平成19年10月 第2292号(10月17日)
■KITポートフォリオシステムを活用した目標づくり
自己成長型教育プログラム 「アクロノール・プログラム」−1−
金沢工業大学(石川憲一学長)は、学生が「自ら考え行動する技術者」として成長することを支援するため、「KIT自己成長型教育プログラム―アクロノール・プログラム―」を導入している。同プログラムの中核をなすのが「KITポートフォリオシステム」で、個々の学生の学習プロセスと成果を見える形で学生と教員とが相互に検証するために開発されたものである。同取り組みについて、同大学の藤本元啓学生部長に執筆して頂いた。
はじめに
大学生の「学ぶ意欲の欠落」と「学力の低下」の問題は、我が国の将来に対する不安定要因となっている。学生は基礎を嫌い、マニュアル主義に陥り、過程を軽視し結果を重視する傾向にあり、学ぶ意欲や自学習慣など修学姿勢の欠如、目的意識のないままでの大学入学、これに加えて社会常識が身に付いていない学生が著しく目立つようになってきたのである。しかしこれまで我々はその表層を理解するにとどまり、「学生にとって自主的・主体的に行動を起こすことが、いかに困難で勇気が必要なことであるか」という深層認識を社会全体が看過していたことは否めない。自分自身の経験や過ごした時代の価値観を金科玉条とし、「大学生なのにどうしてこの程度のことができない」「大学生だからそこまで指導する必要はない」など、学生の目線を無視した教育・研究指導を行ってきた自身を省みる大学教育関係者はどれほどいるのだろうか。ほとんどすべての大学がFD研修活動による教育改善に取り組んでいる事実と、積極的に参画する教員が少数である事実、この二つの事実が共存しているのが今日の大学なのである。
金沢工業大学では、学生を励まし、自信や活力、希望や目標といった知的好奇心の涵養を図り、意欲の触発と人間力の涵養を目的とした「自ら考え行動する技術者」の育成を教育目標とする教育改革を平成七年度から実施してきた。しかしこの改革を通して実感したことは、「学生は勉強が嫌いではなく勉強の仕方が分からない」、「グループやチームになって活動することが苦手で自分の意見を正しく相手に伝えられない」、「自分の目標とするものが明確になっていないために自信がない」、さらに「コミュニケーションを図ることが苦手である」など、これら学生の抱える問題が勉学への意識や目標の欠落につながっていたということであった。単に教育改革が教育システムの制度改革だけでは不十分であることを痛感させられたのである。
またその間、大学を取り巻く環境は我々の予想をはるかに超え、これに即応する「内容とスピード」をもった様々な教育環境(正課および課外教育プログラム・教育施設など)の改善・整備が必要となり、とくに「人間力」を重視した教育プログラムの開発とその運用に努めてきた。「人間力」や「社会人基礎力」は、いまや官民ともにその重要性を説き続け「若者の人間力を高める国民会議」が発足するほどである。本学は建学綱領の第一に掲げる「人間形成」を開学以来教育現場において実践してきたが、これを大胆に見直す必要性に迫られている。
しかし入学を許可した以上、彼らを社会に貢献できる「自ら考え行動する技術者」として世に送り出さなければならない。そのためには、いま一度教育改革の原点に戻り、ハード面では学生にこれらの問題に自ら気づかせ、そして解決させる仕掛け作り、ソフト面では教職員の更なる意識改革、およびその行動・実践が課題となったのである。
本学では平成七年〜十五年度まで導入教育として「フレッシュマンセミナー(一期:一単位)」(本学は一学年三学期のセメスター制)を配当し、修学スタイルの確立を目指した。しかしこれは入学直後のオリエンテーションとしての性格が強く、修学姿勢を形の上で理解するものであった。また多様な修学履歴・入試形態から入学する一年生の修学指導面における問題が目立つようになり、「フレッシュマンセミナー」で身に付けたはずの修学・生活姿勢が、夏期休暇明けの二期になると失われがちになり、また学生と教員との定期的な接触機会の喪失により、学生が中弛みを生じやすい時期における修学指導が難しくなったのである。
