平成19年1月 第2260号(1月24日)
■大学がUSRに取り組むために −7−
「USR(University Social Responsibility:大学の社会的責任)」に対する関心が高まっている。この現状を踏まえ、本紙では、本年一月にUSR研究会の渡邊 徹氏(日本大学)の「大学の社会的責任―USR」と題した連載を掲載した。このたびは、同研究会の事務局を運営する新日本監査法人の植草茂樹氏に、実際にUSRに取り組み始めるにあたり、具体的に何をしなければならないのか、そのポイントについて月に一度の連載で執筆頂く。
先日、文部科学省から、「研究費の不正対策検討会の報告書(以下「報告書」という)」が公表され、その中の「研究機関における公的研究費の管理・監査のガイドライン(実施基準)(案)(以下、「ガイドライン」という)」について現在パブリックコメントを実施中である。次年度の科研費等の申請にあたっても、当該ガイドラインに準じた大学内部の体制構築が求められているところである。
報告書においては「不正使用の動機にかかわらず、原則として、定められた規則に意図的に違反する研究費の使用をすべて不正使用」と定義している。ご承知のとおり、競争的資金等の研究費は制度上・実態上の制約等が多々あり、その中でやむを得ず規則に違反するということが多くの実態として存在する。報告書では研究費の不正が構造的な問題であると指摘する一方で、規則に違反する不正使用は防止しなければならないという立場に立っている。その不正が悪質かどうかというのは最後の罰則の適用の際に判断されることになり、やむを得ない・便宜的な規則違反であっても不正とみなされることを認識しなければならない。
このような動きも鑑みると、USRを果たすためにはコンプライアンス(倫理法令遵守)の観点は避けては通れず、「研究費の不正」という問題は大学全体の問題として考えなければならない時期に来ているといえる。
大学内部の諸問題
制度面の改善は不可欠であることは前提となるが、今回は大学内における問題を、以下の五つの視点から考えてみたい。
@複雑な研究費の問題
大学における研究は内容が多様であり、必然的に研究費の使途も多様となる。具体的には、医学や文学という研究内容の相違により、緊急性の高さ・一品あたりの発注額の大きさ、また研究室における常時秘書・助手・院生の有無や人数などが異なっている。よって、学内での統一した研究費のルール作りや運用ができるかどうかが難しい面が存在する。
A組織上の体制・意識の問題
私立大学にとっては、外部資金は単なる預かり金、すなわち研究者のものであるため、事務職員側の意識も大学の財源ではない余計な仕事という意識が少なからず存在する。これは間接経費のない研究は、大学の財政にとって恩恵をもたらさないということもあるであろう。中には、学校の経費は適切な学内ルールに基づいて経理処理を行うが、外部資金の経理は柔軟な運用がなされているといった声も聞く。
国立大学法人では外部資金がもともと多かったため、運営費交付金とは別に外部資金を扱う係りが部局ごとに存在し、財源ごとに係りが分かれていた。よって、教員サイドからすれば財源ごとに発注先・経理先が変わるということが存在する。国立大学法人化により財務会計システムが一本化されたため、最近では業務別の業務分掌を設ける大学も出てきている。このように、大学全体で財源別の管理の意識が徹底しているため、学部全体の発注をコントロールできる仕組みにはなっていなかった。
B制度上の複雑さに対する大学内部の周知徹底手法の問題
大学全体から見ると文科省の科研費を中心に、様々な競争的資金(補助金・委託費)が文科省・独立行政法人から配られるが、その省庁・独法の事情から様々なルールが課され、かつ毎年変更を余儀なくされる。例えば経理区分は様々に存在するため、その全てに対応する会計システム等は存在しない。よって経理処理は手作業の手間が多く介在する。恐らくすべての競争的資金のルールについて、研究室・部局経理事務・本部競争的資金担当の誰も詳細に理解できないまま、経理処理が動いているのが実態に近いのではないだろうか。
C内部統制上の問題
