平成19年1月 第2257号(1月1日) 2007年新春特別号
■進化続ける米国の大学評価 南部地区基準協会の挑戦 −上−
大学の第三者評価が法制度化されて四年目を迎えた。しかしながら、評価員の養成など課題も山積している。一方で、アクレディテーション制度に一〇〇年以上の歴史を持つ米国では、常にシステムの改善に取り組んでいる。このたびは、最近、全く新しい取り組みを始めた南部地区基準協会の試みについて、同協会に調査を行った桜美林大学大学院の船戸高樹教授に寄稿してもらった。本号より数回の連載で掲載する。
はじめに
高等教育の質の維持・向上を目指して、わが国の大学に、第三者評価が法制度として導入されてから、今年で四年目を迎える。
評価をする側も、受ける側も初めての経験だけに、これまでにいくつかの課題が浮かび上がってきている。評価を受ける大学側の理解度の向上をはじめとして、評価員の養成、評価機関の人的充実、評価システムの見直しなど多岐にわたる。第三者評価の意義と目的を達成し、高等教育の質的充実を図るためには、これらの課題の解決に向けて、大学人が力を合わせて果敢に挑戦していかなければならない。
一方で、大学を評価して、認定を与えるというアクレディテーション・システムに一〇〇年以上の歴史を持つ米国では、今でも常にシステムの改善に取り組んでいる。「時代が変わり、社会が変化すれば、アクレディテーションにも新しい仕組みが必要になる」というのが、その理由だ。つまり「大学評価は、ゴールのないマラソンレースのようなもの。時代を超えた完璧なものはありえない」ということである。
米国には、機関評価を担う地区基準協会が六つあるが、その中で最近、全く新しい取り組みを始めた南部地区基準協会の試みを紹介する。
南部地区基準協会の新システム
南部地区基準協会(以下、南部協会)は、ジョージア州アトランタの郊外、ダウンタウンから車で三〇分ほどのところにある。木立に囲まれた建物は、どっしりとした木造の二階建て。スレートの屋根と茶色のレンガに覆われた外壁が、周りの景観に溶け込み、落ち着いたたたずまいを見せている。出迎えてくれた副会長兼事務局長のトム・ベンバーグ博士とは、二年ぶりの再会。堅苦しい挨拶は抜きにして、会議室に通され、早速新しい試みについての説明を受けた。
「アクレディテーションの目的は二つある。一つは、当該大学が継続的に自己点検(セルフ・スタディ)を行って“質の改善・向上”を図ること。もう一つは、協会が実施するピアレビュー(同業の仲間による評価)によるオフサイト・ビジット(書面調査)とオンサイト・ビジット(訪問調査)を通じて、当該大学の“質の保証”をすることである。大切なことは、それらの情報を公開し、社会が高等教育を判断する場合の参考にしてもらうとともに、信頼を得ることだ。このため、当協会は、判定委員会が下した評価結果については、「認定」であれ、「否認」であれ、全てWEB上で公開している。特に、判定の結果、警告や保留の状態になった場合は、その理由も全て公開している。ここまでの情報公開は、六つの地区基準協会の中でも南部協会だけである」とベンバーグ博士は語る。
確かに、米国教育協会が毎年発行している認定大学一覧を見ると、南部協会だけが大学名の後に警告や保留の状況を示している。これは、他の協会には見られない。
そして、新たな試みを導入した理由として「一つは、大学や協会、評価員等アクレディテーションに関わる全ての人たちの負担を軽減することにある。アクレディテーションの持つ、本来の意義と目的を損なうことなく、より効率的で機能するシステムを取り入れたものである。もう一つは、基準を見直し、より客観性を高めたことにある」という。
従来、アクレディテーションの仕組みは、各協会とも共通して次のようなステップを踏んできた。
A大学は、点検結果を一〇〇ページにまとめ、セルフ・スタディ・レポート(自己点検報告書)として協会に提出する。
B協会は、登録されたサイト・ビジター(評価員)で構成したチームによる訪問評価を行う。当該大学を訪れた評価チームは、関係者とのインタビューを通じて報告書が事実かどうかを確認する。
Cその上で、協会の判定委員会が認定、または認定取り消しの判断を下す。
D認定期間は一〇年。ただし、組織の継続性に深刻な問題が見つかった場合は、警告や保留を発し、仮認定として改善計画書の提出を求める。指示された期間内に改善できなかった時は、認定取り消しとなる。
≪南部地区基準協会≫
達成度を評価するCC
