそのために経営が困難な学校法人が出てきてしまっています。
 法治国家である我が国で、教育基本法、私立学校法、そして学校教育法という法律で私学振興が保障されているにもかかわらず、実際には私立大学等経常費補助金が減額されています。まさに仏つくって魂入れずという感じがしてならないわけです。
 大沼会長もよくおっしゃっていますように、私も学校法人は世界に誇ることのできる組織だと思っています。我々は学校法人が自主性のある公の機関だということで、実際に誇りを持って運営してきたと思います。そのために、国にあまり面倒をかけずに我々は懸命に努力をし、大学づくりをしてきました。したがって、国立大学に比べますと私学は授業料が非常に高い。OECDの中で教育費の私費負担割合は、アメリカと日本が一番高いと言われています。しかし、アメリカは学生への奨学制度が非常に行き渡っているものですから、結果的には、日本が私学の高等教育にかける国民の負担は一番高い。OECDの平均の倍ぐらいという状況です。しかも税金も払っていますから二重に払っていることになって、私学に通う学生を持つ父母の教育費負担は限界に来ていると思います。
 資源のない日本ですから、とにかく人材の育成というのは何よりも重要ということを考えますと、私学は七割以上の学生を担っているわけですから、国としては、本当に私学に対する援助・振興に対して真剣に取り組んでいただきたい。私は、私学の発展なくして国の発展は有り得ないと思っております。
 司会 ありがとうございます。具体的なご提案も出てまいりましたので、また後ほど、少し掘り下げてご意見を伺いたいと思っております。では、続きまして、黒田先生、お願いいたします。
 黒田 平成十九年というのは、政治的にも大きな変化のあった年ですね。参議院選挙で自民党が負けたということもあって、ほとんどの法案が通らずにきてしまったということがありますが、大学関係で一番大きな変化が起きたのは、九月入学を認めるようになったということですね。
 九月入学に関しては、国立大学と私立大学の学費の格差をそのままにして九月入学を先行させるということになりますと、四月に私学に入った学生たちが、九月にまた国立の方へ合格して出ていってしまう、そういう現象が起きてくるだろうと思います。そうなりますと私学の経営は非常に難しくなってくる、それが大きな問題の一つですね。
 それから、昨年、中教審では大学院の改革に続いて学部の改革ということで、学部を「学士課程教育」という呼び方で改革を進めるとしました。これについては最終的には三月に答申が出るだろうと思うのですけれども、それまでの間、あともうしばらく、どういうふうな案を練るかということに奔走しているという段階です。

地域振興は地域の私立大学の活性化から

 それから、私学にとって一番困った問題ではありますけれども、多くの私学が加入している私学共済問題では、年金の一元化ということで、一〜二階部分が厚生年金に統合されることになっていますが、これも一応三階部分は、自主設計できることを条件に妥協はしたのですけれども、それがどう進行するのかは、まだはっきり見えてきません。
 それに加えて、今度は短期の方の医療保険制度の改革ということもあって、各共済組合は国民健康保険の方への赤字の穴埋めに相当の金額を拠出しなければならなくなります。そうなりますと、私学共済そのものが成り立たなくなってくる可能性が出てきます。そういうことが起きてきていますので、これはまた政治マターで、いろいろと今年も議論を深め妥協点を探らねばと思っています。
 一昨年来行われましたいろんな「改革、改革」は良かったわけですけれども、それの負の部分というのがかなり表れてきた年だったろうと思うのですね。その負の部分をこれからどう修復していくのか、その辺のことが二十年度にかけられた大きな課題だろうというふうに思っております。
 私学全体にとっては、先ほどから話がありますように、地域の活性化の中で私立大学がどう地域と共存しながら発展をしていくか、そういうことの考え方も非常に重要でありますが、中央で考えた一律的な方法を地方に押しつけるということでは、なかなか地方の大学は生き残っていけないと思うのですね。そういうこともありますので、協会は全国で三七七校抱えておりますから、その一つ一つの大学をしっかりと見ながら、地域の活性化の方策、地方にある大学をどう伸ばしていくか、そういうところにも大いに目を向けていかなければいけない、そういう年になってきたのではないかというふうに思っています。
 司会 どうもありがとうございます。
 今日は、名古屋から中部支部長もお務めいただいている小出先生のお出ましをいただいております。地域振興、地域に根差した私立大学のお話なども含めて、さまざまな角度からのご感想とご意見をいただければと思います。
 小出 最初に、一昨年の暮れに、私どもの協会は創立六○周年記念事業を行いました。そのときに、声高らかに協会の声明を発表いたしました。三つの方針があったと思うのですが、一つは「建学の精神に基づいた人間教育」、それから「知の創造」、「社会貢献」ということについて協会としての声明を発表しました。これをただ単にあの時の記念行事の声明だけで終えるのではなくて、新年を迎えるに当たりまして、改めてこの一番基本の三つを協会の全加盟校は思い浮かべたいと思います。そしてさらに今年一年、その方向で行くという大基本原則だけは改めて確認し、進めていきたいと思うわけです。
 と同時に、今、局長からお話がありましたように、協会加盟校は全国で三七七大学あるのですが、私大協会の特徴は、地方にある大学が非常に多いということでございます。全国各地の主要都市には必ず協会加盟の大学があります。私も中部支部の支部長をさせていただいているのですが、六七校の大学を抱えております。地方というのは今非常に厳しい状況にあります。先ほど話がありましたように、昨年は定員割れの大学が二二○校、四○%近くありました。これが、今後一八歳人口が一三○万人から一二○万人台に落ちていくわけでございますから、さらに定員確保が厳しくなっていきます。その厳しさは、私ども地方大学へ全部かかってくるわけでございます。東京、大阪の大規模大学に比べると、地方の大学は特別に厳しい状況となります。
 そういった現実を踏まえて、私ども地方大学は頑張らなければならないわけでございます。ともかく学生が減少してくるということが、入学時における全入という状況になって、かなりの大学であらわれてきます。ということは、入学時における学生のセレクション、学生の質の保証ということが、不可能ではないけれども非常に難しくなってきているという現状があるわけです。
 そういった現状の下で、学力の低い学生も入学させて教育していくという負担は非常に大変でございます。学力は多様化し低下しています。勉強意欲も目的意識もはっきりしていない学生も増え、非常に多様化しております。そういった学生を対象にして教育をしていかなければならないわけでございます。この間、中教審大学分科会の「学士課程教育の再構築に向けて」の審議経過報告に発表されておりましたように、大学の入口、即ち入学時にしっかりチェックしなさい、中へ入ってからの教育課程もしっかりチェックしなさい、さらに出口、即ち卒業時のチェックもしっかりしなさいと。そのとおりでございまして、それが十分でないと社会から見放される大学になってしまうわけでございます。私ども地方大学は非常に厳しい状況の中でも、何とか入学してきた学生のためにと、建学の精神に基づいたその大学に合った教育カリキュラムをつくり、学生に合った教育をして、社会の期待に応える学力を持った学生を育成する、卒業時には一定の学力を持った卒業生を出すという努力をしなければいけないわけでございます。
 地方の大学は非常に厳しい状況にありますので、地方の大学の生き残りをかけて、さらに今年は頑張っていきたいと思っております。
 司会 どうもありがとうございました。
 一昨年の私大協会創立六○周年の折の「決意表明」を改めて再確認しつつ、全国展開の私立大学の振興という観点からのご意見を伺いました。続いては、中原先生、いかがでございましょう。
 中原 先ほど、大沼会長からもお話があったと思いますけれども、昨年は衆議院と参議院での与野党逆転という状況で、これは今日、明日に解消されるものではありません。衆議院は早期解散の話もいろいろありますけれども、一番長くて二年後に衆議院の選挙ということになりますし、参議院は一期六年の任期ですけれども、ちょうど三年で半分が選挙で変わるという状況になりますから、参議院の今度の改選期については三年後ということになりますので、少なくとも二年あるいは三年後に、どう変わるかはわかりませんが、今の政局では全く未知数ということになります。
 そんな国会ですから、予算の編成をどうするかということになって、この予算の問題が私学助成に対して、従来の経常費助成なのか、あるいは科研費等を中心にした間接経費のほうへ動いていくのかという、そこの見極めというのは難しいと思います。今の国家予算の状況からいいますと、増えるはずがないという中で、経常費助成二分の一以内の助成というものについて、これから我々は主張していくのかということが一つ大きな問題だと思います。
 それと、先ほど先生方からもお話がありましたけれども、例の政府の経済財政諮問会議がどうも大学全体と言って良いと思うのですが、バウチャー制度を主張したりしています。それと株式会社の学校経営。一部破綻するような状況が、昨年までいろいろ問題が起こったわけですけれども、株式会社の大学経営、学校経営、それに合わせて株式会社の医療法人の経営、そういういろいろな問題をこの諮問会議が提案をするわけなのですけれども、どうも私どもの団体とは意見が合わない。どういう根拠でそれを言うのかということも定かでないのですが、結局「骨太の方針」ということで押しまくられるという状況になります。ですから、このことにこの新しい年度でどう対応していくのかということが大きな問題だと思うのです。
 それから、先ほども小出先生がお話しになりました地方の問題がありますね。これも政府は、地方の財政、経済も含めて振興を図るのだと言っていますが、その中に地方の私立大学も含まれているので、地方の財政基盤の重点化の中で、地方の私立大学がどう対応するかは密接な関係があると思うのです。これは突き詰めて申し上げていく必要があると思いますし、与党の自民党にとっては、先のねじれた国会運営の中で、今まで自民党を支援してくれた団体に対してどう今後対応していくのかは、これから慎重に見守っていく必要があると思います。
 あと、一八歳人口の減少に伴う私立大学の経営困難をどうするかということは既に一応の方向性は出していただいているわけなのですけれども、実際、これがどの程度起こって進行してしまうのかは、先ほどの地方の私立大学の在り方に密接な関係があるのではないかと思いますので、この点も慎重に対応していく必要があります。
 一八歳人口は減るのですけれども、今度は団塊の世代が大幅に出てくるので、団塊・シニアに対するいろいろな私立大学としての対応は考えてはいるのですけれども、実際に団塊の世代がどう動いているのかよくわからないのです。昨年から団塊の世代が定年を迎え始めているのですが、生涯学習の意味と私立大学の在り方を踏まえて、団塊の世代に対してどう動くかが今後の課題であろうと思います。
 もう一つ二つということですと、やはり年金制度の一元化で、これは与党との折衝に大きく影響を及ぼすと思いますので、重点化して、年金制度の一元化に伴う私立大学の状況は推し進めていただく必要があります。

