平成19年6月 第2277号(6月20日)
■武蔵工業大学における地域連携の取り組み −3−
武蔵工業大学(中村英夫学長)は、一九二九年、「公正」、「自由」、「自治」を建学の理念に、武蔵高等工科学校として創立された。一九九七年に横浜キャンパスに開設された環境情報学部では、開設時から地域連携の意識が強く、学生や地域住民、行政との継続的な連携活動が展開されてきた。こうした取り組みは、文部科学省「特色GPプログラム」にも採択されている。このたびは、同学部で地域連携に中心的な役割を果たす同学部岩村和夫教授に寄稿いただいた。
1、市民講座の経緯
横浜市教育委員会生涯学習課は、「よこはま市民カレッジ」として独自のプログラムで広く市民を対象とした講座を運営している。その一環(連携講座)として、市内に立地する大学(部)の協力を前提に、一九八〇年度以来、「横浜社会人大学講座」を主催していた。横浜国立大学や慶應義塾大学をはじめ、計一五大学の参加を得ていた。それぞれ半期一〇回程度を目安に市から一定の補助金を受けて毎年プログラムを独自に作成し、大学内の施設を利用して自主的に運営していたが、平成十六年度から市からの補助は終了し、完全に自主運営となった。
本学環境情報学部は、学部創設三年目にあたる平成十一年度に横浜市から同講座開講の依頼を受けた。もとより設立理念の一つとして「地域に開かれた大学」を標榜し、市が主催した「都市デザインフォーラム」や都筑区の市民活動にも参加するなど、その具体的な活動の展開を様々なレベルで積極的に試みていたこともあり、申し出のあった市の趣旨に全面的に賛同し、社会人大学講座(当時の名称)の開設を決定した。
本講座の開催準備・運営にあたっては学部内に教職員で構成される実行委員会を組織し、プログラムのコンセプトや構成づくりから講師選定、テキスト作成、広報、毎回の講座運営、事務手続き等すべての業務を担当した。また、講座の実施にあたっては、研究室に配属された学部生や院生の中から毎回五〜六名がアシスタントとして参加している。こうして、市、教職員、学生の共同による運営体制が確立したのである。
2、コンセプトとテーマ
環境情報学部はその設置理念として持続可能な社会に資する「環境」と「情報」を二つのキーワードとし、その総合的、統合的教育・研究を通して、文・理の枠組みを超えた新たな教育・研究現場の構築をめざしている。したがって、市民(社会人大学)講座の開設にあたっても、この学部の基本理念に基づき、まずこの二つのキーワードに多角的な分野や視点から光を当てること、同時に新たな学部としての潜在的な教育・研究アビリティーを示すとともに、地域に対してもその時代思潮を反映した魅力的な講座を企画・運営することに主眼を置いて吟味してきた。そこで初年度の平成十一年は「環境」を、二年目の平成十二年は「情報」をそれぞれ主なキーワードとし、ともに「持続可能な社会」の構築に関する視点やアプローチをオムニバス的に展開することにした。また、それが二巡した五年目からはホットな時事問題もテーマに据え、三年間にわたって受講者が関心の強い近隣諸国との関係について、多角的な観点から迫った(下表参照)。講師の陣容は、文系・理系の多岐な分野にわたる本学部の教員を主体とし、合わせて外部からも魅力的な講師を招聘した。
3、地域連携の母体として
市民講座が地域連携とどのようにつながるのか、疑問に思われる向きもあるかもしれない。しかし、過去八回にわたる経験を踏まえて、たとえその規模が小さくても、質の高いプログラムを企画・提供し続けることによって、お互いの信頼関係を築くことができ、ひいては大学の地域における存在理由を深く刻み込むことができる。また、アンケートにもあるような受講者からのフィードバックは我々にとって貴重なアドバイスでもあり、図書館等の施設開放なども強化された。また、本市民講座の特徴は、いわゆる高齢者の方々だけではない多様なリピーターの割合が多いことであり、地域連携を発展させるプラットフォームのような役割も果たし始めている。学生にとってもシラバス以外の聴講の機会は、社会人との場所と空間を共有する場でもあり、触発されることが多い。その意味からも、本講座は地域に開かれた知的な交流の場として機能していると言えるだろう。
4、地域に開いた大学をめざして