南部協会が取り入れた新しいシステムは、これに比べ大幅に変更された。まず、自己点検という言葉が使われなくなった。新しい表現は、インターナル・レビュー(内部評価)。そして、この内部評価が二つのカテゴリーに分けられている。
一つは、CCと呼ばれるコンプライアンス・サーティフィケーション(適格証明)。もう一つは、QEPと呼ばれるクオリティー・エンハンスメント・プラン(質の強化計画)である。
これまで大学は、自己点検報告書を作成するため、学内に運営委員会を発足させ、さらにその下に協会が示す基準ごとの小委員会を設けてきた。全員が集まれば、一〇〇人近くになる大人数が必要だった。そして、基準項目にしたがって点検を行い、その結果を集約して文章化し、一〇〇ページの報告書にまとめて提出してきた。一年以上に及ぶ過酷な作業である。
この自己点検報告書に代わるものとして取り入れたのがCCである。一番大きな特徴は、基準ごとに文章化するのではなく、基準の達成度を大学自身が自己評価する方式になったことだ。具体的には、南部協会が示す八二の基準項目ごとに大学が現状を評価し、「コンプライアンス(適合している)」「パーシャル・コンプライアンス(一部適合している)」「ノン・コンプライアンス(適合していない)」の三つの中から一つを選んで、チェックする。同時に、自己評価の根拠となった関係書類や議事録等の証明書類を添付することが求められている。また、「一部適合」または「適合していない」場合には、改善への取り組みを簡略に記述しなければならない。
CCの原本は、片面印刷で一八ページ。改善への取り組みを記述したとしても、五〇ページ前後に収まることになる。南部協会のCC作成マニュアルによれば、大学が設けるCC作成チームは五〜七人で構成するようになっており、セルフ・スタディ方式に比べ格段に人的負担が軽くなっている。しかし、最終的に提出するものは、軽量化されたとはいえ、この方式で最も重要なのは根拠資料の有効性を確認することである。これを、南部協会は「ギャップ・アナリシス」と呼んでいる。つまり、基準項目の達成度合を測るという行為を通じて、大学が社会から期待されていることと、実施していることとのギャップが明らかになる。それによって、どこを改善し、どのように発展していくかを知ることができるからである。したがって、根拠を示すため、各種データや議事録などの証拠資料の検証が欠かせない。学内のあらゆる資料を収集・検証し、基準の達成度を証明するために最も適切な資料を選び出すことによって、大学の現状と改善点、また将来への方向性が明らかになるわけである。
このようにして作成されたCCは、訪問調査の六か月前に「CCドキュメント」として南部協会に送られる。それを基に南部協会は評価員で構成した書面調査チームによる審査を行う。チームは、評価員四人で構成されるが、訪問調査の担当評価員ではなく、書面調査専門である。審査の結果は一か月後、全ての項目に対して「適合している」「適合していない」のどちらかで通知され、その理由も記述される。
当然、大学側が「適合している」と判断した項目が、書面調査では「適合していない」と判断されることもある。例えば、基準の中に「大学は、キャンパス内外の施設・設備を管理し、維持している。それは、教育プログラム、学生支援サービス、その他ミッションに関連する活動に適切である」という項目がある。大学側は必要な書類を添付して「適合」との判断を下した。これに対して、書面調査では「適合していない」と判断された。その理由として「基本計画やその他の資料は提供されているが、現在の建物やこれから建設される建物の位置を示したキャンパスマップが添付されていない。また、施設利用の満足度調査の結果や施設の利用実態に関する証拠がない。教育プログラムや学生支援サービス等の活動に適切かどうかを判断するための資料を見直すべきである」としている。
書面調査レポートを受け取った大学は、指摘された事項について改めて検証し、訪問調査までに追加レポートを南部協会に提出する。この一連の経過についてベンバーグ博士は「書面調査で改善の指摘をされることは、大学側にとって決してマイナスではない。補足説明や改善計画を提示する機会が得られたという意味で、プラスと捉えるべきである」と語っている。
実現性が問われるQEP
CCが個別の項目ごとに現状と改善計画を示すものであるのに比べ、QEPは大学全体の中長期的な将来計画を策定することである。基本になるのが、学生の満足度の向上。その手段として教育・研究の質を高め、学生支援サービスを向上させ、施設・設備の充実を図るといった総合的な戦略策定が欠かせない。そのためには、学内の多くの意見を集約する必要がある。したがって、QEPの作成チームは、CCに比べ多くの関係者が参加する。南部協会のマニュアルによれば、五〇人程度で構成するようになっている。