高等教育の75%は私学が担っている

 そのほか、色々と法改正がありまして、お話の出ております教育基本法、学校教育法、大学設置基準と、大学全体の評価が進行している中で、これが本当に作業としてうまくいくのかという問題も含めて、教育基本法は中教審教育振興基本計画特別部会で検討しているのですけれども、「改正教育基本法の理念の実現に向け、今後概ね一〇年間を見通して政府が目指すべき教育政策の基本方向」を検討するとなっているのですね。「今後概ね一〇年」の一〇年の方向性がこの中教審の中から本当に出てくるのかは大変疑問がある。一〇年というスパンの中で我々私立大学がどう生きていくのかというところに、問題が集約されると思いますので、この辺も検討していく必要があるのではないかと思います。
 司会 どうもありがとうございました。
 中原先生には、参議院議員として一二年間の長きにわたり、私学振興に特別なお力添えを頂戴いたしてまいりました。昨年の選挙におかれて勇退をされましたが、この間のお力添えに心から御礼を申し上げたいと思います。
 いずれにしましても、本日は、ご協議いただきたい話題の一つに、教育基本法の改正を踏まえた今後の教育振興基本計画と、私立大学振興政策の位置づけをどういうように考えていくべきか、その在り方はいかにあるべきか、私学助成の在り方とも絡んでご議論いただいてはどうかと思っております。
 ご承知のとおり、改正教育基本法では、新規条文として大学の位置づけや、私立学校の位置づけについて明確にうたい込まれたという画期的な改正になっています。これは大学から幼稚園までの全私学連合で、法政大学学事顧問の清成忠男先生と黒田先生に特別委員会の委員長・副委員長を務めていただき、私学の意見をまとめて要望してきたという経緯がありました。あの時を思い出してみると、理念法としての基本法なのだから変える必要はないのではないかというご意見もあったが、私学の側からすると、新しい時代の中で私立学校の重要な位置づけを明確にすべきというお考えと、もう一つは、教育振興基本計画がつくられていく以上、私学助成の具体的な振興方策を計画の中にしっかりとうたい込むことを願いとして進めていこうというお話がありました。
 先頃、これについての意見開陳が求められました。日本私立大学団体連合会で、昨年十二月五日のヒアリングに対応していただいたところでありました。そのあたりの基本的な考え方など、私学としてどう申し述べておられるのか、この議論と対応を先導された黒田先生、いかがでございましょうか。
 黒田 昨年の十二月五日に、日本私立大学団体連合会として中教審の教育振興基本計画特別部会へ意見を発表させていただきました。その後、それはまだ大ざっぱなスキームしか公表されていませんが、内容としては、「検討するに当たっての基本的な考え方について」という案と、「重点的に取り組むべき事項について」という案が示されました。それに対する意見を聞きたいということでした。
 したがいまして、先ほど中原先生からお話がありましたように、これから一〇年間を見据えてどう改革をするのか。その中で、特別に差し当たり五年間の改革支援策を決めるのだということで議論されているのですね。これだけ時代が変わってきて、二十一世紀知識基盤社会と言われる中で、「特に日本の国を支えているのは私立大学ではないか。大学の立場でいうと、七五%を超える人材を世に送り出している、その人たちが日本の基本的な基盤を支えている。そういうことからいえば、検討に当たって基本的な考え方を変えてください」と。私学なくしては日本の国は支えていけませんよということを大上段に掲げて述べたわけであります。
 その上で、国立などの社会的競争力を持つ教育研究組織というのは、五年間で特化をしてくださいということを述べました。昨年来のように、COEだ何だといっていろいろとばらまいている予算はやめて、特化をして、どの分野はどの大学が世界的拠点になるのだということ。それは国立、私立を問わず、そういうスキームをつくり上げて欲しいと述べました。それと同時に、日本の基盤を支えている私立大学、これは地方も含めて全体が伸びていける基盤的な整備にお金をつぎ込んでくださいということを述べました。
 そういうことをするためには、やはり世界的比較(OECD)の中でも日本はGDP比〇・五%しか教育費を出していませんから、せめて平均値の一%まで出してくださいということを強く要望しました。それが一月に入って具体的にどう表現されてくるかに我々は期待をしているわけでありますけれども、なかなか基本的なことを変えるのは難しいだろうと思うのですね。
 また、中教審の中での作業になってくると思うのですけれども、私学のことをもう少し強調的な表現にしていただくことに落ちつくのではないかと思いますが、基本的には国立があって私立は教育の補完的な機関であるという考えが今でも根強く残っていますので、そこを払拭する必要があります。それから国際的な競争力のためには、日本人を海外にどんどん出して人材を養成するということ。それから、留学生を受け入れてはいるのですけれども、留学生のための宿舎を建てるということ。これは国立だけに対して言っているわけですが、そういうことではもう国際競争力がつくわけがないので、国際競争力を本当に望むならば政策の転換が必要だということを発表させていただいたということです。今年、それがどのように変わってくるか、これから楽しみにしているところです。
 小出 今、話のありました中教審の教育振興基本計画は国の政策ですから、国立、公立、私立全部を含めた政策として出ているわけですね。しかし、私どもとしては、私学の立場を強調したことを要求しなければならないということです。昨年暮れの日本私立大学団体連合会の高等教育改革委員会では、その点を強く主張してくださいと黒田委員長にお願いしたということです。今、黒田委員長が言われたように、ともかくも現在、高等教育の七五%は私学が担っているのだと、いわゆる、知識基盤社会の二十一世紀型市民という日本の社会の中心を形成していく人材は私学でつくっているのだと、それを強調していただきたいということです。私学なくして日本の高等教育は成り立たない、また、日本の将来の発展はないことを基本計画でしっかり強調してもらいたいと思います。また、今話に出ましたように、高等教育への公財政支出を欧米諸国並みのGDP比一%に引き上げることはぜひ何回も繰り返し要求していただきたいということをお願いしておいたわけでございます。ぜひその実現に向かって努力してもらいたいと思います。
 司会 重要な方向が示されておりますから、新年は十分このあたりの実現を期す必要がありますね。会長、この段につきましていかがでございますか。

