平成19年3月 第2267号(3月28日)
■「アメリカ大学NOW 日本⇔NY」 大学事情を現地からレポート
大学の理解を促す"通訳役"
ニューヨークのインスティテューショナル リサーチ・オフィス
「教育学術新聞」編集部では、大学改革の参考にしてもらうことを目的に、大学改革の先進国であるアメリカ合衆国の大学事情を紹介する。その第四回目として、ニューヨークにあるニュースクールのインスティテューショナル・リサーチオフィスのリポートを掲載する。なお、日米間の大学コーディネートに実績のある「UJHE(US Japan H.E. NY, Inc.)」と提携し、現地取材等を通して事例を提供してもらうこととなった。
●ニュースクール
ニュースクール大学(The New School University)は二〇〇五年に、大学名から「大学」の文字を取り除き、ニュースクール(The New School)と改名。新たな大学のロゴは擦れた文字で、一九一九年に創立した大学の歴史をうかがう事が出来る。
ソーシャル・リサーチ、リベラルアーツ、音楽、芸術など、八つのスクール(学部)からなり、学士号、修士号、博士号を与える七〇のプログラムに九三〇〇名の学生が在籍。成人向けプログラムから始まった同大学は、充実した生涯学習プログラムを提供し、毎年二万五〇〇〇名の成人学生が受講している。
異なるスクールの状況を大学管理運営者が把握する際に欠かせないのがインスティテューショナル・リサーチ・オフィス(Institutional Research:以下IRと略)のデータ分析力だ。IRオフィスでは、入試課、学生課、奨学課など、日々の大学運営の中で集められる様々なデータを集約・分析し、大学管理運営者をサポートしている。
このたびは、同大学IRディレクターのダクラス・シャピロ氏に、大学におけるIRの役割を聞いた。
●IRオフィス
ニュースクールでは、より良い大学作りの為に、IRオフィスを事務長オフィスの中に数年前に移行した。以前のIRオフィスは予算・計画オフィスに属し、プログラムにかかる経費、教授の給与、授業料収入といった収入・支出の財務分析に焦点を絞っていた。しかし、現在は事務長オフィスに変わったことにより、大学で何が起こっているのかをデータを基に現状分析し、事務長に直接報告するオフィスに変革された。
扉の向こうで行われている教授と生徒達の一つ一つの授業内容、クオリティー、学生達の満足度、あるいは、卒業後に大学で学んだ分野で活躍しているか、大学で学んだ事が仕事に役立っているかなど、大学管理運営者が全て把握する事は、IRのデータ集約・分析無くしては不可能である。IRは大学管理運営者にとって、大学の現状を理解する為に欠かせない部署となったのだ。
●データ収集
ニュースクールは学生がどの様に大学に参加しているかを理解する為に、幾つかの調査に参加している。その一つにNSSE(National Survey of Student Engagement)がある。学生が何時間自主学習しているのか、どれだけ教授と頻繁に会っているのか、図書館の利用頻度、学生間の交流など、学生の行動を把握することができる。調査により大学の機能している部分とそうではない部分を分析・理解し、改善しなければならない箇所を見つけ出し、学生の求める教育のクオリティーを提供する事ができるのだ。
事務長への報告の他に、州政府、連邦政府、出版社から求められる大学データの提供も重要な仕事の一つである。学生数、プログラム数、大学が提供する学位の数、卒業率、学生層、リテンション率、教授数(フルタイム、パートタイム、終身在職権保持者率)など、様々な既存のデータを集約・分析し、報告書を作成している。
出版社では大学データがランキングやガイドブックに利用されるが、出版物は大学を選ぶ際に、学生や保護者の貴重な情報源になっているので、出版社から求められる細かな情報まで提供している。
大学が認証評価を受ける際には、既存の学内の様々なデータをまとめる。自己診断報告書作成行程において、教授や学部長と密に連絡を取り、委員会が必要とするデータをまとめるのがIRの仕事である。プログラムにおける学生達の傾向など、報告書の裏付けとなるデータがある場合、過去と現在、そして未来予測の比較データなどを提供している。
IRのまとめるコモン・データ・セット(Common Data Set)は大学の様々な情報が集められ、一般に公開されている。内容は、アドミッション状況、提供プログラム必修プログラム詳細、学生生活、年間支出額、奨学金など様々だ。アドミッションの項目には、受験の際に重要視される点を四段階で示し、学術面ではエッセイや高校の成績、推薦状など、非学術面ではインタビューやボランティア活動などが、受験の際にどれだけ重要視されるかを確認する事ができる。
入試課や学生課など、各オフィスから集められたデータは学内定義で書かれたものが多く、IRはそれらのデータを学外の水準に合わせ、見比べながら、データを正確で有効なものにまとめる役割を担っている。
●スタッフ
ニュースクールのIRオフィスには、三名のフルタイム職員がいる。特別な情報収集の為に、カウンセラーや精神分析家など、必要に応じてパートタイムのスタッフを雇う事もある。IRでは調査目的に応じて、学生や教職員向けの、有効で的確な答えを導く質問内容を組み立て、まとめなければならない。だから、色々な角度からデータ集約・分析を行う必要がある。
また教育分野リサーチの知識が重要となるから、スキルを磨く訓練プログラムや学位が設けてある。多くのIRスタッフは教育学や社会科学などの修士または博士の学位を持ち、社会学、心理学、精神測定学などの専門分野を学んでいる。つまり、統計士、データ管理士、大量データ情報管理士などの経験者である。また、教育リサーチ専門の質問の組み立て、アンケート・リサーチ方法などは、多くの人が仕事を通して学んでいる。
四〇〇〇名以上のIRスタッフが参加するIR協会(The Association for Institutional Research)でも、スキルを磨くワークショップやプログラムが提供されているのだ。
●個人情報の扱い
個人情報に関して、アメリカでは学生個人の情報の扱いを教育機関に定めた、ファーパ(Family Educational Rights and Privacy Act)という連邦政府が定めた法律がある。大学の持つ学生データの多くは、入学願書からの情報だ。奨学金を申請する学生に関しては、保護者の収入や資産など、更に多くの個人情報が集まってくる。
学生達の情報はセントラル・システムで管理されている。アドミッションやレジスターなど、各オフィスはそれぞれのユニットを持ち、情報にアクセスしている。IRオフィスは、各オフィスの情報にアクセスがあり、各オフィスと共に働き、情報が正確で信頼できるかどうかを把握する必要があるからだ。
IRは情報センターの役割を担い、ただデータを管理するのではなく、データ内容を分析し、また必要な時には収集して、政策決定者やプランニング担当者へ的確なデータを報告する重要な部署なのである。
IRは学外の人達が、大学をより理解できるように、学内のデータを分りやすく伝える、通訳の役割を果たしているのだ、とシャピロ氏は語った。
ダクラス・シャピロ氏
ミネソタ州にある十七校の四年制大学が加盟するミネソタ州私立大学評議委員会(The Minnesota Private College Council)でのデータ集約・分析経験を活かし、この度ニュースクールのIRディレクターに就任。