これについてベンバーグ博士は「QEPは、組織全体が一つの方向性を持って力強く挑戦するために行う作業である。組織の全員が統一した意識の下に、この活動に参加することが重要になる。したがって、構成メンバーも多くなる。最も避けなければならないことは、学内の一部の関係者だけで作成することで、これでは構成員の理解は得られない」という。
QEPチームが検討する対象は、教育プログラムや教授法、学生サービス、施設・設備、財政計画、卒業生対策、地域貢献まで幅広い。例えば、アセスメント・データベース(学生の成績)からは、成績の推移などを検証することによって教育プログラムや教授法の改善の問題が浮かび上がる。また、退学や留年の原因を分析することによって、教員の質や施設・設備に対する不満が明らかになる。それらの中から、最も重要な項目に焦点を絞り、目標を達成するための具体的な行動計画を作成することである。したがって、QEPは、夢のような計画を立てることではなく、実現の可能性が重視される。どのような計画であれ、綿密な現状分析と資金的な裏付けや構成員の理解が問われるわけである。提出されたQEPレポートは、もちろん訪問評価の際のヒアリングの対象となる。計画の実現性や予測される効果の測定方法に至るまで、学長や学部長などから詳細な説明を受けることになっている。
QEP作成の効果についてベンバーグ博士は「この作業を通じて大学の構成員一人ひとりが、大学の質的向上のために何が必要か、自分は何をしなければならないか、ということを思考するきっかけになることだ。そのような雰囲気を作り上げるためには、理事会や学長といった執行部のガバナンス機能が問われる。QEPは、一度作成すれば終わりというものではない。常に、大学を取り巻く環境の変化に対応して、改善し、修正を加えていくという継続性が求められる。そのことが組織に緊張感を持たせることにもつながる」と語っている。
訪問調査
訪問調査は、大学から提出されたCCと追加レポート、ならびにQEPを基にして行われる。ここでも大きな変化がある。従来は、基準項目全てにわたって確認作業が行われていたが、新しいシステムでは、CCで大学と南部協会の双方が「適合」と判断した項目は、基本的にヒアリングの対象としない。つまり、書面調査で「適合していない」と判断された項目のみ、関係者とのインタビューが実施される。
これによって、これまで日曜日の午後から水曜日の正午までの四日間で行われていた日程が三日間に短縮された。このことは、南部協会、評価員、大学の三者にとって大きな負担の軽減になっている。アクレディテーションの認定期間は一〇年であるから、約八〇〇校を認定している南部協会は、年平均して八〇校の継続認定と新規申請校、さらに警告や保留状態の大学に対する再訪問調査に加え、年間一〇〇校近い大学の評価を実施しなければならない。単純に計算すれば、年間で延べ一〇〇日が節約できることになる。また、評価員にとっても一日の短縮は肉体的、精神的な負担を軽減することになる。一方、大学側は評価チームにかかる宿泊費や食費といった金銭的な負担が軽くなるだけでなく、緊張を強いられる時間が一日短縮される利点がある。
トレーニング
新しいシステムの導入により、大学内に設けられる組織も大きく変わってきた。これまでの運営委員会に代わって「学長、プロボスト、リエゾン・オフィサー、教員代表」の四者で構成されたリーダーシップ・チームが設けられる。その下にCCチームとQEPチームの二つが置かれる。
南部協会は、新方式を機能させるためリーダーシップ・チームの四人に対するトレーニング(一日)を実施する。目的は、新しいシステムを十分理解してもらうことのほか、CCやQEPの作成の手順、ふさわしいメンバーの選び方、根拠資料の必要性と内容、記述の方法、全体のスケジュールなどをマニュアルに基づいて具体的に説明する。また、これとは別に財務担当者だけを集めて、専門的な研修も実施している。
一方、南部協会側もこのトレーニングを通じて、当該大学の歴史や文化、特徴を理解するように努め、相互に緊密な関係を構築する機会と位置づけている。
このように、現状に満足することなく、常に改善への挑戦を続ける南部協会の姿勢は、わが国の認証評価機関にとっても大きな示唆を与えている。次回は、実際に新しいシステムでアクレディテーションを受けた大学の中から、指摘事項ゼロで認定更新をしたジョージア工科大学と、保留の判定を受けたアメリカン・インターコンチネンタル大学について報告する。(つづく)