設置者別の大学の機能を明確に

 大沼 私は、戦後の新しい教育制度の確立に関わり、ずっとその推移を見てきました。その経験からいま一番感ずることは、いわゆる設置者別によって、国立、都道府県立の大学、それから学校法人でつくっている私学という三つの大きな区分で何が違うかというと、経費の負担の中で授業料の格差という形しか残っていないのですね。どうして国立なら授業料が安くて私立なら高いのかということも論理的にはっきりしていないのです。授業料が安いことは、昔の裕福な家庭の子しか大学へ入れないのはいけないからという観点からいえば、それは奨学金で対応すれば基本的には良いことなのです。
 この新制の教育制度が出来上がったときに、官立の中で大学と高等専門学校と師範学校等を含めると二四〇校ほどありました。それを七二の国立大学に再編成しました。地方に一校ずつ、七帝大のあった所は別にして、そのほかは全部一つにまとめて、一つの大学として都道府県の拠点校にしていったわけです。国立の充実から始まるという形で、国立がすべて中心になって出来上がっていきました。
 その当時、私学はというと一〇〇校なかったのです。しかも、それはほとんど大都会だけに存在していて、東北地方などはほとんどありませんでした。国立の制度がはっきり確立している中で、私学がそのすき間で、例えば進学率が増えてきたから大学をつくっていいのではないかとか、国立にこういう学部がないからこういうことをやりたいとか、という形で徐々に増えていったのです。
 その増えていった最大の理由は、国立大学自体が人口の変動に全く対応しなかったからです。そして受験戦争が起こるとか、いろいろな変化の中、全部私学が背負ってきたということで、しかもそれが極めてうまくいった。国家もお金を使わないで、ベビーブームの人たちが昭和四十一年から押し寄せてくるわけですけど、その時に私立大学がどんどんと出来て対応してきました。それが非常にうまくいったので、国の私学に対する配慮というのはほとんどないと言わざるを得ません。
 先ほどもありましたように、GDP比〇・五%を一%にしたい。しかし、現在〇・五%は大部分国立が使っているわけです。一%になったら、あと残りの〇・五%は、全部私学で使わせていただいて良いわけです。もし一%になりましたら、国立にさらに追加するということではないと思います。
 そこで一番大事なことは、設置者が違うことによって大学の機能をどう持てば良いのかをはっきりしておく必要があると思うのです。国立は、多額のお金を使えて授業料が安くて、そして私学と競争、そんな在り方というのはないと思います。小泉内閣以来ずっと言われている大きな項目でも、「官から民へ」と言われているわけです。「官から民へ」という形で相当強硬にいろんなことが行われてきました。
 ところが教育関係だけは、依然として官・公が中心なのです。私学はその補完だけしていけば良いのだというふうな、戦後一貫して六〇年間続いた思想が一つも改まっていないところにいろいろな問題点があるので、これは好むと好まざるとにかかわらず、設置者別による社会に対する責務を明確にして、だから授業料は安くするのですと、だからこういうふうにするのですと。研究費をつぎ込むのだったら、その研究費で、世界に冠たる研究をこの国立大学にやらせるのですと。基礎研究だとか宇宙だとか、そういった私学の授業料に頼っている私立大学のやれないものについてやらせるのですと。そのかわり、その責任をはっきりと国立に負わせる。
 その上でそういうふうにするのだったら納得できるのですけれども、今はみんな対等、何でも平等、私立も国立もみんな表面は平等にしておいて、基盤は全く違えておいて、よーいドンで競争して、というふうな根本的な在り方が間違っていると思っていますので、その辺のことを国立大学ともしっかりと話し合っていかなければなりません。
 例えば師範学校は、戦後非常に嫌われてきたのですが、初等中等教育を行う都道府県に必ず師範学校があって、男女別の師範、青年師範学校も出来ましたけれども、それがしっかりと都道府県の教育を担っていたわけです。したがって、その人たちの授業料はただで良かったわけです。まだ豊かでない国だったから、優秀な人たちがそこへ集まって、日本の初等中等教育を支えて、それを義務づけたわけです。師範学校を出たら、必ずそこに就かなければいけないと。だから出来たのですが、今はそういうこともなしに、授業料だけただ平均的に平等に安いというだけで、なぜ安いかということがないのです。もっと極端なことを言えば、昔は軍の学校がありました。これは授業料が安いだけではなくて、食べることも着ることも国家が保証したわけです。そのかわり、「おまえは国家に一旦緩急あったときは命を捧げろ」ということだったわけです。だからそういうことをやったわけです。
 ですから、そういうふうな大きな全社会目的に従って、大学というのはどうあるべきか、それによって経費の負担がどうなっていくかというようなことがはっきりしていれば良いと思うのですね。そういった意味では、今度の教育基本法が制定されて、今までなかった私立大学の在り方を示したというか、そういう項目が入ったことをもっと明確にすべきではないかと思っています。今まで大学のことについてはあまり議論されていない。
 したがって、そういう大学の基本的な在り方、設置者別の在り方だとか国際社会を見たときの在り方だとか、それから今の地方における、一校しかない国立大学とそのほかの私立大学との関係、相当きちんといろんな位置づけをしておく。今までは自然の成り行きに任せていたことが過剰状態になっているのですから、その辺の基本的な整理をきちんとしてもらうことが一番大事ではないかなと私は思っています。
 司会 ありがとうございます。
 戦後の私学振興の歴史は、とにかく官尊民卑の弊風の打破であったと言われます。私学人の創意工夫の努力と、国会はじめ多くの関係者のご支援のおかげで、その地位の向上と高等教育の普及・拡大が果たされました。しかし、大沼会長がご指摘のとおり、授業料負担や、国のファンディング、公財政負担の問題など、なお多くの大きな高等教育振興上の課題が存在します。この教育振興基本計画の策定時期において、これらの課題の解決に向けた新しい境地が拓かれることを切に念願するものです。私たちもその実現のための運動を力強く推進すべきであると感じます。

