平成19年11月 第2294号(11月7日)
■KITポートフォリオシステムを活用した目標づくり
自己成長型教育プログラム 「アクロノール・プログラム」−3−
金沢工業大学(石川憲一学長)は、学生が「自ら考え行動する技術者」として成長することを支援するため、「KIT自己成長型教育プログラム―アクロノール・プログラム―」を導入している。同プログラムの中核をなすのが「KITポートフォリオシステム」で、個々の学生の学習プロセスと成果を見える形で学生と教員とが相互に検証するために開発されたものである。同取り組みについて、同大学の藤本元啓学生部長に執筆して頂いた。
4. 担当教員の評価とFD活動
本科目は主として人文社会科学および生涯スポーツ系の教員が担当しているが、学科カリキュラム編成上、一クラスの学生数は五〇〜八〇名と多く、その負担は大きい。とくに十六年度開講当初、「修学ポートフォリオ」そのものに対する理解不足と、学生との往復作業負担が過重であるとの批判が多かった。しかし入学生の修学状況や「大学生活における心構えや人間としての社会常識」の体得がこれからは不可欠であることへの共通理解のもと、いまや積極的かつ組織的な運営が実践されている。
担当教員は授業アンケート結果にもとづいて各学期に担当クラス分のFD報告書を作成し、「修学基礎WG」に提出する。WGは問題点を検討し改善策を加えて科目担当責任者に答申し、科目担当者会議で協議したうえで次学期および次年度に向けての改善事項を決定し学習支援計画書を改訂する。科目担当責任者はさらに基礎教育部長および教育点検評価部委員会にこれらを報告して、PDCAサイクルを完成させ次年度に臨んでいる。
例えば十八年度の活動を紹介しておくと、@学生の成績、A行動目標と授業内容や課題・評価の整合性、B授業アンケートによる学生の授業評価内容、C教員個人による自己点検・自己評価内容など多岐にわたる。
また各担当教員の授業運営方法や教材、学生の反応を整理して担当教員に提示することによって教員間の情報交換をスムーズに行い、学習目標に対する指導方法のコンセンサスを得やすい環境を整える活動もあわせて行っている。
5. KIT自己成長型教育プログラム ACROKNOWL PROGRAM
平成十九年四月段階で運用している「KIT(Kanazawa Institute of Technology)ポートフォリオシステム」には、「修学ポートフォリオ」のほか「キャリアポートフォリオ」(一年次一期必修科目「進路ガイド基礎」で、過去の様々な経験、在学中の体験、将来への展望を登録し、三年次の「進路セミナーI II III」につなげる)、「工学設計ポートフォリオ」(工学設計I・IIにおける成果物と自己評価を登録)、「自己評価レポートポートフォリオ」(修学基礎科目・専門科目及び課外活動における自己評価を登録)がある。
今年度末からこれらを有機的に結合した「達成度評価ポートフォリオレポート」(平成十八年度文部科学省「特色ある大学教育支援プログラム〈特色GP〉選定「学ぶ意欲を引き出すための教育実践―KITポートフォリオシステムを活用した目標づくり―」)の運用を一〜三年次全学生を対象として開始する。その具体的内容は、@今年度の目標と達成度自己評価、A今年度の修学・生活状況の反省、およびその改善方法(健康、出欠、成績、課題提出、利用した教育施設、課外活動、アルバイトなど)、B希望進路とその実現に向けて実際にとった行動・成果および展望(自学自習、資格挑戦・取得、インターンシップ、研究室選択など)、C「KIT人間力=社会に適合できる能力」に示された五つの能力の達成度自己評価(「自律と自立」「リーダーシップ」「コミュニケーション能力」「プレゼンテーション能力」「コラボレーション能力」の各項目について、具体的な達成度自己評価)、D次年度の目標とこれを達成するための行動予定(各学年設問項目が異なる)、以上五項目についてイントラネット上に入力する(各一〇〇〜三〇〇文字)。これをもとに新学年の春、修学アドバイザーあるいは「工学設計III」(卒業研究)担当教員との個人面談において、新年度の計画を相互確認することになる。
