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平成19年11月 第2295号(11月14日)

研究成果を地域へ還元 −2−

沖縄国際大学南島文化研究所専任所員 崎浜 靖

 沖縄国際大学(渡久地朝明学長)の南島文化研究所(小川 護所長)は、一九七八年の創立以来、沖縄諸島を中心とする琉球列島とその周辺の東アジア地域を研究対象に、「南島」文化圏(中国福建省、韓国、沖縄〈琉球〉)として認識し、基層文化と自然環境について文化人類学、歴史学、文学、自然科学などの分野の研究を積み重ねている。さらに、これら様々な研究成果を講演会(市民講座等)、研究会(シマ研究会、南島研セミナー)といった市民向け事業を通して地域社会へ積極的に還元している。昨今の「沖縄ブーム」もあり、今日では沖縄屈指の「資料センター」として大いに利活用されている。そこで、同研究所の活動内容について、崎浜 靖専任所員に執筆いただき、三回にわたって連載する。
 (四)研究活動
 前回は、南島文化研究所(以下、南島研)の事業内容の概略を説明した。本稿では、これまでの南島研の研究活動を、沖縄国際大学三〇周年史に記載されている時期区分を基に紹介する。なお南島研の事業の中で、設立当初から一貫して変わっていない事業がいくつかある。前回紹介した地域調査、紀要・報告書・所報等の出版、南島文化市民講座の開催などがそれである。ここでは、これまで継続してきた事業の基本となる「地域調査」を軸に若干の解説を試みよう。
 @草創期(一九七八〜八二年度)  草創期において中心的な役割を担った所員は、当時、平均年齢が四〇歳前後であった。研究・教育に意欲を燃やし、象牙の塔にあぐらをかくことなく、「地域に開かれた大学」という目標の実現にことのほか熱心であった。多くの所員は、南島研設立前から一般市民とのつながりを大事にし、学外の活動にも積極的であった。この若いエネルギーが、南島研設立後の研究活動にも好影響を与えていった。
 またこの時期において、学内の所員以外にも、南島研特別研究員(以下、特別研究員)として推薦された学外研究者が、地域調査へ参加できるしくみが確立された。ちなみに初年度の特別研究員に認定された方は、四六名であった(現在は三一〇名)。
 与論島・国頭調査
 一九七八(昭和五十三)年八月末に、国頭調査が開始された。調査メンバーは、歴史学者の宮城栄昌所長(故人)、安仁屋政昭所員を中心に、他一〇名の所員が共同調査を実施した。この調査が、南島研初の地域調査であった。この調査では、歴史学・社会学・地理学による学際的な共同研究の成果が紀要『南島文化』創刊号に発表され、大きな成果を収めた(「共同店と村落共同体―沖縄本島北部農村地域の事例―」)。またこの年の十一月下旬には、沖縄本島に近接する与論島でも総合調査を行っている。
 沖永良部島調査
 一九七九(昭和五十四)年に実施されたのが、沖永良部島調査である。前年度の与論島調査に引き続き奄美地域での調査であった。経済学者の三輪隆夫所員(故人)、玉野井芳郎所員(故人)を中心に共同調査が行われた。調査の成果としては、『沖永良部調査報告書』が発刊されおり、近代奄美社会における資産家の農業経営を論じた波平勇夫所員(社会学)の「オイチュ=ヤトゥイ関係」等が発表された。
 波照間島調査
 一九八〇(昭和五十五)年においては、琉球列島最南端の波照間島で調査が行われた。高宮廣衛所長(考古学)、遠藤庄治副所長(口承文芸、故人)を中心に調査団が編成された。調査の成果としては、『波照間島調査報告書』が発刊されており、波照間島の祭祀芸能をまとめた畠山篤所員(文学・民俗学)の「波照間島の豊年祭と祈年祭」等の論文が発表された。
 伊良部島調査
 一九八一(昭和五十六)年に実施されたのは、宮古諸島の伊良部島での調査であった。福里盛雄所員(法学)、玉城隆雄所員(社会学)を中心に調査を実施し、『伊良部島調査報告書』が発刊された。玉城隆雄所員による戦後の島社会の変動と家族関係を論じた「伊良部島の家族」等が発表された。
 伊平屋島・伊是名島調査
 一九八二(昭和五十七)年には、伊平屋島と伊是名島で総合調査が実施された(八三年度まで実施)。経済学者の宮城辰男所員(故人)と来間泰男所員を中心に調査を実施した。十二月中旬には、南島研五周年シンポジウム「離島の現状と課題―島からのメッセージ―」が開催された。翌年八三年には、シンポジウム「伊平屋村の地域づくりを考える」が地元の伊平屋島で開催され、その概要が『伊平屋・伊是名島調査報告書』に掲載された。
 A模索と改革の時期(一九八三〜九一年度)
 南島研にとって一九八三年度は、現在の調査方法の基本が確立した年として特筆される。それは、これまで単年度で実施してきた総合調査が、複数年(二年〜四年)単位で調査を行うことが確定されたからである。また翌年には、前回紹介した専任所員が配置されることになり、所員の調査活動が沖縄社会に「認知」されるようになった。  徳之島調査
 一九八三(昭和五十八)年〜八五(昭和六〇)年度は、徳之島において総合調査を実施した。この総合調査は、『徳之島調査報告書』を四巻発行し、質、量ともに充実した内容の論考が掲載されている。例えば、堂前亮平所員(地理学)の「徳之島、亀津の中心地形成と都市化」や特別研究員の山下欣一氏(民俗学)の「徳之島伊仙台地における説話群―説話とその生成のダイナミズム―」など興味深い論考が多い。他には、動物名の方言を詳述した野原三義所員(言語学)と宮城邦治所員(動物生態学)による「徳之島の動物方言語彙」は、学際的共同研究として特筆される。
 瀬戸内町調査
 一九八五(昭和六十)年〜八八(昭和六十三)年度にかけて実施されたのが、奄美・瀬戸内町調査であった。八五年度は徳之島調査の補足調査(瀬戸内調査は予備調査)と重なるが、奄美地域全体を意識した総合調査であった。この調査も前年度までの徳之島調査に引き続き、質、量ともに充実したものとなっており、『瀬戸内町調査報告書』も五巻発行されている。主な論考として、特別研究員の窪徳忠氏(民俗学)の中国の竈神信仰との比較から論じた「瀬戸内町の竈神信仰―加計呂麻島を中心として―」、生活保護の実態を統計資料を用いて論じた山田等所員(社会福祉)の「瀬戸内町の生活保護の動向」などがある。
 下地町調査
 一九八九(平成元)年〜九一(平成三)年度にかけて実施されたのが宮古島・下地町調査である。『下地島調査報告書』として四巻発行された。主な論考としては、宮古島の学校教育と国家主義との関係を論じた特別研究員の仲宗根将二氏(歴史学)の「昭和初期宮古の公教育に現れた国家主義的風潮について―学校沿革史を中心に―」、現地でのヒアリング調査をまとめた仲地哲夫専任所員(歴史学)の「来間島における生活と出稼ぎ」などがある。
(つづく)

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