高等教育への公財政支出をGDP比1%に

 廣川 今お話がありましたように、戦後の私学は自主性を誇りにして、国からは、基本財産に対しては一銭ももらっていません。高等教育に対する国の財政支出が、諸外国のGDP比に対して半分で済んだというのは、まさに七割以上の学生を担っている私立大学が、国から基本財産は一銭ももらわないで学校法人が大変な努力をして発展してきたためだと思うのです。ところが、今、国際的に競争力を高めて質を上げなければならない時代になってきた訳ですから、国の方針として高等教育への財政支出のGDP比〇・五%は、外国並みに一%にすべきであると思います。
 その上、国の政策が一貫していないように思います。世の中がどんどん変わっていますから、ある程度変わるのは仕方がないと思いますが、三年程前に「我が国の高等教育の将来像」という答申が出されました。その中では、我が国の高等教育は七つの分野に分けて、それぞれ特色を出していきましょうという話でした。しかし、そのような話はその後あまり出てきません。それよりも、平成二十年度の予算で、特に私学の場合、研究主体、教育主体、地方貢献主体の三つぐらいの分野に分けて検討していくような話が出ていましたが、これは、私立大学の中に更に大きな格差をつくる原因になるのではないかと心配しています。
 司会 私学助成の配分に絡んでのご懸念には十分に注意をしたいものです。ただし、制度設計を見守ってきた立場で申しますと、政府が大学や大学人の意思を無視して、機能分化を推進するという制度設計ではありませんでした。私立各大学がその建学の精神に沿って、自らの位置や役割をいかに戦略的に進めていくか、いかに特色立てをするか、重点をいくつでも設定して進めるかという考え方が基本であって、大学を固定化し、序列化するものではありませんでした。私大協会がこの間、昭和五十年以来一貫して、教育・研究の質の画期的充実を各学校の自主性で推進するといった考え方と、私はある意味で方向は一致していると思っています。

改正教育基本法の第8条「私立学校」

 中原先生、何かありますでしょうか。
 中原 お話のあった教育振興基本計画は、先ほどの中教審の中の特別部会の検討なのですよね。ですから法律そのものではないわけなので、中教審としてどのような方向性を打ち出すのかというのはこれからの問題で、それを黒田先生の方で対応していただく委員会でやっているわけなのですけれども、我々が直接関係のある教育基本法は、新しくできた第八条の「私立学校」の項目で、国及び地方公共団体は私学の振興に努めろと、一言で言えばそういうことですよね。せっかく出来たこの基本法の第八条を我々はどういうふうに活用するのかということと、中教審が考えている基本計画とはまた違った意味があるのではないかと思うので、このせっかくできた第八条について、今後予算のこともありますしいろいろあると思うのですけれども、このことをもう少し大きく取り上げていくという必要があるのではないか。せっかくできた条文なのですから。
 それが一つと、今やっている法律の問題としては、教育基本法を新しく改正したほかに教育三法があるわけですね。これは、一つは学校教育法の改正そのもの、それから、一言で言ってしまえば地方の教育委員会の改正ですよね、法律の名前は別としても。それと教員の免許の制度を更新するというようなこと、これも法律の表題としては別の言い方になっていますけれども、その三法ですよね。結局我々が直接関係あるのは、やっぱり学校教育法だと思います。
 学校教育法が主に私立大学に対してどう今後関わっていくのかということかと、私もいろいろ質問したのですけれども、出ている問題は、大学等の履修証明制度をやるだけの話なのですね。これは従来の大学設置基準の科目等履修生とは何の関係もない。突っ込んで聞いたら、科目等履修生は正規のいわば学生だと、ここで言っている履修証明を出せというのは学生以外の社会人だというわけなのですね。その程度の学校教育法の改正なのですよ。その辺もよくわからない面があるのですね。どういうふうに行政が考えているのか。だから、そういったところは今後細かく、学校教育法を改正した中身についてやはり検討していく必要があるのではないかと思います。
 司会 しかし、履修証明制度と科目等履修生制度の違いは、審議会の中では明確にされていますね。黒田先生、ちょっとご紹介くださいませんか。

履修証明制度は「社会人の学び直し」に

 黒田 今回の履修証明の制度、これは文科省が今推進している「社会人の学び直し」という観点からつくられたものなのです。ここでつくられるカリキュラムは非学位課程ということになります。ですから、正規学生に与えているカリキュラムとは違うカリキュラムをつくりなさいということになって、一つの分野の系統だった教育をするわけですけれども、全体として一二〇時間以上の時間をかけたものについて履修証明を出してもよろしいということです。しかし、まだ社会的に履修証明は認知されていません。これが前から言っている生涯学習ということ、今では「社会人の学び直し」という言葉に置き変わってきているのですけれども、新しい政策の一つです。
 これは、大学が今までは一八歳人口だけを対象にして計画を全部練ってきていますが、社会全体の在り方を考えた上で、それぞれの大学が社会との関係において対応してくださいという一つの表れだろうと思うのです。ですから、これは大学にとっても非常に重要なスキームだろうと思うのですね。これから特に正規の学生の定員割れが起きてきている、そういう中でどう生かされてくるのか。ただ、「社会人の学び直し」の履修証明を出したからといって、定員割れの分の採算がこれで取れるかといったら、それは取れないだろうと思うのですけれども、社会としてその大学が必要かどうかという判定基準にはなってきますね。地方に行けば行くほどそれが重要になってくると思います。そういう中で大学を支える人口が自然と増えてくることをねらった政策でもあるわけで、これは去年から始まっていることで、もう既に予算を何校かにつけてテストをしています。そういう段階に入っています。
 ですから、履修証明の課程というのは、一二〇時間以上の時間を費やして一定のカリキュラムを組み上げるが、これは正規学生のカリキュラムではない。今までの科目等履修生とか聴講生とは全く違うスキームになるので、この履修証明で取った単位を加算して卒業出来るかといったら、出来ないということなのです。非学位課程ですから、学位に結びつかない単位になります。ただし、履修証明課程に学位課程の科目を利用したときは、その科目に対し、受講生が科目等履修生の登録をした場合は学位課程の科目として単位認定されることになります。アメリカなどでは盛んに行われていて、企業でもこの資格を取ると優遇することになっています。日本でどこまで普及するかこれからの話だろうと思います。
 中原 この履修証明制度というのは生涯学習の関係なのですよ、突き詰めて言えば。それはそれで良いことだと思うのですけれども、それを我々が、今先生のおっしゃっているようにどう活用していくのかということですよね。だから見方によっては、教育基本法の改正がこの程度なのかということのご意見がありましてね。
 廣川 日本の社会の中で、どれだけそれを受け入れてくれる環境が出来るかということで決まってしまいます。制度があっても、それを企業等が認めてくれなければ何もならないですね。
 司会 これはまた行政の側と折衝している立場ですと、履修証明を発行するということが、学び直し予算というものにチャレンジ出来る前提条件になるというお話も聞いていますから、加盟各大学にはしっかり情報提供が必要だろうと思っています。
 小出 この履修証明制度というのは面白いアイデアだと思います。「社会人の学び直し」の対策として、一定のカリキュラム、履修時間に対応して証明書を出す点、うまく活用されたら面白いと思います。これを加盟校にPRし、また企業によく理解してもらう必要があると思います。労働力の減少していく今後の社会で、一定の力をつけた社会人を再活用できたら良い制度だと思います。企業側が受け入れるという体制を取ってくれませんと。その証明をもらっても、企業が知りませんでは意味がないですからね。PRが第一ですね。
 司会 その情報提供が大事です。既に教育振興基本計画のお話から、大学の学士課程教育というか学部教育の在り方のお話に移っています。先頃、学士課程教育の改革ということで黒田先生の小委員会が“審議のまとめ(審議経過報告)”を公表しました。これからまだ検討していくという中間の状況のようでありますけれども、私大協会では大学教務部課長相当者研修会でもこの問題を扱っていただきました。
 その講師の方から、とにかく今までにない「審議まとめ」であるという高い評価を得ています。なぜかといいますと、ユニバーサル・アクセスという、これまでは、大学の数が多過ぎるという批判ばかりがマスコミにしても産業界にしてもいろいろありましたけれども、文部科学省の審議会がこの五三・七%の大学・短大進学率を積極的に受けとめて、質の充実策をさまざまに提案しているわけですね。
 これまでのご議論を色々整理され、黒田先生がおまとめくださったわけです。背景や要点のご紹介をお願いできましょうか。
 黒田 この学士課程教育の再構築ということについては、中教審の大学分科会制度・教育部会の中に「学士課程教育の在り方に関する小委員会」という委員会をつくり、今そこの座長をしているわけですが、去年の暮れに審議経過報告を出して、パブコメにかけて皆さんから意見を聴取しました。最終的には年度内に答申にまで持っていきたいということですから、これがまず大学分科会の制度・教育部会に上がって、そこで承認されますと、大学分科会に上がって答申になると思うのです。この議論をした根本は何かというと、まず進学率は抑えることは出来ないこと。どんどん高等教育に進学する人数が増えてくること、これを抑えてしまって一定の枠だけ高等教育に進学させるということは、制度的に無理もあるし、そういうことはしてならないということが大原則になっています。