本学部主催の市民(社会人大学)講座は昨年の十二月に八回目を終えた。受講者は毎年約四〇〜六〇名で推移してきた小規模な講座である。しかし、毎回退職者、主婦(学生の親、教職員の家族等を含む)、現役民間社会人、地域行政の担当者等々、多様で多彩な世代や属性の受講者に恵まれ、講師の側もその熱心な受講態度にのせられる。社会人であるが故の鋭い質問や意見が多数寄せられ、それが講座の質を高めた一つの大きな要因と思われる。幸い受講者からの講座に対する評価も高く(添付アンケート結果参照)、半期の開講に対して通年の開講を望む声もある。また要望に応え、図書館の一般開放への第一歩として、受講者に土曜日の図書館閲覧を可能にするなど、継続的な改善も行ってきた。
運営に携わる私たちにとっても、毎回多領域にわたる濃密な講義やワークショップに参加でき、極めて刺激的な知的興奮を味わえる土曜日のこの時間帯が楽しみである。こうした緊張感に満ちた共に学ぶ空間と時間の共通体験を提供することは大学本来の役割であるが、今後はさらに多くの学生・教職員の参加によって、「地域に開いた大学」の意味を持続的に実践する場としてさらに充実していきたいと考えている。
[参照:受講者アンケート結果抜粋]
・私はいつも自分が、どんな世の中に住んでいるか知っていたいと思っています。テレビは世界が見える窓なので、その中で人がどんな生活をしているのか観ていました。これからどんな世の中になって行くのか知りたいと思いまして受講しました。専門的なところは分からない分野もありましたが、全体を受講していくうちに見えて来るようになりました。どんなすばらしいことも一人歩きしたりそれに依存し過ぎたりするのではなく、それを利用するのは痛みや喜び悲しみをもっている生の人間だということ、人間同志の関わりも必要な事も置き去りにしないように対処する必要があると思いました。後になりましたが、大変素晴らしい講義をありがとうございました。専門的に片寄ることなく多角的にとり上げてくださり、またそれぞれ専門に研究して下さっている先生の講義を受講でき、専業主婦がこのような贅沢な時間を過ごさせていただきました。
a私は公務員ですが、現在直面している少子高齢化や環境問題等は様々な問題が複雑にからみあい、従来の縦割り的発想では解決不可能となっています。環境情報学部のコンセプトである「複眼的思考」や「理系と文系の枠をこえた問題解決に必要な広い視野を身につける」といった方向性に大きな関心を持って参加しました。講座の内容、またカリキュラム(一日二講義)、教員の熱意には本当に感激しました。他市の同様の講座シリーズにも参加したことがありますが、武蔵工大は質、熱心さ等において大変すぐれていると思います。特に、実業界で活躍されていた先生が多く、実績ある先生の話を聞けることは大変すばらしいと思います。(中略)もっともっとこのコンセプトを社会にアピールしてほしいと思います。今後の講座内容としては、「人間社会の持続的発展のために」、@環境と都市、A情報と文化、B環境とマネジメント等の講義を継続的にやってほしいと思います。
a企画、二〇人の先生方、学校設備の素晴らしさに大変驚きました。約三〇年前の私の学生時代とはあまりにも環境が違っていて今の学生さんが羨ましいです。久し振りに学生気分になり楽しく通いました。今回受講した理由は、マスコミがいろいろな情報を流してくれますが、情報過多で受ける側は大変です。特にマスメディアの新しい言葉が氾濫していて言葉そのものは理解できますが、これまでその一つ一つの言葉がどうつながるのか、よく理解出来ませんでした。講義が進むにつれて頭の中でバラバラになっていたものが一つの流れに変わりました。これも「情報環境とコミュニケーション」という今回のセミナーの企画を立てられた実行委員会の皆様のおかげだと思います。
a我々現場で働く社会人が気軽に訪問して相談できたりお教えをいただけるようなシステムがあればよいと思います。会員制による図書館開放や相談、学習指導など大学を仕事や生涯学習のより所となるようにできればよいと思います。当然自己負担金を支払う制度としてよいと思います。働く社会人向け大学院などできればいいですが。〈時間が許されれば入学したい大学です〉
a六〇歳になって一時〜五時という長時間の大学講座を受講できるかと案じておりましたが、一〇回の講座が変化に富み大変楽しく受ける事ができました。その事に我ながら驚いております。先生方のご指導の素晴らしいこともあったと存じます。
(おわり)