平成18年12月 第2256号(12月13日)
■学生の「基礎力」向上のために何をすべきか
角方氏(リクルート・ワークス研究所主幹研究員)に聞く
私学高等教育研究所(瀧澤博三主幹)は、去る十一月二日、「全入時代を迎えた大学が直面するキャリア教育の課題」をテーマに公開研究会を行った。講師の一人、リクルート・ワークス研究所主幹研究員の角方正幸氏は、「若年の基礎力と就職プロセス」と題して講演、特に就職時に必要となる「基礎力」の重要性を説いた。このたびは、学生にこうした基礎力を身に付けさせるために、大学の教職員は何をしなければならないかをたずねた。
―卒業後の進路を早期に確定できる「就職力」を持った学生は、そうではない学生と比べて何が違うのか。
就職力について、ワークス研究所では、学生を「基礎力(能力)(※)」と「意欲」の二つの軸から四つのタイプ(基礎力高・低、意欲高・低)に分けて考えている。
基礎力については、様々な取組や事例から、就職力がある学生には二つの重要な基礎力があることが分かってきた。一つは、「多様性に関する志向」で、「世の中には色々な人がいるんだ」と気付き、他人と積極的に交流しようとする姿勢。もう一つは、「起業家的創造志向」であり、これは起業家を志向するという意味ではなく、自分のオリジナリティを意識し、新しいことを創造する姿勢である。このことは「他者」と「自己」をしっかりと意識する、ということでもある。
ただし、これらの基礎力は、テスト等で「ある/なし」を簡単に測れるものではないと考えているので、基礎力があるかどうかを客観的に示すのは難しいといえる。
―どのようにしたら基礎力を獲得できるのか。
「多様性に関する志向」を獲得するには、ディベートやグループワークを繰り返し行うことが効果的である、というデータがある。あるいは、部活動やサークル、ゼミなどで、色々な仲間と出会い、考えに触れ、そこで自分なりに気付くことが重要だろう。
次に、「起業家的創造志向」を獲得するには、自分の強みと弱みを知るなどの自己分析を行ったり、「仕事とはどういうものか」を考えたり、世の中にはどういうキャリアがあるのかなどを学習すると、ある程度伸ばすことができる。
いずれにしても、大学の大講義室で、一方的に知識を享受するような講義では身に付かない能力である。学生一人ひとりに応じた、きめ細やかな支援が必要になるだろう。
―もう一つの軸である「意欲」について、例えば、前向きさや自信、「自分はこれでいいのだ」という自己効力感は、どのようにして獲得していけるのか。
自信や自己効力感は、ある目標があって、それを頑張って達成することによって獲得できる。自信がつけば、更にその上の目標を設定し、それを達成して、更に…と階段を上っていくことになる。勉強でも、部活でも、アルバイトでも、何でも良いのだが、色々な機会において目標を持って何かを行うことを、こまめにやっていくことが重要だ。
それでは、大学は何をしなければならないのか、ということであるが、結局、基礎力と同じように、大講義室で一斉に教えているのでは、自信や自己効力感を獲得させることはできない。ゼミなどで挫折と達成を繰り返させるなど、少人数・個別指導の中で中身の濃い指導を行うことが大事である。
―就職活動をあきらめてしまう、意欲の低い学生にはどのように対応したらよいのか。
手取り足取りではないが、面倒見よく、おせっかいをやきながら、一人ひとりを丁寧に支援していくことが重要だ。このまま就職をしなければどうなってしまうのかとか、自分のキャリアを一緒になって考えていって、今から何をしていけばよいかの自覚を促していく。時間も手間もかかるが、そこから始めていって、「気付き」まで引き上げていく必要があるだろう。
多様化する学生を、一つに括ってしまうと見えなくなることが多くなる。同じ学生でも、基礎力も意欲もある学生と、そうではない学生を同等には支援できない。あくまでも、ケースごと、個別の対応を前提にしないといけない。
―大学は、学生の基礎力を高めるために何をしていかなければならないのか。
企業の採用者は、理系・文系や学科は関係なく、また何を勉強したのかという知識ではなく、何ができるのかの基礎力を見ている。従って、まずは「大学は学生に、専門知識だけではなく、基礎力も身に付けさせる」というように、教職員の意識を変えていかなければならない。そして、これまで述べてきたように、基礎力は知識と違い、学生の個別教育や指導が重要である。講義を受けると、知識だけではなく、どのような基礎力が身に付くかも明らかにする必要はあるし、講義の中でディベートやグループワークなどの手法を駆使していく必要もあるだろう。
実際には、「キャリア教育はそもそも教員の仕事ではない」とお考えになっている教員も多数おられると思う。しかし、講義そのものが学生の就職力にも結びついている、という意味においては無関係ではない。例えば、FDを通して、教員にこうした意識や手法の必要性を感じて頂いてはどうだろうか。
話は別になるが、ある大学の調査によると、「大学生活を満喫/大学生活に満足している学生は、就職先等も満足している」という結果も出ている。講義はもちろん、友達と部活動やサークル、ゼミなどで、様々なことに打ち込み、色々な経験をした学生は、それなりに身に付いたものも多い、ということだろう。キャリア教育など特別なことをするのではなく、講義や大学生活そのものを良くしていくことが、とりもなおさず、学生の就職力をアップさせることになるということだ。
―最後にアドバイスを
大学生や社会人に限らず、様々な経験がその人の基礎力を高めていく。課題を与えて、困難な状況に陥って、壁を破る努力をしていけば、ぐんぐんと成長していく。今後は、四年間の中でどれだけこうした機会を与え、基礎力や意欲を獲得させることができるかが、大学の評価に結びついてくるのではないか。
(※)ワークス研究所では、「基礎力」を、@対人能力、A対自己能力、B対課題能力、C処理力、D思考力の五つで構成している。