社会人として生き抜く力としての「学士力」

 したがって、積極的にユニバーサル段階の高等教育を受け入れましょうということにしたわけですね。そうなってきますと、多種多様な学生が大学に入ってくる。この多様化した学生をいかに教育していくかということになるわけで、基本的には、それぞれの大学には建学の理念というのがあり、国立も法人化されて、それぞれの大学が理念を示すようになりました。私学は、その理念に基づいて、その大学がどういう教育を行って、どういう社会人を育てるのかを基本に置きましょうということになったのですね。ですから、それぞれの大学が、出口で、きっちり目標とする学生が育ったかどうかを把握してくださいということにしたわけです。
 ですから、去年、報道などで卒業の統一試験をやるような話が出ましたけれども、それは全く違いまして、各大学が自分の大学で決めた基準を満たす社会人をちゃんと育てたかどうかということを、各大学の中で厳密に判断してくださいということなのです。卒業者、出口管理の方から入ってきているわけですね。出口管理、ディプロマ・ポリシーということで言っていますけれども、大学が学位授与したその学生が、一定の力を持ったかどうかということですね。一定の力とは何かが、「学士力」という新しい言葉で表されているわけです。
 これは「二十一世紀型市民」という表現をとっていますが、二十一世紀型というのは知識基盤社会において、常に学び直しをしていかなければ社会人として生き抜けない、そういう素質を持った善良な社会人としての基本を備えた人材を養成する、それが「学士力」なのですね。例示として一三項目ほどのスキルを挙げていますけれども、本当に基本的なことだけを書いています。分野共通の素養を備えた上で、それぞれの大学の専門をしっかり身につけさせてくださいというのがこの出口管理の質保証につながってくるわけです。
 だから、そういう卒業生を出すためにはどのような教育をするのですかというのがカリキュラム・ポリシーと言います。それぞれの大学でみんな違うわけですが、カリキュラムをしっかりとつくり上げて、このカリキュラムに対応するためのどういう人材を集めるのですかというのが、入学者の受け入れでアドミッション・ポリシーと言われるものなのですね。だからアドミッション・ポリシーというのは、各大学それぞれが違った趣旨で学生募集をすることになります。それがAO入試などにもつながってくることになるわけですね。
 そういうことで、誰でも受け入れて適当に卒業させてしまうということはもうやめましょうということなのです。多様な学生が多様な社会人として育っていくような制度にしようということです。学力、英語とか数学が出来るから優秀だという考え方だけではなく、社会人として生き抜く力を持った人を養成しようということなのですね。ですから、非常にきめ細かな教育方法をやってくださいとか、学力の面ではGPAを取り入れてくださいということも言っていますし、また個々の学生に対応するために、学生一人ひとりの学習ポートフォリオをしっかりとやってくださいと。その学生が何を目指しているかを常に把握しながら教育してくださいということも書かれているわけです。
 そういうことをやっていきますと、当然今までの教員の資質が問われてくるわけですから、教員の意識改革が必要になります。それで、学士課程でのFDが義務づけされてきたということですね。そういうことが主な内容になって、その中で国際的通用性を持ちましょうと。今、日本の学士号の単位が外国で通用しないところが非常に多い。ですから、これを通用させるようにしましょうということがあるのですね。単位互換なども自由に出来るようにしようと。今、周知の策として、提携校をつくって、その提携校との間で単位互換をすることをやっていますけれども、アメリカの大学どこへ行っても日本の学士の単位が通用する、そのためには質保証の評価が必要になってくるのですが、この評価作業は今は認証評価機関による機関別評価ですけれども、分野別評価まで踏み込みましょうということもこの中に書かれています。
 日本の全大学が国際通用性を必要とするかは、一考を要することですが、それに対応するかは各大学の自由です。その地域で、日本の国内で頑張っていただく大学を目指すのも良いのではないか。したがって、多様な大学が生まれてくることを期待しています。これは、答申「我が国の高等教育の将来像」の中で機能別分化についての提言がありましたね。それぞれの大学が緩やかに七つの機能を探って、自分の大学がどういう方向に進むのかということを決めてくださいということを言っていたのですが、それを促進する格好にもなっているわけです。これからは、それぞれの大学が自分の道を歩む、地方は地方の道を歩むということになるわけです。ただ、そこで出される学士号という学位は、その大学がきっちり保証してくださいよということです。アメリカでディプロマミルというのが相当起きているわけですが、そういうことがないようにちゃんと認証評価だけは受けて、最低のところだけは守ってもらうことになっています。
 そういうことで、まだまだ三月まで時間がありますので、みなさんの意見を聞きながら修正を加えていくことになっていますが、この中で一番難しいのは高等学校と大学の接続で、まだ結論が出ていないのです。高等学校は高等学校で改革をやっていますので、そこの高等学校のレベルをどうするかということと、それをどう受け入れるか。その受け入れの仕方によっては、初年次教育、一年次教育は大学にとっては非常に重要になってくる。大学側が高等学校へ行って授業をする、それによって高等学校のレベルを維持することにまで関連してきます。またアメリカで言われているSAT、高等学校の一定の学力を見る、そういう試験も取り入れてはという話があるのですが、それはなかなか今の段階では難しいので、その辺のことは、高等学校の校長会なども参加して、校長先生等が色々と意見を述べてきている段階です。この高校と大学の接続の問題をまだ残したままで進んでいるわけですが、これも三月までに一定の結論を出していきたいと思っています。
 司会 ありがとうございました。
 中原 この学士課程の教育ですけれども、今お話がありましたように一八歳人口が激減している中で、入学者の受け入れについてアドミッションそのものが変わらなければいけない、これが一つですね。それと、入学者の受け入れをして教育課程のカリキュラムをどうするかというのは、社会に対応する教育をすることだと、学部の名称とカリキュラムの中身が違ってくるのではないか、これは問題だと思うのです。法学部へ入っても、法律の勉強ではなくて、もっと社会に対応するようなカリキュラムが組まれているとか、色々起こると思うのです。