内部統制の大前提は垂直(縦)・水平(横)の内部牽制を権限・職務分掌によって仕組みを構築することである。しかし、大学の研究室を中心に行われる研究費の経理については、牽制体制を構築することが非常に困難である。業者が大学の研究室を日に何回も営業に訪れ、そこで発注行為が行われていることから、関係は日常的に密接とならざるを得ない。よって業者のほうも、注文を獲得するためには研究室からの様々な要望を聞かざるを得ない状況となり、プール金・債務の繰越等が行われる。科研費は、数か月間実質的に使えない単年度予算であり、研究の継続性とかけ離れているために起こる問題である。しかし、それが行き過ぎてしまうと、架空発注・長期の債務の繰越等が行われる。
研究費の発注の流れは、発注・納品検収・支払の三段階あり、このどの段階でどのような牽制を行うかがポイントであるが、発注・納品検収の段階で業者と研究室で結託されてしまうと、牽制のしようがない。経理事務側は、ただ払うだけということになってしまう。また、旅費・謝金等も基本的には牽制が効かない類似の問題が存在する。
D監査の問題
近年、科研費補助金の一定割合については内部監査を行うことが義務付けられた関係で、大学によって内部監査室を立ち上げる等の対応が行われているが、書面監査のやり方には限界があるとも言われている。大学側の考え方次第では、内部監査を不正防止に役立てることもできるであろうが、残念ながらそこまでの体制で監査をしているとは言いがたい。どうしても学内同士であり、かつ不正を摘発すれば補助金の返還を行わなければならないこともあり、徹底して監査をする戸惑いもあるだろう。ある研究室の経理処理を徹底的に分析すれば、ある程度はわかるはずである。筆者は、ある省庁で補助金の確定検査の外部委託業務を行ったことがあるが、その補助金だけの経理を見ていただけでは効果は限定的であり、その企業・研究者の持っている補助金のすべてを検証・分析しなければ不正の兆候は検出できない。それを唯一実施しているのは、現在会計検査院くらいであろう。最近、会計検査院は業者への反面調査を行っているが、業者も苦渋の回答をしているという話も聞く。
このように、制度面・組織面・運用面から競争的資金の経理については様々な多くの課題がある。
文科省ガイドラインへの対応
文科省のガイドラインが公表されてから、大学からどのように対応したらよいのかという相談が多々ある。これまでも、研究者による研究費の不正使用は、幾度となく指摘され社会問題化してきた。しかしながら、今回のガイドライン策定の議論においては、これまでとは時代背景や意義が大きく異なっている点に留意しなければならない。
最近では、続発する談合問題や不正経理などから明らかなように、これまで経済社会の中で暗黙のルールとして許容されてきたことが、まかり通らなくなってきた。それは、たとえ知名度が高い企業であろうとも、これまでの業界ルールに安穏と固執している業界・企業は、社会から退場を余儀なくされ始めている。すなわち、「本音と建前」で成り立ってきたわが国の経済社会において、それらの使い分けが許されなくなってきたのである。
このような社会環境の中においては、「大学だから」という特性に配慮した特別な取扱いは、もはや許容されないのではないか。この機会にこそ、大学内部の意識・やり方を見直さなければ、今後も見直しなどはできないと思われる。そのことに気づいている大学は、すでにいち早く対応している。形だけを作ろうということでは、今後、不正が裏で続くことを容認しているようなものである。
体制づくりにあたっては、企業の考え方を一方的に持ち込んでも、大学には合わないのも事実である。ガイドラインは、大学の特性に配慮しながら、他方で社会から求められる大学の運営管理の基本的な事項がまとめられている。これをそのまま大学に適用するだけではなく、学内の徹底した議論を期待したい。いうまでもなく、個々の大学ごとに性格や規模、目的が異なることから、ガイドラインをもとに具体的かつ個別の検討が必要となるからである。また、必要に応じて、外部の専門家を交えて必要十分かどうかを検証してもらうことも方策であるだろう。(おわり)