検討を重ねた結果、平成十六年度より通年の必修科目として再編したのが「修学基礎TUV(1〜3期:各1単位)」である。新入生が「自ら考え行動する技術者」として成長をするためには、これからの修学・生活の目標と技術者としての心構えを自覚できるように導かなければならず、一年生の段階で修学・生活の両面から通年で指導することに大きく方針を転換したのである。そのツールとして採用したのがポートフォリオ(portfolio)で、その目的を一言で説明すると、「修学生活における自己管理と自己評価からの気づき、気づきによる学ぶ意欲と自己実現への支援」といえよう。
なおここで述べるポートフォリオとは、現代風にいえば入れ替えが可能な「バインダー」のことである。本学では学習過程における学生の成果物や記録、およびそれらの自己評価をイントラネット上に登録している。
1. ポートフォリオ基幹科目「修学基礎TUV」
本科目は本学教育への適応支援促進科目の中核であり、1年生必修の通年科目で、修学アドバイザー(高等学校でいうクラス担任)が兼務する。その学習目標は、1)本学の学生として求められる、学習や生活に取り組む態度や方法を体験する。2)自己実現を目指した自主的な学習計画を設計し、実行する姿勢を身に付ける。 3)活動と行動の基準や日本語表現能力を身に付けたうえで、それらを実践する。の三項目であり、本学が定める「人間力」教育、すなわち「社会に適合できる能力」(@自立と自律(チャレンジ精神、自己管理能力)、Aリーダーシップ(統率力、指導力)、Bコミュニケーション能力(意思・感情・思考を伝達する能力)、Cプレゼンテーション能力(提示・発表する能力)、Eコラボレーション能力(協働・協調する能力))などを培う教育プログラムを一通り体験する科目である。
その内容は、第一に自学自習の姿勢および生活スタイルを確立し、あわせて自己管理能力を高めるために「修学ポートフォリオ」(「1週間の行動履歴」、「各学期の回顧と次学期への展望」)を作成する。第二に講義、講話聴講、演習(グループ討議、プレゼンテーション)・日本語表現(レポート・小論文コンテスト)など、本学の実験を除いた各種授業スタイルを一通り体験する。第三に課外活動(キャンパスラリー・LC〈ライブラリー・センター〉ツアー・グループ企画〈バーベキューパーティー〉・研究室訪問・放課後のグループ活動)によってチームワークを学ぶ。第四に個人面談の実施である。
このように本科目は特定のスキル修得に特化したものではない。学生にとっては主体性をもった人物に育つための準備作業であり、自己の夢や目的に向けて自らキャンパスライフの設計ができる能力(目的指向型学習スタイル・自己管理能力)を養うという、本学教育への適応支援促進科目として位置付けていることに特徴がある。
また担当教員は一年間を通した学生指導(修学と生活)に力点を置き「自立と自律」を促しつつ、修学意欲を向上させることが求められる。そのため、担当教員は課題等の提出物に十分目を通し、可能な限り添削を施しコメントを付記した上で返却する。また欠席の目立つ学生や生活上問題が見られる学生には繰り返し指導を行うとともに、少なくとも四月中旬〜五月上旬と一月下旬の年に二回、最低でも一〇分間程度の全員の個人面接を実施して、修学生活上の問題の有無を確かめる責務を負う。個人面接の結果や主要科目での欠席状況など学生に関する修学上の情報は「修学履歴情報システム」に集積され、イントラネット上で有機的に共有されており、修学上の問題の早期発見と対応が可能な体制が構築されている。これらの結果をもとに五月下旬の保護者総会、七月下旬〜十月下旬に開催される地区別保護者交流会(全国五三会場)に臨み、一年次の保護者と緊密な関係を保っている。
(つづく)