学士課程教育はユニバーサル社会への対応

 それと、そのカリキュラムの中で学士の学位授与、あるいは大学院の博士課程あるいは修士課程の学位の授与が、学部の名称と学位の授与との中身が一致しないようなことが起こり得ると思うのですね。その三つの問題について、教育再生会議で同じことを言っているわけです。そうすると、社会のニーズに大学が応えるということなのですけれども、その社会そのものがどんどん変わっていくということだと、どの時点で大学として対応するのかになると、学部の名称はともかくも、カリキュラムの中でどういう教育をして、それが社会のニーズに合うのかということになると思うのですね。そうなると、社会に貢献するのではなくて、社会が変わっていく中で私立大学としてどう対応するか、ということに尽きるのではないかと思うのですね。
 ですから、これからは従来の学部の名称とかそういうものにはこだわらない、どんどん社会のニーズ、変化に合わせていくという教育を考えるのも私立大学の一つの生き方ではないかと思うのです。
 司会 ありがとうございます。会長からもお願いいたします。
 大沼 会長ではなくて、一個人として申し上げたいと思っていますことは、要するに今どういう社会になっているかということなのですけれども、今から六〇年以上前ですと、義務教育で終わった人は八割なのです。中等教育へ進んだのは二〇%。それからさらに上級課程へ進んだのは四%しかいないのです。つい六〇年前の現象なのです。それが今は高等教育に進んだのが七五%から八〇%近くになっているわけです。いわゆる中等教育で終わっているのは二〇%しかいないのです。そうすると、社会の接点がどうなっているかというと、昔は初等教育で社会の接点、高度成長期になると中等教育が社会の接点、今日では高等教育が社会の接点になっているわけです。
 したがって、いわゆる先進国になったということは、社会が色々な意味で多様化してきているということです。戦前までの教育とは、これから新しい近代化を進めていく観点から高等教育は行われていますから、そういう組織に向けた教育で良かった。ところが、今見れば分かるように、東京にもこれだけビルがあって、みんな仕事をしているのです。しかも、社会全体が高度化しているわけですから、一定のレベルまで高めて社会に対応させないと出来ない社会構造になってきているのですね。
 そういう形の中で行われる議論というのが、どうしても十九世紀型から脱却し切っていないところに非常に問題が多くあるのだろうと。いわゆる多様化した社会というのは、社会が多様化していろいろな能力を要求するようになってきたのと同時に、そこに進む人たちも、昔みたいに試験をしてある一定の能力を持って、高等学校できちんと必要な中等教育、すべて能力を身につけて入ってくるのではないのですね。そういうことを前提にして高等教育全体の構造を考えていかないと、非常に無理がある。
 例えば、出口では一定の能力を持った人しかだめですよと。それは産業界が言っているだけなのです。産業界はそういう要望をしたいわけです。しかしながら問題は、産業界のどこがしているかなのですね。いろいろと言ってきていることは、大組織を抱えたところの意向みたいな形になっているのですね。ですから、そういうことでなくて、どんな業種にも全部、高度なある程度の知識を持った人たち、訓練された人たちが入っていかないと、社会全体が高度化しない。それが今、地方の中に端的に表れてきていることが大きな現象だろうと思うのです。
 もう一つは、例えば大学院をつくって、学士があって、修士があって、博士があって、それにきちんと民間企業が対応しているかということです。要するにいろいろなことを言いながら、日本くらい学校を出たことにきちんと対応してない国は珍しい。アメリカは、マスターかドクターかによって待遇は全部違うわけです。日本の社会はあまり違わないことが大きな問題点だと思うのです。
 要するに日本の社会は何が大事かというと、修士を取ったか、博士を取ったかということでなくて、どこの大学を出たということが大事なのです。東京大学を出たのか、金沢工業大学を出たのか、日本歯科大学を出たのかが大事であって、学歴段階にしたがった社会の受け入れ体制はない。役所は一番端的ですよね。ほとんど国家公務員試験を通るとバチェラーの人たちだけで、青田刈りみたいに早く入れて、早く省庁に入った人たちが早く出世していく形になっている。したがって、産業構造だけではなくて大きく社会全体が変化していくことに、一体これからどう対応するのかということですね。
 ですから、高等教育に入ってくる人たちがいわゆる専門職別に多様化していると同時に、量的、質的にレベルがマス目のようになっている。そのどの部分をどういうふうに認めてやっていくのだということを考えて、それで自分の大学なり自分の高等教育機関はどの部分に対応して、どうやっていくのだということを、やっぱりそれぞれが選択してきちっと決めて明示をしていくようにしませんと、画一的に物事を決めたからできるという世界ではないのです。学校教育法は、国公立設置者に関係なく、大学はこういうものですよとか、高等学校はこういうものですよということを示しているわけです。その中で今度は私立学校法があって、私学でやっている場合はどうだという網の目をかけているわけですね。その辺のミックスの在り方をやっていかなければいけないというのが基本的にあろうかと私は思っています。
 ですから、先ほど廣川先生が、日本の学校法人制度は世界に冠たるものだと、私もそう思っています。だから、その制度を崩してはいけないのです。教えていく中身と関係ない。学校の骨組みなのですね。その中身をどうしていくか、これを自由にしてほしいのです。それを、質を高めるとか評価をするとか。そうすると、全部同じような評価にしようと。そんなこと出来るはずがない。八〇%の人たちが高等教育に進んでいって同じ質でやったって、日本の社会に対応出来ません。意味のないことです。
 学士課程の審議は、そういう意味では非常に重要な意味を持っていて、黒田先生がおっしゃったユニバーサルの社会を是認してかかる、この一言が非常に大事だと思います。それにしたがっていろんな組み方をきちんとしていかないといけない。質というと十九世紀型の大学の質を想定して言うから混乱が起きてくるわけです。
 小出 今先生方が言われているように、今度の中教審の学士課程教育の審議経過報告の一番の特色は、大学は多過ぎないのだと、また、当然これからの知識基盤社会にとってはこれだけの大学教育があってしかるべきだと発表していることです。今まではどちらかというと、大学は少しつくり過ぎではないかという非難があったのですが、そうではないのだと、それを是認したことですね。しかし、志願者が全入する時代ですので、それぞれの大学がどこの層を引き受けるか。トップの層を引き受ける所、次の層を引き受ける所、全入時代で受験者の更に低い層を引き受ける所等、色々出てきます。しかし、これらは同世代全体から見たら、まだ五〇%ちょっとしか進学してないのです。国民の半分はまだ高等教育を受けていないのです。同世代から見たら中間層とでも言える人たちです。その中間層を引き受けてちゃんと教育しますよという大学があってしかるべきで、そのかわり、入れた以上、教育課程をしっかりして、中間層に合った教育課程を組んでしっかりした教育をやって、社会から信頼される学力を与えていく。そうすれば、社会の信用も出てくる。多過ぎる多過ぎると言っていますが、まだ国民の半数しか大学教育を受けない、半数近くは高等教育を受けてない人がいるということです。その中間層をしっかりと教育するのが私ども私学の、特に地方の大学の大きな役目だと思います。そういう意味で、大いに頑張っていかなければならないと思っています。