すなわち、学生による目標の設定(Plan)、目標を達成させるための活動プロセスや成果の記録(Do)、集積した記録をもとに自己評価することで目標への達成度を評価(Check)、次の改善を図る活動計画を作成し実行(Action)、というPDCAサイクルを学生自身が回し、教員がこれを支援するものである。右記の各ポートフォリオシステムの成果物をサマリー化し、これらを俯瞰して振り返ることにより、自己成長の軌跡と修学の自覚、自信、反省から技術者になる意義と意欲を高めることを目的とするもので、本学ではこれを「KIT自己成長型教育プログラム ACROKNOWLPROGRAM」(「ACROKNOWL」とはギリシャ語の「Acro(最高の)」と「Knowledge(知識)」を合わせた造語)と称している。
本プログラムの最初の成果は十九年度末になるが、これまでの「修学ポートフォリオ」に対する学生の評価を確認する意味において、一年次の修学アドバイザーが推薦した現在二年生の中から同意を得た学生約一〇名に対して、座談会・インタビューを実施し、その結果を学内外に提示する。言い換えると、本学で学んだ学生の足跡が、在学生、そして新たに入学する学生の目標となる仕組みの構築を試みるわけであり、学生が修学目標の達成、またはそれ以上の成果を目指す意欲を持つことで、「自ら考え行動する技術者」としての行動特性ならびにマインド形成の実現が図れるものと考え期待している。
おわりに
教育改革を進める中で、学生の主体的な活動を支援し励ましてきた代表的な取組に、「ものづくり」「ひとづくり」を目指す夢考房プロジェクトと自主的学習支援を行う工学基礎教育センターの活動がある。この二つの取組に共通する教職員の役割は、協働して学生一人ひとりに直接・間接的支援を展開し、「意欲を引き出す」ことである。ここ数年ほど在籍学生数は減少しているにもかかわらず、これら課外活動や課外学習プログラム参加学生が増加する逆転現象が起きている。これは、学生の状態を把握し、将来への不安解消と学習目標への助言など個別指導や修学支援に注力する本学の方針が、次第に学生の「学ぶ意欲」を向上させることにつながりつつあるものと考えている。
この結果を踏まえ、学生の学ぶ意欲を育成する基盤を修学基礎教育に位置付け、個々の学生の学習プロセスと成果を見える形で学生と教員とが相互に検証するために開発したものが、この「KITポートフォリオシステム」である。学生はこのシステムを有効に活用し、授業や授業外などで得られた情報・活動内容や体験を自ら整理し、行動履歴としてイントラネットサーバー内の個人デジタルファイルに記録を残し、授業の進行とともに常時その記録を読み返しながら次の課題に取り組むことになる。「修学ポートフォリオ」の基幹科目である「修学基礎I II III」において、学生は修学アドバイザーから助言を受け、成長確認による新たな課題を発見する術を体得し、上級学年に臨むことになるのである。
そしてこのポートフォリオプログラムは大学よりも、むしろ初等・中等教育の中でこそ有効性があると考えている。初等・中等教育課程の学年別に相応しい記述(入力)項目を考え、児童・生徒が毎日をどのように考え過ごしているか、これを彼らの目線で理解し支援することこそ肝要であろう。また初等教育段階から始めることによって、国語作文教育とは違った意味での自己表現力育成にもつながるのではなかろうか。学校内ではこれを教員が担当し、家庭においては保護者が受け持ち、保護者・教員が連携して支援・指導を行う体制を構築することも考慮すべきではあるまいか。これが最近問題となっている家庭と学校との間の不信感を払拭し、互いの信頼関係を醸成する方策の一つになるかもしれない。
《参考文献》
・金沢工業大学修学基礎I II IIIWG編『修学基礎2005』『修学基礎2006』『修学基礎2007』
・藤本元啓・西村秀雄「金沢工業大学」(濱名篤・川嶋太津夫編著『初年次教育―歴史・理論・実践と世界の動向―』所収、丸善株式会社、2006年)
・藤本元啓「金沢工業大学の導入教育「修学基礎I II III」―ポートフォリオシステムによる修学・生活支援―」(『北陸信越工学教育会会報』55号、北陸信越工学教育協会、2007年)
・藤本元啓他「修学基礎I II IIIについて」(工学教育研究KIT Progress13号、金沢工業大学、2007年)
・藤本元啓「学生から高い評価を得る修学ポートフォリオとは」(カレッジマネジメント145号、リクルート、2007年)
(おわり)