学校法人は財政基盤をしっかりと

 大沼 国立大学へは、一〇%しか進学していないのです。その次の二十何%というのは専門学校が受けている。あと残りの四十何%は私学が受けて、たった一〇%の国立大学の在り方が全部規範になって、それに近いのが良い大学なのだとか、そういう価値尺度は取り払ってほしい。ですから、私は中身を規制することは大反対。逆に、もう少し学校法人として基盤をしっかりして永続性を保つ。株式会社にするとか安易にやることは、全く間違った方向だと思っています。
 廣川 私も入試制度に非常に問題があると思っています。かつて、国立大学が法人化する前は、国からお金が出るわけですから、別に学生を集める必要はそんなになかったわけです。しかし、法人化してからは、私学と全く同じ手法で、早い時点から全国に国立大学自体が説明会を開くなりして学生集めをしています。私学は大きな影響を受けています。
 一方で、色々な入試制度があるのは良いと思うのですが、例えばAO制度も導入された当時からの考え方と大分変わってきているのではないかと思います。導入当時、推薦期日の決定はなくても、従来九月ごろから一応申し込みを受けていたのに、最近は五月、六月から始まっています。要するに早くからやっているということは、高等学校教育にも非常に大きな影響が出るのではないかという感じがしています。そういうことで、入試制度の在り方をもう一度考える必要があるのではないでしょうか。
 司会 大学の入口の問題は、経営組織体の私学にとっては、常に存立に関わる基本問題です。これまでも、私大協会の役員会で国立大学の定員超過率問題(十八年度は一○七・九%で戦後はじめて私大の一○七・二%を上回った)や、その時期の問題が話題になりました。そして私学は、希望する者をしっかり受け入れて、入学の時の偏差値よりも卒業する時の実力をつけて社会に送り出していく。そのためには、多様な教育課程や特色ある取り組みを一層強化し、教職員一丸となって対処しようとしておられます。「私学は教育重視」を信念・目標として共有しておられるのです。
 最後に経営の問題、地方私学は今、大変なことになっていますよと先ほど小出先生からご指摘もございましたし、大沼会長からもいろいろございました。そのことに関わって、日本私立学校振興・共済事業団(私学事業団)が昨年の夏に、大学経営活性化・再生研究会の最終報告をお出しになられた。この問題を、これからどういう具合に受けとめて政策に反映をしていくのか、各学校法人の設置する私立大学をどういうように鼓舞激励をしていくのか、このあたりのお話を伺いたいと思っています。
 これは、委員として参画をいただいた廣川先生からお願いいたします。
 廣川 平成十七年十一月に私学事業団に「学校法人活性化・再生研究会」が設置され、その後の検討の結果、平成十八年の七月に中間報告が出されました。
 ご存知のように、学校法人の経営の悪化のパターンは、学校法人の帰属収入の七○%以上が学生納付金収入ですから、学生が確保できるかできないかということが一番問題になります。学校法人の性格上、収入が減ったからといって、それに対応して支出を減らしていくことは非常に困難です。教育、研究のレベルを下げないでやっていくことはなかなか出来ません。そうすると、結局はそれが赤字につながって、それが累積されると資金不足となり、経営が苦しくなります。
 この研究会でも、私学事業団の資料でかなり具体的な数字が出ています。それによりますと、本年度の一八歳人口は一三〇万人ですが、受験生はかけ持ち受験をしますので、私立大学へ受験した受験生数は三〇二万人と言われています。
 この中で、東京・南関東圏と、京都・大阪及び近畿圏の受験者数を合わせますと、何と八〇%以上となります。地方の学生が地方の大学を受験すると同時に大都市圏の大学を受験することでこのようになるものと思います。そして、実際に入学した学生数は、七割がこの二つの地域に集中しているのです。地方に戻る学生が少ないので、やっぱり地方は過疎化し高齢化が進むのは当然だということになります。
 もう一つは規模別なのですが、我々の協会の場合、中小規模の大学が比較的多い訳ですが、入学定員が五〇〇人未満の場合、入学定員充足率は九六%と一〇〇%を割っています。五〇〇人〜一〇〇〇人までが一〇二%、一〇〇〇人〜三〇〇〇人までが一一三%、そして三〇〇〇人以上の場合が一一八%となっています。要するに、現在、若者は大都市圏にある大規模大学を望んでいることになりますので、若者が地方に魅力を持てるように、国も地方自治体も、私立大学としても真剣に取り組まなければならない問題だと思います。
 また、研究会の委員の大半が私学人以外の方でしたので、非常に厳しいです。弁護士及び公認会計士の多くの方は、企業と同じ考え方に近いので、私学助成は、私学を甘やかしているものだという考え方が感じられました。私は武蔵野音楽大学理事長・学長の福井直敬先生と私学の重要性を説明し、私学振興の必要性を主張しましたが、中間まとめの中には、私学助成の必要に関することは記載することが出来ませんでした。

私学の支えとなる私学事業団の役割

 その後、分科会を設置して中間まとめの中身を具体的に進める方法と、何をもって困難法人というのか等の検討を行いました。これまで、我々が学校法人を運営するに当たって、学校法人会計基準で扱ってきたのは、主として消費収支計算書およびその経営指標によって将来の継続性を図りながら判断することに慣れてきましたが、今回は将来の継続性より現在の資金状況を判断するために、企業と同じように資金収支計算書が主体になりました。そしてキャッシュフロー計算書に組みかえ、結果的に、教育・研究活動キャッシュフローが二年連続して赤字になり、大きな借金を抱えて、一〇年間で返済する見通しが出来ない状況等の場合をイエローゾーンと定義しました。イエローゾーンの場合には、まだ自主的に再生することの可能な領域であります。それ以上に悪化して回復の見通しが立たない場合には、レッドゾーンという定義をいたしました。
 イエローゾーンの場合には、経営困難程度によって、私学事業団や文科省と相談して、再生計画書をもとに再生を進めるわけです。そして、レッドゾーンの場合には、学校法人として責任を持って早目に学生募集の停止を行うか、あるいは民事再生法にかけることになりますが、この状況では悪徳業者が入る可能性が高いので十分排除に配慮しなければなりませんが、在学生の就学継続を図りながら、最終的に破綻処理をすることになるというスキームがまとめられました。
 福井先生にも頑張っていただきましたが、この研究会では一貫して私学が発展しなければ国の発展もないことを何度も強調し、最終報告書をまとめるに当たって、「関連して取り組むべき課題」という柱立てをして、私学への公的資金の増額と基盤的経費への助成の充実について盛り込むことが出来ました。
 そこでは、私学は公共的な役割をもっていて、教育基本法の第八条にうたっているように国公私立大学の適正な定員管理を考えることが必要なこと。そして、補助金等競争的環境が更に進む状況では、私立大学に対し財政的な支援で、競争に耐える基盤的な助成を充実すること。そして、私学団体としては一層の情報収集、相互連携の強化、経営困難法人の支援及び破綻の場合、学生の修学機会の確保に対する相互補助的な取り組みを強化する必要があること。
 さらに、私学事業団は私学の支えになるべきと思いますが、これまでのケースですと、経営が非常に苦しい学校法人に対して相談にのるか指導を行うだけで、財政的支援を行う基盤がありません。それでは困るので、私学事業団として多少経営が困難な学校法人に対しても、財政的な支援をして再生させられるように、公的に新たな基金や財政基盤的な支援を出来るようにすることが盛り込まれました。
 この内容が、どれだけ配慮されるかわかりません。研究会では、我々は「私学助成」ということをずいぶん主張いたしましたが、財政基盤の強化という言葉に置き換えられています。何とか多少でも私学の振興に役立てることになれば良いと思いますが、私立大学自身が自主的に改革を進め、発展に努力することが何よりも大切なことと思います。
 小出 今、廣川先生が言われたように、定員を超過して取る大学があるのですから、しかもそれが東京、大阪の大規模な私学、それから国立大学も超過して取るのですから、地方の私学は本当に大変なのです。これは厳しくチェックしなければならないわけです。国立大学に対しては、大幅な定員超過をしないようにと文部科学省に要求しました。それに対して、著しく定員超過のところには運営費交付金を減らすとの説明はありましたが、果たして実施されるかどうか、これはチェックしなければわかりません。定員超過校には運営費交付金は減らしてもらわなければならないと思います。
 逆に私学も、入学者を減らすのはなかなか難しいので、補助金をカットした方がいいと思います。今、入学定員の一・四三倍まで補助金を出しますが、それは良くないと私は再三私学事業団の理事会で主張しまして、やっと変えてもらったのですが、五年間かかって入学定員の一・三倍まで減らすということです。それでは遅過ぎるから、三年間で減らしてくださいと強く要望しました。三年後までに一・三倍に減らす、それ以上超過のところは補助金カットとする。そのぐらい強くやってくださいと要望したのです。しかしそれでもまだ甘いから、定員の一・三倍以下でも補助金は定員分しか出しません、超過の人員に対しては補助金の計算に入れないと、さらに厳しくする、そこまでやればその分だけ多少遠慮してくると思います。そういうところを少しチェックしてもらいませんと、地方の私学は大変困るというのが現状でございます。ぜひ私大協会全体として運動しなければならないと思います。よろしくお願いします。
 廣川 地方大学の支援ということで、平成二十年度の予算の中に、地方大学のコンソーシアム等に新しい予算が組まれようとしています。しかし、地方のコンソーシアムをつくるといっても、結果的には地方の国立大学が中心になって、中小私立大学が取り込まれるような形になると、国立大学のための予算になってしまうように思いますので、私学にとっても有効に活用できる方法を考える必要があります。また、最近二○○八年から三年間にわたって、一○○億円を地方への振興策の予算として政府が確保する話が新聞に出ていました。これは、地方振興の新たなプロジェクトに対応するということで、産業の振興、地方医療の問題等も重要なことですが、地方が疲弊する方向に向かっているときに、それを復活させるための人材育成をその地方で果たしていかなければ、将来的な活性化の希望が持てません。

国は地方の私立大に長期的な支援を

 したがって、地方の私立大学への長期的な支援をぜひ含めて考えていただきたいのと同時に、大学自体が積極的にこれらのプロジェクトに参加していただく必要があるのではないかと思います。
 司会 ありがとうございます。
 ほかにまだ重要なご指摘もご意見もいろいろおありになるのでございましょうが、時間の都合もありますのでまとめに入りたいと思います。あらためて、こうした変革期や経営課題山積の折には、東京の本部事務局は各私立大学に正確な情報や、優れた経験・アイデアを的確に提供すること、附置私学高等教育研究所や、協会の専門委員会の調査研究活動の成果を政策提案や様々な企画に結び付けていく努力の必要を深く感じております。
 会長、最後のおまとめをお願いできればと思います。
 大沼 大学は学生を入学させて社会に送り出すという重要な責任を担っているわけですね。特に先ほどから出ている地方の私立大学への振興をどうするかが大きな課題です。私大協会でも、ぜひそれを実現したいと思っております。過日事務局から、高校の卒業生が地元にどれだけ残り、また一方で外に出ていき、逆に他府県からどれだけ入ってくるかという統計が取られていましたけれども、それはまさしく小出先生がおっしゃったことを如実に示しております。東京とか京都とか大阪とか、名古屋も入っていますけれども、金沢、仙台、福岡、その辺だけが、ある程度外から受け入れる人が多いという結果になっているわけですね。
 したがって、それ以外は人材がどんどん流出している。過去六〇年間、そういうパターンを繰り返して、悪く言えば日本の学校制度は、地方の優秀な人材を全部中央へ集めて、近代化を図っていくことをどうするかという形でやってきたことは事実なのです。その結果として今日のこういう結果になっているから、その根本をどうするのかということが、非常に大きな課題だと思います。
 もう一つは、統計数字的に知っているわけではありませんけれども、いろいろな先生方と話をして、例えばある国立大学を例にとると、自県から入れる学生は、それこそ十数%から二〇%。あとはみんな、他県から入れる。それはなぜかというと、試験をやって、少しでも点数が高い方を入れることが公平みたいになっていますから、都道府県にありながら都道府県への機能を果たしていないのですね。そのすき間の中に私立学校があるので、拠点校づくりというのは、そういった意味で国立大学の姿勢も改めてもらわなければならない。

地域の拠点校としての体制づくりが急務

 もう一つは、我々私学が地方の拠点校になっていくためには、積極的に共同的に経営していくような体制づくりをして、その基盤を強化しながら、その辺の機能もうまく分担し合ったような仕組みづくりを積極的にできるような施策を講じていく必要があると思います。国立大学と並んで私学も地方の拠点校で、都道府県の知事とか都道府県の産業とかに密接に連携し合った組織づくりを進めるということで、地方の大学づくりに全力を尽くすべきではないかなと思います。
 これからの施策の中の一番大事な拠点としては、そういうことをする大学に対してはもっと大きな助成をしていく。ただ一般助成とかとは別で、地方に人材を残すための施策として、拠点校になっている所にきちんと大量のお金を出して、意志のある所はきちんと位置づけて、国立に対抗できるような組織づくりをこれから進めていくことをすべきではないか。それが今年の課題の最重要項目だと思って、一年だけで達成出来るかどうかわかりませんけれども、それを柱にすべきではないかというふうに思っております。
 司会 ありがとうございました。
 地方大学の支援という切り口は、日本全体の発展を下支えする高等教育の仕掛けをつくっていくということだと思います。
 大沼 地方に人材が残るようにしないと、地方の産業も振興しませんので。
 司会 地方大学への支援と大学の高度化とを同時に実現する新たな私学振興運動を強力に推進する必要がありますね。十干十二支でいう、ねずみ年(子)はものの始まりの年でもありますので、新たな可能性に向けての発進を誓う新年でありたいものです。みなさま、ご協力、まことにありがとうございました。
(おわり)

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